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最大8マルチユーザー多重化を実現する39GHz帯256素子ハイブリッドビームフォーミングMassive MIMO

Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~

Massive MIMO(大規模マルチプルインプット、マルチプルアウトプット)システムによる基地局は、5G(第5世代移動通信システム)のSub6GHz帯モバイルアクセスネットワークで既に商用利用されていますが、より高いトラフィック容量に対応するミリ波帯基地局でも同様のシステムの利用が見込まれています。本稿では、16基の個別デジタルトランシーバを備えた39GHz帯256素子ハイブリッドアクティブフェーズドアレーアンテナシステムの設計と実装、及び無線MU-MIMO(マルチユーザーMIMO)の検証について紹介します。今回の試作機は、東京工業大学と共同で開発した65nm CMOSプロセスによる39GHz帯アンテナアレー用ビームフォーミングICを使用することで実現が可能となりました。更に、小型化と高密度実装に向けた研究を進め、ミリ波帯の性能を引き出す導波管アンテナを採用することで、新256素子アレーアンテナモジュールを開発しました。この試作機を使用して、NECは、アクセスリンクを前提としたチャネル相互運用性に基づくゼロフォース直交マルチビームを用いてMU-MIMO伝送試験を行いました。その結果、100MHz帯OFDM(直交周波数分割多重方式)8MU-MIMOの運用で、2.42Gbpsの推定トータルスループット(3GPP TS38.214に準拠)を達成しました。

1. はじめに

Massive MIMO(大規模マルチプルインプット、マルチプルアウトプット)システム基地局を使用するコヒーレントビームフォーミングに基づいたSDM(空間分割多重)技術は既に商用利用が始まっており、Sub6GHz帯システムの5G(第5世代)モバイルアクセスネットワークでは一般的な技術になっています1)2)。その一方、ミリ波帯では、基地局は通常アナログビームフォーミングを使用しています。しかし、ミリ波帯でモバイルアクセスシステムが急拡大するのにつれて、より大きなトラフィック容量に対応できるよう、MU-MIMO(マルチユーザーMIMO)アクセスリンクのためのOFDM直交マルチビーム技術への期待が高まっています。

MU-MIMOを用いた空間多重化の実現にはZF(ゼロフォーシング)コヒーレントビームフォーミング技術が必要となります。アナログビームフォーミングは、ミリ波の高い伝搬損失を抑制する、いわゆる“端末まで確実に電波を届ける”ために、アンテナの指向性を適応的に高める技術です。それに対して、ZFコヒーレントビームフォーミングは、“端末へ電波を到達させない”技術であり、その結果、電波間の干渉を抑制できます。

したがって、各端末に不要な電波を除去するためにアレーアンテナの複合利得を最適に制御することができれば、干渉なしで多くの端末を同時接続することが可能になります。そしてこれはミリ波帯でも同様に実現が可能であるようにみえますが、周波数が高くなるほど、デバイスの性能の確保が困難になり、デバイスの性能を引き出すことも難しくなるという課題を含んでいます。こうした要因を考慮したうえで、デバイス全体にわたる実証実験を行うことより、ミリ波帯における空間分割多重化の可能性を確認することが喫緊の課題となっています。

本稿では、39GHz帯でハイブリッドビームフォーミングを実現する256のアンテナ素子を搭載したアクティブフェーズドアレーアンテナシステムの設計と実装を説明し、モバイルアクセス用途のためのMU-MIMOの実証実験について紹介します。本稿より1つ前のバージョンの論文は、その内容を2021年の第51回欧州マイクロ波会議(EuMC)で発表しており、予稿集にも掲載されました3)。MU-MIMOの検証については、最大8ユーザーの多重化テストで確認するために、レシプロシティを持つZFコヒーレントビームフォーミングを使用しました。

2. 設計と構造

図1に、BB(ベースバンド)及びIF(中間周波数)の処理ユニット、16台のRF(高周波)変換ユニット、16台のアンテナユニットで構成される、AAS(アドバンスドアンテナシステム)のブロック図を示します。

図1 39GHz帯ハイブリッドAAS試作機のブロック図

図1のように、RF変換ユニットとアンテナユニットを一体化したサブシステム筐体を備えたAAS試作機の外観を、写真1に示します。試作機の大きさは、ファンユニットを除いた状態で、幅約200mm、奥行き約200mm、高さ約250mmです。変換ユニットとアンテナユニットは、16本の送信IF信号ケーブルと16本の受信IF信号ケーブルを介して、BB/IF処理ユニットと接続しています。

