Japan

関連リンク

関連リンク

関連リンク

関連リンク

サイト内の現在位置

第2回 衛星造りのたすきを渡した日々

宇宙科学を支える小さな衛星(ほし)第2回 衛星造りのたすきを渡した日々

「ひさき」の組み立てリーダーを担当した西根成悦は「現代の名工」にも選ばれたベテラン技能者だ。ハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」をはじめ、「はやぶさ」「あかつき」など多くの衛星・探査機を手がけてきた。その西根と組んだ浦添秀市は、衛星本体の組み立てを初めて担当する若手。彼らはどんな思いでこの仕事に取り組み、仕事を通じてどのような「たすき」をつないだのか。仕事ぶりを間近に見守った検査リーダーの藤田真司も交え話を聞く。


西根 成悦
NEC東芝スペースシステム

写真:NEC東芝スペースシステム 西根 成悦

(インタビュー・構成 喜多 充成

「超ベテラン」とパートナーを組んで

──宇宙の仕事をしている人でも、実際に宇宙に上がる衛星にさわれる人は少ないそうですね。「フライト品には絶対に触れてはいけない」と言われて育ってきた人のほうがはるかに多数派だとか。


西根:
そうですね。

──精密機器ですから当然でしょうか、そんな緊張する仕事に西根さんはもう何年関わってこられたのですか。


西根:
38年目になります。

──「ひさき」では、若手を指導する立場としてかかわったのですか?


西根:
いえいえ、あくまで1プレーヤーとしてです。若い浦添とは年こそ親子ほど違いますが、上下関係ではなく先輩後輩。むしろこの衛星に関しては浦添のほうがキャリアが長いくらいですから。

──というと? どういうことでしょうか。


浦添:
私は、「ひさき」で採用された小型衛星標準バスで、フライト品に先立つ熱構造試験モデルの組み立ての段階から関わっていましたので。

──でもずっと地上に置かれる試験モデルと違って、実際に宇宙に行くフライト品に触るというのは、いよいよ1軍のマウンドに上がるピッチャーとか、フライトが決まった宇宙飛行士のような、うれしさと、緊張があったのではないかと思いますが、指名を受けた時、どのように思われましたか?


浦添:
写真:NEC東芝スペースシステム 浦添 秀市
NEC東芝スペースシステム
浦添 秀市

入社して間もない頃は、わけも分からず言われるままやっていましたが、多少経験を積んで、自分なりに段取りを考えてやれるようになってきたかなと思い始めた時期でしたので、衛星担当に指名された時には自分の成長につながると思い「分かりました、ありがとうございます」と答えたと思います。

──「西根さんは難しい人だよ」とか「怖い人だよ」とかおどかされませんでしたか(笑)?


浦添:
いえ、フライト品を触るのは少し怖さもありましたが、西根さんは怖くないです。
西根:
優しいですよ(笑)。

──失礼しました(笑)。では、具体的な組み立ての仕事の中身は?


浦添:
衛星を支えるパネルに電子機器やワイヤーハーネス(電線の束)を取り付け、出来上がったパネルどうしを接合し、多層断熱材を組付けていくという作業です。一度組み立てたら終わりではなく、検査や様々な試験をはさんで何度か組立てたり分解したりを繰り返し作り上げて行くんです。
西根:
確実に作るためには図面/手順書どおりに進める必要があるが、全部が図面/手順書に書いてあるわけではないし、図面/手順書の情報だけでは作れないこともあるんです。

──図面/手順書が不完全だということですか?


西根:
写真

部品どうしの干渉を避けたり、組み立てる順序を変えたり、現場で調整しながら進めなければならない部分はどうしても残ります。組み立てのパートは、それまでに作られてきた部品など、みんなの仕事を最後に形にする仕事なので、その重みは感じています。

衛星の仕事はたくさんの人が関わるので、何より大事なのはチームワークです。分かったつもりになっていると痛い目にあうことがあります。話さないと分からないし、マメにコミュニケーションを取ることを怠ってはいけない。浦添のやり方を見守りながら「それもいいけど、こういう方法もあるんじゃないか」とアドバイスしてきました。

──西根さんと仕事して「自分の成長」を実感しましたか?


