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容体変化予兆検知技術による早期退院支援の取り組み

患者の入院が長引くことにより、社会保障費の増大が懸念されています。患者の退院遅延の原因には、入院中の容体変化による治療起因の遅延や事務的な手続きの遅れに起因する退院調整の遅延などがあります。本稿では、治療起因の遅延の主要因である不穏及び誤嚥性肺炎についての取り組みを紹介します。不穏及び誤嚥性肺炎を検知するために、電子カルテ及びバイタルデータをもとに学習したAI技術を開発しました。これまでは未然検知が難しかったこれらに本AI技術を用いることにより医療従事者の未然介入が可能となり、早期退院につながる見込みを得ましたので紹介します。

1. はじめに

日本では、少子高齢化による社会保障費の増大が課題になっています。厚生労働省は、社会保障費の適正化の施策として、入院医療費の適正化に取り組んでいます。入院医療費の適正化のための手段として、患者の退院遅延を回避することが挙げられます。退院遅延の主要因の1つは、入院中に合併症を発症することです。入院期間が長期化する疾病の代表的な例として脳卒中があります1)。脳卒中患者において、合併症のなかでも不穏や誤嚥性肺炎の発症が多いという報告があります2)。平均在院日数と比較して、入院日数は不穏で約19日、誤嚥性肺炎で約14日遅延することが、過去の電子カルテデータから判明しています(脳神経外科の治療実績が東京都で2019年4位3)の実績を持つ北原国際病院の場合)。これらの合併症の回避を実現するため、NECは、北原国際病院グループと共同研究を実施し、不穏や誤嚥性肺炎の容体変化の予兆を事前に検知し、対処することに取り組んでいます。

NECは、これまでは未然検知が難しかった不穏及び誤嚥性肺炎を検知するため、電子カルテ及びバイタルデータをもとに学習したAI技術を開発しました。本AI技術を用いることにより医療従事者の未然介入が可能となり、早期退院につながる見込みを得ましたので、紹介します。

2. 不穏予兆検知

2.1 不穏予兆検知技術

本章では、容体変化予兆検知技術として、不穏予兆検知技術を紹介します。

不穏とは、入院患者に起こり得る、せん妄発生などに伴う混乱状態(幻覚妄想、感情不安定、錯乱)のことです4)。急性期病院に入院中の患者が不穏になると、図1に示すように点滴や酸素カニューレの自己抜去により治療が遅延したり、転倒・転落によるけがが発生したりするなどのリスクが高くなります。

図1 不穏と問題行動の例

北原国際病院におけるカルテ分析の結果、入院患者の約34%に不穏行動が確認されました5)。不穏行動を起こした患者は、退院が通常の患者よりも約19日遅延していました。北原国際病院で取得したオフラインでの少データ(入院患者9人分の約140時間分)での検証の結果、心拍数及び体温の経時変化が不穏と相関があることが分かりました5)図2に示すように、説明変数として、患者の心拍数(光電脈波波形のピーク間隔値)と皮膚体温の時系列データを取得します。心拍数と皮膚体温の時系列データから算出した特徴量と、映像データから生成した正例・負例データとしての不穏データとから、不穏識別モデルを生成します。予測時は、心拍数と皮膚体温の時系列データと、本モデルとから、不穏を予測します(図3)。

図2 学習時のデータの流れ
図3 予測時のデータの流れ

2.2 評価

不穏予兆検知技術に関して北原国際病院において評価を行いました。北原国際病院内に、図4に示す大規模データ収集実験環境を構築しました。

図4 不穏予兆検知の大規模データ収集実験環境

2018年7月~2019年2月までに延べ318晩のデータを収集しました。これらのデータをクレンジングして、3分割にして評価を行いました。評価結果を表1に示します。不穏行動の事前検知率が78%という結果を得ることができました。誤検知は1/4ほど発生しましたが、この数値は看護師らに許容可能であることをヒアリングから確認しています。

表1 不穏予測結果

以上の結果、脳神経外科向けの不穏予兆検知では医療者に許容可能な検知精度を得て、リアルタイム不穏予兆検知実証実験環境を構築しました。患者のバイタルデータ(心拍数など)を取得すると、患者データが端末に格納、分析されます。患者データから不穏発生のリスクがあると判定された場合、端末にアラートが表示されます。

今後は、リアルタイムに不穏予兆を検知し、医療者にアラートすることでの価値指標(医療者の負荷低減効果ならびに患者のインシデント発生リスク低減や早期退院効果)を評価していく予定です。

