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未知の天体小惑星「リュウグウ(Ryugu)」に挑む。信頼で結ばれたチームワークが困難を打ち破る
インタビュー2019年2月22日、小惑星探査機「はやぶさ2」は小惑星「リュウグウ(Ryugu)」の表面に降下し、サンプル採取装置を接地させる「タッチダウン」を実施した。史上初めて、小惑星表面に弾丸を打ち込むことに成功し、「はやぶさ2」のサンプルコンテナには、人類が初めて訪れた天体の貴重なサンプルが収められていると期待されている。
快挙を成し遂げた「はやぶさ2」だが、津田雄一JAXA「はやぶさ2」プロジェクトマネージャが「牙を剥いた」と表現した「リュウグウ」の表面は、探査機にとって危険な、岩だらけの環境だった。探査機をあえて危険にさらさなければミッションは成功しないというジレンマに、エンジニアたちはどう立ち向かったのか。「はやぶさ2」開発を主導するJAXAプロジェクトエンジニアの佐伯孝尚助教、そしてNECチームから技術面での全体取り纏めを担当した益田哲也に聞いた。
佐伯 孝尚 氏 (写真右)
JAXA宇宙科学研究所(ISAS) 宇宙飛翔工学研究系 助教 工学博士
宇宙科学研究所はやぶさ2プロジェクトチーム プロジェクトエンジニア
益田 哲也 (写真左)
NEC 宇宙システム事業部
想定外を見据えたリアルタイム訓練
―「はやぶさ2」の小惑星「リュウグウ」でのミッションは、どういった形でチームを組み進めてこられたのでしょうか?
佐伯:探査機にさまざまな指令(コマンド)を送って、ミッションに必要なことをしてもらう活動のことを「運用」といいます。小惑星近傍における運用に関する検討は探査機打ち上げ前から始まっていて、「はやぶさ2」を打ち上げて、初期の点検を済ませてしばらく経った2015年の9月から本格的になりました。
NECには当初から関わってもらい、益田さんを中心とした探査機システム担当、探査機の緻密な制御を実現する上で重要な誘導制御担当などにも参加してもらって、運用の最終的な手順を決めていったわけです。
益田:小惑星に着く予定や訓練などの大きな計画をJAXAからもらい、僕らのチームのなかで考えてみたら、最初の一年半ほどで小惑星へのタッチダウンなど、ほとんどの主要なミッションの計画をまとめなくてはいけないことがわかりました。準備と訓練の流れを最初に提示されたときは「これは大変だな」と思いました。
―訓練にもチームのみなさんが参加するのでしょうか?
佐伯:NECには小惑星に降りる運用を模擬する「リアルタイム訓練」に参加してもらいました。
益田:リアルタイム訓練の大きな目的は、人間の訓練です。実際に「はやぶさ2」の管制室に入って、パソコンを操作して、本番同様に探査機を運用します。そこでNEC側には訓練に向けて、運用するための手順を作る役割があります。さまざまな想定外や見落としにも気づかなくてはならないので、事前にシミュレーターで検証して修正するという作業を行います。
佐伯:こうした訓練から手順の改善点が見つかります。これは人の訓練が主目的なのですが、探査機側の設定も改善されていく効果もあります。
益田:人間の頭で考えて計画を作っているので、間違いや見落としはきっとあると考え、訓練の中で計画の見直しが発生することも想定していました。訓練で発生した全ての課題について、本番の運用に向けてしっかり対処していくという形で準備を進めました。
タッチダウンできないかもしれない
―綿密な準備をされていたわけですが、2018年6月に小惑星「リュウグウ」に到着し、第1回のタッチダウンを行った2019年2月頃とても大変だったと伺っています。
佐伯:2018年の秋、「リュウグウ」表面に「ミネルバII-1」や「MASCOT」という小さな探査ロボットを降ろして表面の様子を調べるミッションをやり遂げることができました。ですが、2018年10月に実施する計画だった1回目のタッチダウンを延期し、着陸精度の向上に向けて、着陸の際に目印となる「ターゲットマーカ」だけを落とすように方針転換をせざるを得ませんでした。これは、「リュウグウ」の表面が非常に岩の多い凸凹の地形で、探査機にとって危険だったためです。
着陸のために「リュウグウ」の表面に近づいたときには「LRF(近距離レーザ高度計)」というセンサーを使います。このセンサーは地表の凹凸の影響を非常に受けやすく、大きな岩があると探査機が本来取るべき姿勢と異なる姿勢を取ってしまい、「はやぶさ2」が地面に当たってしまうという可能性がありました。
これに対処するためには、LRFが測った距離の情報は活かしつつも、探査機の姿勢には反映せずに、人間が与えた姿勢で探査機を動かす必要があります。ただ、探査機を動かすソフトウェアというのは、それほど自由にそれまでと異なる動作かできるというものではありません。かといって、ソフトウェアを全て書き換えるようなことをしたら間に合わない。
