サイト内の現在位置を表示しています。

世界で活躍する衛星搭載用中継機器

Vol.64 No.1 2011年3月 宇宙特集

NECの宇宙事業のなかで、通信/放送衛星に搭載される中継器用機器は、厳しい海外衛星の市場のなかでも多くの供給実績を持つ製品であり、NECの優れた技術・信頼性は、海外の衛星メーカから高い評価を得ています。更に新規デバイスの開発、機器の標準化、加えて付加価値の高い分野へ力を入れ、事業拡大を目指しています。ここでは、中継器用機器の現状と今後の展望について紹介します。

1. はじめに

通信/放送衛星に搭載される中継器(トランスポンダ)用機器の海外向けの供給は1970年代のIntelsat-Ⅳに始まり、これまで世界のさまざまな通信/放送衛星への供給実績を伸ばしてきており、今日までに機器を供給した衛星数は150機以上になります( 図1 )。

NECの衛星搭載中継器用機器の採用実績(一部TTC機器も含む)
図1 NECの衛星搭載中継器用機器の採用実績(一部TTC機器も含む)

商用衛星の厳しい要求に応える機器の技術力や信頼性により、世界各国の衛星メーカから高い評価を得ており、高いシェアを獲得しています。

本稿では、海外向け中継器用機器の現状と今後の展望について紹介します。

2. 通信/放送衛星搭載用中継器

通信/放送衛星用の中継器構成を簡単に表すと、1信号系統当たり、 図2 のようになります。実際の衛星では複数系統の中継器が搭載されるとともに、万一の故障に備えるための現用・冗長機器の切り替えや、多彩なサービスを提供するための伝送経路の切り替えなどにより、更に複雑な構成となります。中継器の主な役割は、1)地上からの微弱な信号を受信、2)低雑音で増幅、3)地上に送信する周波数へ変換、4)不要な信号の放出を防ぐために帯域を制限、5)地上に送信する電力まで増幅、6)地上に送信すること、となります。一般に中継器は、これらの個別の機能を持った複数の機器を組み合わせて構成され、中継器用機器とは、これら個別の機器のことを指します。

通信/放送衛星中継器の基本構成
図2 通信/放送衛星中継器の基本構成

NECは、これら個別の機器において豊富な供給実績がありますが、機器だけでなく、Express-AM1やBSAT-2cのように中継器全体を海外衛星メーカに供給した実績もあります( 写真1 )。今後は機器だけではなく、更に付加価値の高い、中継器全体の供給にも力を入れていく予定です。

Express-AM1 (ロシア) 中継器
写真1 Express-AM1 (ロシア) 中継器

3. 低雑音増幅器(LNA: Low Noise Amplifier)

現在、主な中継器用機器のなかで最も主力となっている製品の1つが、低雑音増幅器(LNA)です。LNAは受信した微弱な信号を低雑音で増幅するものであり、優れた雑音特性や広帯域特性が要求されます。LNAは単機能・小型であり、仕様が個別の衛星の仕様にあまり依存しないこと、CやKu、Ka帯の固定通信用では、同一仕様のものが2台から4台程度使用されることが多いことから、4つのLNAが1セットとなったBlock LNAという標準仕様の機器を開発し、多くの海外衛星メーカへ供給しています( 写真2*1 )。Block LNAは、1~4台までの任意の台数を設計変更せずに選ぶことができ、顧客の要求に柔軟に対応できる構成となっています。Block LNAは、2010年まで累計100セット(LNA 400台相当)の供給実績を達成しました。

Block LNA(低雑音増幅器)
写真2 Block LNA(低雑音増幅器)

また、移動体通信用途に使用されるL帯LNAでは、1つの衛星に100台以上搭載されることもあり、 写真3 のような電源などの周辺回路を別にした小型のLNAを開発しました。このLNAは1,000台を超える供給実績があります。

L帯LNA(低雑音増幅器)
写真3 L帯LNA(低雑音増幅器)

現在のLNAは、増幅素子としてGaAs FETを使用していますが、今後、MMIC化による標準化・低コスト化、また、近年要求の厳しくなった過電力入力に強いデバイスの採用などを検討中です。

  • *1
    写真はKa帯

4. 周波数変換器(Frequency Converter)

周波数変換器は、受信した信号を地上に送信する周波数に変換するものです。例えばKu帯の周波数変換器の場合、14GHz帯から12GHz帯に変換します。この機能を有する周波数変換器に要求される主な性能として、低スプリアス、線形性、局発信号の周波数安定性などがあります。特に衛星搭載機器での周波数変換は、入力と出力の周波数が近接していることから、ミキサで発生するスプリアスをいかに抑えるかが重要な設計項目となります。また、衛星ごと、通信チャンネルごとに周波数関係が異なることが多く、多品種少量となる特徴があります。

