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顔認証技術とその応用

Vol.63 No.3 2010年9月 パブリックセーフティを支える要素技術・ソリューション特集

近年の犯罪者やテロリストの増加に伴い、バイオメトリクス個人認証技術に関する必要性は年々高まっています。顔認証技術は、被撮影者が認証動作を必要としない点や、履歴として残された画像から本人特定が容易にできる点など、他のバイオメトリクス個人認証技術にはない優位性があります。NEC情報・メディアプロセッシング研究所では、2010年1月から5月に実施された米国国立標準技術研究所(NIST)によるバイオメトリクス技術評価プログラムMultiple Biometric Evaluationに参加し、ビザ申請顔画像を用いた評価で180万名中95%の1位検索率、誤照合率0.3%を達成するなど、参加組織中、最も高い認証性能を得ることができました。本稿では、NECの顔認証技術を説明し、NISTでの評価結果とNECの顔認証エンジンを使った応用事例を紹介します。

1. はじめに

今日、社会の情報化やネットワークサービスの普及に伴い、コンピュータやシステムへのログイン、銀行ATMでのキャッシュカード利用、クレジットカードの利用、会社やマンションへの入退場などで、機械を介して本人認証を行う場面がますます増えてきています。通常、これらの場面で個人認証を行う場合には、パスワードや暗証番号などを利用する知識認証と呼ばれる方法、または磁気カードやICカードを用いる所有物認証と呼ばれる方法が一般的です。しかし、これらの方法は、パスワードの忘却や漏洩、あるいは、カードでは盗難や偽造などの危険性があり、十分な方法とはいえません。特に知識認証では、使用場面が増えたときに、個別に異なるパスワードを設定し記憶しつづけることは困難です。

他方、生体認証技術は、パスワードや暗証番号による認証方式とは異なり、忘れることがないという利点があります1)

更に、顔認証技術特有の利点として、

  • (1)
    入力された顔が履歴として残るため、不正利用や誤認識した場合にその本人の特定が容易である。また、不正行為を事前に抑止する効果も期待できる
  • (2)
    遠隔から認証が可能である
  • (3)
    非接触型の入力デバイスが使える

ことが挙げられます。

本稿では、第2章においてNECが提案している顔検出・顔照合手法について説明し、第3章において米国国立標準技術研究所(NIST)で実施された技術評価プログラムMultiple Biometric Grand Challenge(MBGC)2) 、Multiple Biometric Evaluation(MBE)3)における評価結果について述べます。第4章においてNECの顔認証技術を使った応用事例を紹介します。第5章において顔認証技術における今後の課題を示し、第6章で本稿をまとめます。

2. 顔認証技術の概要

顔認証処理の概要を図1に示します。照合対象となる2枚の顔画像を登録画像と照合画像とします。まず、各顔画像に対して顔検出処理を行い、画像中から顔領域を決定します。次に、顔特徴点検出処理を行い、目、鼻、口端などの顔の特徴点位置を求めます。最後に、得られた特徴点位置を用いて顔領域の位置、大きさを正規化した後、照合処理を行います。以下に、著者らが提案している手法について、処理ごとに詳細を説明します。

図1 顔認証処理の流れ

2.1 顔検出処理

図2に一般学習ベクトル量子化手法(GLVQ)を用いた顔検出手法4)における処理の流れを示します。まず、さまざまな位置や大きさの顔を検出するため、画像の大きさを一定の比率で縮小した多重解像度画像を生成します。次に、多重解像度画像の端から順に、GLVQにより顔と非顔の2クラス判別を行い、信頼度画像を生成します。図3にGLVQの学習に使用した顔と非顔画像の例を示します。このようにして得られた各信頼度画像について、ラベリングして得た複数の顔領域をマージし、顔の位置を求めます。GLVQによる顔と非顔の識別手法は、典型的なパターン識別方法の1つであるサポートベクトルマシン(SVM)と同等以上の精度であり、顔検出速度に関してはSVMより格段に優れていることが実験により明らかにされています。

図2 顔検出処理の流れ
図3 顔(上段)と非顔画像(下段)の例

2.2 顔特徴点位置検出処理

文献5)で提案したGLVQと顔形状モデルによる顔特徴点位置検出手法における処理の流れについて述べます。提案手法は、図4に示すように、顔画像から瞳や口角などの顔特徴点ごとに特徴点候補を抽出する「顔特徴点候補検出」と、特徴点候補の中から最適な顔特徴点位置を決定する「顔形状モデルによる位置最適化」の2つの処理から構成されます。前段では、瞳,鼻下,口角などの顔特徴点ごとに構築した顔特徴点/非顔特徴点を識別するGLVQ 識別器により、各顔特徴点の信頼度画像を生成し、顔特徴点候補位置を決定します。後段では、前段で得られた顔特徴点候補と顔形状モデルから、最小メジアン推定を用いて異常値を判定しながら、もっともらしい顔特徴点位置を選択します。これにより、照明変動や遮蔽により顔特徴点の情報が欠落している場合にも、高精度な位置検出が可能になります。

