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ICT活用による高度なアルミニウム循環経済構築

Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~

持続的な発展が可能な社会の構築に向けた国際的な取り組みが進むなか、アルミニウム産業においては求められる特性を担保する品質の向上と、脱炭素化の実現を含むリサイクル高度化の検討が進められています。循環型の経済構造の実現には、関連する市場関係者が連携して最適なサプライチェーンとバリューチェーンを構築する必要があり、NECはICT活用によりこれを支援するとともに、参加する各プレイヤーと循環経済圏全体の価値向上につながる新たな産業構造を目指した対応を進めています。

1. はじめに

従来行われているアルミ缶リサイクルのような製品種別単位での回収から、現在では、リサイクル材を構成する元素の種類や含有比率のより正確な把握が求められるようになり、国際的な資源流通においても欧州をはじめとするさまざまな規制への対応が必要となるなど、マテリアルリサイクルを取り巻く構造は大きく変わりつつあります。

産業構造全体に変化をもたらす高度な循環サイクルの構築に向け、科学的知見と技術を活用した新たな取り組みが望まれますが、その手がかりとなるいくつかの要素は揃いつつあり、具体的な検討の場も生まれています。

対応から得られる効果を事前に確認するとともに利益とコストについても考慮可能な環境をどのように構築していくべきか、本稿ではアルミニウム産業における課題と解決策について考えていきます。

2. サーキュラーエコノミー拡大とアルミニウム産業における対応

飲料用アルミ缶の再利用は、1997年の容器包装リサイクル法施行によるリサイクル識別表示マーク導入から増加し、2023年度には再生材の利用率は97.5%、CAN to CANでの再利用を行う水平リサイクル率は73.8%1)に達しています。アルミ缶は求められる成分や特性が一定であり、分別回収もしやすいため再生利用に適しているといえます。

しかし、アルミニウム製品はSi(シリコン)やMg(マグネシウム)、Zn(亜鉛)などの元素を添加することで強度など各用途に求められる特性を高めており、元素の種類や含有量によって適用可能な製品の範囲が限定されます。このため、水平リサイクルが難しい場合は、規格で認められる元素含有量がより少ないものから多いものへ「展伸材→鋳造材・ダイカスト材」という順にカスケード型でのリサイクルが行われることが一般的です。

また、アルミニウム原料となるボーキサイトからの一次材インゴット(新地金)の生産は、オイルショックを契機に国内では行われなくなっていますが、輸入された一次材の利用に比べてリサイクルによる二次材(再生地金)の精錬工程ではCO2排出量が97%も抑えられること(CO2排出原単位は新地金が9.24kg-CO2/kgに対して再生地金は0.309kg-CO2/kg)2)になるため、脱炭素化促進の観点からも国内におけるリサイクル材の循環構造の拡大が求められています。

こうしたなか、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の共創の場形成支援プログラムであるCOI-NEXTにおいて、2024年度本格型昇格プロジェクトに採択された「富山循環経済モデル創成に向けた産学官民共創拠点」では、富山大学を中心に不要な含有成分の除去により品質を向上させるアップグレードリサイクルの実現を含むアルミニウム利用高度化に向けた取り組みが進められており3)、NECはICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)活用によるDX領域での貢献を目指した参画をしています。難しい課題であるアップグレードリサイクルの実現を含め国内での循環構造を拡大するには、これまで個別に専門性を高めてきた大学、研究室間のデータ共有による共創型での素材価値高度化に加え、アルミニウム関連の市場関係者が連携して最適なサプライチェーンとバリューチェーンを構築していく必要があります。

これまでにも取り組まれてきた3R(Reduce(リデュース)、Reuse(リユース)、Recycle(リサイクル))などの対応と比べた場合のサーキュラーエコノミーの大きな違いは、構成された特定の循環サイクルに関連したすべてのプレイヤーが提供する価値によりサイクル全体の価値向上に寄与することが可能な点にあるといえます。

つまり、各企業においては、循環サイクルへの参加により自社が保有する価値の訴求が可能であると同時に、参加する循環経済圏の改善を促進するかたちで自社ビジネス拡大の可能性を高めることができます(図1)。

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図1 サーキュラー構造と価値連携

この構造の変化が実現する背景には、関連するさまざまな技術の進歩が挙げられます。

サーキュラーエコノミーの概念は、2015年に欧州委員会(EC:欧州連合(EU)の政策執行機関)が循環経済のためのEU行動計画を公表4)したことで拡大したとされますが、科学技術の発展とともにICTにより可視化された情報を共有する仕組みや分析に必要なAI技術が現実のものとなってきたことで、具体的な検討を進められる条件が整ってきました。

