高効率・大容量無線伝送を実現するOAMモード多重伝送方式

Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~

マイクロ波・ミリ波通信システムは世界各地でモバイルバックホール用途に使われていますが、Beyond 5G/6G用途では、50 Gbps以上という従来方式では対応が困難な大容量化が求められます。本稿では、高効率・大容量化が実現可能、かつ広帯域が利用可能な高周波帯に適した通信方式であるOAMモード多重伝送方式について、その原理・特徴・課題・実装方法を紹介します。本技術の実現性実証のため行ったサブテラヘルツ帯での実時間伝送実験では、偏波多重との組み合わせにより、256QAM/16多重(14.7Gbps)の100m伝送に成功しました。商用化に向けた開発では、100Gbps伝送の実現を目指します。

1. はじめに

世界のモバイルバックホール(Mobile Backhaul)(以下、MBH)網構築には、マイクロ波・ミリ波の無線通信システムが大きな役割を果たしており、NECは、これらのシステムをPASOLINK(パソリンク)の名称で世界各国の通信事業者様に納入しています。

現在、世界で開発が進められているBeyond 5G/6GのMBHでは、50Gbpsを超えるような従来の無線通信方式では実現困難な大容量伝送が求められます。

本稿では、このような大容量化の要求に応える技術として、空間多重伝送方式の1つであるOAM(Orbital Angular Momentum)モード多重伝送方式について紹介します。

2. OAMモード多重伝送方式

2.1 原理と特徴

OAMとは、電磁波の持つ物理量の1つである軌道角運動量であり、OAMには互いに直交する無限のモードが存在します。これを同一周波数で複数の独立な信号を伝送する多重化に利用できれば、大容量化と同時に高い周波数利用効率が実現できます。

OAM信号は、Laguerre陪多項式を用いた円筒座標系の数式で表され1)、数式内の偏角指数l (lは整数)をモードと表現します。

モードは、 l=0,±1,±2,±3,⋯と無限に存在し、互いに直交します。l=0は、従来の無線通信に使われてきた平面波(Gaussianビーム)です。l=0以外のモードは、図1に示すように等位相面がl個のらせん面(互いの位相差は2π/l rad)の組み合わせになっており、モードの極性がらせん面の回転方向に対応しています(Z軸はビームの進行方向)。この等位相面形状が、OAM信号の特徴です。平面波の等位相面は、波長間隔で現れる平面になります。

図1 等位相面形状

複数のモードを多重化して送信した場合、OAMモードの直交性によりmode+lで送信した信号はmode+lの受信機以外ではエネルギーが0になります。つまり、モード間の干渉を受けずに所望のモードだけを受信することができるため、理論上は無限の多重化が可能になります。

具体的には、同一周波数のOAM各モードの正弦波を搬送波として変調を掛けることにより各モードの変調波が生成され、これらを加算することでOAMモード多重化信号となります。

2.2 課題と対策

一方で、OAMには原理的な課題があります。前述の数式から計算すると、ある距離でのOAM信号の電力密度分布は、図2のようなリング状になります。これは、mode0以外ではビーム軸上で位相が2π radの整数倍回転しているため、信号が打ち消し合って電力が0になるためです。この電力が最大となるリング半径は、モードの次数が高いほど大きく、また図3に示すように伝搬距離とともに拡大していきます。つまり、OAM信号は伝搬するにしたがって拡散する性質があります2)

図2 電力密度分布
図3 伝搬距離 対 リング半径

この伝搬によるリング径の拡大は、高次モードほど大きくなります。双方向対称通信を前提とした送受同一径のアンテナで受信する場合、伝搬距離が長くなるにつれ、高次モードほど受信レベルが低下することになりますので、無限の多重化を実現することはできません。また、低次モードの使用に限っても、Gaussianビームによる通信に比べ、伝送距離が制限されます。この点が、OAM信号を無線通信に適用した場合の課題です。図3に示すように、このリング径の拡大率はRF周波数が高いほど小さくなるため、OAM信号の伝送距離の拡大という課題に対しては、ミリ波、100GHz以上のサブテラヘルツ波といった高い周波数帯の利用が有効です。このような高周波帯では広い帯域幅を利用できることも、大容量化に対する利点となります。

また、送受アンテナのビーム軸が一致しない軸ずれがわずかでもある場合、モード間干渉が生じ特性が劣化することも実用上の課題です。これに対する対策は、第3章2節で説明します。

2.3 偏波多重とOAMモード多重の組み合わせ

OAMと偏波は互いに独立であり、従来方式と同様に、偏波多重を併用することが可能です。多重化技術としては、一対のアンテナで済む偏波多重の方がOAMモード多重より経済的なため、OAMは偏波多重以上に容量を増やしたい場合に使われることになります。Nモード多重と偏波多重の組み合わせにより、容量は2N倍になるため、高効率、かつ大容量の無線通信が実現可能となります。

