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5Gのポテンシャルを最大限に引き出すトラフィック制御ソリューション(TMS)
Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~モバイル通信事業者は、環境問題に対する意識の高まりと、5Gサービスの開始を背景に、「パケ詰まり」への対策、通信設備のTCO(Total Cost of Ownership)削減、カーボンニュートラル達成という3つの課題を抱えています。トラフィック制御ソリューション(TMS)は、通信状況に応じて送信可能なデータ量をリアルタイムに予測することで、5Gの潜在能力の高さによって引き起こされるパケ詰まり現象を解決します。通常時は5Gのポテンシャルを最大限に引き出すことで高速通信を実現しつつ、特定時間や場所でのアクセス集中や瞬間的な混雑によるスループット低下を改善します。また、無駄なデータ送信が減ることにより、通信設備のTCO削減やカーボンニュートラル達成にも貢献します。
1. はじめに
近年、モバイル通信事業者を取り巻く事業環境は2つの側面から大きく変化しています。1つ目は、5Gサービスの開始です。通信ネットワークの進化により高精細動画など大容量トラフィックを発生させるインターネットサービスが増加しています。同時に、そのような大容量サービスを存分に楽しみたいユーザーのために、通信料金の値下げや実質使い放題などの動きが加速しています。
2つ目は、環境問題です。地球温暖化の進行を食い止めるべく、脱炭素による環境負荷抑制に対する社会からの要請が産業界全体に高まっています。
本稿では、このような社会背景を踏まえてモバイル通信事業者が直面する課題を明らかにし、それを解決するNECのトラフィック制御ソリューション(Traffic Management Solution)(以下、TMS)について紹介します。
2. モバイル通信事業者の課題とTMSによる解決
2.1 モバイル通信事業者が直面する課題
モバイル通信事業者の課題を図1に示します。1つ目は、サーバからの応答が遅延する「パケ詰まり」です。コンテンツの高精細化や通信料金プランの変化、QUIC*1など瞬間的に大量のデータを発生させるインターネット技術の登場により、一部のインターネットサービスやユーザーがトラフィックを占有しやすい状況になっています。特定の時間や場所にアクセスが集中してパケットが流れづらくなると動画再生が中断するといった事象が発生してユーザーの不満につながるため、パケ詰まりの解消が求められます。

2つ目は、通信設備のTCO(Total Cost of Ownership)削減です。モバイル通信事業者は5Gサービス提供のために設備コストが上昇する一方、料金の実質値下げでサービス提供単価は低下し続けています。1つ目の課題である通信品質に影響を与えずに通信設備のTCOを抑制することが重要な経営課題となっています。
3つ目は、カーボンニュートラルの達成です。パケ詰まりを抑えて無駄なトラフィックを減らし設備コストを抑制することは、消費電力の削減につながります。モバイル通信事業者の主要なCO2排出源は通信設備であり、カーボンニュートラルを達成するために欠かせない取り組みといえます。
2.2 TMSによる課題解決
TMSは、通信速度向上及びネットワーク利用効率向上という2つの価値を同時に実現可能であり、両者を組み合わせることでモバイル通信事業者の課題を解決します。
2.2.1 通信速度向上
5Gは4G(LTE)の10倍以上の通信速度を出せるポテンシャルを備えていますが、インターネットサービスは遅い速度で通信が始まり、ネットワークが混雑していなければ徐々に加速していく仕組みになっています(スロースタート)。しかし、ユーザーが通信速度を実感するのは、スマートフォンでアプリケーションを立ち上げてからサービスが利用できるまでのタイムラグの時となります。このタイムラグが小さいほど快適さを感じることができますが、スロースタートの機構により4Gと比べてそれほど大きな進化を感じにくいのが現状です。しかし、TMSは、通信速度を短時間で最高速度に到達させるよう制御することで、ユーザーが体感するサービス品質を劇的に向上させることができます。
2.2.2 ネットワーク利用効率向上
一方、アクセス集中時は、パケットが基地局などのネットワーク装置に滞留するパケ詰まりが発生します。一定時間滞留すると送信元のサーバが再送を始めるため、更に滞留が増えてしまう悪循環に陥り、ユーザーの体感品質が著しく悪化します。TMSはこのような状況下では、通信速度をあえて抑えてパケットを流れやすくすることで結果的に体感品質を向上させます。また、パケ詰まりの原因が大容量トラフィックを発生させる一部のインターネットサービスやユーザーである場合には、通信の公平性を担保する観点から、そのサービスやユーザーに限定して制御する必要があります。TMSは、そのようなモバイル通信事業者のポリシーに応じた制御も可能です。
パケ詰まり解消は、通信コスト及び環境負荷抑制の面でもメリットがあります。パケ詰まりが起きてサーバが再送すると、同じパケットが複数回ネットワークを通過することになり、通信設備を無駄に使用することとなります。従来、パケ詰まりに対してモバイル通信事業者はネットワーク設備の増強で対応してきましたが、ユーザーにリーズブルな料金で5Gサービスを提供するためには過剰な設備増強は抑える必要があります。また、カーボンニュートラル達成のためにも、ネットワーク利用効率の向上による消費電力抑制が重要です。
2.2.3 通信速度向上とネットワーク利用効率向上の両立
ネットワークが空いていれば通信加速度を大きくし、混んでいたら速度を遅くしてパケ詰まりを和らげるためには、ネットワーク混雑状況の正確な観測が必要です。この極めて難易度の高い技術が、NECが開発したAdaptive TCP Optimization(以下、A-TCP)です。第3章で詳しく説明します。
- *1TCPの改善を目的に標準化されたトランスポート層の通信プロトコル。UDP上に実装される。
3. TMSの機能と特長
TMSのトラフィック制御構成を図2に示します。3階層の価値を組み合わせて実現しますが、その中核がA-TCPです。

