Japan

関連リンク

関連リンク

関連リンク

関連リンク

サイト内の現在位置を表示しています。

インフルエンザ拡大防止の観点から 赤外線サーモグラフィによる 体表温度計測事例の紹介

Vol.62 No.3 2009年9月 ICTでナビゲートする環境にやさしい社会特集

赤外線サーモグラフィは、物体から放射される熱エネルギーを受光し温度分布として映像化する装置です。主な用途では、電気設備診断・機械設備診断・温度異常監視などで利用されていますが、インフルエンザ拡大防止の観点から発熱した人間を検知するために空港検疫所様を始め、様々な企業から注目を集めるようになりました。本稿では、発熱者を精度良く検知するための製品動向と利用技術の向上を目指した取り組みを紹介します。

1. はじめに

赤外線の歴史は、1800年にウイリアム・ハーシェル(W.Herschel,1738~1822)が太陽の可視スペクトルの赤色端より波長の長いところで熱効果の大きい放射が存在することを発見したことが起源となります。ハーシェルは、光学機器の製作者として、レンズやプリズムに関する研究を行っており、その過程でプリズムによって生じる太陽光のスペクトルに関心を持ち、『虹』の各色で加熱作用が異なることに気付きました。そして可視光の領域で、紫色から赤色にいくほど加熱作用が大きくなり、赤色の外側の目では見えない部分に更に大きな温度上昇を起こさせる赤外線を発見しました。この発見以来、多くの研究者により赤外線の研究が行われ、現在では、広い分野でその技術が応用されています。

赤外線の波長帯域は、可視光と比べ0.75μm~1,000μmと帯域が広いため、近赤外、中赤外、遠赤外と帯域を分けて呼ばれています。赤外線サーモグラフィは、8~13μmの中赤外から遠赤外にかかる帯域を利用しています。この赤外線サーモグラフィは、物体から放射されるエネルギーを受光し、2次元温度分布として映像化します。この特長を活かし、電気・電子分野はもとより、工業製品の品質管理・プラントメンテナンス・構造物診断・セキュリティ監視など、多岐にわたり応用されるようになりました。また、新たな需要として新型インフルエンザの拡大を水際で食い止めるために空港検疫所様や業務継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の観点か
ら、様々な企業にまで幅広く利用されるようになってきました。本稿では、赤外線の原理について簡単に解説し、体表温度計測として顔の表面温度と環境温度の関係について測定した事例をご紹介します。

2. 赤外線放射の法則と温度測定の原理

赤外線サーモグラフィで正確な温度測定を行う場合に理解しておくべき原理・法則について述べます。1860年にキルヒホッフは、『熱線の良い吸収体は良い放射体である』という法則を発見し、黒体の概念を導入しました。またプランクは、黒体熱放射のスペクトルを光量子の概念によって証明しました。以下に赤外線の原理と法則を示します。

温度測定の原理

すべての物体は、絶対零度(0K:-273.15℃)以上であれば、原子や分子の振動または回転により、ある波長のエネルギーを放射しています。この放射エネルギーを考える基礎となるのは、『黒体(Black body)』です。黒体とは、いかなる波長においても入射したすべてのエネルギーを吸収する物体(放射率=1)と定義され、この黒体の温度と熱放射の関係は、1900年にプランクにより黒体放射の理論として確立されました。図1にプランクの式による黒体分光放射発散度グラフを示します。図1から分かるように、温度が高くなるほど放射発散度は高くなり、ピークの波長は短波長側にシフトしてゆくことが分かります。

図1 プランクの式による黒体分光放射発散度

式1にプランクの放射式を示します。波長λにおける分光放射発散度Rλは、波長と温度の関係として表されます。

上記プランクの式1による分光放射発散度を全波長で積分すると単位面積あたりの放射発散度Rを求めることができます。式2に示します。

物体が黒体でない(放射率≠1)場合は、エネルギーは、プランクの式に(1‐反射率)を乗じた値となり、ステファンボルツマンの公式は、式3のようになります。

 

この式から、放射発散度は温度により一義的に決定され、その4乗に比例します。これはステファンボルツマンの法則と呼ばれ、この式を利用して物体から放射される赤外線の輝度から温度を測定することができます。これが赤外線サーモグラフィです。

3. 体表温度検査システム

赤外線サーモグラフィは主に工業用途に利用され、測定温度域(測定レンジ)は低温域(-40℃)から高温域(2,000℃)まで幅広く測定できるよう汎用的に作られています。一方、体表温度計測用サーモグラフィは、体表面温度を正確に測定できるよう測定レンジを0~50℃と狭め測定精度を±2℃から±1℃に向上させています。また、カラー画像と温度異常画像の判別が容易なようにカラー画像をモノクロ画像に変更し温度異常部分のみを赤色に表示するよう調整されています。異常温度検出時のアラームを外部出力し、パトライトなどの外部装置と連動させることも可能です。図2に、体表温度検査用サーモグラフィTVS-500ISの外観図を示します。図3では、TVS-500IS・アラームユニット(パトライト)・モニタを組み合せたシステムを紹介します。

図2 体表温度計測用サーモグラフィTVS-500IS
図3 体表温度検査システム

4. 体表温度測定の実験検証

弊社では、アジア地域でSARSが流行した2004年から、空港検疫所様へ赤外線サーモグラフィを納入し高い評価を頂いています。弊社の製品は、工業用測定レンジを搭載した製品が主流でしたが、今回、人体測定にフォーカスし、より精度を向上したモデルを発売しました。以下に赤外線サーモグラフィにて人間の手を計測し温度変化を追った事例を紹介します。図4は、非喫煙者と喫煙者が同じ条件で喫煙した場合の温度変化を測定した図です。非喫煙者は、喫煙直後に手の血流が悪くなり温度が低下しますが、1分後から回復している様子が分かります。一方、常習喫煙者は、回復が遅いことが分かります。この様に赤外線サーモグラフィでは、温度分布や時系列の変化をリアルタイムで捉えることが可能です。

