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第1回 小さな衛星(ほし)の2つの願い

宇宙科学を支える小さな衛星(ほし)第1回 小さな衛星(ほし)の2つの願い

打ち上げから2か月後の2013年11月、ファーストライト(初観測)を迎えた惑星分光観測衛星「ひさき」(SPRINT-A)は、重さ約350kgの小型衛星だ。世界初・世界一の観測成果を狙う“とがった性能”の望遠鏡と、衛星開発を画期的にシンプルにする“標準化の実証”という二つの大きなテーマの両方で、期待どおりの成果を収めつつある。科学者が求める二つの願いを小さなひとつの衛星にまとめあげるため力を尽くしたNECのプロジェクトマネージャー、鳥海 強(とりうみ つよし)に聞く。


鳥海 強
NEC 宇宙システム事業部 シニアチーフエンジニア

写真:NEC 宇宙システム事業部 シニアチーフエンジニア 鳥海 強

(インタビュー・構成 喜多 充成

“5秒角”を狙う、とがった性能の宇宙望遠鏡

──順調に観測成果が上がっています。緊張の日々に区切りがつき、苦労話を良い思い出として語れるようになったのでは?


鳥海:
本当に安心できるのは運用終了後なので、まだ少し先のことですが、まあ、ひと安心ですね(笑)。

──開発・製作のうえで、異なる二つのテーマを追いかけるのが大変だったと聞いています。


鳥海:
はい。まず”とがった性能”が必要でした。世界初の惑星観測用の宇宙望遠鏡として、これまで観測されていなかった波長の光を捕まえるためにどうしても必要な性能なのですが、ハードルも高かった。

──見た目も“とがって”いますよね、望遠鏡の先端部分が門松の竹をナナメに切ったような形になっていますね。


鳥海:
写真:門松の竹をナナメに切ったような望遠鏡の先端を持つ「ひさき」
門松の竹をナナメに切ったような望遠鏡の先端を持つ「ひさき」

カメラでいうレンズフードの役割をしています。形状がシャープだからこそ、金星や木星を狙ったときにも、そばにある太陽の光に邪魔されず観測ができます。でもいちばんハードルが高かったのは「5秒角」というポインティング精度です。

──狙った目標をどのくらい正確に視野に捉え続けることができるか。その誤差を意味しているようですが……。


鳥海:
「秒角」なんて普段使わない単位なので実感がわかないと思います。

──「1秒角」は、1度の60分の1の、さらに60分の1ですから、5秒角を小数点表示すると、1÷3600☓5=0.00139度!?


鳥海:
そうなんです。まさにケタ違いの要求なんです。

──ちょっと待って下さい、計算してみますと……。「山手線1周に光ディスク(直径12cm)を敷き詰め、真ん中の四ツ谷駅から狙って1枚を特定できる」くらいの精度ですか。実感はわきませんが、とんでもなくスゴいことだとは分かります。


鳥海:
ええ、とんでもなくスゴいです(笑)。

──ですが、宇宙では支えてくれるものはないけれど、ジャマするものもないですよね。よけいな力のかからない静かな空間だからこそ、いったん姿勢を決めてしまえば、それを維持するのは意外と簡単だったりしませんか?


鳥海:
残念ながら。衛星は地球を回っていますので、太陽の向きが刻々と変わります。地球の陰に入る「食(しょく)」もある。暗いところから出てバッと光が当たると、薄く軽く作られた太陽電池パネルなどは、ちょうど「金網の上であぶられたイカ」のように大きくたわみ、当然姿勢が乱れます(擾乱「じょうらん」という)。

──それほどのジャマが入るなかで、5秒角の精度を……。


鳥海:
そこがこの衛星の面白いところなんです。

巧妙な方式で難題を克服

鳥海:
宇宙空間で衛星の擾乱(じょうらん)を緩和しポインティング精度を上げるには、衛星本体を大きく重くして、パネル振動の影響を相対的に小さくするというアプローチがあります。

──船でいうと、大型船は揺れにくいのと同じですね。


鳥海:
あるいは動かない恒星を見るカメラを複数台搭載し、その位置を目印に自分の姿勢をより精度よく知るというアプローチもある。

──見張りを増やし、より多くの目印や灯台を見ることで、正確に現在地を知る……。ただ小型衛星と呼ばれるだけあって、質量約350kgというのは観測衛星や通信衛星(~4トン前後)に比べるとかなり軽いです。


鳥海:
擾乱に負けぬよう大きく重くすることも、姿勢を測るために新たに道具を増やすこともできなかったということです。

──つまり、あるもので工夫して克服しなければならない?