図4 顔特徴点検出処理の流れ

2.3 顔照合処理

照合画像と登録画像の撮影条件は必ずしも同じとは限らず、姿勢や照明の変化、あるいは表情や経年変化を伴っている場合があり、照合性能が低下する大きな要因になっています。著者らは、比較的モデル化が容易な姿勢や照明の変化に対しては、1枚の画像からさまざまな姿勢・照明の異なる画像を生成する「摂動空間法」6,7)を用い、モデル化が難しい表情や経年変化に対しては、大量の顔画像データから個人を識別するために有効な特徴を抽出する「多元特徴識別法」を用いて性能低下を軽減しています。図5に1枚の元画像からさまざまな姿勢・照明条件の画像を生成するための処理の流れを示します。姿勢変動画像については顔の3次元形状を推定し、さまざまな向きの顔にレンダリングすることにより生成します。また、照明変動画像については、拡散反射モデルをベースに構築した顔の照明基底モデルを用いて、照明条件の異なる画像を生成します。一方、「多元特徴識別法」については、顔画像からエッジの方向や局所的なテクスチャなどのさまざまな種類の特徴を抽出した後、それぞれの変動に対して安定で、かつ個人を識別するために有効な特徴空間に特徴ベクトルを射影し、特徴空間内のベクトル間の距離により、同一人物か否かを判定します。このように、2つの異なる手法を併用することにより、さまざまな変動要因に頑強な高精度な顔照合が実現できます。

図5 姿勢・照明変動画像を生成するための処理の流れ

2.4 照合結果例

図6に照合結果例を示します。左側が照合画像で、右側が登録画像です。上段の照合画像と登録画像は同一人物の画像であり、下段の照合画像は異なる人物の画像です。照合スコアは中列に棒グラフで表され、しきい値以上の場合には本人、しきい値以下の場合には他人と判定されたことを意味しています。上段の結果は、照合スコアがしきい値よりも高いため本人と判定され、下段の結果は照合スコアがしきい値よりも低いため他人と判定されたことを示しています。本例では上段の照合画像と登録画像では、約23年の経年変化があるが、正しく照合されていることが分かります。

図6 照合結果例

3. NISTによる性能評価

顔認証を含めたバイオメトリクス個人認証技術は、入力データの撮影条件により性能が大きく変わるため、同じデータを用いて評価しない限り、他の手法との比較が困難です。著者らのグループでは、NISTによって実施された技術評価プログラムMBGC(2008~2009年実施2)とMBE(2010年実施)3)に参加し、認証性能や検索速度において他の参加組織のエンジンに比べ最も高い評価を得ました。

MBGCの目的は、顔と虹彩認識技術に関して評価項目を設定し、比較評価することにより、業界全体の技術力を向上させることにあります。NECは静止画顔認証部門に参加し、最も高い性能を得ることができました。静止画顔認証部門では、高画質化が進むデジタルカメラで撮影した顔画像や、IC旅券に格納可能なサイズへ縮小・圧縮を行った顔画像、また、ホールや廊下など不十分な照明下や屋外など直射日光下を含む厳しい撮影条件での顔画像を対象としています。このような厳しい条件で撮影された顔画像を用いた評価において、NECは2~4%の誤照合率(他人許容率が0.1%のときの本人拒否率)を実現しました。

一方、MBEの目的は、百万名規模の大量の顔画像データを用いて、出入国管理システムや犯罪者検索システムにおける実用性能を評価することにあります。NECは、犯罪記録から抽出した160万人の顔画像からは92%の1位検索精度、ビザ申請時に使われた180万人の顔画像からは95%の1位検索精度という高い精度を達成しました。また、160万人からの検索に必要な時間は、画像1枚当たり約0.4秒と、高速に動作することが実証されました。更に、認証精度についても、犯罪記録の顔画像に対しては誤照合率が4%、ビザ申請顔画像に対しては0.3%との結果を得ました。これらの評価結果はすべて、他の参加組織のエンジン性能を大きく上回るものであり、NECの顔認証技術の優位性を示す結果となりました。

4. 顔認証技術の応用事例

International Biometric Groupの調べでは、2009年のバイオメトリクス全体の市場は34億ドルであり、そのうち顔認証は11.4%です8)。5年後の2014年には、バイオメトリクス市場は94億ドルに拡大すると予想されています。国内でもIC旅券の発行が2006年3月から始まり、その中に顔画像情報が書き込まれたICチップが入っています。また、外国人入国者に対しては、顔や指紋の個人識別情報の提供が義務づけられており、犯罪者リストとヒットした人物に対しては入国を拒否、身柄を拘束することができます。以下に、NEC顔検出・顔照合エンジン「NeoFace」を使った事例を紹介します9)

