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工場機器をリアルタイムに遠隔制御する無線ネットワーク技術:無線ExpEther

NECは、工場などの製造現場において、センサー・アクチュエータ・ディスプレイなどの入出力デバイス(I/Oデバイス)を無線環境で遠隔のコンピュータからリアルタイムに集中制御するネットワーク技術「無線ExpEther」を開発しました。工場などの製造現場は、金属による電波の反射・減衰などが起こりやすく、通信ロス(パケットの途中消失)が頻発する可能性があるため、無線での遠隔制御には過酷な環境です。そのような過酷な環境でも、コンピュータとI/Oデバイスとの間の制御信号やデータを正しく伝送する「レートレス符号方式」を用いることで、コンピュータとI/Oデバイスとの安定した無線ネットワーク接続を実現します。本技術の開発により、産業機器とIT機器の融合による新しい機能の実現を可能にします。

1. はじめに

近年、IoTの普及により、工場の製造現場などでは、膨大な数のセンサーや製造機器などをネットワークに接続し、リアルタイムに制御することが求められています。これに対し、NECは、センサー・アクチュエータ・ディスプレイなどの入出力デバイス(I/Oデバイス)をネットワーク化できる「ExpEther」(エクスプレスイーサ)という技術を、提案・普及する活動を行っています。これにより、複数のデバイスを遠隔から接続し制御することが可能となります。

更に、センサーや機器が、有線でつながっていることによる作業効率の低下、製造ラインの頻繁な変更により、有線ネットワークでの接続が困難であるために無線ネットワーク接続へのニーズが高まっています。そこで、「ExpEther」の無線化にも取り組んでいます。

本稿では、NECの独自技術である「ExpEther」と、この無線化の実現する技術について解説します。

2. IoTデバイスのリアルタイムな遠隔制御を実現する「ExpEther」

NECのネットワーク技術「ExpEther」は、コンピュータとI/Oデバイスを接続する際に、通常はコンピュータの筐体内部で利用されるシリアルバス規格PCI Expressを、有線のイーサネットを通じてコンピュータの筐体外まで伸長することで、遠隔地であっても低遅延で接続することができる技術です。これにより、サーバやワークステーションなどのコンピュータを、サーバ室など1カ所に集めて集中管理し、デバイスのみを現場に配置して、有線のイーサネットで接続し、各種機器のリアルタイムな遠隔制御を可能にします。

現在、工場などの現場では、IoT機器の導入の検討が進んでいます。IoTの導入には、センサーからの情報収集やAIによる分析処理のための高性能なサーバなどを、現場に設置する必要があります。しかしながら、一般的なIT機器は、粉塵や熱などの悪環境、設置スペースの課題、メンテナンス性など、さまざまな課題があり、容易にIT機器を現場に設置できない課題があります。その際、「ExpEther」を用いることで、次のように解決できます。(1)現場には情報収集・制御に必要なI/Oデバイスだけを設置すればよいので、耐環境性が確保できます。(2)悪環境に対応できないサーバなどのコンピュータデバイスは、遠隔地に配置する構成を取ることができます。

また、現在、AIなどを活用した産業機器の高度化が進んでいますが、産業機器は、特定機能に最適化された構成のため、容易にIT機能を装置に付与することができません。このようなケースにおいても、産業機器に「ExpEther」を搭載しておくだけで、必要に応じて、ネットワーク上にGPUやストレージなどを接続し、IT機器を付与して、産業機器とIT機器の融合による新しい機能の実現を可能にします。

3. 「ExpEther」の無線化を実現する高信頼無線技術

3.1 「ExpEther」無線化の課題

コンピュータデバイスは、一般にホストコンピュータに直接接続されます。その際、デバイスとホスト間の通信にパケットロスやタイムアウトが発生しないことを前提としています。そのため、コンピュータバスプロトコルには、デバイスの物理故障を検知するためにタイムアウト制約が設けられています(標準で50ms)。この制約を満たせず、パケットロスやタイムアウトが発生すると、コンピュータシステムにエラーやシステムダウンが発生します。コンピュータバス通信をネットワークで仮想化する「ExpEther」においても、このタイムアウト制約を必ず満たす必要があります。

従来の「ExpEther」では、コンピュータバス通信を実現するために、ネットワーク上で発生するパケットロスに対して再送制御を行うことで、ロスレス通信を実現していました。再送制御ではパケットロスが発生した場合、ロスパケットを再送します。これは、有線イーサネットのようにパケットロス率が低く、遅延が短いネットワークを前提とした方式です。有線ネットワークではパケットロス率は10-4以下であり、遅延も数百us以下であるため、再送が多重に発生した際にもコンピュータバス通信のタイムアウト制約を超えることはありません。

一方で、無線ネットワークにおけるパケットロス率は、10-3以上、遅延は数ms程度となることが知られています。無線ネットワークのような環境で通信を行う場合、再送制御を用いたロスレス通信を行うと、パケット再送が多重に発生することが考えられます。このような環境では、コンピュータバス通信のパケット到達遅延が増加し、コンピュータバス通信のタイムアウト制約が満たせないという問題が発生します。そのため、無線ネットワークにおいて、「ExpEther」を使用するためには、パケットロス率が高いネットワークにおいても、ロスレス通信とタイムアウト制約を満たすための新たなトランスポートが必要となります。

