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人によって異なる耳穴の形状を音で識別する耳音響認証技術

バイオメトリクスを支えるコア技術・先進技術

顔に個人性があるように、頭部の空間構造にも個人性があります。耳音響認証は、イヤホン型の認証デバイスを使って耳の反射音を測定し、人によって異なる耳穴の形状を測定する新しい生体認証(バイオメトリクス)です。音を聞くだけで任意の場所やタイミングで認証を行うことが可能であり、手袋やマスクをしていても認証が可能です。また、近年注目されているヒアラブルデバイスと組み合わせることで、ハンズフリー・アイズフリーで人とAIを結びつけることが可能であり、人が持っている可能性をエンハンスする新しいICTのあり方を実現するための鍵となる技術です。

1. はじめに

近年セキュリティ意識の高まりから、人によって異なる生体的な特徴を自身の証明として用いるバイオメトリクスの導入が進んでいます。しかし、従来のバイオメトリクスには生体情報を読み取るスキャナやカメラなどが必要であり、ゲートなどの限られた場所でしか認証が実行できない問題や、手袋やマスクを着用しているとそのままでは認証できない問題がありました。このため、NECは音を聞くだけで任意の場所やタイミングで認証を行うことが可能で、かつ手袋やマスクをしていても認証が可能な耳音響認証を開発しました1)

2. 耳音響認証とは

顔に個人性があるように、頭部の空間構造にも個人性があります。NECが開発した耳音響認証では、図1に示すようにイヤホン型の認証デバイスを使って耳穴(外耳道)方向に検査音を送出し、反射した音を測定することで、頭部の空間構造の個人性を測定することが可能です。生体内部の情報を用いるため詐称が困難であるという特徴を持ち、トランシーバーやインカムを使うような場面や、イヤホンやヘッドホンでの音楽鑑賞、補聴器の利用など、耳に装着するデバイスを使う幅広い場面に高いセキュリティを付与することができます。

図1 耳に送出した音の反射を分析することで耳穴の形状によるユーザー固有の特徴を取得

耳音響認証の基本原理は、高校物理で扱う気柱共鳴で説明することができます。気柱共鳴とは、空気で満たされた管を通る音波の共鳴現象であり、笛などの楽器が特定の音を発生させるメカニズムもこの気柱共鳴です。耳穴はおよそ2~3cmの長さで両端をイヤホンの振動板と鼓膜で塞がれた閉管です。音速は毎秒340m程度であり、共鳴の1倍音(基本音)の周波数は5k~7kHzとなります。更に、2倍音(10k~14kHz)、3倍音(15k~21kHz)など、倍音の周波数に共鳴が起こります。耳穴の長さによって共鳴が起こる周波数が異なり、耳穴の形状の違いや皮膚の硬さなどによって共鳴の強さや減衰が異なります。このため、幅広い周波数を含む検査音を送出し、その反射音を観測することで、耳穴の形状に起因する個人の特徴を抽出することができます。図2に3名の異なる被験者で測定した反射音のスペクトラムを示します。スペクトラムの山の位置が共鳴の起こった周波数、山の高さが共鳴の強さ、山の幅が共鳴の減衰を示します。

図2 反射音の周波数ごとの強弱が人それぞれ異なる
(黒丸は共鳴周波数を示す)

更に、最近の研究によって人が認知することができない18kHz以上の非可聴音においても、共鳴が存在し、この共鳴を用いることで個人を特定可能であることが分かりました2)。非可聴音を使うことで、認証デバイスを装着するユーザーの行動や意識を妨げることなく継続的に認証を行うことが可能です。

3. 耳音響認証とヒアラブルデバイス

耳音響認証は、近年注目されているヒアラブルデバイスに適しています。ヒアラブルデバイスはポストスマートフォンの本命とも言われており、ヒアラブルデバイスならではのさまざまなサービスを提案されています3)

3.1 NECの提案するヒアラブルデバイスの世界観

NECでは、人とAIやロボットが協働する近未来を見据え、ヒアラブルデバイスを、フィジカル空間での人々の活動を妨げることなく、ヒトとモノやAIをつなげるツールとして位置付け、必要となる技術を開発しています4)5)。NECが開発しているヒアラブルデバイスの機能について図3に、ヒアラブルデバイスのプロトタイプを写真に示します。本デバイスは、マイクとスピーカ、モーションセンサー、地磁気センサーを備えています。マイクとスピーカを利用して、耳音響認証による本人確認、体内音を活用したバイタルセンシング、音声ユーザーインタフェースを実現できます。モーションセンサーにより活動量や姿勢把握が可能であり、更に地磁気センサーを活用した屋内位置測位が可能となっています。このように一つのデバイスで「誰が」「どこで」「どのような状態か」を特定できるデバイスは他に例がなく、現在さまざまなパートナー企業とともに社会実装に向けた検証を進めています6)

図3 NECのヒアラブルデバイスの機能
写真 ヒアラブルデバイスのプロトタイプ

3.2 ヒアラブルデバイスを活用したソリューション例

ヒアラブルデバイスを活用したソリューションの可能性は多岐にわたります。図4に利用シーンを示します。

図4 ヒアラブルデバイスを活用した耳音響認証の利用シーン

音楽ストリーミングサービスでは、ユーザーがヒアラブルデバイスを装着するだけで、サービスの権利を有していることを証明し、ユーザーの好みに合わせたサービスを楽しむことができます。常時ユーザー認証により、ユーザーが途中ですり替わらないことが保障されるため、サービス提供者は安心してサービスを継続的に提供できます。

ショッピングサービスでは、本人認証を耳音響認証で実現できるため、クレジットカードやスマートフォンを取り出すことなく、手ぶらで買い物を楽しむことができます。

作業員の動態管理では、どの作業員がどこで作業を行っているのかを正確に見える化でき、作業の効率化を図るための分析材料を提供できるとともに、勤務や業務の不正を防止できます。

工場や病院などでは、耳音響認証を使うことで、手袋やマスクをしていても認証を実施できます。手袋やマスクをとる必要がないため、作業効率を落とさず、また、衛生面でも優れています。

警備員が使用する無線通信において、耳音響認証を使って正規の人物が使用していることを保障することにより、秘匿性の高い通信を実現できます。また、業務用で使われているトランシーバー無線では、1人の送信者の声を全員に一斉送信するが、耳音響認証を使うことによって送信したい相手やグループにのみ送信するといった通信制御を容易に実現できます。

4. おわりに

本稿では、耳音響認証とその応用事例を紹介しました。耳音響認証はハンズフリー・アイズフリーで行動を妨げることなく、本人が意識することなしに高いセキュリティを実現できます。NECは、今後もバイオメトリクス認証の開発と、その成果の実社会への適用に努め、安全、安心、効率、公平で豊かな社会の実現に貢献していきます。

参考文献

執筆者プロフィール

荒川 隆行
バイオメトリクス研究所
主任研究員

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