写真1 AAS試作機のRFヘッド外観

BB/IF処理ユニットはFPGAベースで、16チャネルデジタル信号処理部、AD/DAデータ変換器、IF信号処理部を搭載しています。デジタル信号処理部はMIMOプリコーディングしたベースバンド信号を16チャネル生成できます。

BF/IF処理ユニットのアナログ信号の入力及び出力はそれぞれ、39GHz帯信号に変換するための変換ユニットと接続したIF信号で行います。アンテナユニットは更に変換ユニットへ接続しています。

写真2は、AASが搭載しているアンテナユニット単体となります。このアンテナユニットは、65nm CMOSプロセスによる8チャネル送信・受信アナログビームフォーミングICを2基搭載しています。このICは、東京工業大学との共同研究の成果として既に発表している28GHz帯 ICの周波数拡張版として試作しました4)。このICの特長の1つは、送受信器間で位相変換器を共有し、更に増幅器部に双方向回路を採用することにより、送受信器間の優れたレシプロシティを実現したことです。レシプロシティの確保はZFコヒーレントビームフォーミングを実現するうえで重要な要素です。

写真2 アンテナユニット外観

アンテナ素子は導波管構造をしており、マイクロストリップ線路でビームフォーミングICと接続されています。マイクロストリップと導波管の間の変換はプリント基板上に配置したテーパードフィン線路で行います。ビームフォーミングICと導波管を結ぶマイクロストリップ線路は可能な限り短く配置しており、アンテナへの給電は導波管で行います。この構造はアンテナへの給電損失の低減に有効です。導波管構造は断面で挟まれた誘電体基板からなり、より小さな導波管を可能にします。導波管はサイズが大きいことから、通常は機器への取り付けを避けますが、このケースでは断面が幅約4mm、高さ約2mmしかなく、アレーアンテナを構成するのに十分小さなサイズといえます。図2は、シングルアンテナ素子の放射パターンのシミュレーションを示しています。1つのアンテナユニットには導波管アンテナ素子を16個配置しています。

図2 導波管アンテナの構造とアンテナパターンのシミュレーション

16個のアンテナユニットはスタックされ、256素子のアンテナモジュールを形成しています。図3に示すように、交互にスタック可能な形状を実現するため、アンテナユニット上のBPF(バンドパスフィルター)やPS(電源)回路といった背の高い部品は、アンテナ及びICと分離して配置しています5)。その結果、放熱を管理しながら、アンテナ素子間を波長の半分近くの間隔で並べることができました。

図3 アンテナユニットのスタック配置

3. 測定結果

MU-MIMOを実現するには、AAS RU(無線ユニット)内にある16個のトランシーバを校正する必要があります6)。校正が不完全だと十分なヌル信号を形成できず、複数の不要なレイヤ信号が蓄積されるため、干渉抑制の効果が低減すると予想されます。そこで実験の実施前に完全な校正を行うため、各リソースブロックと各トランシーバ用の校正係数を用意し、DSPで適用しました。これにより、アップリンクとダウンリンクのレシプロシティを利用したチャネル推定が可能になりました。

今回の実験は電波暗室で行い、室内には、試作機と向かい合わせで、UE(ユーザー装置)を模した8個のアンテナと変換モジュールを設置しました。図4にその配置を示します。実験を通してこの配置は変更していません。

図4 AAS RUと8台のUEの幾何学的配置

実験で使用したテスト信号は、帯域幅100MHzの3GPP TS38.214に準拠したOFDM信号です。最初に数台のUEからSRS信号(サウンディング参照信号)を出力し、AAS RUで受信して分析しました。この情報をもとにビームのウェイトを算出しました。次に、ZF法を用いて、複数のUEにMU-MIMO伝送を行いました。レイヤ数を変更したときに各アンテナ出力の波形ゆがみが変わってしまわないよう、出力電力は正規化しました。信号の評価は、各UEのダウンコンバーターから得られたIF信号をKeysightベクトル・シグナル・アナライザで分析することで行いました。

