サイト内の現在位置を表示しています。

消防救急無線通信システムのデジタル化推進

Vol.66 No.1 2013年8月 社会的課題解決に貢献するNECの事業活動特集

アナログ無線にて運用されている消防救急無線について、現在デジタル化が進められています。システムのデジタル化により、基地局折り返し通信による移動局間の通信エリアの拡大が実現されます。一方で、通信エリアの拡大は電波干渉問題や周波数切り替えの発生など新たな運用上の課題を生み出します。本稿では、デジタル化の特長を最大限に活用しながら、こうした課題を解決するNECの取り組みについて紹介します。

1. はじめに

日本における消防組織は各市町村を基本単位とし、小さな町村においては複数の町村が広域や組合などにより自治体消防としての組織を形成しています。その活動は119番による緊急通報の受信に始まる消火・救命活動を中心に、平常時には、多くの人が集まる対象物や危険物を取り扱う建造物の新築・増改築時に、消防設備の適切な配置や維持管理が行われるよう調査・指導する予防活動も行っています。

各自治体消防においては、消火・救命活動を円滑に行うために、約40年前から消防救急無線通信システムの整備が始められました。一方、平成15年には「個人情報の保護に関する法律」が成立し、消防・救命活動においても個人情報の秘匿が求められるようになりました。

そうした社会的背景から国は、周波数資源の有効活用、プライバシー保護、データ通信の活用を目的とし、各自治体消防が従来150MHz帯で使用していたアナログ方式の消防救急無線通信システムを、260MHz帯のデジタル方式へと移行することに決定しました。その決定を受け全国自治体消防は、平成22年度の総務省実証実験を皮切りとして、平成28年5月31日までに現在使用しているアナログの無線通信システムをデジタル化することとなりました。

NECは、この消防救急無線通信システムのデジタル化に対応すべく、さまざまなデジタル無線通信のためのシステムを開発しました。

2. 消防救急無線通信システムのデジタル化の特徴

消防救急デジタル無線通信システムにおいては、その通信方式としてSCPC方式(Single Channel Per Carrier)が採用されるとともに、消防独自の音声コーデックが採用され秘匿性が高まりました。

また従来、アナログ無線においては消防車用には単信、救急車用には複信にて割り当てられていた周波数について、消防車、救急車の区別なく基地局送信波と移動局送信波が対になるよう割り当てられることとなりました。これにより消防車、救急車間の移動局通信が円滑に行えるようになりました。

またシステムの仕組みとしては、従来、災害現場における部隊間の直接通信が主体であったものが、基地局折り返しを中心とするように変化します。

消防救急無線通信システムのデジタル化の特徴を、技術面ではなく無線運用の面から捉えると、以下の利便性が向上しました

  • 消防独自コーデックの採用による秘匿性の向上
  • 基地局折り返し通信が主体となったため、移動局間における通信エリアが拡大(図1
  • デジタル化に伴い無線局のID管理を行うため、IDを活用したシステム連携が容易に
図1 アナログ無線とデジタル無線の通信エリアの比較

一方、通信エリアの拡大は、無線トラヒックの増加と同一周波数の重畳をもたらします。これが電波干渉を招き、不感地帯を発生させるという新たな課題を呈しました。

3. 消防組織における無線運用の特徴

消防組織における無線の活用は、図2に示すとおり、災害発生と現場急行を伝達する「災害一斉通知」、災害現場での情報共有を行うための「災害現場通信」、救急搬送に際して搬送者の状況などを救急車内から司令センターまたは病院に対し秘匿性高く通信するための「セレクトコール」、そして日常の予防査察業務連絡などで使用する通信があります。

図2 消防組織における無線運用

災害発生時、災害活動に必要な部隊を災害現場へ出動させるため、その災害内容と出動すべき部隊(車両)を管内の全部隊に対し伝達する災害一斉通知(出動指令)は、消防組織における特徴的な無線運用といえます。管内の部隊にもれなく通知するためには、司令センターから署外活動中車両に対しても無線通信により同情報を送信する必要があります。