3. 実装手段

3.1 アンテナと位相差付与手段

ここではRF周波数依存性のないデジタル信号処理(Digital Signal Processing)(以下、DSP)+UCA(Uniform Circular Array)アンテナの構成について説明します。

OAMは、電力がリング状に集中しているため、円環状に素子を配置したUCAにより近似的に実現可能であり、N素子でN個のモードを扱うことができます。

OAMの振幅・位相に関するモードと素子の関係は、離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transform)(以下、DFT)になっていますので、N素子UCAの使用を前提とすると、DSPでDFTを実行すればよいことになります。受信側は、これの逆になりますのでDSPでのIDFT(Inverse Discrete Fourier Transform)処理になります。全体の構成は、図4のようになります。通信路はDFT/IDFTで直交化されるため、リンク距離によらず多重化信号の分離が可能になります。

図4 DSP+UCA構成(N=8)

送受で複数のアンテナ素子を使用することで複数のパスを構成する多重通信方式を空間多重伝送方式と呼びますが、本構成によるOAMもその1つになります。

3.2 受信側信号処理の適応制御化

実際には、軸ずれや機器を含む通信路の不完全性により、固定係数では通信路直交化が成立しなくなり、発生するモード間干渉によって特性が大きく劣化します。この劣化を補償するためには、少なくとも受信側信号処理を適応制御化することが必須となります。

OAMモード分離回路の適応制御化には、符号間干渉補償を行う等化器(Equalizer:EQL)制御と同じ誤差信号とLMS(Least Mean Square)アルゴリズムが適用できます。

偏波間干渉は、OAMモード分離の後段で補償可能であり、OAMと偏波多重の組み合わせに対応する受信機が構成できます。

4. 特性

4.1 リンクバジェットの計算

軸ずれなしの条件下では、送受のUCA各素子間の経路長差で生じる位相差と送信出力での位相差を基にした電力計算のみで、各モードの受信電力が求められます3)。この受信電力と受信機の雑音電力から、CNR(Carrier to Noise power Ratio)が計算できます。

軸ずれがある場合は、前述の計算にアンテナ素子の放射パターンの影響とOAM分離適応制御の効果も加味することで、モードごとのCNRを求めることができます。

4.2 D帯における伝送実験結果

最後に、D帯(130~174.8GHz)における実時間伝送実験の結果4)を紹介します。試作機諸元をに、試作機UCA外観を写真に示します(中央の1素子は、初期調整用)。

表 D帯試作機諸元

写真 D帯8素子UCA

図5は、距離100mにおける各OAMモードの受信信号MSE(Mean Square Error)実測値とリンクバジェット計算によるCNRを比較したものです。

図5 OAMモード別MSE実測値/CNR計算値

16多重(OAM8×偏波2)の256QAM信号を連続1時間伝送してビット誤りなしという良好な結果が得られました。実測環境で軸ずれが0になることはないため、この結果はOAM分離処理の適応制御化の効果と考えられます。CNR計算値との比較でも、mode2を除き実測MSEが計算値に近い値となっています。mode2の劣化は、受信側では完全には補償できない送信側の軸ずれによるものと推定されます。周波数利用効率82.7bps/Hzは、マイクロ波・ミリ波の固定無線方式では最大レベルです。

5. むすび

本稿では、Beyond 5G/6Gに向けた高効率大容量無線伝送実現へのアプローチとして、サブテラヘルツ帯におけるOAMモード多重伝送方式について、その原理から実装手段、実測結果までを紹介しました。

現在、本方式の商用化に向け、送信軸ずれに対する耐性を更に高めた方式を検討中であり、容量としては帯域幅1.25GHzでの100Gbpsの実現を目指しています。100Gbps伝送可能な無線通信システムができれば、光通信の代替手段としての利用も期待できます。

NECは、今後も世界の無線通信インフラ高度化に寄与する製品開発を行ってまいります。

6. 謝辞

OAMに関する研究の一部は、総務省の「電源資源拡大のための研究開発」(JPJ000254)のうち「ミリ波帯における大容量伝送を実現するOAMモード多重伝送技術の研究開発」により実施されたものです。

参考文献

執筆者プロフィール

佐々木 英作
ワイヤレスアクセス開発統括部
シニアプロフェッショナル
IEEE ComSoc会員
平部 正司
ワイヤレスアクセス開発統括部
シニアプロフェッショナル
宮元 裕章
ワイヤレスアクセス開発統括部
主任