3. 誤嚥性肺炎リスク予測

3.1 誤嚥性肺炎リスク予測技術

本章では、容体変化予兆検知技術として、誤嚥性肺炎リスク予測技術を紹介します。

誤嚥性肺炎は前述の通り、脳卒中患者の合併症として発症するケースが多く、特に高齢者では嚥下の機能が弱まることにより、より発症のリスクが高まります6)。北原国際病院の過去5年間に入院した延べ8,000件の患者データから、誤嚥性肺炎リスク予測モデルを作成しました。予測モデルに活用したデータは、患者状態などの情報で、正解データは、北原国際病院において誤嚥性肺炎の治療で用いられる抗生剤の投与有無としています。予測モデルを作成するうえでの課題は、データの不均一により見逃しが発生することにありました。そこで、見逃しが減少するように学習する手法を導入しました7)図5に予測モデルの学習器を示します。

図5 予測モデルの学習器

予測モデルの評価のため、学習器のアルゴリズムの比較を行いました。表2に予測モデルの性能評価を示します。今回試作した予測モデルが一般モデル(ロジスティック回帰)と比較して、同じ特異度でありながら高い感度及びAUC(Area Under the Curve)を達成していることが分かります。誤嚥性肺炎発症の見逃しを防ぐため、同じ特異度であれば高い感度及びAUCが重要だと考えています。したがって、今回試作した予測モデルを実証実験に用いました。

表2 予測モデルの性能評価

3.2 誤嚥性肺炎リスク予測

北原国際病院における誤嚥性肺炎リスク予測の実証実験は2018年8月から10月まで3力月間行われました。図6に誤嚥性肺炎リスク予測の実証実験の概要を示します。リスク予測を行うAI技術は入院初期(今回の実証実験では入院4日目)に誤嚥性肺炎のリスク予測結果を出力します。この出力結果をもとに医療スタッフが予防ケアを1週間行います。予防ケアは、口腔ケアの強化、ベッド角度アップ、呼吸訓練、腹圧訓練です。評価項目は入院5日目から1週間における誤嚥性肺炎の発症者数です。

図6 誤嚥性肺炎リスク予測の実証実験の概要

表3に実証実験前及び実証実験中の入院5日目から1週間における誤嚥性肺炎の発症者数の比較を示します。実証実験前の3力月で誤嚥性肺炎の発症者数は7名いましたが、実証実験中では0名となりました。今回の実証実験により効果は確認できましたが、統計的に被験者数が不十分であると考えています。今後、被験者を増やしていき、評価の精度を高めるとともに、早期退院への効果を検証していく予定です。

表3 誤嚥性肺炎の発症者数の比較

4. むすび

本稿では、これまでは未然検知が難しかった不穏及び誤嚥性肺炎を検知するため、電子カルテ及びバイタルデータをもとに学習したAI技術を開発しました。本AI技術を用いることにより医療従事者の未然介入が可能となり、早期退院につながる見込みを得ました。今後は、予測精度改善やリアルタイム検知に向けて実証実験を進めていく予定です。


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    Wi-Fiは、Wi-Fi Allianceの登録商標です。
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    その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。

参考文献

  • 1)
    厚生労働省:平成29年(2017)患者調査の概況,2017
  • 2)
    脳卒中合同ガイドライン委員会:脳卒中治療ガイドライン2009,2009.8
  • 3)
    読売新聞:病院の実力「脳卒中」,2019年5月19日朝刊
  • 4)
    粟生田 友子:高齢者せん妄のケア,日本老年医学会雑誌,第51巻5号,pp.436-444,2014
  • 5)
    大野 友嗣、細井 利憲、久保 雅洋、清水 哲平、森口 真由美:患者データに基づく入院患者の不穏予兆検知,第37回 医療情報学連合大会,2017.11
  • 6)
    Shinji Teramoto, Yoshinosuke Fukuchi, Hidetada Sasaki, Koichi Sato, Kiyohisa Sekizawa, Takeshi Matsuse:High incidence of aspiration pneumonia in community- and hospital-acquired pneumonia in hospitalized patients: a multicenter, prospective study in Japan,Journal of the American Geriatrics Society,vol.56,Issue 3,pp.577-579, 2008.2
  • 7)
    Leo Breiman:Bagging predictors,Machine Learning,vol.24,Issue .2,pp.123-140,1996.8

執筆者プロフィール

林谷 昌洋
データサイエンス研究所
主任
大野 友嗣
データサイエンス研究所
主任
久保 雅洋
データサイエンス研究所
主任研究員

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