一方、これらの国際的な取り組みが進むなかで資源の需給バランスが崩れ、資源価格の大幅な変動や流通量の不安定化が発生することで、資源確保競争が加速するリスクも想定されます。

EUが「持続可能な製品に対するエコデザイン規則(ESPR)」により規定するデジタルプロダクトパスポート(DPP)では、対象品目の品質関連情報などを詳細に記録・共有しトレーサビリティを高めることが求められています。また、EU国境炭素調整メカニズム(CBAM)においては指定した原材料の生産時におけるCO2排出量を制限しており、サーキュラーエコノミー拡大を前提とした高品質な材料確保と脱炭素化の要求が強化されていくと考えられます。アルミニウム製品の活用拡大が期待される自動車産業などにおいては、これらの欧州の動向を常に意識しておく必要があります。

国内においては、ISO/TC323*1に関連してサーキュラーエコノミーへの移行に関する検討と規格化が進められていますが5)、今後、評価項目に対応する認証の仕組みが整備される必要があると考えます。アルミニウム再生材の利用拡大においても品質の証明が重要な鍵となりますが、品質が証明されない安価な製品に対する規制の整備や、規格の緩和・細分化などによる組成の許容範囲拡大などが進められることが循環経済活性化の有効な支援となります。これらの規制や規格の最適化が、経済構造の転換により発生する不確実性を低減し、日本の国際競争力向上に寄与すると考えます。

  • *1
    国際標準化機構/技術委員会「サーキュラーエコノミー」による環境規格。

3. NECの取り組みの特徴

現在、世界的な動きとして各業種内や異業種間のデータ連携を拡大するさまざまな取り組みが進められています。欧州においてはインダストリー5.0(第五次産業革命)に対応するデジタルアーキテクチャーとして産学連携により設計されたGAIA-Xを基本理念に、複数企業間のデータ相互利用を促進するデータスペースと呼ばれる構造が各分野において構築されつつあります。この構造にはトレーサビリティなどの信頼性担保の仕組みに加えGDPR(EU一般データ保護規則)で規定されるデータ主権(保有するデータの主体的な権利の保護)の考え方が反映されています。前述のDPP関連データはこれらの構造によって共有が図られます。

NECは、内閣府が主導するSIP3(戦略的イノベーション創造プログラム第3期)における日本版DPPの開発を受託しており、これによるデータ流通基盤の検討に加えて、品質証明、脱炭素化や環境経営に必要なデータの流通・活用による新たな価値創出を目指した取り組みを進めています。データ流通には各社の秘匿領域データの保護、保有する技術やノウハウの保護が必要になりますが、NECはこれらに対応するトラスト関連の機能を、強化すべき重要な要素として検討を進めています。

データ流通の範囲には協調領域と競争領域が同時に存在しており、各企業においてはどのデータを共有するべきか、全体最適を意識して市場の活性化を図るのか、自社の提供価値の可能性を追求し特定市場の拡大をリードしていくのかといった判断が必要になります。また、価値の提供先が特定されていた従来型の直線的なサプライチェーン、バリューチェーンの構造が循環型に転換することにより、自社の提供価値が効果を発揮可能な対象領域はサイクル全体に拡大します。そして、この循環サイクル内に存在する課題をとらえ解決することが、自社ビジネス拡大を強化する結果につながります。

アルミニウムリサイクル高度化においてNECは、最適化AI6)7)などの技術活用によってプロセス全体の最適化や品質・特性の改善に寄与する構造の検討を進めています。将来的に、これらの各工程から得られる情報、素材や製品の品質を保証するデータなどは日本版DPPにより共有され、価値の向上に寄与するものと考えます。

循環経済実現に向けた高度な技術の活用は、その領域において力を発揮したいと考える人材を呼び込む効果を持ちます。今後の産学官民の連携による産業構造の高度化や関連する事業領域の拡大においては、理系・文系・芸術系を問わずさまざまな知識を生かせる場が必要になると考えられます。これに伴い、循環経済において共有されるデータへの積極的な関与も増加していくと考えます。

