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微小な振動を検知する超高感度振動センサ技術開発とその応用

Vol.65 No.2 2012年9月 ビッグデータ活用を支える基盤技術・ソリューション特集

NECグループでは、従来比約20倍の高感度な圧電式振動センサを開発しました。振動センサは、人の聴覚と触覚を担う感覚器官に相当します。実世界には人・モノ・環境から発せられる振動情報が溢れており、この振動センサはこれまで検知困難で利用できなかった微小な振動波形データを収集できます。異常を示す周波数成分の抽出とその意味の分析をクラウドで行い、状況や状態を正確に把握して重大事象発生の予防につなげることで、安心・安全な社会の実現を目指しています。本稿では、新たに開発した振動センサの特長と、その応用開発の取り組みについて紹介します。

1. はじめに

センサは実世界に散在する情報を収集し、クラウドでより質の高い情報に加工することで新たなサービスの創造・提供を行うための起点となるキーデバイスです。

電子機器や工作機械の異常な振動や動作の原因を究明したい、建物などの構造物の劣化状況を簡単に調べたい、人の日々の健康状態を簡単に把握したいという強いニーズが、以前からありました。NECグループが開発した圧電方式の振動センサは、こうした課題をより容易に解決する可能性を大きく広げました。

新たなセンサ開発のきっかけは、製品開発の際に自ら利用するためでした。静音や高音質が求められるコンピュータや携帯電話などの電子機器の開発では振動・音響技術が必要不可欠です。機器に搭載されている部品の異常振動や音の挙動を正確に把握し対策を行うために、これまで科学計測用の振動センサを利用していました。しかし、従来の科学計測用の振動センサは、10万円以上と高価なうえに、計測可能な範囲も限定されているため、実際には十分に利用できない場面がありました。

そこで、これまで培ってきた弊社グループの保有技術を活用すれば、高感度で低価格な新たな圧電式振動センサ(以下、振動センサ)の開発が可能と判断し、本格的に開発に着手しその実現に至りました。

2. 圧電方式振動センサ

新開発の振動センサは、これまでの科学計測用振動センサに比べて約20倍という世界でも最高レベルの高感度を10Hz~15kHzの広い周波数帯域で、しかも約10分の1という大幅な低価格で実現しています。この振動センサは0.0001G、つまり地球の重力加速度の10,000分の1という、ごくわずかな加速度を広い周波数帯域で検知できます(図1)。それは、例えば、わずか1滴の落下する水が打つガラス面の振動が検知できる検知レベルに相当します。

図1 超高感度圧電式振動センサ

弊社グループでは、50年にわたって自社の電子機器向けに通信機器向けのフィルタやスピーカ、アクチュエータなどの圧電セラミックスデバイスの研究開発を行ってきました。そこで使われる圧電セラミックス材料には、電気・機械変換能力すなわち外部から加えられた振動を電圧に変換する圧電効果があります(図2)。この圧電セラミックス材料と機械機構、電子回路を組み合わせると高感度なセンサができます。

図2 圧電セラミックス材料の電気機械変換能力

新開発の振動センサには、圧電セラミックス材料の最適な組成の開発、センサ機構部への独自の振動振幅拡大機構の採用、高いS/N(signal-noise ratio)のためのノイズ抑制技術、インピーダンス変換回路の採用で、効率よく電気信号を取り出す新開発技術が盛り込まれています。

圧電セラミックス材料の開発では、これまで蓄積してきた材料データベースを活用して、ペロブスカイト結晶をベースとした材料合成を繰り返すことで、センサに最適な材料組成を見出しました。

独自の振動振幅拡大機構の開発では、検知対象物の振動により圧電セラミックスで発生した電荷をロスなく信号に変換する精密な振動子構造をシミュレーションで設計しました。

また、外部環境やセンサ回路から発せられる電気ノイズは、微小な検知信号を扱うセンサには大敵です。微小な検知信号がノイズに埋もれ、両者の区別がつかなくなります。ノイズの侵入経路や要因を科学解析で特定して、最良な対策を施すことでノイズの影響を最小化しています。

更には、利用者がセンサを機器に容易に組み込めるよう、インピーダンス変換回路を内蔵することで、振動センサを接続する機器とのインピーダンス整合による検知信号の伝達効率の最大化を行いました。