3.2 レートレス符号を用いた高信頼低遅延通信技術

NECは、無線ネットワークのようなパケットロスが頻発する環境でもタイムアウト制約を満たすために、冗長符号化の一種であるレートレス符号を用いて、高信頼な無線通信を提案します。提案方式の概要図を図1に示します。レートレス符号は、ある一定数のパケットからランダムに選択して、排他的論理和(XOR)を取った符号化パケットを生成し、受信側で符号化に使用したパケット数以上の符号化パケットを受け取ると、復号可能となる符号化方式です。本方式は、送信側が発生させるコンピュータバスへ送出するパケットをある一定数まとめてレートレス符号により符号化し、受信側から応答パケット(ACK)が届くまで、符号化パケットを次々と送信します。受信側では、ある一定数のパケットが復号できるまでパケットの受信を行うため、再送要求を行うことなくパケット到達が可能であることから、低遅延に通信を行うことができます。更に、コンピュータバスのタイムアウト以内にパケット到達可能であることを保証するために、コンピュータバスの送信元から受信元までのパケット到達遅延を待ち行列モデルで表現し、最大到達遅延を数式化することで、符号化に使うパケット数を調整します。具体的には、無線イーサネットのパケット紛失率・遅延やコンピュータバスの最大キュー長などを数式モデルに入力し、レートレス符号で一度に符号化するパケット数を決定することで、コンピュータバスプロトコルの遅延要求を満たすような伝送遅延を保証することができます。

図1 提案方式概要

図2図3に、パケットロス率を変化させた時の実験結果を示します。本実験ではI/OデバイスにSSDを接続し、ストレージアクセスのレイテンシ及びスループットを評価しました。また、比較対象として、従来の再送制御による通信方式と比較を行いました。

図2 レイテンシ評価
図3 スループット評価

図2は、最大レイテンシの評価結果を示しています。この結果が示す通り、パケットロス率が1%以上の時は、提案方式の方が低遅延にパケット転送できていることが分かります。また、今回の実験では、従来方式はパケットロス率5%を超えると(遅延が40msを超えるため)、I/Oデバイスの接続断が発生したのに対し、提案方式ではパケットロス率40%以上でも(実験では70%まで)、I/Oデバイスの接続が保たれることが確認できました。これにより、パケットロス率の高い無線ネットワークでも、コンピュータバス通信の実現が可能であるといえます。

図3は、スループットの評価結果を示しています。最大レイテンシの評価結果と同様に、パケットロス率が1%以上の時は、提案方式の方が高いスループットを保つことができ、最大で8倍の性能向上が見られました。これは、提案方式が従来方式に比べ低遅延に通信できているため、コンピュータバスのトランザクションが高速に実行されることが、スループット性能の向上にも寄与したと考えられます。以上の評価により、提案方式は、パケットロス率が高いネットワーク環境においても低遅延で、より高スループットな通信を実現することができることを示しました。

4. 今後の予定

「ExpEther」技術は、技術普及を目指し、2008年ExpEtherコンソーシアム設立、2012年世界初製品化したのち、社会インフラ領域を中心にさまざまな領域で利用されています。

また、近年のIoTやAIの活用においては、リアルタイムにさまざまな情報収集や制御を行うために、ネットワークインフラがない環境や、設置の自由度が求められる工場などの環境下においては、低遅延で高信頼な無線技術の確立が望まれています。

今後、NECは、本技術の実用化を目指し、複数無線を利用したマルチリンク冗長転送による信頼性の向上や、実環境での性能評価などの開発を進めていきます。

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    Ethernetは、富士ゼロックス株式会社の登録商標です。
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    PCI Expressは、PCI-SIGの登録商標です。
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    その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。

参考文献

  • 1)
    Y. Hayashi, J. Suzuiki, M. Kan, T. Yoshikawa and S. Miyakawa:Delay-bounded transport using rateless codes for I/O bus over wireless ethernet, 2016 IEEE International Conference on Communications (ICC), Kuala Lumpur, pp. 1-6, 2016
  • 2)
    J. Suzuki, Y. Hidaka, J. Higuchi, Y. Hayashi, M. Kan, and T. Yoshikawa:Disaggregation and Sharing of I/O Devices in Cloud Data Centers, IEEE Transactions on Computers, vol. 65, issue 10, pp. 2013-3026, 2015
  • 3)
    D.J.C. MacKay : Fountain codes, in Proc. IEE Commun, 2005.12

執筆者プロフィール

林 佑樹
システム・プラットフォーム研究所
鈴木 順
システムプラットフォーム研究所
主任
竹中 崇
サービス・テクノロジー本部
シニアエキスパート
飛鷹 洋一
IoT基盤開発本部
シニアエキスパート

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