鳥海:
鍵は「望遠鏡」そのものでした。観測に使う高性能の望遠鏡で取得した画像を、姿勢制御にも使おうというアイデアです。でもそんな方法、私も初めてだし、他所でもあまり聞いたことがなかった。しかも、観測に使う中心部の画像ではなく、中心からズレた周辺視野の情報から目標を推定するという、かなり巧妙な方法でした。
写真:「ひさき」の光学系の概要

「ひさき」の光学系の概要
主鏡で反射された天体からの光は、
スリットの裏面で反射されて視野ガイドカメラ(FOV)にも導かれ、
その観測対象天体周辺の視野情報を基に姿勢制御を行う。

──観測のための仕組みを、別の目的にも使用する。
最初に聞いて、どう感じました?


鳥海:
そもそも人工衛星は打ち上げたら修理ができない、壊れてはいけない機械です。検討に検討を重ね、徹底的に試験を繰り返し、信頼性を高めて行く。私がこれまで関わってきた大きな人工衛星で、確実に物を作るための手法は「各チームの担当部分をきっちり区分けし、皆がその枠内をしっかり仕上げる。それを組み合わせて信頼性の高い完成品を作る」という、いわば保守的な作り方で、蓄積と実績がモノを言う世界です。

でも「ひさき」はそれとは違いました。それぞれが、自分の担当部分の壁を超えて情報を共有し、コラボレーションしながら進めていかないと、成立しないアイデアです。

──観測用の望遠鏡を姿勢制御に使うには、事前の検査や試験がとても重要になりますね。


鳥海:
写真:NEC 宇宙システム事業部 シニアチーフエンジニア 鳥海 強

そうなんです。宇宙環境をすべて模擬して試験することはできませんから、部分部分を検査し確認することを積み上げて行って、最終的に全体がうまく機能するであろう、ということにするわけです。ほんとうの宇宙のことは、宇宙に行かないと分からない。ただ我々には、これまでの技術開発で実証してきた「こうやればうまくいく」「これをやらないとまずいことになる」という技術とノウハウの蓄積があります。ある技術を宇宙で実証したということは、その技術を宇宙で使うために必要な検査手法やチェック体制まで含めた技術の総体を実証したということだからです。

──なるほど、だから部分部分でしか試験ができなくとも、組み合わせて宇宙へ上げれば「うまくいく」と自信を持って言えるわけですね。


鳥海:
もちろんドキドキはしますけれどもね(笑)。「ひさき」は、他の3軸制御の衛星と同様、内部にリアクションホイール(はずみ車)を複数搭載し、姿勢の安定を保ちます。ちょうどコマの姿勢が回転によって安定するのと同じ原理です。そして、そのコマの回転数を変えることで姿勢を積極的に変えることもできる。地上試験で望遠鏡にダミーの星を見せると、リアクションホイールの回転を示すグラフが想定通りの変化をなぞってくれた。つまりその情報をもとにリアクションホイールが正しく回転してくれたんです。そのときに、「ああ、これでポインティングの機構がうまく行く」と、少し安心しました。衛星開発のヤマ場の一つだったと思いますね。

「スペースワイヤ」の本格導入で、大きなアドバンテージを得た

──“とがった性能”と同時に追い求めたテーマが“標準化”だったそうですね。衛星の作り方を画期的にシンプルにしたいのだ、と。


鳥海:
シンプルになりました。衛星の電力や姿勢制御や通信を支える「バス部」は、今回開発したものが今後の小型科学衛星シリーズでも共通化して使われることになっています。そのため、太陽電池パネルの枚数は2、4、6枚から選べ、姿勢制御の方式も選べるなど、非常に柔軟性の高いものとなりました。そしてバス内部、バス部とミッション部の通信には、この衛星で初めて本格的に採用された「スペースワイヤ」という通信規格が使われています。システム構築に関わった竹田が詳しく説明します。