浦添:
自分ではよく分からないですが、周りからはそう言われることはあります。作業スピードが上がったことも一つですが、図面/手順書を読み込んで作業の段取りを自分なりに考え、どのような道具を準備し、どんな順序で作っていくか、より具体的にイメージができるようになりました。自分で考えた手順でいいのかどうか、もちろん確認しながら進めてきました。
西根:
最初から最後までやり終えて、もう細かく言わなくても分かるし、作業の進捗を見ながらちゃんと動いてくれる。周囲からも「浦添は頼りになるようになった」と言われます。それは私も嬉しいですね。

──浦添さん、すごくホメられていますよ。


浦添:
えー、どう振る舞っていいのか分かりません(苦笑)。

試験を徹底的に重ねる、衛星組み立て作業

──衛星システムとしては「スペースワイヤ」を本格採用し、標準化された衛星バスも新設計。従来の衛星と違う部分は感じましたか?


西根:
写真

同じような作り方で衛星バスをいくつも作るという考え方は、新しいと思います。でも1機1機が大事なのは変わりませんし、衛星を作るという基本も変わりません。スペースワイヤに関しては、ケーブル1本1本は細くなっていますが、密集すると太くなるので、ワイヤを所定の位置に収めるのが硬くてたいへんです。

衛星そのものも小型ですから、モノ(搭載機器)の密度が高まり、難易度も上がっています。

──「こんな図面/手順書では組み立てられない!」と設計者にダメ出しすることもあるのですか?


西根:
ただできないと文句を言うだけじゃダメですね。「こうすればできる」とアイデアも含めて返さないといけません。次から次と衛星が控えていますが、今回は1号機なので「こういう点を改めると組み立てやすくなるし、コストも下がるよ」というフィードバックは意識してやったつもりです。

──藤田さんは検査担当ということですが、西根さんや浦添さんとはどのように関係されたのでしょうか?


藤田:
写真:NEC東芝スペースシステム 藤田 真司
NEC東芝スペースシステム
藤田 真司

組立作業中も作業を見守り、安全に作業をしているか、機器や体が接触しないか等を見ながら、機器の組付け、全てのネジが規定の締め付け力で締め付けられたか等を確認し、記録に残していきます。

──検査リーダーと伺っていたので、もっと年配の方かと思っていました。


西根:
衛星を組み立てたり動かしたりするたび前後に必ず、パネルにへこみは無いか、キズはないか等の外観検査が入ります。また、機器を1つ1つ組付けながら試験をし、全体が組み上がったら試験、様々な機械的試験を行う前後でその都度試験等、常に周りの環境が変わるたびに何かしらの検査や試験を行っています。長く緊張が続く細かい仕事なので、体力のある若手のほうがいいんです。

──一つ間違えるとモノを壊してしまうという緊張感もあると思います。アクション映画でよくある、時限爆弾の解除みたいな、あのようなシーンが連続するということでしょうか?


藤田:
そこまではないですが、すごく緊張はします。

──「現代の名工」でもある西根さんだから心配ないよね、とサラッと終わらせたりはしないですよね?


藤田:
もちろんちゃんと確認しています(笑)。衛星製作に関わる図面や手順書、チェックリストは、全部まとめるとたぶん衛星本体よりはるかに重いし嵩(かさ)も大きいと思います。また、それ以外に、検査や試験の電子データも全て記録されており、膨大な量になります。

──衛星の信頼性とは、そういうことなんですね。検査を通して、浦添さんの成長ぶりが見えましたか?


藤田:
進歩したと思いますね。技術はネジを固定する接着剤の付け方などに顕著に出ますが、もう新人とは比べ物にならないくらい格段にキレイになりました。

──西根さんなみ?


藤田:
そのレベルにはまだまだ(笑)。

「衛星に最後にさわったのは、彼」

──NECだけでも最大時100人規模のチームで関わった衛星ですが、最終的に組み立てるのは意外に少ない人数なんですね。もっとたくさんの人が関わっているのだという先入観を持っていました。


竹田:
写真

クレーン作業などが入るときはもう1人応援を呼びますが、組立に直接携わるのは、主に2人ですね。

浦添:
西根さんは普段は物静かなのですが、クレーン作業で声を張るときには、びっくりするぐらい大きな声を出します。射場作業など現場経験の賜物ですよね。見習わなきゃいけないなと思いました。

