モバイルネットワークにおける消費エネルギー削減

Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~

通信事業者は、消費エネルギーの増加とこれに伴う事業運営コストの増大に直面しています。これは、絶え間なく増え続けるモバイルネットワークのトラフィックに対応するため、通信容量の増加とネットワークの高密度化というニーズと結びついた、5GとMassive MIMO導入に由来するものです。これに加え多くの事業者は、エネルギー消費の管理を通じて部分的に達成できる、CO2排出量を削減するための地球規模での持続可能な開発目標を設定しています。28カ国で31のネットワークを運営する通信事業者7社からGSMAに提供されたデータによると、ネットワークで消費されるエネルギーの73%はコアネットワークに接続するRAN(無線アクセスネットワーク)が占めており、残りはデータセンターと運営に使われます。NECは、高度なアルゴリズムとトラフィック予測を通じて、セルとセルサイトのレベルでRANのエネルギー消費に対応する完全に自動化されたソフトウェアベースのソリューションを開発しました。このソリューションは、ユーザー数やデータトラフィックが少ない状態にある間、過剰なキャパシティを持つセルサイトを安全に停止できるようにすることで、消費エネルギーの削減を図ります。また、トラフィックのレベルが予期せず上がった場合でも、迅速な再起動のためにインテリジェントで切れ目ない顧客体験(CX)フィードバック機能を搭載しています。このソリューションは従来のRANベース及びOpen RANベースの展開の両方に適用可能です。

1. はじめに

モバイルネットワークでのエネルギー消費と関連するOPEX(事業運営コスト)の削減は、ネットワーク事業者にとって重要な課題です。RAN(無線アクセスネットワーク)は特に重要で、2021年のGSMA調査1)によると、モバイルネットワークにおける消費エネルギーの70%以上を占めるほどです。

新しい周波数帯や5G、mMIMO(Massive MIMO)といった新技術の導入はモバイルネットワークの容量を拡大します。こうして新たな通信容量が追加されれば、消費エネルギーも増加します。しかし、ネットワーク容量の稼働率は時間帯や曜日、セルサイトの位置などにより大きく変化します。その結果、未使用のネットワーク容量が発生し、消費エネルギーの不要な増加をもたらします。

本稿では、NECが進めるRANの消費エネルギーの管理と削減への取り組みである先進の自動化とAIの技術を駆使して、ネットワーク全体にわたってセルレベルの単位で消費エネルギーの最適化を図ることにより、トラフィック需要の変動に応じてモバイルネットワークの容量を動的に調整するエナジーセービングの手法を紹介します。ここで紹介するケーススタディの結果は、NECのエナジーセービングソリューションを通じて達成したエネルギー削減量と、総合的な性能を証明する稼働中の商用運用に基づいたものです。加えて、従来のRANベース、Open RANベース両方のネットワークのエネルギー効率を最大化するために、3GPPやO-RAN ALLIANCEなどが主導するエナジーセービング機能の標準化を活用したNECの取り組みをはじめ、5GとmMIMOの展開をターゲットにした具体的な対策も紹介します。

2. エナジーセービングソリューション:ベンダー機能のオーケストレーション

多くの事業者では、モバイルネットワーク全体にわたり、ネットワーク機器ベンダーのセルスリープモード機能の各種パラメータを、静的な初期設定値にセットしていることが確認されています。このセルスリープモード機能を活用することによって、カバレッジ層がすべてのトラフィックを処理するのに十分な容量を提供すると同時に、キャパシティ層がスリープモードに移行できるようにします。インテリジェンス層を実装することで、事業者は省エネを大幅に進展させることが可能になります。このインテリジェンス層は、前述の静的な設定値を、個別のセルごとにあらかじめ調整した動的に変化する最適なパラメータのセットへスムーズに切り替えます。

各地区は、概して平日にプライマリパターン、週末にセカンダリパターンといった異なる挙動があるため(図1)、ネットワーク全体にわたって適用する静的設定では、特に季節的要因とネットワークの変化を考慮に入れた場合、それぞれのセルの特性に対応できず、結果として省エネ効果を最大化できません。

図1 典型的なトラフィックパターンの変動

本稿で紹介するソリューションは、トラフィックとサービスに対するアウェアネス型ソフトウェアアプリケーションによるものです。このアプリケーションは、サービスKPIを犠牲にすることなく、特有のトラフィック挙動に応じてセルスリープモードが動作する最適なパラメータ設定を各々のセルに持たせるという方法で、セルスリープモード機能パラメータをセルベースで継続してきめ細かに調整します。アルゴリズムは人の介入を必要としない閉ループで動作し、ベンダー機能によるデフォルトの静的設定で達成できる量と比べ、4~6倍の省エネを実現できるよう、セルスリープのパラメータの最適化を毎日実施します。

