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Voyage02 成功率100%の壁

Voyage02 成功率100%の壁

地上で出来ることは、すべて、やる

JAXA月周回衛星「かぐや」を含め、大気圏を通過するすべての人工衛星には宇宙空間という試練が待っている。その試練を乗り越えるために必要となるテストを数多く実施する。

ロケットが一度打ち上がれば、人工衛星を直に修理することは出来ない。失敗したからといってもう一度チャンスがある、というものでもない。だから、宇宙へ飛んでいく前に可能な限りのテストを行う必要があるのだ。

大気圏という名の壁を突破するために

人工衛星に搭載された機器はロケット打ち上げから宇宙空間へ到達するまでに、発射の振動やその轟音によって、地球上では考えられないほどの衝撃にさらされることになる。その振動にすべての機材が耐えうるかどうか。「かぐや」に搭載する観測機器は過酷な振動実験を徹底的に繰り返した。「振動で接触不良を起こしたら、すべてが終わることもある」振動実験を見つめる開発陣の眼は厳しい。地上で予測できるレベルでは、宇宙空間には通用しない。想像以上の振動実験をパスしてこそ、宇宙へ行けるのだ。開発陣の自信が揺るがなくなるまで、実験は続いた。

その他にも様々な機器への実験が行われた。数種類の「チャンバー」と呼ばれる槽の中で、宇宙の真空状態と温度変化の環境を再現し、機器の性能を観測する実験、衝撃を与えて機器の耐久性を測る試験、電磁適合試験など、日常のレベルを超越した宇宙環境でも安定した状態を維持できるように、起こりうるすべてを想定した試験が繰り返される。宇宙開発においては、このような試験段階で非常に困難な課題にぶつかるが、それが時に抜きんでたイノベーションをもたらすことにもつながる。

例えば、パソコンを初めとする電子機器に使用されている薄い衝撃吸収材などのいくつかの材料は、宇宙開発の中からフィードバックされた技術の結晶の一つである。このように極限で磨き上げられた技術だからこそ、日常において高い信頼性を発揮する技術につながることになるのだ。

情熱が宿る「ものづくり」

人工衛星は現代科学の粋を集めた精密機器の集合体だが、量産品ではない。人の手を多く必要とする製品なのだ。例えば電子回路の基板。パソコンを始めとする量産
IT機器の製造では部品を配置し、目にもとまらぬ速さでハンダ付けしていくロボットアームの活躍を目にしたこともあろう。しかし、「かぐや」を構成している電子機器の基板は、オーダーメイド製品である上、宇宙用機器としての高品質が求められるため、人の手により高信頼度部品が実装され、配線組立が実施され、顕微鏡等を用いてその品質が確認される。ハンダ付けや配線組立は、いずれも高度な技術を有した作業者が実施する。そのなかには現代の名工に選定され、黄綬褒章した者もいる。正確さはもちろんのこと、実績の数々と、そして、それを実現した“ものづくり”への情熱が、「かぐや」に宿っている。

当たり前のことを当たり前に行う、難しさ

人工衛星はどれ一つとして同じモノがありません。設計も、仕様も、それぞれバラバラです。ですから人工衛星の製造はいわゆるオーダーメイドになります。私が担当しているワイヤーハーネスとは、電力や情報を供給するケーブルを束ねたもののことで、いわば人工衛星のライフラインみたいなもの。それが破損したり故障したりすれば、人工衛星は修理が出来ない宇宙空間でゴミと化すでしょう。失敗なんてあり得ない。許されるわけもない。そんな環境に身を置いて、気がつけば30年以上もハンダ付けをしてきました。今も私の手から生まれた基板を積んだ人工衛星が数多く存在します。この作業は、すべてを一人で組むわけではありませんので、次の工程の人にとって仕事をやり易くしておくということも大事。ミスしないことも、工程を考慮した作業を行うことも、すべて当たり前なのかもしれません。けれど、当たり前のことを確実に成し遂げることが何より大事であり、難しいことです。

宇宙技術エンジニア - 人工衛星の神経をつくる現代の名工

NEC東芝スペースシステムの飯吉政春

NECは月周回衛星「かぐや」を応援しています。