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第1回 小型衛星とイプシロンが宇宙をもっと近くする

スペシャルインタビュー JAXA イプシロンロケットプロジェクトマネージャ 森田 泰弘 氏  小型衛星とイプシロンが宇宙をもっと近くする

「ひさき」を宇宙に送り届けたイプシロンロケットは、日本のロケット開発の父・糸川英夫氏以来の伝統を受け継ぎながら、「モバイル管制」「自律点検」といったキーワードに象徴される新機軸を盛り込んだ、新しい日本のロケットだ。「はやぶさ」など科学衛星・探査機を打ち上げてきた前身のM-Vロケットの最後の打ち上げから7年を経た2013年9月14日、日本中の注目を集めるなか試験機の打ち上げに成功した。イプシロンロケットのプロジェクトマネージャーを務めた、宇宙科学研究所の森田泰弘教授に聞く。


森田 泰弘 氏
JAXA イプシロンロケットプロジェクトマネージャ

写真:JAXA イプシロンロケットプロジェクトマネージャ 森田 泰弘 氏

(インタビュー・構成 喜多 充成

ロケットの世界に「新しい風」を吹き込む

──森田先生は「プロマネの仕事は野球チームの監督のようなもの」とおっしゃっていますね。先生のお好きな野球のたとえで行くと、試験機を成功させ2号機に向かうこの時期は、最初のシーズンオフ。監督としてチームの構成を考え、戦略を練っている時期に当たるのでしょうか?


森田:
ゆっくりはしていられないですね。昨シーズンを振り返ると、試験機はスケジュールも予算も限られるなか、選手のがんばりで栄冠をつかむことができた。ロケット自身が行う「自律点検」や発射管制をわずか数名・パソコン2台で行う「モバイル管制」など、ロケット業界における革命的なホームランをカッ飛ばすことができました。大事なのは2シーズン目もインパクトのある革新を続けられるかどうかです。

──試験機で成功させた打ち上げシステムの刷新を、さらに続けるということでしょうか?


森田:
2号機以降、高性能化と低コスト化を両立させる改革をどんどん取り入れていきたいですね。もともとこのチームは、固体ロケットの改良と革新で世界の先端を走ってきた伝統あるチーム。そこに「新しい風」を吹き込み、それに乗って上昇しようとしています。絶えざる改良が必要です。

──日本の固体ロケットは、東大教授だった糸川英夫氏の「ペンシルロケット」の実験に始まる、学術利用の目的でスタートしています。


森田:
世界的に見ても稀な、純粋に平和利用のみで発展してきたロケットですから、民間の技術との間に壁はなかったんですね。ただ時を重ねるにつれ、実績に基づく信頼性が優先され、新しい技術の導入が進まなくなっていた面もあります。非常に狭い世界、限られた企業、限られた分野の技術としか関わりを持っていなかったのではないかという反省があります。イプシロンで、新たな技術や素材やシステムをロケットの世界に持ち込みたい。それが「新しい風」の意味するところです。

──イプシロンの開発では、多くの民生技術に学んだそうですね。


森田:
たとえばAED(体外式除細動器)の、心電図の波形を解析して電気ショックが必要かどうかを判断するアルゴリズム。またエンジン始動のたびに行われている自動車のエアバッグの点火システムの自動検査。これらはロケットの自動自律点検のお手本です。また軽量、強靭で飛行機内の持ち込みも認められるようになった携行式酸素ボンベ用のカーボン繊維は、モーターケース(固体燃料を収める容器)の改良の参考にしてきました。産業や生活のさまざまな分野の技術やシステムに、貪欲に学んでいます。

──レベルが高く層も厚い、日本の産業力のベースがあるからこその成功ということでしょうか?


森田:
今の時代の日本だからこそ、ロケットに産業技術が導入できているという部分はあります。また新たな技術の導入と同時に、「脱・特殊部品、脱・特殊材料」という目標も掲げています。切実な理由がありまして、実は特殊品はすぐ枯渇してしまうんですね。

──材料が手に入らなくなってしまうということでしょうか?


森田:
そうなんです。そうなると開発は一からやり直しになってしまいます。でも汎用品なら枯渇は避けられる。一例を上げれば、飛行中、空気にさらされて高温になるロケットの先端部分の断熱材に、M-VロケットではC/C(カーボンコンポジット)という耐熱材料を使っていましたが、イプシロンでは一般の白物家電に使われているような汎用的な断熱材に変えました。十分な性能があり、厚みは増したものの軽くなり、コストも劇的に下がりました。極端な話、ホームセンターとか秋葉原で買ってこられるような材料でロケットも作れるといいんじゃないかと、なかば本気で思っています(笑)。

──どのようなものが使えるのか、目利きが大事になってきますね。


森田:
センスも大事ですし、いろんな素材、いろんなシステムを組み合わせてものをつくる総合力が問われます。もともとこれは日本が得意としていた分野です。しかも我が国は、素材にかけては世界の最先端を突っ走っている国です。アイデアを掲げ、実現のための技術や素材を募り、「新しい風」を呼び込むチャレンジを続けていきます。
写真:イプシロンロケット