このアプリケーションは、トラフィックとサービスに対するアウェアネス型アプリケーションです(図2)。これは、セルスリープ期間についての構成設定を決める意思決定ロジックが、サービス品質に優先順位を付けながら追加の省エネを最大化できるよう、KPIデータの評価を行うことを意味します。追加の安全機構として、PRB(物理リソースブロック)使用率、無線接続数、データ量といったKPIをモニタリングしながら、セルレベル単位でロールバックするかどうかを判定するためのインプットとして、サービス品質の指標を評価します。AI/ML(人工知能/機械学習)ベースのオーケストレータは、省エネとセル性能のバランスを最適に保つようサポートします。先進のAI/MLアルゴリズムがセルのトラフィック需要を途切れることなく予測し、AI/MLベースのオーケストレータが省エネ設定の変更をいつ、どこに適応するか各セルベースで計算することを可能にします。これらはすべて人的介入を必要とせず、閉じたループ内で行われます。

図2 トラフィックとサービス配慮型のセルスリープ

事業者に一定レベルの手動制御手段を提供するために、平日と週末とでそれぞれ構成を変えながら一定の範囲内でスリープウィンドウとスリープ/復帰のしきい値を指定することが可能で、それによってアプリケーションの挙動を調整できます。

これは、全ベンダーのセルスリープモード機能を補完するものです。こうしたベンダー機能のオーケストレーションは、ネットワーク内の各セルに最適な機能パラメータを作成し、ネットワークへ直接送り出すための、トラフィックとサービスに対するアウェアネス型インテリジェンスの提供を通して行います。したがって、このアプリケーションは、トラフィック管理のためのベンダー機能がサポートする内蔵のNear-RT(準リアルタイム)機構や関連するスリープ/復帰機構と干渉することはありません。

平日と週末の違いは、ほとんどすべてのセルでトラフィック挙動の著しい変化が起きるという事実と関連しています。このソリューションは、お客様に影響を与えることなく省エネを実現できる追加期間を決めるために、そのような変化を利用します。いくつかの事例では、キャパシティ層のために最大24時間のスリープ状態になることもあります。

本ソリューションは、マルチベンダー、マルチテクノロジー(3G/4G/5G)で、従来型の展開とOpen RANの展開の両方をサポートします。

本ソリューションは、ベンダーのエナジーセービング機能(図3)に加え、インテリジェントなオートメーション層として動作します。これはベンダーのNMS(ネットワーク管理システム)(図4)と統合することによって実現します。ベンダー機能と連携することにより、本アプリケーションは、ベンダー機能が提供するリアルタイムな応答時間を同時に活用する一方で、省エネ効果を最大化するためにネットワーク全体を監視します。

図3 ソリューションの高レベルフロー図
図4 ベンダーNMSとの一体化

3. ベンダー非依存の5G向けエナジーセービング

前述したソリューションは、完全に自動化された動的構成機能を提供するために、ベンダーのエナジーセービング機能のオーケストレーションを行います。ベンダー間でばらつきがあるとはいえ、このような機能のサポートは5Gにおいては成熟度がまだ低く、セルスリープモード機能では特に顕著です。したがって、このソリューションはべンダーがサポートする機能レベルに応じてオーケストレーションのシナリオを考慮します。

ベンダーがまだ5Gのエナジーセービング機能をサポートしていないシナリオにおいて、こうしたベンダーをネットワーク内に持つ通信事業者は、トラフィックベースかタイムスケジュールベースのセル停止(ユーザーの電話画面上の5Gロゴ表示は保持)や、トラフィックに基づく帯域幅の減少に基づいて、5Gのエネルギー消費を削減するベンダー非依存のソリューションモードを利用できます。このソリューションモードは、ベンダーのエナジーセービング機能によるインテリジェントなオーケストレーションが不可能なネットワークに大幅な省エネ効果をもたらします。セルのトラフィック予測に高度なAI/MLベースのアルゴリズムを使用しているため、ベンダーがセルスリープモードのエナジーセービング機能をサポートしていなくても、使用していない容量を動的に停止できます。

4. 展開モデル

展開モデルは、SON(Self Organizing Network)、またはNon-RT RIC (非リアルタイムRAN Intelligent Controller)アプリケーションの典型的導入例に準じます。初期クラスタの展開には4~6週間かかります。

