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マテリアルズ・インフォマティクスによるプラスチックリサイクルの革新
Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~本稿では、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)技術のプラスチックリサイクル分野への適用の取り組みについて紹介します。持続可能な社会の実現に向けて重要度が更に高まっているプラスチックリサイクルの分野に、NECがこれまで取り組んできたMI技術を活用した再生プラスチック製造工程の効率化システムを提案し、プラスチックリサイクラーとその有効性を確認しました。本システムを水平展開することで、プラスチックリサイクル分野に革新をもたらすことを目指しています。
1. はじめに
環境汚染や自然破壊の原因となる廃プラスチックの削減に向けて世界中が取り組んでいます。日本では国の方針によりプラスチックの3R(Reduce(リデュース)、Reuse(リユース)、Recycle(リサイクル))や適正な処理がある程度進められてはいますが、依然として大半は焼却・埋め立てにより処分されており、廃プラスチックを新たな製品の材料として再利用する取り組みを加速することが、持続可能な社会の実現に重要です。
一方、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、AIなどの情報科学を活用して素材開発をデジタル的に支援するものとして、近年急速に発展していますが、プラスチックリサイクルの分野に対して有効なMIを開発、適用することができれば、廃プラスチックの再利用を効率化し、利用の拡大につながることが期待されます。しかし、プラスチックリサイクルには特有の技術的課題があり、MIの適用はあまり進んでいませんでした。
本稿では、プラスチックリサイクルにおける課題に対応したMIシステムの開発と実証結果について紹介します。
2. プラスチックリサイクラーが抱える課題
プラスチックリサイクラーは、工場や家庭から出てくるさまざまな廃プラスチックを再生プラスチック材料としてリサイクル(マテリアルリサイクル)し、再生プラスチックのペレット(以下、再生ペレット)として販売しています。
再生ペレットは、廃プラスチックの回収・選別工程にはじまり、粉砕・配合(物性調整、調色)・造粒などいくつもの工程を経て製造されていますが、さまざまな課題を抱えています(表)。
表 リサイクル工程で得られるデータの種類、課題と対策
再生ペレット製造のなかで、特に廃プラスチックの配合工程は再生ペレットの価値を決める重要な工程ですが、現状は経験値に基づいた属人的で非効率な状態にあります。その理由として、リサイクラーは強度・加熱流動性・色などお客様の求める性能及び要求量に合わせて、少量多品種の廃プラスチックから最適な配合を決定する必要があり、熟練作業員の知識や経験が求められるためです。また、リサイクラーの多くが小規模資本の中小企業であることから、設備導入や社内システムへの投資が進まず1)、紙ベースでデータや在庫を管理する業務フローになっているなど、DX化が遅れていることも理由として挙げられます。
そこでNECは、コア技術としているMI技術及び樹脂材料技術を組み合わせて活用し、国内有数のプラスチックリサイクラーである丸喜産業株式会社様(以下、丸喜産業)との共創を通じて、日々変動する廃プラスチックの需要と在庫の状況に合わせて配合(物性調整、調色)を提案するシステムを開発、実証しました(図1)。


このシステムによって、リサイクラーは高品質の再生ペレットを効率的に製造できることに加え、経験の浅い人材でも熟練者と同等の能力を発揮できるため、熟練者のノウハウ承継問題の解消にも貢献することが期待できます。本稿では、NECが開発した再生ペレット製造に適用したMIシステム開発の詳細及び丸喜産業での実証結果について紹介します。
3. 再生ペレットの製造工程を革新するMI技術
再生ペレットの配合検討(物性調整や調色工程)には、バージン材と本質的に異なる点が存在します。それは、リサイクル原料がどういう組成なのか詳細情報が不明であり、バージン材で入手可能な分子構造や物性値データの多くが欠落している点です。欠落したデータを実験装置によって計測することは可能ですが、リサイクラーの資本規模や生産スピードを考慮すると困難です。そこで、欠落したデータのうちMIでの学習に必要なデータ(INPUT:廃プラスチックの物性値、色差、配合比、添加剤のデータ、OUTPUT:再生ペレットの物性値、色差データ)を効率的に収集する方法を模索し、独自手法による物性予測MIシステム、調色MIシステムを開発しました。
