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新原理「スピンゼーベック効果」による熱電変換の可能性

Vol.66 No.1 2013年8月 社会的課題解決に貢献するNECの事業活動特集

熱電変換素子は、世界中で無駄に捨てられている膨大な量の廃熱を、再び利用価値の高い電力に変換する“打ち出の小づち”となり得る技術として期待されています。そのなかでも、スピンゼーベック効果を利用した全く新しいメカニズムによる熱電変換技術は、技術的に成熟した熱利用分野における新しいイノベーションとなる可能性を秘めています。
本稿では、廃熱の有効利用の課題に対し、このスピンゼーベック素子が有する新しい可能性について解説します。

1. まえがき

世界のエネルギー消費量は、新興国を中心とした経済規模の拡大などが原因で、年々増加の一途をたどっています。一方で、エネルギー消費量が無秩序に増加する状態を放置することは、資源の枯渇や気候の変動を引き起こし、結果として人々の生活に悪い影響を与えることが懸念されています。

そのため、エネルギー利用における経済性と、低環境負荷の両面を訴求することができる新技術創出に期待が集まっています。こうしたなか、世界中で無駄に捨てられている膨大な量の「廃熱」の有効利用を目指す技術の開発が近年盛んになってきています。

2. 熱電変換による廃熱回収

社会に溢れている廃熱のほとんどは、約150℃以下の気体や温水の形で排出されていることが知られています。この温度域では、熱電変換に限らず排熱を電力に変換した場合の効率が小さくなってしまうことが、廃熱回収技術の実用化を難しくしています。

一方、比較的高い変換効率が得られる高温域においては、熱電変換の実用化の取り組みがなされています。例えば、近年の世界的な自動車の燃費規制の動向に関連し、燃費向上技術としてエンジン廃熱回収に取り組むプロジェクトが各国で進められています。エンジンからは比較的高温の廃熱が利用できるため、熱電変換の実用化が期待されている分野です1)。既にランキンサイクルやスターリングサイクルなどの熱機関や、ゼーベック素子を使った試作システムにおいて、10%前後の燃費向上効果が得られることが報告されています1)

しかし、これらの技術の最も大きな課題は、採算性をクリアできていない点です。例えば自動車の燃費1%向上に支払えるコストは1万円以下であると言われていますが、現状の技術は経済的なメリットを出せるレベルには到底届いていません。

すなわち、この採算性の課題が解決できれば、自動車向けなどの高温域の廃熱回収技術として実用化を達成し、産業として確立することができます。そのうえで、より低温域の廃熱回収の普及に向けた取り組みが進んでいくと考えています。

3. スピンゼーベック素子の特徴

スピン流熱電変換は、2008 年に慶應大学の齊藤グループ(現東北大学)が実証したスピンゼーベック効果を用いた新しい熱電変換メカニズムです2)。我々は、このスピン流熱電変換の革新性に着目して、その熱電変換メカニズムに基づくスピンゼーベック素子の実用化を目指した研究開発を行っています3)

スピンゼーベック素子の最大の特徴は、そのシンプルな構造にあります。図1に、ガラス基板上に作製した素子の写真と、素子の構造を模式的に表した図を示します。模式図にあるとおり、素子は磁性絶縁体と伝導体の二層膜だけで構成されています。写真の素子で用いている材料は、磁性絶縁体としてイットリウム鉄ガーネットにビスマスを添加したBi:YIGを、また、伝導体に白金(Pt)を使用しています。図2に示す、一般的な半導体pn 接合型のゼーベック素子の模式図と比較すると、その構造の特徴は明らかです。

図1 スピンゼーベック素子とその構造模式図
図2 ゼーベック素子モジュールの構造模式図

ゼーベック素子の場合、熱起電力を大きくするために、素子内でn型とp型半導体のブロックを複数個直列につないだ複雑な構造を作製する必要があります。

一方スピンゼーベック素子では、起電力が伝導体の面内方向に発生します。その起電力を大きくするためには、素子の電流取り出し端子間の距離を長くとるだけで構いません。そして、素子の面積を広くすると、これに比例して取り出し電力が増大していきます。このように、シンプルな構造を持ち、簡単にスケールアップできる点が、さまざまなメリットにつながります。