  • 設置(1~2週間):サーバの準備、ソフトウェアのインストール
  • 結合(1~2週間):CM/PMをベンダーのOSS(運用支援システム)と結合
  • 予行演習(1週間):変更点の表示のみで、実際のネットワークには変更を適用しない状態でのアプリケーションの実行
  • クラスタ展開(1週間):最初の本番用クラスタ
  • ネットワークの段階的な運用開始:事業者との合意に基づく
  • 報告と検収(2週間):KPIと削減量の報告、検収

ソリューションの運用報告や検収に関する情報を提供するために、ベンダーのネットワーク管理システムからPMカウンタを使用して消費電力量を集計し、ソリューションの実装期間中の評価を行います。こうした結果をベンダーのセルスリープモード機能による直接的な削減量と比較することで、達成できた削減量を特定することが可能になります。

5. 典型的な省エネのケーススタディ

サンプルとなるケーススタディのグラフが示すように、典型的なエネルギー削減量は、トラフィックパターンやネットワーク構成にもよりますが、ベンダー機能で達成できる量の4~6倍に達します(図5)。次にその実装例を紹介し、結果となるデフォルトのベンダー機能と比較した削減額を米ドルで示します。

図5 NECのエナジーセービングソリューションによる効果

NECのソリューションの成功を証明する例は、南北アメリカ大陸で事業展開するマルチベンダー、マルチマーケットの事業者と一緒に実施したケーススタディです。このソリューションを複数の地理的市場にまたがって活動するネットワーク機器ベンダー3社に実装した結果、当初の予測より高い省エネ効果を得ることができ、ネットワーク容量の追加に応じてこの効果は更に増大しました。

約1,000箇所のセルサイトに実装し、丸1年にわたって展開(表1)した結果を、次に示します。想定した1年間の初期コスト削減額は425,000米ドルでしたが、公共料金の値上がりにより、実際に達成できた削減額は約474,000米ドルになりました。kWhでの削減量は255トンのCO2に相当します。なお1年にわたったこのケーススタディでは、実装の前後を厳密に比較できるよう、期間中ネットワークに追加されたセルサイトは数に含みません。

表1 ケーススタディ:1年間の省エネ結果

6. 従来型RANとOpen RAN

前述したエナジーセービングソリューションは、従来型RANとOpen RANの両方の展開に適用可能である一方、Open RANは従来型と同じくらいエネルギー効率が良いのか、という疑問が浮かび上がります。

O-RAN ALLIANCEは、そのWorking Group 1でNetwork Energy Saving Use Case Technical Report(ネットワークにおけるエネルギー削減のユースケース技術報告書)2)を発表するなど、Open RANのエネルギー効率の向上に取り組んでいます。その詳細は第7章で紹介します。

Open RANベースのネットワークでのエネルギー効率改善に対応する取り組みの1つは、現行の3GPPで定義されたエナジーセービング機能を、RIC内の独自のサードパーティアプリケーションとして実装することです。その際には、Non-RT(非リアルタイム)とNear-RT(準リアルタイム)の両方、更にNon-RTとNear-RTのソリューションの組み合わせを利用します。こうしたサードパーティRICアプリケーションは、3GPPで定義されたエナジーセービング機能をOpen RANのCU/DU(中央ユニット/分散ユニット)ベンダーが直接実装しなくても済むような設計になっており、エコシステムを拡大し、エネルギー効率向上を推進します。また、CU/DUなどのNF(ネットワーク機能)の“クラウド化”によりエネルギー効率化の対象をO-Cloudのソフトウェア・ハードウェアにまで拡張する、別のユースケースが引き続き開発されています。

通信事業者がエネルギーの効率化を優先度の高い問題として認識していることは明らかです。GSMAの報告3)によれば、収入ベースで通信事業全体の62%を占める42の通信事業者がCO2排出削減に取り組んでいます。Open RANに関しては、欧州のドイツテレコム、ボーダフォン、オレンジ、テレフォニカ、TIMの間でMoU(了解覚書)4)を交わしています。これらの企業はエネルギー効率化への責任を表明しており、その取り組みを、エネルギー効率化に焦点を当てたOpen RANの技術的優先事項として文書化しています。

7. 将来への展開

3GPPとO-RAN ALLIANCEはベンダーのエナジーセービング機能に関する定義と標準化に取り組んでいます。O-RAN ALLIANCEでは、ネットワークにおけるエネルギー削減のユースケース技術報告書2)に、その詳細を発表しています。ユースケースや機能には「搬送波とセルのON/OFF切り替え」「RFチャネルの再構成ON/OFF」「アドバンスドスリープモード」、そして「O-Cloudリソースのエナジーセービングモード」などがあります。これは、エネルギー効率化に関するKPI定義をはじめとした3GPPの標準化への取り組みに基づいています5)