──衛星のフライト品をロケットに搭載した状態で、最終的な試験を行ったそうですが。


西根:
M-Vロケットの頃は、ダミーの衛星(同寸の模型)をロケットメーカーの工場に持ち込み、実際に組み立てて確認をしていました。

──現場で慌てないため、事前に十分なリハーサルをやっていた。


西根:
でも今回のイプシロンではそれを射場でおこないました。PAF(パフ、衛星とロケットを結合する部品)だけは事前に借りてきて、宇宙科学研究所で噛み合わせのテストをやっていますが、射場でも一発でうまく行きましたね。

──イプシロンロケットでは打上げ直前まで衛星にアクセスすることができるという点がアピールポイントのひとつで、「レイトアクセス3時間」というのは世界的にも最高水準です。「ひさき」では打上げ直前の作業はどのようなものでしたか?


西根:
衛星は外部と電力を送ったり通信をしたりするアンビリカルケーブルという線で最後まで結ばれています。また、「ひさき」では内部の一部機器を真空に維持するために配管をつなげていました。その配管を外し、外した部分を多層断熱材で覆うという作業が最後に残っていました。

──NECのプロジェクトマネージャーの鳥海さんは、イプシロン管制センターからその作業をモニターカメラで見守りながら「忘れ物するな、ぶつけるな」と心の中で祈っていたそうですが。


西根:
レンチなどの工具類は紐で手首と結び使用しています。落としたり忘れることはないが、落とした勢いであちこちぶつかっても困るので細心の注意をはらいます。板の上で腹ばいになり、ほぼ全身をフェアリング(ロケット先端部の衛星を覆うカバー)の中に入れて行う、最後のヤマ場の作業です。

──何度もそれを乗り越えてきたわけですね。


西根:
ええ、でも今回、最後に衛星に触ったのは浦添なんです。

──ご自身ではなく?


西根:
体勢もきついし、もう年ですし(笑)。彼の仕事ぶりを見ていて、ある時期から「最後は浦添に」と思っていました。

──信頼の証ですね。浦添さんは嬉しかったでしょう?


浦添:
ええ、でも実際に最後の作業をしていた時は、長く関わってきた衛星なので、ちょっと寂しくもありました。

──打上げを見届け、どの段階でみなさんホッとするのですか?


西根:
機械系の担当としてはアンテナやカメラなど展開部は気になります。今回も太陽電池パドルが無事展開してホッとしました。「はやぶさ」のように、7年も経ってから最後にカプセル分離機構が仕事しなければならないということは稀です。
藤田:
私は、衛星が地球を一周してきて、テレメトリで衛星の健康状態が見えて初めてホッとできました。打上げを見守っているみなさんは、担当部分によってホッとするタイミングが違うので、あまり派手に喜ぶわけにはいかないのですが。

──西根さんと浦添さんは、仕事のパートナーとしては一区切り。またそれぞれ違う衛星を担当することになるわけですか?


西根:
そうです。でも今回、自分のやり方を伝えたい、受けついでもらいたいという気持ちで一緒にやってきました。どれだけそれができたか、彼が関わっていく仕事を今後も見守っていきたいと思います。
浦添:
たくさんのことを学びましたが、全部をまねるのではなく「いいとこどり」をして、自分のスタイルをつくっていきたいと思います。

2014年3月7日

西根 成悦(にしね せいえつ)

写真:西根 成悦(にしね せいえつ)

NEC東芝スペースシステム・「ひさき」組立担当

1973年入社。「さきがけ」「すいせい」以来、宇宙科学研究所のほぼすべての衛星の組み立て作業に関わる。平成23年厚生労働省選定の「卓越した技能者の表彰制度(現代の名工)」に選ばれる。

浦添 秀市(うらぞえ しゅういち)

写真:浦添 秀市(うらぞえ しゅういち)

NEC東芝スペースシステム・「ひさき」組立担当

2008年入社。鹿児島県西之表市出身。小学校では授業の合間に屋上からロケットの打上げを見て育つ。

藤田 真司(ふじた しんじ)

写真:藤田 真司(ふじた しんじ)

NEC東芝スペースシステム・「ひさき」検査担当

1999年入社。神奈川県相模原市出身。小学生の頃、町内会のツアーで宇宙科学研究所に見学に行き、宇宙に興味を持ち始める。

Escキーで閉じる 閉じる