サイト内の現在位置を表示しています。

時代のムードを味わえる「あの頃はCHOCOLATE」の開発

NECのAI技術とチョコレート専門店のコラボレーションによって誕生した「あの頃はCHOCOLATE」。新聞記事に含まれる大量の単語をAIが分析し複数の味覚指標値に変換することで、時代のムードをチョコレートの味わいで表現、印象的な出来事があった5年分の味わいのチョコレートを製作・販売しました。本稿では、AIを活用した単語の味覚指標への変換方法について紹介するとともに、人とAIの共創による商品開発の可能性について述べます。

1. はじめに

NECは2018年に、最先端AI技術群「NEC the WISE」と、サンフランシスコ発のBean to Barチョコレート専門店、ダンデライオン・チョコレート・ジャパン株式会社様(以下、ダンデライオン・チョコレート様)とのコラボレーションにより、時代のムードをチョコレートの味わいで再現した「あの頃はCHOCOLATE」を開発しました。これは、2017年に販売し好評を博した「飲める文庫」に続く、AIによる味覚予測シリーズの第二弾商品となります。「飲める文庫」では、名作文学の読後感をコーヒーの味わいで表現しましたが、「あの頃はCHOCOLATE」では、新聞記事データに含まれる大量の単語をAIが分析した結果をもとに、過去の時代のムードをチョコレートの味わいで表現しました。

本稿では、「あの頃はCHOCOLATE」の開発プロセス、特に、AIを活用して単語をチョコレートの味覚指標に変換した方法について詳しく紹介します。

2. 「あの頃はCHOCOLATE」の開発プロセス

「飲める文庫」や「あの頃はCHOCOLATE」の企画は、人の感性をAIに学習させられないか?という発想から生まれました。人は、「ほろ苦い気持ち」や「甘酸っぱい思い出」などのように、気分や感情を味覚で表現することがあります。このような人の感性をAIに学習させることが1つの大きなチャレンジでした。また、平成の終わりを控え時代を振り返る風潮があるなかで、もう味わうことのできない過去の時代のムードをチョコレートという身近な食品で実際に味わう、という「AIを活用したこれまでにない体験」を提供したい、という思いのもと、本プロジェクトがスタートしました。

開発の全体像は、次の通りです。まず、過去約60年分の新聞記事に含まれる大量の単語の意味をAIが学習し、チョコレートの味わいを決める7つの味覚指標に変換します。次に、新聞記事に使われている単語を1年ごとに集計することで、各年のムードをチョコレートの味わいで表現したレシピをAIが作成します。そして、それらのレシピをもとに、印象的な出来事があった5つの年の味わいのチョコレートを、ダンデライオン・チョコレート様に製作していただきました()。

図 「あの頃はCHOCOLATE」の開発プロセス

以下、AIによる新聞記事データの分析プロセスについて、詳しく説明します。

2.1 文章の単語への分割

新聞記事データをAIに分析させるため、まず新聞の文章を形態素解析し、単語に分割します。形態素解析とは、ある文章を「意味を持つ最小限の単位(=単語)」に分割することで、文章やフレーズの内容を判断するために用いられます。例えば、「最小限の単位に分割しました」を形態素解析すると、「最小限/の/単位/に/分割/する/ます/た」と分割されます。今回は、固有名詞や新語にも対応しているNEologd1)という辞書を使用して形態素解析を行い、形容詞や動詞は基本形に変換して抽出しました。

2.2 単語のベクトル化

新聞記事から抽出した単語をAIに読み込ませて分析に使用するため、Word2Vec2)という手法を用いて単語を数値化(200次元程度のベクトル表現に変換)します。Word2Vecは、形態素解析された大量のテキストデータから、ニューラルネットワークを用いて「単語の使われ方」を学習することにより、単語をベクトルで表現することができます。Word2Vecでは、「単語の意味は、文章中にその単語が出現した際の周辺単語によって決まる」という分布仮説に基づいて学習を行っていきます。例えば「私は犬を飼っている」という文章と「私は猫を飼っている」という文章が与えられた場合、「犬」と「猫」という単語の周辺には同じような単語が出現しやすい、つまり犬と猫は意味が似ていると解釈することができます。この仮説に基づき、大量のテキストデータにおける単語の使われ方を学習させることで、似た意味の単語を似たベクトルで表現することができるようになります。

このように単語をベクトルとして表現することで、単語同士の類似度計算や、「パリ」-「フランス」+「日本」=「東京」のような単語の演算を行うことができるようになります。表1は、類似度が高い単語の例です。