「搬送波とセルのON/OFF切り替え」は、低負荷時に特定のネットワークリソースの電源を切るためのものです。この時、キャパシティ層のみを対象にするため、既存のカバレッジ領域は保持されます。搬送波やセルのシャットダウンは、簡単に実施できるものではありません。その理由は、サービス品質の維持やKPIの低下がないことを確実にするため、シャットダウン前に評価を行う必要があり、この機能の動作が加入者にとって透明な形で行われることを保証しなければならないからです。また、この機能にとって決定的に重要なのは、トラフィック需要が増加した際に、搬送波やセルを最小の遅延で再起動できることです。この点は、Near-RT RIC(準リアルタイムRAN Intelligent Controller)のE2インタフェースが解決します。

「RFチャネルの再構成ON/OFF」機能は、低負荷条件下でmMIMO無線ユニットのエネルギー効率を大幅に向上させることが目的です。一部のRX/TX(受信器/送信器)アレイの電源を停止できるようにすることで、空間レイヤの数とこれに対応するSSB(同期信号ブロック)ビームを削減します。例えば、64T64R無線ユニットを32T32Rに再構成することが可能で、容量の維持とmMIMOパネルのCO2排出量の削減を同時に実現します。

「アドバンスドスリープモード」は、マイクロスリープからディープスリープ、ハイバネーションに至るまでのスリープモードの状態を定義します。加えて、省エネの判断基準や時間枠も3GPPのリリース19仕様書に含まれる予定です。

「O-Cloudリソースのエナジーセービングモード」機能については、RAN(無線アクセスネットワーク)機能の“クラウド化”を活用した複数のユースケースの概要を紹介します。最初のユースケースはクラウドノードの停止に関するもので、ノード上のエネルギー削減に加えノードのシャットダウンを容易にするために、RANネットワーク機能のスケーリングとクラウドノード間の移動のコンセプトを導入しています。2番目のユースケースはCPUのエナジーセービング機能に対応しています。これらの機能は、電力(P-State)削減のためのCPU周波数と電圧のスケーリング、そしてCPU実行(C-State)のための作動条件を記述しています6)

前述の動きに続く次の進化レベルは、業界団体によって標準化された、複数のベンダーの機能を活用し、すべてのエネルギー関連機能を横断的に活用するような、より包括的なソリューションを提供することです。単独で動作する各ベンダーのエナジーセービング機能がエネルギー消費とそれに関連したCO2排出量の段階的な削減を実現する一方で、すべての有効なエナジーセービング機能が一体となって動作することで非常に大きな効果が生まれます。これは、テレコムアプリケーションからクラウド(VNFとCNF、つまり仮想ネットワーク機能とクラウドネイティブネットワーク機能の両方)、土台となるハードウェアとソフトウェアのプラットフォーム層に至るまでが1つの包括的なソリューションとして協調して動作し、更にエネルギー効率を最大化する高度な自動化とAI/MLを活用することで可能になります。

例えば、搬送波またはネットワーク機能の状態がロックされていても、CPU C-State(表2)を最適化できます。あるいは、動作中のアンテナポート数が減少した場合には、仮想化リソースのスケールダウンが可能です。

表2 エネルギー管理のためのCPU C-State

8. むすび

本稿では、NECが開発した自動化とAI/MLが可能にするRANのエナジーセービングソリューションの概要を紹介しました。このソリューションは、マルチベンダーや複数の技術に対応可能で、従来のRANベース、Open RANベース両方のネットワークに適用できます。

本稿で紹介した結果は、稼動中の通信事業者環境への展開によって達成できたもので、1つのセルサイト当たり約年間1.25MWhの省エネが実現でき、970のセルサイトで年間約474,000米ドルの削減、そして255トンのCO2排出削減を実現しました。これは、ベンダー機能で実現できる値の4〜6倍に相当します。NECでは、3GPPやO-RAN ALLIANCEなどが主導するRANのエネルギー効率の将来的な改善に道筋を付けました。また、5G及びOpen RANネットワークのエネルギー削減とこれに関連したCO2排出量の削減を更に進めるために、どのように改善策を組み合わせるかについても研究を進めています。

参考文献

執筆者プロフィール

FRIEL Declan
NEC Aspire Technology
Chief Technology Officer
GLYNN Phillippe
NEC Aspire Technology
Technology Director
ISIDORO Luis
NEC Aspire Technology
Principal Consultant
LOBATO Joao
NEC Aspire Technology
Technical Expert