──初採用ですか。それは詳しく聞きたいですね。


竹田:
写真:NEC東芝スペースシステム マネージャー 竹田 康博
NEC東芝スペースシステム
マネージャー
竹田 康博

衛星をスピーディーに作るには、毎回ゼロから設計する、“畑を耕すところから始める”ような、これまでの衛星の作り方では間に合わない。標準的に使い回せる機器群から必要な機器をピックアップし、自在に組み合わせることで衛星システムを成り立たせるようにしたい。

そういう場合に最適な通信規格はなんだろうかと考えたときに行きついたのがスペースワイヤでした。逆の言い方をすれば、自在に機器を組み合わせてシステムを作るためには、スペースワイヤが鍵だったんです。

──通信規格ということは、衛星を構成するコンピュータやストレージやセンサーが情報をやりとりするときの、「新しい共通語」としてスペースワイヤを採用した、ということですね。どこが優れているのですか?


竹田:
従来の衛星システムで標準的に使われていた通信規格などと比べると、非常に柔軟で使い勝手がいいのです。ネットワークを少しでも触った方なら分かると思いますが、配線の接続形態は柔軟に設定できる。情報の行きと帰りのラインが違っても構わないし、通信速度も数Mbps~数百Mbpsで自在に設定可能で、細いケーブルが使える。ノイズにも強いのは当然ですが、機器そのもの送受信モジュールも小さく軽いものが使える。

──パソコンにUSB機器を増やしていくような、あるいはネットワークケーブルでいろんな機器を結びつけていくようなイメージですか。


竹田:
それぞれに似たところがありますね。どのくらい作り方がシンプルになったか、開発が終わった後で気づいたのですが、今回は我々のチームで、ひさき(SPRINT-A) の他にASTRO-H(JAXAのX線天文衛星、約2.7t)やASNARO(経済産業省の地球観測衛星、約500kg)に搭載するサブシステムを並行して開発しています。

以前なら、規模も形もミッションも違う複数の衛星を同時に走らせるなんてことはとてもできなかった。ところがスペースワイヤだと、全く同じアーキテクチャ、全く同じ部品を使って、全く別の衛星システムを作れてしまった。
図版:スペースワイヤネットワーク技術の採用

スペースワイヤネットワーク技術の採用
従来型は目的別に計算機を開発していたが、今回計算機を標準化し、必要な機能はスペースワイヤネットワークでつなぐことで衛星の小型化に貢献

スペースキューブ2(小型計算機)
宇宙用で実績のある部品だけを使い、宇宙機器に課せられるピン間隔や配線幅のルールなどの条件をすべて満たしつつ、大幅に小型化された、低電力・高性能・高信頼性の宇宙用コンピュータ。従来はデータ処理や姿勢制御にそれぞれ専用のコンピュータが使われていたが、「ひさき」では同じハードウエアが4機積まれ、衛星の生死に関わる姿勢制御を含め、異なる仕事を受け持っている。

写真:スペースキューブ2(小型計算機)

──画期的じゃないですか!


竹田:
新しい衛星の作り方を示せたし、衛星を作る上で大きなアドバンテージを手にすることができたのだと思っています。また今後、大学の研究室がインハウスで作った機器などもスペースワイヤを介することで衛星システムに簡単に接続できると思います。

──「宇宙への敷居を下げる」のは間違いないですね。


竹田:
そうなんですね。さらに実績を重ねれば信頼性も増し、コストも下がり、競争力も増すはずです。今回の開発では部品製作や、搭載したソフトの開発もNECグループで手がけました。デバイス開発も装置設計も試験システム構築も、もちろん衛星システムそのものの製作も、すべてをやり切れる。これは強みだと思っています。
今回の成功が普及の起爆剤になってくれればと期待しています。

──なるほど。


鳥海:
いわゆる、デファクトスタンダードに大きく近づく成果だったと思います。大学や研究機関などのユーザーコミュニティを後押ししながら、このスペースワイヤを広めるために強力に推していきたいと思っています。

スペースワイヤは、コスト削減・納期短縮・技術蓄積・信頼性向上などを目的にESA・JAXA・NASAなどが連携して標準化を進めている宇宙機器ネットワークの国際規格。国内では日本SpaceWireユーザー会が設立され、JAXA・大阪大学が中心となり、機器開発やインタフェース規格の普及等を促進。NECはASNARO・ASTRO-H・はやぶさ2などの大小さまざまな衛星システムへの採用を積極的に進めるとともに、スペースワイヤ関連製品の開発や規格普及にも貢献。

宇宙開発史の新たな1ページとなった

──開発を振り返って、とくに印象的だったシーンは?