表1 類似度が高い単語の例

2.3 学習データの作成

ダンデライオン・チョコレート様のご協力のもと、チョコレートの味わいを表現する7つの味覚指標(甘味、苦味、酸味、ナッツ感、フローラル、フルーティ、スパイシー)を決定しました。そして、約60年分の新聞の朝刊一面の記事から、頻出単語を約600語抽出し、各単語に対して7つの味覚指標を割り当てました(表2)。例えば、回復・改善・成長などは「甘味」、不安・低迷・厳しいなどは「苦味」といったように、単語から人がイメージする味わいを設定します。これが、「単語の味」に対する学習データとなります。

表2 学習データにおける味覚指標と単語の例

2.4 「単語の味」予測モデルの構築

NECのAI技術である異種混合学習を用いて、単語と味覚指標との関係性をモデル化しました。具体的には、Word2Vecでベクトル化した学習データの単語について、ベクトルの各次元の数値を説明変数として、その単語が7つの味覚指標に対応するかどうか(甘い/甘くない、苦い/苦くない、など)を判別する予測モデルを構築しました。このモデルを用いることで、さまざまな単語の味(味覚指標値)を算出することができるようになります。

今回の分析実行には、「NEC Advanced Analytics Platform(AAPF) with 異種混合学習」を使用しました。AAPFは、「NEC the WISE」の各種エンジンと世界標準OSSを統合したAI活用プラットフォームで、NEC独自のAI技術である異種混合学習と、テキスト分析に必要なWord2Vecや形態素解析などの各種ツールを、同一基盤上で連携させながら分析を行うことができます。

2.5 単語の味の予測と各年のレシピ作成

構築した予測モデルを使って、約60年分の新聞記事に含まれる全単語の味を推定しました。ここで、類似単語は似たようなベクトル(説明変数の値)になるため、味わいも近くなると考えられます。そして、推定した各単語の味を1年ごとに足し合わせ、味覚指標のレーダーチャートを作成しました。その際、単語の頻出度合いに応じて重みを変更したり、年ごと・味覚指標ごとに正規化などの統計処理を行うことで、年ごとの特徴を際立たせるように調整しました。

このようにして、約60年分の新聞記事を分析し、各年のレーダーチャート(チョコレートのレシピ)を作成しました。そして、印象的な出来事があった5つの年の味わいを表現するチョコレートを開発・商品化しました。商品化した5つの年のレシピを写真1~5に記載します。

写真1 1969年 人類初の月面着陸味

写真2 1974年 オイルショックの混迷味

写真3 1987年 魅惑のバブル絶頂味

写真4 1991年 絶望のバブル崩壊味

写真5 2017年 イノベーションの夜明け味

AIが作成したレシピによると、例えば1987年のバブル絶頂期には、「成長」や「最高値」「大幅上昇」といった、甘味やフローラル、フルーティの数値が高い単語が新聞記事に多く使用されているため、それらの数値が高くなっています。その結果、甘さと華やかさを感じられるチョコレートが完成しました。一方、1991年のバブル崩壊後は、「倒産」や「不況」「崩壊」といった、苦味や酸味、スパイシーの数値が高い単語が多く使用されており、株価の暴落や企業倒産が相次いだ暗い時代のムードを再現した味わいとなっています。

3. 人とAIの共創による商品開発

「あの頃はCHOCOLATE」の開発においては、AIに人の感性、つまり単語に対して人が感じる印象を味覚指標の数値として学習させただけでなく、「人とAIの共創」という新たなAIの可能性を示すことができました。普段のチョコレート開発では、まず使用するカカオ豆を決め、その豆の良さを最大限に引き出すようにチョコレートを作っていき、結果としてチョコレートの味わいが決まるそうですが、今回はAIが作成した時代のムードを表すレシピ、つまり、実現したい味わいが先に決まっており、それを目指してカカオ豆を選び、味を調整していく、というまったく逆のプロセスでした。ダンデライオン・チョコレート様からは、新たな視点や気づきを得られた、良い刺激を受け非常に有意義だった、とのお言葉を頂戴することができました。

NECでは、AIの方向性として「圧倒的な効率化」だけでなく、「人への示唆の高度化」、すなわち、人と共創するパートナーとしての役割も期待しています。例えば、ゴールが1つに定まらない商品開発などの場面において、AIが人とは違う角度からアイディアを提示することで商品開発の幅が広がることが期待されます。NECは、これらの両方向からAI技術の研究開発に取り組み、複雑化・高度化する社会課題に対し、人とAIが協調しながら叡智で解決することを目指しています。

4. むすび

本稿では、NECのAI技術とチョコレート専門店のコラボレーションによって生まれた「あの頃はCHOCOLATE」について、新聞記事データをチョコレートの味覚指標に変換し各時代のレシピを作成した方法を紹介しました。NECはこれからも、AIを活用した「これまでにない体験」の提供と、人の創造性を高めるAIの実現に取り組んでまいります。

参考文献

執筆者プロフィール

伊豆倉 さやか
AI・アナリティクス事業部
主任
世良 拓也
AI・アナリティクス事業部

関連URL