3.1 物性予測MIシステムの開発
NECが開発した物性予測MIシステムでは、どのような物性の廃プラスチックをどのように配合したらどのような物性の再生ペレットが得られるか、という情報を学習します。廃プラスチックの物性値は、入荷した原料すべてを分析・把握しているわけではありません。そこで、ABS(Acrylonitrile Butadiene Styrene)やPS(Polystyrene)などの素材名のほかに、商品グレード名から判別可能な物性的特性(強度、熱流動性など)で分類を行い、各分類に属するサンプルから計測した代表値を用いて学習する方法を採りました。これら分類の結果と代表値をMIの特徴量に反映することで、より汎用的に使えるMI技術の開発を目指す狙いです。この際に、予測に必要なデータ量が少ないため、線形モデルや決定木モデルを使用し、そこに物理・化学的視点を取り入れた特徴量エンジニアリングを行い、予測精度を向上させるアプローチを行いました。
特徴量エンジニアリングのパラメータ設定において、製品設計に必要なパラメータは、弾性率や比重など、材料のマクロな物性であり、通常はミクロな物理・化学的性質を統計的に処理し、これらマクロ材料物性を得ます。しかし、今回は代表値を用いてマクロ材料物性からミクロ物性を逆推定・スケールする理論を用いるという工夫を行いました。これによって、物性値を適切に予測するために線形な計算を行いつつ、物理量の写像を施す方法により、ポリマー鎖情報を取り入れて予測困難な物理量も処理を可能にしました。
今回の物性予測MIシステムのデータ保存部分には、物性データバンクとしての役割を持たせ、メーカーや商品名で物性値を検索可能とすることで作業負荷低減を目指しました。この物性データバンクを使うことで、リサイクル材料から作られる中間材料のさまざまな物性値の代表値と振れ幅を検索できるようになりました。これにより、再生ペレットのマーケティングや営業活動での利用が可能となります。このような観点で、本システムはプラスチックリサイクラーにとっての在庫管理システムの一部を担うことが期待でき、適切な製品在庫を適切なタイミングで使用し、適切な在庫量の管理に利用できます。今後、在庫管理システムと連携するサプライチェーンマネジメント(SCM)システムやデジタルプロダクトパスポート(DPP)システムでも利用する物性データととらえ、必要なデータ項目を定義、整備しました。将来的には質の良い物性データを効率的に収集する体制を構築することによって、リサイクラーの重要な基盤システムとなることが期待されます。
3.2 調色支援MIシステムの開発
調色支援MIシステムでは、複数種類の着色剤の配合から得られる再生ペレットの色の予測をします。光の混色に関する演算には加法と減法の2種類があり、再生ペレットのように染料、顔料を用いて調色する物体は減法で色を表現します。色には光そのものの色(光源色)と、光が物体に当たって反射・吸収・透過した際に生じる色(物体色)があり、色の三原色といわれるシアン(Cyan)・マゼンタ(Magenta)・イエロー(Yellow)の混合比によって表すことができます。更に、色の混合により明度が上がる現象(加法混合)、明度が下がる現象(減法混合)があり、絵の具やインキ、フィルタなど光を吸収する性質のある物体色は減法で表現されます。
色は色素の粒子の吸収と反射によって説明されます。一般的なコンピュータカラーマッチングシステム(CCM)では、色素データを波数空間上で記録し、波長成分ごとに反射・吸収スペクトルを計算しますが、NECでは、CIE1976L*a*b*色空間を用いた演算に基づいて素材ごとの違いや染料・顔料の違いなどを特徴量として学習・補正し、リサイクル材に適用できるデータドリブンな調色支援MIシステムを開発しました。これにはリサイクルする原料に添加された色素の量による色の出方の違いも特徴量として取り入れました。結果、さまざまな色素メーカーのデータをより簡単に扱える方法を確立しました。
