Japan
サイト内の現在位置を表示しています。
衛星運用を支える地上システム
Vol.64 No.1 2011年3月 宇宙特集衛星がミッションを達成するためには、衛星の状態を監視してミッション達成のための制御を行う衛星管制機能、及び衛星が取得した種々のデータを受信する機能などから構成される地上システムの整備が必要です。
NECでは、これらの機能のパッケージ化によるシステム標準化を行うとともに、最新の技術動向に対応した要素技術開発を行い、国際競争力のある地上システムの開発を目指しています。
1. はじめに
衛星がミッションを果たすために、衛星の管制、衛星が取得したデータの受信など、衛星を運用するための地上側のシステムが必要になります。
NECは、衛星運用地上システムの分野で国内トップシェアを有し、無線送受信機器から運用ソフトウェアまでの開発とシステムインテグレーション、及び運用と保守までのシステムライフサイクルにわたる幅広い領域で活躍しています。
本稿では、これらの地上システムの概要や地上システムパッケージ化の取り組み、衛星運用関連技術の動向と開発状況を紹介します。
2. 衛星運用地上システムの概要
衛星運用地上システムは、衛星の状態監視とミッション遂行のための制御を行う衛星管制機能、衛星の取得したミッションデータを受信して処理機能部へ伝送するミッションデータ受信機能などを有し、衛星がミッションを遂行するための監視と制御、衛星の維持管理、ミッション運用サポートの役割を担っています。以下、これらの機能を実現するための、衛星管制システムとミッションデータ受信システムについて概要を述べます。
2.1 衛星管制システム
衛星管制システムは、衛星が正常にミッションを遂行できるように、衛星の状態をテレメトリにより監視するとともに、衛星の制御指令やミッション運用計画などをコマンドとして送信する衛星管制機能を有しています。また、衛星の軌道を決定する軌道決定機能も有します。
以下に、構成及び衛星管制機能と軌道決定機能の概要を示します。
(1) 構成
図1 に衛星管制システムの構成例を示します。
一般に、衛星管制システムは、衛星と直接通信する送受信局と、衛星の状態監視、制御、及び軌道決定を行う運用管制局とで構成されます。
システム構成としては、通信機会増加や軌道決定精度の向上、及び災害や天候による運用停止時のバックアップを目的として、送受信局を複数の地点に配置し、運用管制局とネットワーク接続する構成が一般的です。
送受信局は、アンテナとアンテナ制御部、変調/送信部、受信/復調部、衛星を制御するコマンドデータと衛星の状態を示すテレメトリデータの処理部、局制御部などで構成されます。
運用管制局は、コマンドデータ生成とテレメトリの監視を行う衛星管制部と、衛星の軌道を算出する軌道決定部、運用計画部で構成されます。
写真1 、 写真2 、 写真3 に、衛星追跡管制システムの例として、準天頂衛星追跡管制システムのアンテナ・送受信設備・衛星管制設備の写真を示します。
(2) 衛星管制機能
送受信局は、運用管制局で作成された軌道予報値を使用するか、電波の到来方向を自動追尾してアンテナを衛星方向に向け、通信リンクを形成します。無線周波数は、S帯 (2GHz帯)とKu帯(12GHz帯)が一般的ですが、科学衛星ではX帯(7~8GHz帯)、測位衛星ではC帯(5GHz帯)も使用されています。
通信リンク形成後、送受信局でテレメトリデータを受信して復調し、フレーム同期や誤り訂正などの処理を行って衛星管制部へ伝送します。テレメトリデータは、衛星内の各部の運用状況や健康状態を示すデータであり、衛星管制部で制限監視や長期変化傾向などの統計処理による管理を行います。
また、衛星の運用計画に従って、衛星の姿勢や軌道、搭載機器を制御するためのコマンドデータを衛星管制部で生成し、送受信局で変調して衛星に送信します。コマンド送信後、テレメトリにより実行結果を確認し、必要に応じてコマンドの再送信を行う機能も有しています。
コマンド送信前に、計算機上の衛星シミュレータにより、コマンドに対する衛星の挙動を確認する機能を備える場合もあります。
テレメトリやコマンドの伝送データレートは一般に数kbps~数100kbps程度であり、後述するデータ受信局と比較する とデータレートが低くなっています。
(3)軌道決定機能
衛星の軌道決定を行い、将来の予報軌道を作成する機能を有します。軌道の決定結果は、衛星の飛行軌道の確認、データ送受信の開始終了時刻とアンテナ指向角度の予報値に用いられるほか、衛星の運用計画立案やデータ処理のための衛星位置情報として使用されます。
軌道決定の方式には、軌道確認や予報値の用途では、送受信局と衛星との間の距離(レンジ)と距離変化率(レンジレート、速度)を使用したレンジアンドレンジレート方式が用いられます。この方式による軌道位置決定の誤差は、数10m~1km程度です。
距離は、送受信局から距離計測用信号を送信して衛星で折り返し、往復伝搬時間を求めることで計測します。距離変化率は、衛星より受信した信号の周波数ドップラシフト量から測定されます。
一方、衛星画像の地図へのマッピングといったミッションデータ処理に軌道決定結果を使用する際には、数m以下の精 度が要求されます。この場合には、GPSを利用した高精度軌道決定が利用されています。衛星でGPS信号を受信して地上に伝送し、地上で補正を行って精度の高い軌道を求める方式です。この際、高精度の距離測定が可能な、レーザを使用したレンジ測定(SLR:Satellite Laser Ranging)による補正を併用する場合もあります。これは衛星に反射板を具備し、レーザの往復時間から距離を測定する方式であり、国内のSLR設備はNECで整備しています。