イプシロンロケット
ペンシルからM-Vに至る知恵と技術が込められた、新しい日本の固体燃料ロケット。
試験機が鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所センターから2013年9月14日に打ち上げられた。
高性能と低コストの両立を目指し、1段目にnew windowH-IIAロケット用補助ブースターを、2段目と3段目にはnew windowM-Vロケットの上段モータが改良して用いられている。信頼性と性能の一層の向上、組み立てや点検などの運用が効率化で、高頻度の打ち上げが可能な次世代の宇宙輸送システムを目指している。2号機はジオスペース探査衛星(ERG)を2015年度に打ち上げ予定。

テレビ中継車なみの設備でロケットを打ち上げる未来

──イプシロンの革新に向け、コンピュータや通信システムへの期待はいかがでしょうか?


森田:
写真:イプシロンロケット管制イメージ
イプシロンロケット管制イメージ

まさにそういったものの進歩をダイレクトにロケットの進化につなげていきたいと思っています。射場での点検整備や発射管制業務など「ロケットを打つ前」の仕事は劇的にシンプルにすることができました。ですが、発射後のロケットを追跡管制する仕事は、まだ従来通りのやり方です。

ロケット自身がもっとインテリジェントになれば、飛翔中に自分の軌道を把握し、ロケット自身に必要な判断を行わせることもできるようになります。そうすればロケット打ち上げ業務は、テレビ中継車なみの設備とスタッフで可能になるほど簡単になります。

──新幹線や飛行機のようにどんどん発車・離陸するようなイメージでしょうか?


森田:
さすがにそこまでの頻度にはならないかもしれませんが、今よりもっと高頻度に打ち上げられる仕組みは用意しておかないといけません。それは、より高性能・高信頼性のコンピュータや通信システムがないと成り立ちません。

──「ひさき」はスペースワイヤという通信規格が本格的に導入された初めての衛星でした。イプシロンではスペースワイヤを拡張した「ロケットワイヤ」を使っていく構想もあるのだとか。


森田:
もともとスペースワイヤは「衛星開発を簡単にするため」に定められた通信規格ですので、ロケットの側でもそれに対応することで、大きなメリットが生じます。例えば物理的に離れた場所、つまりそれぞれの工場にある衛星とロケットを、ネットワークを介して結びつけることができる。事前に入念な試験ができるから、ロケットと衛星が射場に持ち込まれて結合されたときにも、行う試験は最小限で済みます。

──射場作業の負担を減らし、打ち上げ準備期間の短縮にもつながりますね。


森田:
ロケット内部をネットワーク化するのは当然の流れであり、現在のタコ足配線のような構成は変えていかなければならないと思っています。衛星が使っているスペースワイヤと相互乗り入れのできる通信規格「ロケットワイヤ」を採用するのは必然です。ただロケットと衛星は、本質的に異なる部分もあります。軌道上で長く活躍しなければならない衛星と違い、ロケットは打ち上げ後30分ほどの一発勝負ですべてが決まる。制御システムにも強力なリーダーが必要なんです。周囲の顔色を見ながらではなく、中央のコンピュータが王様となって瞬時に次々と決断を下していくような構成となっています。いくつものモジュールが相談し、答えが出るのを待つ時間はない。即断即決して、責任をとる……。ロケットは、そういうものなんです。

──システムのアーキテクチャが衛星とは違うということですか。


森田:
それをどう変えていくかは、さらに検討を要するところです。ただ、ロケットを作っているチームそのものは分散処理で動いており、リーダーである私も決して王様ではありませんよ(笑)。

衛星とロケットの深い信頼関係

──「ひさき」では、衛星をロケットと結合した後で、ロケット機体の試験を行ったそうですね。ロケットを揺さぶって振動の具合を確かめたのだとか。これは非常に異例のことと聞きましたが。


森田:
写真:JAXA イプシロンロケットプロジェクトマネージャ 森田 泰弘 氏

実衛星を乗っけてロケットの試験をするなんて、よほどの信頼関係がないとできないことで、ロケットと衛星の信頼関係の深さを象徴していると思います。JAXA内部はもちろん、それぞれに関わるメーカー間の信頼関係をも象徴する出来事です。こうした信頼関係は今後、小型衛星と小型ロケットがコンビを組んで発展していこうというときに、大きな力になりますね。

──「小型」であることを強みにしたいということですか?


森田:
サイズが小さいということは、注がれるリソースも少ないわけですから、単純にモジュールの性能を足し算しただけでは答えが出せません。みんながポテンシャルをフルに発揮し、その掛け算で結果を出していかなければならない。「ひさき」もそうやって成果を出した衛星だと思います。

メンバー相互の有機的なつながりを生かす手法は我々の伝統だと思います。教わって身につけたものではないので、伝えるのに苦労していますが。

──イプシロンの打ち上げ時の振動はかつてないほど低いレベルで、衛星からするととても乗り心地の良いロケットなのだそうですね?