再生ペレットの材料特性から、必要な変数が多いことからデータ数を多く求められる物性予測MIシステムとは異なり調色支援MIシステムで使用する色素数は少なく、一度計測すればデータの再利用ができるため、色素データは全品計測を行いました。計測においては透明度の高いアクリル樹脂のバージン材を使用し、顔料は0.4phr、染料は0.1phrを添加した色素リファレンス板を作成し、色素リファレンス板に校正用の白色背景を用いた反射測定、及び透過測定を実施しました。得られた結果のうち、明るい(Lの大きい)方の計測結果をリファレンスとしてデータを作成し、学習に使用しています。
4. プラスチックリサイクラーとの実証
第4章では、開発した2種類のMIシステムを丸喜産業と実際に共同で実証した内容と結果について概説します。
4.1 物性予測MIシステムの実証
本実証では物性予測MIシステムに材料に対する拡張性を持たせるため、データ整理とMI開発システムを同時並行で実施しました。データ整理においては、日々の業務の流れをヒアリングし、在庫管理システムの観点と物性予測MIシステムに必要な項目を抽出しました。
データセットは、901種類に及ぶ廃プラスチック原料を材料種や類似グレードごとに現実的な9グループに分類し、第3章1節で述べたようにそれぞれの代表値を測定しました。そこで、各グループに属する材料の物性値の平均値と標準偏差を持ったガウス分布で各材料の物性値を生成し、入力値としました。また、再生ペレット製造時に配合する添加剤(69種類)についても10グループに分類し、濃度別に物性への影響をグラフ化し、2次曲線でフィッティングしました。
これにより、汎用性と再現性を兼ね備えた物性予測MIシステムが構築できました。比重と衝撃試験の交差検証(k=10)は、相対誤差が3.4%及び30%であり、実用上十分な精度を確保しました。ただし、少量データでの事前実証では良好であった熱流動性(MFR)の精度が低下しました。これは、物性値のグループ化が大まかすぎること、物性項目間の相関を無視したデータ生成によります。今後、グループ化の精度を向上させ、検査品目も増やすことで、予測精度の向上が期待されます。
丸喜産業の熟練者の経験による予測値と、本システムの予測値のずれは10%であり、現状のグループ化手法でも有意義な結果を示しました。更に、将来的なDPPシステム利用に向けたデータ更新速度の向上を目指し、細かい分類でのグループ管理方法や迅速な物性測定方法の確立に向けた調査を実施しました。
4.2 調色支援MIシステム
第3章2節で触れた調色支援MIシステムの交差検証(k=10)では、線形モデルでのΔEabが1.93、AdaBoostでのΔEabが0.689であり、納品時に要求される許容誤差ΔEab=2.0を大きく下回り、実用上十分な精度を確保しました。ユーザビリティに関しても本実証期間中に想定利用者となる丸喜産業の従業員にヒアリングを行い、色差でのグラフ表示やL*a*b*値に対応した目安色を表示するGUIを作成しました(図2)。


今回の実証を通じ、物性予測MIシステムと調色支援MIシステムの再生ペレット製造現場における有効性を確認できました。これにより、再生ペレット製造工程における課題を解決し、品質の向上と効率化を実現することが期待されます。今後もデータ収集と技術開発を継続し、より高度なMIシステムの実装を目指します。
5. 今後の展望
2022年(令和4年)に施行された「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」にて、事業者、消費者、国、地方公共団体などのすべての関係者がプラスチックの資源循環に積極的に取り組むことが求められており2)、今後、ますます再生プラスチックの需要増加が予想されます。今後の再生プラスチック市場の拡大に向けて、開発したMIシステムをリサイクラー業界に広く水平展開することで、高品質な再生プラスチックの安定供給を可能にする仕組みを作りたいと考えています。並行して、今回開発したMIシステムをきっかけとしてリサイクラー間の連携も推進していきます。各社のデータを集約させ、より高精度なMIシステムを構築することで再生プラスチックの価値を向上させ、リサイクラー業界全体の活性化が期待されるためです。NECは、MI技術でプラスチックの資源循環型社会に貢献し、再生プラスチックが当たり前に製品に使われる世界を目指します。
参考文献
執筆者プロフィール
事業開発統括部
ディレクター
事業開発統括部
主任研究員
事業開発事業部
主任
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