2.2 ミッションデータ受信システム
ミッションデータ受信システムは、地球観測衛星や科学衛星などが取得したデータを受信して蓄積し、データ処理部へ伝送する機能を有します。
(1) 構成
図2 にデータ受信システムの構成例を示します。
アンテナとアンテナ制御部、受信/復調部、前処理部、記録部、局制御部から構成されます。図のように、ミッションデータ処理部や衛星管制局とはデータ伝送ネットワークを介して接続される構成の他、同一箇所に配置される場合もあります。
(2)データ受信機能
運用管制システムで作成された軌道予報値を使用するか、電波の到来方向を自動追尾してアンテナを衛星に指向し、通信リンクを構築します。無線周波数はX帯(8GHz帯)が 一般的です。
通信リンク形成後、データの受信復調や前処理(フォーマット同期、誤り訂正など)を施して一時記録し、画像処理などを行うデータ処理部へ伝送します。なお、データ処理部との処理範囲分担は、運用条件やネットワーク環境などの条件を考慮して決定されるので、システムによって異なります。
地球観測衛星のデータ伝送では、数100Mbpsもの高い伝送レートが要求されます。このため、広帯域データ受信機と大容量記録媒体、高速データ伝送ネットワークが整備されています。
図3 に、衛星管制システムとデータ受信システムを含めた衛星運用地上システムの構成概念図を示します。
3. 地上システムパッケージ化の取り組み
NECでは、衛星運用管制とミッションデータ受信の機能をパッケージにした、標準地上システムの整備に取り組んでいます。
表 に標準地上システムの主要諸元を示します。
表 標準地上システムの主要諸元
本標準システムはCCSDS(宇宙データシステム諮問委員会)のデータ通信規格に準拠しているので、国内外を問わずに使用できる汎用性をしています。また、標準自社製品の採用により、先進的な機能を早期に取り込む柔軟性と、コストダウンを両立しています。
4. 衛星運用関連技術の動向と開発状況
衛星運用技術の多くは、運用の信頼性を鑑み、既に確立された技術を用いて実現されています。
ただし、近年のミッションデータの伝送レート向上や衛星管制の秘匿性、耐妨害性向上の要求に対して、通信方式や信号方式の改良が検討されており、NECではこれらに対応した要素技術開発を行っています。
(1)ミッションデータの伝送レート向上
近年、地球観測分野での観測領域広域化と高分解能化の要求から、観測情報量の著しい増加要求があります( 図4 )。一方、地球観測衛星などの極軌道の低高度地球周回衛星では、1回の衛星との通信時間が数分~10分程度と短いうえ、国内の受信局の通信機会は1日に4~5回に限られています。このため、通信の機会や時間を増加する方法として、受信局を高緯度地域に配置したり、静止衛星でデータを中継するといった方策が、既に実用化されています。
また、電波法で規定される帯域制限により伝送レートには限界がありますが、電波伝搬上の異なる偏波を使用することで帯域の利用効率を高める偏波多重も実用化されています。
更に伝送レートを向上する案として、広い周波数帯域を獲得しやすいKa帯(20~30GHz帯)の利用も考えられますが、 降雨による電力減衰が大きく、通信回線の稼働率が低下する問題があります。このため、狭い周波数帯域で伝送容量を向上できる、多値変調によるデータ多重度増加が検討されています。
現在は4相位相変調(QPSK)による2ビット同時伝送が主流ですが、16相振幅位相変調方式(16QAM)による4ビッ ト同時伝送の実用化が予定され、NECでも衛星搭載変調器と地上側復調器を開発済みです。また、今後は64相に向か おうとしています。本方式では、相数の増加によって更なるレート増加が可能であることから、その成果に高い期待が寄せられています。
(2)衛星管制運用でのセキュリティ向上
安全保障分野での衛星利用では、収集したミッションデータ以上に、観測位置や頻度といった運用情報に対して高いセキュリティレベルが求められます。このため、衛星管制運用でのコマンドやテレメトリに高い秘匿性が求められるとともに、偽コマンド送信による運用妨害の対策も検討していく必要があります。
これらの実現手段として、複数周波数の利用(ホッピングなど)に加え、スペクトラム拡散通信の導入が考えられています。スペクトラム拡散通信に関しては、CDMA変調で のコマンド/テレメトリ用変復調器の開発と軌道上衛星を介した送受信試験を実施済みであり、技術ノウハウを蓄積しています。
5. おわりに
本稿では、衛星運用を支える地上システムの概要とパッケージ化の取り組み、技術動向と開発状況を紹介しました。
世界では地球観測を主とした宇宙関連市場の成長が見込まれています。また、海外では、衛星と運用システムを組み合わせたパッケージでの提供が求められるケースが増えています。
この市場動向を踏まえ、衛星と地上の両システムを自社開発できるNECの強みを生かし、国際競争力のあるパッケージシステムの開発と拡販を推進していきたいと考えています。
執筆者プロフィール
航空宇宙・防衛事業本部
宇宙システム事業部
統合システム部長