これまで周波数変換器は、2,000台程度の供給実績があり、2010年にはシリーズ衛星4機分を一括受注するなど、主力の機器の1つです。

更なるシェア拡大のため、これまでの単機能のモジュールを複数個つなげて機器構成するものから、複数の機能を1つのモジュールに入れたMCM(Multi Chip Module)を採用し、従来比で約60%の質量を実現した小型周波数変換器を開発しました( 図3 )。

Ku帯 周波数変換器(左:既存品、右:新規開発品)
図3 Ku帯 周波数変換器(左:既存品、右:新規開発品)

今後、これまでの個別仕様に対応した設計から標準化設計を推進し、更なる低コスト化を図っていきます。

5. 固体電力増幅器(SSPA:Solid State Power Amplifier)

通信/放送衛星の出力電力は数十Wから数百Wが必要です。C帯以上、数十W以上の需要では、一般に進行波管(TWT:Traveling Wave Tube)という電子管が使用されていますが、C帯以下の数十W以下では半導体素子を用いた固体電力増幅器(SSPA)が多く使用されています。SSPAは、進行波管増幅器(TWTA)に比べ、信頼性が高く良好な線形特性という特徴を持つ一方、電力効率と最大出力電力に劣るという面があり、通信/放送衛星用の最終段増幅器としての需要は限られています。

現在のSSPAの素子は主にGaAs FETが使用されていますが、GaAs FETは耐電圧が低いこともあり、衛星搭載用部品では1素子当たりの最大出力電力は10W程度です。一方、近年、新しい素子として、耐電圧が高くて大きな出力電力の得られるGaN FETが開発され、地上では既に実用化されています。衛星搭載用を目指した試作品では、S帯にて1素子で20W以上の出力電力が得られています。今後、SSPAとしての評価を実施し、市場投入を予定しています。 GaN FETの採用により、TWTAに比べ劣っていた電力効率、最大出力電力が向上するため、これまでTWTAに独占されていた市場の一部がSSPAに置き換わることが期待され、更なるSSPA市場の拡大が見込まれます。

6. 進行波管増幅器(TWTA:Traveling Wave Tube Amplifier )

TWTは、電力増幅器のRF信号増幅用デバイスであり、地上マイクロ波通信装置、衛星通信地球局、衛星搭載中継器などに広く用いられています。

衛星搭載中継器用では、高効率・高信頼性が要求されるため、RF増幅用半導体素子に比べて高効率が得られるTWT研究開発が、1980年代半ばより活発に行われてきました。

TWTは電子管の一種で、RF回路を形成するヘリックスと、電子ビームの相互作用を利用してRF信号を増幅しています。図4 に一般的な衛星搭載用TWTの構造図を示します。TWTの動作周波数は、L帯(1.5GHz帯)からV帯(60GHz帯)まで広帯域にわたり、主な特徴として、半導体素子と比較して高効率・高出力という点が挙げられます。更に、衛星搭載用として長寿命・高信頼性、小型・軽量といったことを重点に開発を行ってきた結果、TWTは衛星中継器の中核デバイスとなり、衛星搭載用電力増幅器に相当数のTWTが用いられています。

衛星搭載用TWT構造図
図4 衛星搭載用TWT構造図

現在、新たな分野での使用を目的に、イオンエンジン向けTWTやASNARO衛星向けとしてレーダ用TWTの開発も進めていますが、将来的には大型通信/放送衛星向けなどへの供給も視野に入れて、今後も製品開発を進めていきます。

7. アンテナ

通信/放送衛星搭載アンテナは、アンテナ自身が衛星のミッションを特徴づける機器です。マルチビームや成形ビームを形成したり、飛行機や他の衛星を追尾したりする機能を有します。NECは多数の搭載アンテナを開発した実績があり、高い技術を有しますが、先行する海外メーカが多く、厳しい市場です。そこで、NEC独自の技術で開発したアンテナで市場参入を加速し、アンテナを含めた中継器全体を供給することを目指しています。独自に開発したアンテナとして、ラジアルラインスロットアンテナ、及びメッシュ展開アンテナがあります。いずれも、従来の搭載用パラボラアンテナと比較して格段に軽量で、かつ低コストで供給できるものです。NEC独自の技術によるこれらのアンテナで、海外市場に参入を目指しています。

8. おわりに

通信/放送衛星市場は、年間約20機で今後も堅調に推移すると思われ、衛星の大型化に伴って衛星1機当たりの中継器の本数も増加しているため、通信放送衛星用中継器市場は、微増ではありますが拡大が見込めると予測されます。今後、新規デバイスの開発、標準化による低価格化を更に推進し、より多くの衛星に採用され、シェア拡大を図ります。更に、既存の機器事業のみならず、新規機器の参入、更には付加価値の高い中継器事業の拡大へと発展させ、海外事業の拡大を目指していきます。

執筆者プロフィール

小島 政信
NEC東芝スペースシステム
技術本部
搭載機器1グループ
マネージャー
電子情報通信学会会員
山佐 靖彦
NEC東芝スペースシステム
技術本部
電波センサグループ
マネージャー
電子情報通信学会会員
鈴木 和高
ネットコムセック
マイクロ波管事業部
担当部長