例えば、対象となる素材物質の持つ特性や由来に関する深い理解は、芸術文化領域における新たなインスピレーションを生み出します。信頼のおける確かな情報に裏付けられた製品や、それらを活用した構造物の持つ独自性は、新たな物語を紡ぐための発想のもとになります。共創を支援する仕組みを効果的に用いて多様な専門領域の知見を連携させ、新たな発想が生まれる環境を拡大していくことが、今後の地域経済の発展につながると考えます。

また、共創型で新たに創り出した価値を訴求して利益を得る場として循環経済圏を効果的に利用するには、企業間で共有される情報の信頼度に加えて貢献度に対する評価の仕組みが必要になります。つまり、共創により拡大した利益を、それに寄与した価値の提供元に正しく還元できるようにするなどの工夫が必要です。

現実的には市場環境のさまざまな変化のなかで特定の取り組みが与える影響のすべてを算定することは困難なため、各社がそれぞれ参加する循環経済圏の内外から得られるデータの相関に基づき予測と意思決定を行う必要があります。しかしここでも、複数社が協力する共創型のマーケティング構造(図2)を活用することにより、不確実性は低下すると考えます。NECはAIによる相関分析・因果分析技術などのマーケティング領域への適用8)や行動変容の促進に関しても検討を進めていきます。

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図2 循環経済における共創型マーケティング

4. 今後に向けた技術応用領域

循環経済における共創型でのデータ活用は、デジタルツイン*2化による各種シミュレーションや、リアルタイム性の高いデータの取得、分析により常に最適なフィードバックが可能な構造に進化していくと考えられます。

各製品の生産、製造や分解に必要な装置から得られるデータをより有効に活用して品質と信頼度を向上させる環境が広がり、NECの持つAIや秘密計算9)10)11)をはじめとするICTが役立つ領域も拡大していくと考えます。機器導入や技術適用においては、導入効果予測やリスク評価、機能追加しやすい構造などについて、循環サイクル全体を踏まえた検討によるコスト低減が可能になります。生産工場などのリアルな構造から取得されるデータからは、全体最適に対する新たな課題の発見や、前後の工程を考慮した改善の機会が得られると考えられます。

高い環境価値とリサイクル性を備えた製品をAIの活用によりデザインしていくことも可能です。環境配慮型設計(エコデザイン)による全体最適化を目指したなかで特定要素の優先順位を変更した場合の影響を調べることや、脱炭素化に向けた対応を同時に最適化することで製品の価値と優位性を効果的に高めることが考えられます。取得元及び取得方法が証明可能なデータに基づくシミュレーション結果からは、製品価値の根拠をより詳細に訴求することができるようになります。収集・集計されたデータを企業の環境経営に関する報告などにも生かしていくことを想定して、データ活用構造を事前に検討しておく対応も増加していくと考えます(図3)。

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図3 サーキュラー構造と価値連携の発展

このような新たな要素技術の出現と共創型による課題解決の加速、リアル環境への実装に伴う共創型サービスの高度化と連携の拡大が予想されます。今後の社会的要請の変化に対応可能なデータと共創型の活用基盤を準備しておくことが、企業・組織としての持続可能性を高めることにつながるものと考えています。

  • *2
    現実空間の構造や変化を、データをもとにデジタル環境で再現する技術的概念。

5. むすび

私たちは欧州をはじめとする品質保証と脱炭素化の制度面での対応を進めるとともに、国内経済、特に人口減少の課題にも直面した地域経済の活性化につながる要素としてもこれらの対策を進めていく必要があります。そして同時に、世界経済において拡大するデータスペース型の経済環境との連携を考慮した産業の高度化と発展を考えていくことになります。特にマテリアル領域においては、経済安全保障の観点においてベースとなる各素材の国内流通量を確保していくと同時に、国際取引の円滑な流れを維持し、付加価値の向上を伴う取引の拡大を目指していく必要があります。

これらの対応には、複数業種間での共創型のデータ活用と分析結果活用による従来の範囲を超えた価値創出を実現していく取り組みが必要です。ICTの役割は、とらえられた課題に対する分析と改善、根本的な解決に向けた構造的な支援を行うことにあると考えます。NECは先進技術の高度な組み合わせと柔軟な適用により社会への実装を加速し、皆様とともにサーキュラーエコノミーに関連するすべての企業が価値向上に寄与することが可能な産業構造の実現を目指します。

参考文献

執筆者プロフィール

石田 勝彦
GX事業開発統括部
プロフェッショナル
山本 敬之
GX事業開発統括部
シニアプロフェッショナル

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