3. 振動センサの応用

安心・安全な社会実現のニーズに応えるため、センサから上がってくるデータから異常を検知して早期に知らせるクラウド型サービスを視野に、振動センサの応用技術の研究開発を行っています。

新たな振動センサにより、大量のデータ、例えば電子機器の異常な動作や建物のひび割れやきしみ、人の血流状態を表す微小振動の振動波形データのリアルタイムでの収集が行えます。また、振動波形分析技術と組み合わせることで、異常を表す周波数成分の抽出や、その意味の分析で正確な状況の把握ができ、高精度な重大事象の予知が行えるため、新たな情報サービスの創出につながります。

ここでは、インフラ監視の診断やヘルスケア分野の情報サービスに向けた、建物診断と人の脈動検知の実験を例に、振動センサ応用の可能性を示します。

3.1 複数センサからの信号比較で建物の劣化状況を見える化

梁と柱を持つ建物の模型に、複数の新開発の振動センサを設置しました。また、上部階にある一部の柱に機械的な欠陥すなわちガタツキを意図的に作りました。建物に外から振動応力を与えて各センサの検知信号を収集し分析を行います。

建物に印加した振動応力に応じて、各センサから振動-時間波形データが出力されます。これを周波数スペクトルに変換することで、複数の大小の周波数成分が抽出されます。各々の周波数成分に統計的な情報処理を施して統合し、建物全体の振動姿態のアニメーションを作成して状況の見える化を行うことで、これまで検知できなかった微小な振動振幅の周波数成分は柱のガタツキを表すことが明確になりました(図3)。

図3 微小振動の収集・分析で建物の欠陥を見える化

このように、建物や橋梁などのインフラに複数のセンサを設置してクラウドで遠隔監視を行うことで、建物の劣化状況が正確に把握でき、その早期発見と情報提供による効率的な補修につながり、住民の安全を守るとともに経済損失の防止が実現できると期待しています。

3.2 人の脈動振動で血流状態を把握

プラスチック製ロッドの先端に、従来型と新開発の振動センサを取り付け、それらを人の頸動脈に当てた際に検知される振動波形を観察しました(図4)。

図4 振動センサを利用した血流状態の計測

従来型センサでは不明瞭な振動波形が観察されましたが、新開発の高感度の振動センサでは鋭く明瞭な振動波形が得られました。振動時間波形のピークとピークの時間間隔は、心臓の鼓動に応じた脈拍を、ピークの値はセンサを当てた部位の局所的な血流の圧力レベルを表します(図5)。

図5 血流状態を正確に把握

血流状態を簡易に計測してそのデータを蓄積し、時系列的にきめ細やかにその意味を分析することで、日々の健康状態の変化が分かります。その情報を基に、個々人の生活スタイルに応じたアドバイスを行うことで、快適な生活を支援できると考えています。

4. むすび

新たに開発した振動センサの特長と応用技術開発の取り組みについて紹介しました。本稿の最後に、現在進めているセンサ、ハブ端末、クラウド、通信ネットワーク網を有機的に接続し、データの収集からお客様への価値情報提供までを円滑に行う、クラウド活用型のセンサネットワークシステム開発の取り組みについて説明します(図6)。

図6 クラウド活用型センサネットワークシステム

センサから収集して得られた振動波形データは、ハブ端末でリアルタイムに解析され、意味ある情報を抽出してクラウドへと送信します。クラウドは統計的なきめ細やかな情報分析と、お客様が容易に理解できる価値情報の提供を行います。また、実世界情報を価値情報に圧縮することで、クラウドや情報通信網のトラフィックの負荷や情報処理に必要なエネルギーを減らすことにもつながります。

今後も弊社は、グループ企業やパートナー企業と協業しながら、安心・安全な社会の実現に向けてセンサ技術の研究開発を精力的に進めてまいります。

参考文献

  • 1)
    ニューケラスシリーズ編集委員会:“圧電セラミクスの応用,”学献社,1989.11
  • 2)
    長松昭男:“モード解析入門,”コロナ社,1993.7

執筆者プロフィール

佐々木 康弘
中央研究所
グリーンプラットフォーム研究所
主任研究員
高橋 尚武
中央研究所
グリーンプラットフォーム研究所
主任
相本 隆司
NECトーキン
センサ・モジュール事業開発推進部
シニアマネージャー
源新 輝
NECトーキン
センサ・モジュール事業開発推進部
主任