益田:タッチダウンできないのか……という気持ちでした。もちろん「できない」とは言いたくないのですが、目標の場所には大きな岩があって、こんな狭いところに降りなくてはならないのは苦しいという気持ちがありました。
佐伯:そのとき、JAXA内から新しい提案がでてきて、そうしたソフトウェア設定が可能かどうか、2018年の年末間際にNECへ問い合わせてみたわけです。
益田:実際に回答したのは2019年の正月明けですが、新案は、それまでダメだった原因をうまく避けていて、すぐに「これで行けるかもしれない」と思いましたね。
益田:「はやぶさ」も「はやぶさ2」も、未知の天体を探査する機体ですから、決まりきったことさえできればいいのではなく、相手に応じて動きを変えなければいけない。そのための自由度を用意しておいた部分が有効に機能したのだと思います。JAXA側からはソフトウェアの自由度を踏まえてさまざまな提案をしていただきました。なかなか、NEC側だけでは出てこないアイディアもありましたね。
佐伯:普段はどちらかというとJAXAがさまざまな提案をして、NEC側は「これはスケジュール内では間に合いませんよ」というように慎重に考える役割をうまく担ってくれています。ですが、「リュウグウ」のタッチダウン計画づくりのときはもうお互いに本当に危機感があったので、難しいながらも「何とかできませんか?」「何とかしてみましょう」という感じで検討してもらいました。
―未知の天体に挑む「はやぶさ2」設計にあたって、どのような設計思想があるのでしょうか?
佐伯:「はやぶさ」の経験が非常に活かされていますよね。「はやぶさ」も小惑星「イトカワ」という初めての天体を目指した探査機ですから、それをベースにソフトウェアができています。そうした技術の蓄積を改良して、発展させてきました。
一方で、「「はやぶさ」の通りやればよい」という思想ではなく「はやぶさ2」のメンバーみんなが自分たちの責任で考えないといけない。「「はやぶさ」がこうだったからこうしましょう」では進歩がないのです。「はやぶさ」のベースの上に「はやぶさ2」のメンバーが新しい風を吹き込んだからこその成果だと思います。そもそも、小惑星といっても「イトカワ」と「リュウグウ」は重力の環境も降りる方法もまったく違いますからね。
益田:「リュウグウ」が近づいてきたとき、「はやぶさ」のNEC側のプロジェクトマネージャから「イトカワとまったく違うね。すごく凸凹だからきっと大変だよ」というコメントがありました。同じ小惑星でもこれほど違うのかと思いましたね。
佐伯:想像と全く違いますね。未知天体探査というのはそこが本当に面白い。そしてそれに対応できる自由度を持つという技術がとても大事なんです。技術はすぐになくなってしまいますから、続けていくことも非常に大事だと思います。
“JAXAならでは“、”NECならでは“のタッグで成功に導く
―そして、劇的な第1回の「リュウグウ」へのタッチダウンを成功させたわけですね。
佐伯:方針が決まって、2月22日のタッチダウンに向けて、手順を作って事前検証をしなくてはならない。しかも、その後に続くミッションの準備もあります。
益田:ひとつの運用計画には1~2カ月ほど手順作成と検証期間が必要です。3つ、4つの手順を並行して作ることになるので、混乱しないようにきちんと分けて作業しました。
佐伯:NECはその能力が圧倒的に優れていて、本当に緻密にやってくれました。「やはりここは変えなくてはいけない」という状況もたくさん発生します。それでも、全てを取り込んだ、忘れ物のない完璧な手順が最後に出てくるわけです。
益田:この小惑星探査ミッションのビジョンがすごく魅力的で、皆のベクトルがそこから外れなかったことがモチベーション維持にとても大きかったのかと思います。
益田:「はやぶさ2」プロジェクトの皆さんは、“JAXAならでは“、”NECならでは“という役割分担の意識がしっかりある上で、たくさんの成果を得るために頑張ろう、といわれます。その中で「やってほしい」と頼まれたことは、「これは僕らにしかやれないことだから、その期待に応えたい」とモチベーションがより高くなりますね。
佐伯:ずっと一緒に作業して、信頼関係の中でお互いのやるべき範囲が見えていて、最後までとてもうまく分担できていると思います。相手の作業をわかった上で、苦しいところも「こっちはJAXAが引き受けます。この部分はNECにお願いね」というやりとりがとてもスムーズに行きましたね。この信頼で結ばれたチームワークで、この先2020年末の帰還まで、取り組んでいきます。
取材・執筆:秋山文野
2020年3月30日 公開