森田:
発生した振動は規定値の10分の1でした。衛星の担当者に「ずいぶん違いますね、言ってた数値と」と言われました。

──それは感謝の言葉ですか? それとも「先に言っててくれれば、振動試験や音響試験であんなに苦労しなくてもよかった」という皮肉というか恨み節?


森田:
たぶん後者でしょう(苦笑)。でも難しいのはイプシロンがまだ1機目で、サンプル数が1つしかないということです。次もこの数値を出せると保証できるわけではありません。ただ確実に、ロケットの側からの最大値を下げることはできます。

──それを可能にしたのは、何ですか?


森田:
数学モデルを構築し、精密な計算をするツールを得たことで、スケールモデルによる実験と数値解析がうまく橋渡しされるようになりました。コンピュータとソフトウェアの進歩によって、シミュレーションの確度が格段に上がったわけです。

──シミュレーションの成果で試験機からうまく行ったというのは、ふたたび野球に例えるならば、素振りの練習しかしていなかったバッターが、いきなりヒットを打ったようなものでしょうか?


森田:
それも初球先頭打者ホームラン。イメージトレーニングがしっかりできていたんですね(笑)。

機器が良くなるほど、宇宙は近くなる

──最後に小型衛星への期待をお聞かせください。


森田:
写真:イプシロンロケット

小型衛星が拓く世界はこれからの宇宙開発にとても大事な役割を果たします。大型衛星の需要がなくなるわけではありませんが、数百億円の衛星を誰もが使えるわけではありません。しかし、一桁も二桁も値段が下がれば、いろんな人が挑戦でき、いろんなアイデアが宇宙の分野に流れ込んできます。それが宇宙の敷居を下げるということの真意です。

──「ひさき」は年明け早々から、ハッブル宇宙望遠鏡との協調観測を行っています。人類の宇宙観を変えたとまで言われる、あのハッブル宇宙望遠鏡とのタッグとは、ひじょうに魅力的ですね。


森田:
「ひさき」がすごいのは、小型だからといって性能が劣っているわけでは全然ないことです。しっかりした目標を定め、とがった性能を実現し、素晴らしいスタートを切りました。大きく高性能で、なんでもできる望遠鏡だったハッブルですが、「ひさき」のような極端紫外線による惑星専用の観測はできなかった。だからこそ協調観測が実現したわけです。「ひさき」はサッカーのワールドカップでやがて優勝を狙う日本代表みたいなものかもしれません。世界を狙う志も、それだけのポテンシャルもある。ハッブルも十分それを意識したから、協調観測が実現したのでしょうね。

──NECグループへの期待は?


森田:
ロケットの姿勢を知るためのリングレーザージャイロは日本航空電子の製品ですし、その情報を編集加工し送信するシステムや、レーダートランスポンダ、そしてロケットにとって最も大事な誘導計算機もNECの製品ですね。2010年ごろ、イプシロンの開発スタート時に、技術者のみなさんと、将来のロケットのアビオニクス(航法誘導機器)はどうあるべきか、かなり深いところまでディスカッションを重ねました。その中から「機種依存しないハードウェア」「分散型のネットワーク」など、新たな開発テーマがリストアップできました。ただ残念ながら、今回の打ち上げには新規開発の予算がつかず、アビオニクスに関してはH-IIAロケット用を転用する形となりました。

しかし、未来への種はちゃんとまいてくれました。ロケットの機種に依存する部分をボード化して差し替え可能にしてくれたのです。機種の違いをボードの差し替えで吸収する形です。未来を見据えた開発に協力してもらっています。NECに限らず日本のメーカーさんが持つものづくりの力は、アイデアを形にしていくうえで、ものすごくありがたいし、力をいただいています。できればパソコンやケータイのように「世界最薄」とか「世界最軽量」のデバイスを、宇宙でも使ってみたいですね(笑)。機器が小さく、軽く、高性能になり、そして安くなればなるほど、宇宙は近くなるわけですから。
写真:JAXA イプシロンロケットプロジェクトマネージャ 森田 泰弘 氏

手にしているのは実際の開発に使うため、細部まで精密に再現されたスケールモデル。
「風洞試験で超音速の風を当てました。ずしりと思いのは、チームメンバーの情熱の重さですよ(笑)」。

2014年3月14日

森田 泰弘(もりた やすひろ)

写真:森田 泰弘(もりた やすひろ)

JAXA宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 教授。工学博士。

東京都港区出身。1990年、旧文部省宇宙科学研究所(現JAXA)助手となり、2003年、M–Vロケットのプロジェクトマネージャを経て、2010年にイプシロンロケットのプロジェクトマネージャとして開発を指揮。東京生まれ東京育ちの阪神タイガースファン。

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