図4 測定事例:喫煙直後のサーモグラフィ画像

実験検証

体温測定に赤外線サーモグラフィを利用する場合、体温と体表温度の関係についてよく質問を受けます。我々は、体温と体表温度の違いを把握する目的で、社内の人間に協力してもらい、体温と体表温度の違いについてフィジビリティスタディを行いました。恒温室を0℃、5℃、10℃、15℃、25℃、30℃の環境に設定し、人が環境温度に慣れる馴化時間を15分間と設定し、赤外線サーモグラフィにて顔の温度分布を、市販の接触式体温計にて体温を測定しました。赤外線サーモグラフィにて撮影された顔の温度分布の最高温度を取り、平均化しました。図5に恒温室から出てきたときの顔の温度グラフを示します。

図5 体温と体表温度の違い

図5は、環境温度ごとに各被験者の体温の平均値と体表温度の平均値をグラフ上にプロットしたものです。体温は、環境温度が変化しても服を着るなどの防寒対策を行うため大きな変化は見られませんが、体表温度は、環境温度によって変化し、環境温度が高くなるにつれて体温に近づいてゆくことが分かります。また、口腔や耳の穴を測定するとより体温に近い温度を測定できます。

以下に、医学文献より抜粋した体温と体表温度の関係を図6に示します。

図6 体表温度と体内温度の違い(医学文献)

図5では、環境温度が25℃のとき、体温は36.4℃、体表温度は34.8℃となります。図5及び図6は、測定条件が異なるため表面温度に若干の違いはありますが、環境温度が上昇するにともない、体表温度と体内温度の差が小さくなってゆく点では、ほぼ相関が取れます。

これらのグラフから、空港などの環境温度が一定の場所では、アラーム設定値を検出したい体温より1.6℃程度低い値にすれば良いことが分かります。例えば、体温が38℃以上ある人物を検出する場合は36.4℃をアラーム設定値とすれば良いことになります。

しかし、図5では、環境温度が15℃より低くなると体表温度と体温の差が大きくなり、同時に個人差の幅も大きくなるという結果が出ています。このため、冬に屋外から建屋に入ってくる人物を測定する場合には更に十分な検討が必要です。赤外線サーモグラフィで顔の温度分布を測定した結果では、環境温度・個人差により人間の体表温度はかなりバラツキがあることが分かりました。企業などでご利用いただく場合には、測定する環境温度・撮影条件などを考慮に入れたアラーム設定が重要となります。

5. 利用技術の向上を目指して

赤外線サーモグラフィを利用した体表温度測定は、非接触でリアルタイムに人の体表温度を測定できるメリットは大きいものの接触式体温計などと比べると温度測定誤差が±1℃と大きいため、更に温度測定の向上を図ることが必要です。弊社では、温度測定精度の向上を図る目的で、図7に示すように簡易的な基準温度熱源を被験者のそばに設置し、赤外線サーモグラフィで同時に撮影を行うことを検討しています。この手法は、エアコンなどの外部環境によるゆらぎの影響を補正することができるばかりでなく距離によるエネルギーの減衰にも対応でき高精度な温度測定が可能となります。図8に測定イメージを示します。

図7 簡易黒体と組み合せた撮影イメージ
図8 抽出された熱画像イメージ

図8では、基準熱源と人間の温度を比較表示しているイメージ図です。TVS-500ISに標準装備されているMaxポイント機能にて瞬時に高温部位の温度情報の抽出・アラーム出力が可能となります。

6. おわりに

インフルエンザ拡大防止対策として赤外線サーモグラフィは、空港検疫所様を始め、各企業からも大きな関心を寄せていただいています。本稿に記載しましたフィジビリティスタディをもとに、研究者の方々との意見交換を行い精度の高い製品開発・利用技術の向上に努めたいと考えています。

参考文献

  • 1)
    Aschoff J: Hauttemperatur und Hautdurchblutung im Dienst der Temperaturregulation Klinische Wocheuochrift36:pp.193-201,1958
  • 2)
    赤外線技術研究会編:“赤外線工学 基礎と応用”,オーム社,1991
  • 3)
    赤外線サーモグラフィによる非破壊評価特別研究委員会:“赤外線サーモグラフィによる設備診断・非破壊評価ハンドブック”,〔社〕日本非破壊検査協会
  • 4)
    太田二朗:“赤外線サーモグラフィによる計測技術”,エレクトロニクス実装学会誌,Vol.9 No.6,2006,pp.446-450
  • 5)
    太田二朗:“赤外監視カメラの製品動向と事例紹介”,計測技術最新の計測制御機器,日本工業出版,Vol.37,No2,2009, pp.44-47
  • 6)
    三栄レポート No.106,NEC三栄株式会社,2004
  • 7)
    入来正躬:“体温生理学テキスト ~わかりやすい体温のおはなし~”,2003,文光堂

執筆者プロフィール

太田 二朗
NEC Avio赤外線テクノロジー
マーケティング本部
エキスパート
濱田 枝里
NEC Avio赤外線テクノロジー
マーケティング本部
マーケティング部

Escキーで閉じる 閉じる