4.1 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン®

2007年11月よりユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、年間スタジオ・パスの個人認証システムに顔認証が導入されています。エントランスで、年間スタジオ・パスをリーダーにかざし、モニター画面に顔を向けることにより、約1秒で認証が完了します。本システムは非接触で認証でき、手軽に利用できる点が評価され導入されました。それに加えて、年間スタジオ・パスの発行が迅速化され、パス紛失などによる悪用防止が可能となる利点もあります。

4.2 香港入国管理局における出入国管理システム

香港入国管理局では、出入国審査の際に自動車に乗車したまま顔認証を行い、自動的に本人識別を行う出入国ゲート管理システムを2007年より導入しました。香港では、全住民のIDカード化が実現しており、個人識別情報が登録されています。更に、車ごとにドライバーが1対1で登録されており、車のナンバーからドライバーが特定できるため、出入国ゲート進入時に車のナンバーを識別すれば、ドライバーが特定できます。ドライバーが顔認証により本人であることが特定されると、出入国業務が完了しゲートが開かれます。本システムでは、非接触という顔認証の利点を活かし乗車したまま認証が行えるため、審査がスムーズに行うことができます。

5. 今後の課題

個人認証する際には、対象者が認証を意識した「協力型の認証方式」と、対象者が認証をまったく意識しない「非協力型の認証方式」があります。顔認証の場合、前者は例えば、入国審査時のパスポート写真を用いた本人確認などであり、後者は監視映像における個人認証です。これまでは前者の用途が主流でしたが、今後は顔認証技術が進歩するにつれて、後者の用途が広がっていくと予想されます。本章では、非協力型の認証方式に対応するために、克服すべき技術課題について述べます。

(1) 姿勢変動に対する照合性能低下

パスポート写真のような正面向きの顔については、前章で述べたように高精度な照合が可能になってきました。しかし、登録画像が正面向きであっても、照合画像が斜め上方から撮影された場合には、認証精度が大幅に低下する傾向にあります。主な原因は、顔の一部に遮蔽が生じることによる影響と、顔の3次元的な変形による影響です。NECではこれまで、顔の3次元的な立体データと2次元顔画像を照合する2D/3D顔照合方式10)に関する研究開発にも取り組んでおり、登録情報として3次元形状が利用できる場合には、非常に高い照合性能を得ています。今後、2次元画像同士の照合にもこれらの技術を応用して、非正面の顔に対する性能改善にも取り組んでいく所存です。

(2) 低解像度画像における照合性能低下

監視用途に顔認証技術を利用する場合、遠隔から撮影されるため顔領域の解像度が低く、映像自体が圧縮されていることから、照合性能は低下する傾向にあります。このような場合、抽出された顔領域は解像度が低いことから、顔を識別するために十分な情報が不足している場合も多く、根本的に認証性能を上げるのは困難です。今後、動画の場合には複数枚の画像を用いて高解像度化するなどのアプローチを取ることにより、この課題を解決していく所存です。

6. まとめ

本稿では顔認証技術の概要と応用事例、課題について述べました。今後は、第5章で示した課題を含めて技術的な改良を継続し、顔認証技術のさらなる普及、事業展開を進めていく予定です。


  • *
    NECは、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン®のオフィシャル・マーケティング・パートナーです。® & ©Universal Studios. CR10-2155
  • *
    Results shown from the Multiple Biometric Evaluation 2010 do not constitute endorsement of any particular product by the U.S. Government.

参考文献

  • 1)
    今岡「顔による個人認証技術と応用」 映像情報メディア学会誌 2010年4月号
  • 2)
    P. J. Phillips: "MBGC Still Face Challenge Version 2 Preliminary Results", MBGC Workshop (2009)
  • 3)
    P. J. Grother, G. W. Quinn and P. J. Phillips: “Report on the Evaluation of 2D Still-Image Face Recognition Algorithms”
  • 4)
    細井,佐藤,"一般化学習ベクトル量子化による顔検出",信学技報 Vol.102, No.651, pp.47-52,2003
  • 5)
    森下,今岡,"一般化学習ベクトル量子化と顔形状モデルによる顔特徴点検出",FIT2010
  • 6)
    井上,坂本,佐藤: "部分領域マッチングと摂動空間法を用いた顔照合",画像センシングシンポジウム, 9, pp.555-560 (2003)
  • 7)
    今岡,佐藤: "判別分析と摂動画像法を用いた顔照合アルゴリズム",FIT2005 pp.31-32(2005)
  • 8)
    “Biometrics Market and Industry Report 2009-2014”, International Biometric Group 2008
  • 9)
  • 10)

執筆者プロフィール

今岡 仁
情報・メディアプロセッシング研究所
主任研究員
早坂 昭裕
情報・メディアプロセッシング研究所
森下 雄介
情報・メディアプロセッシング研究所
佐藤 敦
情報・メディアプロセッシング研究所
主幹研究員
広明 敏彦
情報・メディアプロセッシング研究所
研究部長