鳥海:
写真:内之浦宇宙空間観測所 大会議室
内之浦宇宙空間観測所 大会議室

内之浦での射場作業が印象深いですね。私は内之浦での仕事はほぼ始めてでしたから。イプシロンロケットが初号機ということもあって、ロケットができる前に衛星を運び込むなど期間も長かった。内之浦では歴史の重みを感じました。全員が集まる大会議室には、壁一面に宇宙科学研究所が打ち上げてきた衛星の寄せ書きパネルがびっしりと掲げられ、大先生たちの名前が連なっている。「日本の宇宙開発の歴史そのものなんだ」と感動しましたね。

──そこに新たな1ページを加え、ご自身もそこに加わることができたわけですよね。


鳥海:
そういうことになるんでしょうか(笑)。休みの日には「ひさき」チームでレクリエーションをしたり、衛星命名の由来となった半島東端の岬「火崎」を訪ねたりもしました。内之浦では地元と宇宙関係者が本当にいい関係を築いていますが、私たちもその輪に加えてもらったという感じがしましたね。

──プロマネのお仕事を振り返ると?


鳥海:
プロマネの仕事を以前家族に説明するときに「あのアイドルグループのプロデューサーみたいなものだよ」と言ったら、「自分で歌ったり踊ったりするわけじゃないのなら、“自分の衛星”って言えないんじゃないの?」と突っ込まれました(笑)。

──身内は厳しいですね(笑)。


鳥海:
確かに自分が設計するのでも自分が組み立てるわけでもない。その分、皆より多く心配し、先んじて手を打ち、気持ちよく仕事ができるような環境をつくる。そして最後に信用し任せる。プロマネが本当にホッとするのは一番最後なのだと思います。

──チームの規模はどの程度ですか?


鳥海:
進捗度合いによって変わりますが、瞬間的には100名ぐらいに膨れ上がることもあります。常に密に連絡を取り合って指示を出す、サブシステムごとの責任者がざっと10名。内之浦の射場作業には30名ぐらいで入りましたので、そうですね、プロ野球のベンチ入り選手と同じ程度の規模じゃないでしょうか。

──JAXAの澤井プロマネとも、通じ合うものがありましたか?


鳥海:
そもそもプロマネに入ってくる情報というのはだいたいが良くない情報で、難問を抱えることも多かったのです。でもその時にはJAXAの澤井秀次郎プロマネとすぐ協議して、次々と決断していきました。衛星づくりはすべてのプロセスが記録されていますので、もし何かが起こったら、どこに問題があり誰が責任を負うべきかがはっきり分かります。

──すべての決断が「署名付き」なんですね。


鳥海:
そうでしたね。プロマネは腹を括る気持ちで決断をしなければならない。そんな場面も多かったですね。でも今、軌道上で衛星はしっかりと働いている。
それは下した判断がすべて正しかったことを証明しているのだと思います。個人的にはさらにこの衛星のデータを使ってノーベル賞級の成果が出てくれるのではないかと期待しています。そんな「ひさき」のチームに加われたことはとても嬉しいことですね。

2014年2月28日

鳥海 強(とりうみ つよし)

写真:鳥海 強(とりうみ つよし)

NEC 宇宙システム事業部 シニアチーフエンジニア

NECの「ひさき」プロジェクトマネージャー。
1994年に打ち上げられた日本初の大型衛星「きく6号」から、
20年以上にわたり衛星開発に携わる。

竹田 康博(たけだ やすひろ)

写真:竹田 康博(たけだ やすひろ)

NEC東芝スペースシステム マネージャー

スペースキューブ 2 の開発を主導し、スペースワイヤの衛星への導入を推進。

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