管理する全ての基地局無線装置から全ての周波数を使用して送話すれば、署外活動中の車両に対してもれなく通知が可能になります。しかし、複数の基地局無線装置から同一周波数により同時に無線送信が行われた場合、その電波が重畳するエリアにおいては無線が電波干渉を起こし、送話が聞き取れない状態が発生します(図3)。電波干渉を配慮し、基地局ごとに異なる周波数にて一斉通知を吹き分ける方法も検討可能です。しかし周波数を違えると異なる周波数配下の移動局間で通信を確立することが不能となり、部隊間の情報共有を妨げてしまいます(図4)。

図3 一斉通知時の電波干渉
図4 基地局ごとの周波数の吹き替え

更に傷病者を搬送する救急車は、病院搬送のため自車管内以外のエリアを走行します。先の電波干渉の問題を配慮し、中継局ごとに周波数を違えて無線通信をする場合、搬送途上の救急車は無線エリアが変わるたびに移動局のチャネルを変更する必要があります(図5)。

図5 エリアによるチャネル切り替え

重傷者を少ない隊員で搬送する救急車両にとって、無線エリアごとの移動局側での周波数変更は大きな運用負担となります。

4. 消防救急無線をデジタル化するに当たっての留意点

消防組織における無線運用については、以下の2点に配慮する必要があります。

  • 災害を通知するための一斉通知時の電波干渉対策
  • 無線基地局をまたぐ救急搬送について移動局側における基地局と移動局間の周波数合わせ

一斉通知時の電波干渉を配慮し、基地局ごとに送信する周波数を分けると基地局無線エリアごとに使用する周波数が特定され、移動局側で無線エリアごとに周波数を切り替える必要が出てきます。一方、無線エリアごとに周波数を切り替える移動局側の不便に配慮し、基地局に同一周波数を配備すると一斉通知時に電波干渉問題が発生します。

消防救急無線をデジタル化するに当たっては、この相反する要求をシステムとして解決する必要があります。

4.1 移動局における自動周波数切り替え

移動局側における周波数の切り替えについては、携帯電話で既に採用されている、基地局が常時電波を送出し、移動局が電波の受信状況から最適な基地局と周波数を選択する常送システムが採用できれば課題は解決します。ただし、常送システムは電波を出し続ける仕組みのため、同一周波数を使用する他自治体への電波干渉が懸念されるため、許可が下りにくいという難点があります。

そこで弊社は、既に各消防車両や救急車両に配備されている、自車位置を管理し司令センターに送信する車両運用端末装置を活用しました。非常送システムにおいても車両運用端末装置が把握する自身の位置情報から、その位置において使用すべき周波数を自動的に選択し、移動局の周波数を切り替え、その切り替え結果をそのエリアにおいて電波を送受している基地局に通知するシステムを開発提供することで、無線エリアごとに移動局側で最適な基地局と周波数を自動的に選択可能にしました。

4.2 異なる周波数配下の移動局通信の確立

一斉通知時における電波干渉を配慮した場合、異なる周波数配下の移動局について通信が確立できず、情報が部隊間で共有されない課題がありました。

この課題に対しては、異なる周波数上の交信内容を中央の装置で1つの周波数のように取りまとめる機能(異チャネルグルーピング)が解決策として考えられます。

この機能により、一斉通知時の電波干渉の問題を回避しつつ異なる周波数配下の移動局間の通信を確保し、災害時に出動した部隊間のみならず、災害規模が拡大した時のために本部や出先で待機している部隊に対しても情報共有が可能となります(図6)。

図6 異チャネルグルーピングの概要

また、火災が発生しないよう建物管理者に対しての指導を行う予防査察事務の実効が上がり、建築物の不燃化が促進された昨今、消防職員が災害活動に携わる機会が大幅に減少していることが新たな課題とされています。