3.1 ネットワーク基本性能の向上
下層に位置付けられる「ネットワーク基本性能の向上」はTCP Optimization機能で実現します。この機能は通信速度を自由に設定でき、通信初期の加速度やその後の最高速度を伸ばしたい場合には積極的にパケットを送るようにチューニングします。図3に示すように、TMSは商用サービスにおいて、通信初期の平均スループットを560%向上させた実績があります。

しかし、このように積極的にデータを送信するとネットワーク混雑時にはサービス品質が著しく劣化するため、一般的なTCP Optimization製品では程々の設定に留めざるを得ず、5Gのポテンシャルを十二分に引き出すことができません。
3.2 ネットワーク変動への追従
中層に位置付けられる「ネットワーク変動への追従」はA-TCP機能で実現します。A-TCPの核となるのは、ユーザーのセッション単位に通信状況を継続観測し、「今どのくらいのパケットを送れるのか?」をリアルタイムに予測する技術です。これにより、ネットワークが空いている場合は積極的にパケットを送り出し、アクセス集中による混雑を検知したらスループットを下げて無駄な再送が起きないように制御します。また、4Gと5G間や5GのSub6GHz帯とミリ波帯のように最高速度が異なるネットワークをまたがるハンドオーバーが起こっても、速度変化を検知して瞬時に追従します。5Gは最高速度が高いがゆえに通信速度の変化が激しく、適切に制御しないと再送を誘発して4Gより遅くなるようなことすら起こります。図4に示すように、TMSは商用サービスにおいて混雑エリアにおける再送を約66%減らし、4Gと5G間のハンドオーバー時におけるスループットの伸びを約80%向上させました。いざというときに通信速度を抑えられるA-TCPがあるからこそ、第3章1節のTCP Optimizationを性能最優先でチューニングすることが可能です。

3.3 ポリシーの適用
上層に位置付けられる「ポリシーの適用」は動画などのアプリケーションごとの制御が可能なSSL Pacing/UDP Optimization機能で実現します。特定のインターネットサービスやユーザーがネットワークリソースを占有して公平性が阻害されているようなケースにおいて、モバイル通信事業者が定めるポリシーに沿って制御することが可能です。図5に示すように、TMSは商用サービスにおいてサービス品質にほとんど影響を与えずにピークトラフィックを97%抑制した実績があります。しかし、ネットワークが混雑していなければ一部のユーザーが大量のトラフィックを発生させても構わないため、ここでもA-TCPの存在が効いてきます。通常は必要最小限の制御に留め、混雑時だけしっかり抑えることが可能となります。

4. 5G-Advanced*2、6Gに向けて
今後5Gはますます進化し、先行して実現されている「超大容量化」に加え、膨大な数のデバイスがネットワークに接続される「超大量接続」、通信時の遅延を極限まで小さくする「超低遅延」の登場が間近に控えています。これらの進化は5G-Advancedとして実装が進められ、2030年頃に登場する予定の6Gで更なる性能向上が期待されています。こうしたサービスの高度化に向けてMEC(Mobile Edge Computing)の配備が進みサービスのエンドポイントが分散するなど、ユースケースの多様化とともにネットワークが複雑になっていきます。MECに収容される超低遅延トラフィックにおいて、通信変動がサービス品質に及ぼす影響は極めて大きく、前述したA-TCPは欠かせない制御技術といえます。このように、今後も未知の課題が顕在化する可能性がありますが、エンドツーエンドの通信品質を分析し状況に応じた制御を行うTMSにより解決することが可能です。
- *25Gの更なる進化に向け3GPP Release18以降で標準化が進められている仕様の総称。
5. まとめ
本稿では、5Gによる新しいサービスを、よりリーズナブルな料金かつ少ない環境負荷で実現しなければならないモバイル通信事業者の課題を解決するTMSを紹介しました。TMSは、今後も最新の技術や市場トレンドをいち早く取り込み、通信事業者の経営課題の解決に向き合っていきます。本稿で紹介した内容と類似した課題に直面している通信事業者様においては、本ソリューションの活用を検討いただければと思います。
- *LTEは、欧州電気通信標準協会(ETSI)の登録商標です。
- *その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。
執筆者プロフィール
モバイルコア統括部
シニアプロフェッショナル
モバイルコア統括部
プロフェッショナル
モバイルコア統括部
ディレクター
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