第1に、素子製造に、塗布などの簡便なプロセスが適用できるために、より大きな面積で、かつ低コストで製品を提供できます。

第2に、さまざまな部材の形状に合わせて素子を作製することができます。

実際に、塗布プロセスを利用して作製した素子や、フレキシブルな基板へ作製した素子においても、問題なく熱電変換能が得られることを確認しています。

4. スピンゼーベック素子の可能性

スピンゼーベック素子のもう1つの大きな特徴は、従来のゼーベック素子の変換効率を超える可能性を秘めている点です。ゼーベック素子とスピンゼーベック素子のメカニズムの違いを概念的に表した図3を使って説明します。

図3 半導体型熱電変換素子と
スピン流熱電変換素子のメカニズムの違い

まず、素子の両端に温度差を付けると素子内部に熱流(熱の流れ)が発生します。

ゼーベック素子の場合、素子中に熱流を発生させると、その熱流の一部が、ある一定の割合で同じ方向に流れる電流に変換されます。熱流から電流への変換効率は、素子内部に熱流が流れにくいか、または、電流が流れやすいような材料を用いることで大きくなることが分かっています。しかし、半導体中では、電子の量が熱の流れやすさも決めてしまうため、両者を独立に変えることができません。これはウィーデマン‐フランツ則と呼ばれる物理的な制限で、ゼーベック素子の性能向上を妨げる大きな壁でした。

スピン流熱電変換の大きな魅力は、ウィーデマン‐フランツ則に縛られない熱電変換メカニズムを実証したことです。スピンゼーベック素子では、素子に発生させた熱流の一部が、磁性絶縁体の中の局在スピンを介したスピン角運動量の流れ、すなわちスピン流を生じさせるスピンゼーベック効果が起きます。発生したスピン流は、常磁性の伝導体の中で、逆スピンホール効果と呼ばれるスピン流と電流を変換する現象によって、熱流の向きとスピンが配向する向きの両方に直交する方向の電流に変換され、電力として取り出すことができます。

このため、スピンゼーベック素子における熱電変換効率は、磁性絶縁体の熱の流れを悪くすることと、伝導体における電子の流れを良くすることを、それぞれ独立した部材において制御し改善することが可能です。これが、ゼーベック素子にはない特徴であり、スピンゼーベック素子に大きな性能向上の可能性が期待される理由です。

実用的なメリットとして前述した、非常に単純な二層型の素子構造を実現できたこと、更に、単純な構造を持つために、塗布などの簡易なプロセスを適用でき、大面積素子を低コストで作製できることも、このメカニズムのおかげで実現したものです。

最後に、スピンゼーベック素子の素子特性例を紹介します。図4は、スピンゼーベック素子の起電力を積算するため、伝導体膜のパターニングによって素子を直列に接続した素子の写真と出力測定の結果です。熱起電力の温度依存性のプロットから、0.395 mV/Kの熱電変換係数を得ています。このように、スピンゼーベック素子においても従来のゼーベック素子と同様の手法によって、効果的に起電力の積算が可能です。従来の半導体型ゼーベック素子と比較すると、変換係数も小さく、また素子の内部抵抗も大きいために、電源として実用的な性能は得られているとは言えませんが、センシングなどの電圧を必要とするアプリケーションへの応用が期待できるレベルに近づいてきています。

図4 スピンゼーベック素子を用いた起電力積算実験

今後、出力向上が期待できる施策として、素子の厚さをmmオーダーまで大きくすることや、材料自身の特性を改善することに取り組み、従来の半導体型素子を超える性能を実証することを目指しています。

5. むすび

熱電変換素子は、無駄に捨てられている廃熱回収技術として、大きく期待されています。現在の取り組みは、主に半導体型ゼーベック素子の技術開発によって進められていますが、スピンゼーベック素子が、将来、ゼーベック素子を大きく超える変換効率、低コスト性、耐久性を実証できれば、その市場を置き換え、更に拡大することも不可能ではありません。より多くの廃熱を有効利用できる社会の実現に向けて、スピンゼーベック素子の早期実用化に取り組んでいきます。

参考文献

  • 1)
    C.B. Vining:An Inconvenient truth about thermoelectrics, Nat. Mater. 8, 2009, pp.83-85
  • 2)
    K. Uchida et al.:Observation of the spin Seebeck effect, Nature 455, 2008, pp.778-781
  • 3)
    A. Kirihara et al.:Spin-current-driven thermoelectric coating, Nat. Mater. 11, 2012, pp.686-689

執筆者プロフィール

石田 真彦
スマートエネルギー研究所
主任研究員

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