火災シミュレータなど、各種訓練施設においてリアルな疑似体験が可能ですが、各消防本部においては、災害活動が減少するなかで職員のスキルを維持向上させるため、災害時の現場状況を全職員で共有する仕組みを模索しています。弊社は、先の異なる周波数配下の移動局通信の仕組み(異チャネルグルーピング)を確立させることで、災害時の一斉通知から全部隊の現場到着までの間、署所を含め当該消防本部全体で災害現場の状況を共有可能にしました(図7)。

図7 異チャネルグルーピングによる災害状況の共有

5. 消防救急無線通信システムの更なる可能性

消防救急無線通信がデジタル化されることにより、通信の秘匿性が高まり、移動局間の通話エリアが拡大するだけでなく、無線機IDを活用したさまざまなシステム連携が可能となります。図8は、出動中の救急車両からの無線通信に対して消防司令センターが応答した際、通信相手の移動局が無線機IDにより特定されるため、同救急車が拘束されている出動事案を無線着信操作と関連付け自動表示させるシステムです。

図8 無線ID活用した事案セレコール連動

また業務出向や出動中の車両からの無線通信について、携帯電話の着信履歴のような画面にて記録をとり、同記録からワンタッチで折り返し通信を行うことも可能となります。

災害事案に拘束された車両をグルーピングし、無線一斉通知することもできます(図9)。この無線一斉通知では、特に移動局が別々の周波数にいても、無線を束ねられることが特徴です。更に着信履歴を利用すると、業務出向、水防活動中の事案拘束されていない車両への通信が容易に行えます(図10)。

図9 事案一斉無線通信の操作画面イメージ
図10 無線着信履歴の操作画面イメージ

災害規模の多様化・大規模化、少子高齢化、核家族化に伴う救急案件の増大に対応するため、また消防救急無線通信システムのデジタル化を円滑に推進するため、国は消防力の強化並びに設備の効率運用を目的として消防の広域化、共同化も並行して推進しています。

小規模な消防では、司令センターが管理する無線中継局や周波数は1から2、車両数が10台程度だったものが、複数の消防が広域化・共同化した場合、管理する無線中継局や周波数は10から20、車両数は数十台と激増します。そのため無線や車両の選択や操作が困難となり、その操作のために新たな人員が必要となります。

先に紹介した、事案セレコール連動、事案一斉無線通信、着信履歴画面など、これらの機能は、消防の広域化・共同化により増大する無線や車両の選択を容易にし、少ない人員で指令業務を対応可能にする機能でもあります。

6. ソフトウェア無線技術の採用

最後に、消防救急無線通信システムをデジタル化するに当たり、弊社が採用したソフトウェア無線を紹介します。ソフトウェア無線とは、従来、ハードウェアで実現していた無線方式(変調方式、音声符号化復号方式、伝送方式など)をソフトウェア上で実現するものです。あらかじめ複数のソフトウェアを1つのハードウェアにインストールしておき、利用者が運用に必要なソフトウェアを選択して動作させ、無線機の特性を容易に変更できる技術です(図11)。

図11 ソフトウェア無線を利用した無線通信システムの概要

消防救急無線通信システムのデジタル化は、平成22年から平成28年5月31日までの長期にわたり各消防本部でそれぞれ実施されます。その間、全国の消防本部ではデジタル化を行った消防本部と未整備の消防本部が混在することになります。その際、相互応援が必要な大規模災害が発生した場合、無線の整備状況が異なる消防本部間では、通信方式の違いにより相互の通信が行えなくなるという課題があります。ソフトウェア無線によりアナログとデジタルの通信方式を1台の無線機にて実現可能にすることで、この課題を解消します。

7. むすび

本稿では、消防救急無線通信システムにおけるデジタル化について解説し、その課題と課題を解決する弊社の取り組みを紹介しました。弊社は、ソフトウェア無線の技術を最大限に生かし、消防救急無線のデジタル化の推進とともに、従来の課題を解消し、消防組織に対し新しい可能性を提示していきます。

執筆者プロフィール

川畑 正昭
消防・防災ソリューション事業部
エグゼクティブエキスパート