2台、4台、8台のUEを用いた各実験で観察できたQPSKコンスタレーションの例を図567に示します。8台のUEを用いた実験では、-15.14dB、 -17.78dB、-16.46dB、-15.71dB、-16.04dB、-15.50dB、-11.30dB、-13.10dB(3GPP TS38.214に準拠)のEVM値を得ました。帯域幅100MHzのOFDM信号で、MCS Index Table 2に基づくランク適応制御を行った時の推定トータルスループットは2.42Gbpsでした。

図5 UE2台の空間多重化によるコンスタレーションとMSE(平均二乗誤差)の測定結果
図6 UE4台の空間多重化によるコンスタレーションとMSE(平均二乗誤差)の測定結果
図7 UE8台の空間多重化によるコンスタレーションとMSE(平均二乗誤差)の測定結果

測定は異なる端末数で複数回実施し、同時接続する数ごとにトータルスループットの評価を行いました。

例えば、2台のUEで実験する際には、8台の中から2台を選びました。この場合、組み合わせの数は8C2 = 28通りありますが、その中からいくつか選んで実験しました。すべての組み合わせはカバーしていませんが、多くの組み合わせを実験し、それぞれにトータルスループットを推定・算出し、UEの台数ごとの平均スループットとして評価しました。UEの台数が増えるほど平均二乗誤差は低下しましたが、設置した距離が近いため、各UEの受信レベルは、熱雑音レベルによる影響を受けるほど低くはなりませんでした。この平均二乗誤差の低下は、主に空間分離能力が不十分なことから生じる干渉によるものと考えられます。平均スループットとUEの台数の関係を図8に示します。スループットは、MIMOストリームが3本か4本までは直線的に増加しますが、それを超えると徐々に飽和する傾向を示し、7本の多重送信で最大スループットに達することがわかります。

図8 UE台数に応じたシステムスループットの測定結果

4. むすび

256素子アンテナによるハイブリッドビームフォーミング機能を備えたAAS試作機の検証を39GHz帯で行いました。モバイルアクセスを想定した実験では、100MHzの帯域幅でOFDM 8 MU-MIMO接続を達成し、2.42Gbpsのスループットが得られました。これにより39GHz帯でMassive-MIMOの実現可能性を実証することができました。

5. 謝辞

本研究開発は、総務省の「電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)」の一環として実施しています。

東京工業大学の岡田健一教授、並びに同研究室のメンバーのご支援にも謝意を表します。

参考文献

  • 1)
    T. L. Marzetta:Massive MIMO An Introduction,in Bell Labs Technical Journal,vol.20,pp.11-22,2015
  • 2)
    M. Hayakawa,T. Mochizuki,M. Hirabe,T. Kikuma and D. Nose:Effect of Nonlinear Distortion and Null Stability on Spatial-multiplexing Performance using 4.65-GHz-Band Active Antenna System with DPD, 2019 49th European Microwave Conference(EuMC),pp,1076-1079,2019
  • 3)
    T. Kuwabara,N. Tawa,Y. Maruta,S. Hori and T. Kaneko:A 39 GHz MU-MIMO using 256 Element Hybrid AAS with Coherent Beam-Forming for 5G and Beyond IAB Applications,2021 51st European Microwave Conference(EuMC),2022
  • 4)
    J. Pang et al.:A 28-GHz CMOS Phased-Array Beamformer Supporting Dual-Polarized MIMO with Cross-Polarization Leakage Cancellation,in IEEE Symposium on VLSI Circuits,2020
  • 5)
    T. Kuwabara,N. Tawa,Y. Tone and T. Kaneko:A 28 GHz 480 elements digital AAS using GaN HEMT amplifiers with 68 dBm EIRP for 5G longrange base station applications,2017 IEEE Compound Semiconductor Integrated Circuit Symposium(CSICS),pp.1-4,2017
  • 6)
    N. Tawa,T. Kuwabara,Y. Maruta and T. Kaneko:28 GHz Distributed-MIMO Comprehensive Antenna Calibration for 5G Indoor Spatial Division Multiplex,2021 IEEE MTT-S International Microwave Symposium(IMS),2021

執筆者プロフィール

桑原 俊秀
ワイヤレスアクセス開発統括部
シニアプロフェッショナル
田和 憲明
ワイヤレスアクセス開発統括部
プロフェッショナル
丸田 靖
ワイヤレスアクセス開発統括部
シニアプロフェッショナル
堀 真一
ワイヤレスアクセス開発統括部
プロフェッショナル
金子 友哉
ワイヤレスアクセス開発統括部
シニアプロフェッショナル