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放送番組伝送回線(STL, TTL)および中継局

Vol.57 No.4 2004年7月 地上デジタル放送特集

2003年12月1日に東京,名古屋,大阪の三大都市圏で地上デジタル放送が開始され半年を経ました。本稿では,STL/TTLの規格を振り返り,今回NECで製品化し構築したデジタルSTLの概要について述べます。また,今後全国でSTL・TTL・中継回線を構築する上で特に留意すべき事項についても触れます。

1. まえがき

2003年12月,東京,名古屋,大阪の三大都市圏で地上デジタル放送が開始されて半年が過ぎ,送信所まで伝送するSTL(Studio to Transmitter Link)回線も新たに布線され,すでに放送に寄与しています。今後は東名阪以外の地域でデジタル化が開始され,2011年にアナログ放送が終了,その後はデジタル放送のみとなりますが,デジタル化以降もあまねく放送を行う観点から,今後STLはもとよりTTL(Transmitter to Transmitter Link)・中継局の構築が重要な課題となります。

本稿では,まず新たに制定されたデジタルSTL/TTL規格の特長を概観し,規格に基づき開発したデジタルSTLの機器,および東名阪のマイクロ回線状況について触れます。アナログ放送の固定回線構築に数多くの実績を持ち,また今回の規格策定へ積極的に寄与し今回の回線を構築した実績から,今後回線を構築する上で留意すべき基本事項について述べます。次に,視聴者にアナログと同様の満足するサービスを提供するという観点から,高信頼性を有するネットワークの構築とサービスエリアの確保が今後重要な課題となりますので,この参考となる具体例に触れます。

2. デジタルSTL規格の特長

周波数利用効率の向上を最大命題としてこのたび規定されたデジタルSTL/TTL規格の特長として次の6つが挙げられます。

  • 特長1:固定局と移動局のチャンネルを分離
  • 特長2:公共・一般業務用バンドの使用が可能
  • 特長3:チャンネルセパレーションが従来の半分(9MHz)以下に
  • 特長4:隣接チャンネルの使用を考慮
  • 特長5:2方式(TS伝送とIF伝送)の認可
  • 特長6:放送文化から通信文化へ

ここでは1~5の特長は割愛し以後関係する事項に触れた折に述べることにします。

特長6は今回の規格の基底に流れている最大の特長となっており,また回線検討上重要な事項を含んでいます。つまり,今回のデジタルSTL/TTL規格は先行認可されている公共回線規格に準ずる規格として策定されています。このため,標準受信入力電界が伝搬路長と伝搬路条件(平野・山岳・海上)により変わります。また,新たな回線構築基準として混信保護値(干渉妨害値)が規定されました。

3. デジタルSTL装置の概要

このたび,上記デジタルSTL規格策定に基づいた装置を開発しました。NECは本放送開始に先立つ9年前となる1994年には将来のデジタル化を見越しQAM(Quadrature Amplitude Modulation)方式デジタルSTLを開発しておりこの領域での先鞭をつけています(図1写真)。これにより,今回のTS規格策定に当たってNECは中心的役割を占めることができたのみならず,規格策定後は時を移さず装置を完成させることができました。

図1 STL系統図
写真 STLの外観

NECのデジタルTS伝送装置の特長は次のとおりです。

  • (1)
    送信装置本体のみで標準区間での回線構築が可能
    外付けの電力増幅部なしに標準回線とされている50km(7GHz),7km(10GHz),5km(13GHz)の伝送が可能。
    なお,装置出力は2W(7・10GHz),0.2W(最大2W)(13GHz)
  • (2)
    機器劣化0.5dB,性能劣化がほとんどなく多段接続にも強い
    デジタル変復調部におけるアナログ部での高C/N設計デジタル部での低ジッタ,高周波部におけるSHF(Super High Frequency)局部発振器の低位相雑音の実現と各段でのIM特性の最適化によりオーバーオールでの機器劣化(理論C/Nと実機との差)値として0.5dBtyp.を実現しました。
  • (3)
    性能劣化がほとんどなく多段接続にも強い
    低ジッタ性能により,OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplaying)変調器出力でのMER(Modulation Error Ratio)値は変調器単体特性でもSTL装置を介した場合でも約50dBという測定限界値を実現しています。さらに将来TTL回線を3段構築することを想定した場合でも,MER値の劣化がほとんど認められないことから,将来へのネットワーク拡張時も安心です。
  • (4)
    高耐干渉妨害特性,隣接D/U-40dBを実現
    AMP各段でのリニアリティ特性とアナログおよびデジタルBPF(Band Pass Filter)の最適化により,自局が40dB低下しD/U-40dBとなってもエラーフリーを実現。隣接チャンネルからの干渉妨害に強い設計となっています。
  • (5)
    送信装置SHFモニター回路
    オプションとしてSHF PA最終出力を130MHz IF信号までダウンコンバートして出力する機能を有しています。本機能とモニター用64QAM復調器とを組み合わせることにより,TS信号やリモコン信号などSTL送信機出力の信号品質を本社側でリアルタイムモニターすることが可能です。
  • (6)
    現用/予備切り替えによる映像信号の途切れがない
    送信側はSHF切り替えとしてピンスイッチによるSHF段での切り替えを行い,受信側はTS同期信号検知によるTS段での切り替えを行っており,映像信号が途切れません。
  • (7)
    回線チェック機能が充実
    QAM復調部パネル前面にBER表示機能を装備,リアルタイムBERモニターが可能です。またNEC独自の検知方式により受信限界値(通常-82dBm)までの約10dBまでのマージン値を表示します。
  • (8)
    ロガー機能を内蔵
    変復調部および高周波各段での異常を検知して装置内部で故障パラメータをラッチ保持します。回線復旧のための判定が容易です。
  • (9)
    長寿命設計,10年間オーバーホール不要
    長寿命・高信頼性のためにパネル内の温度上昇をアナログSTL装置に比べて10℃以上低くしています。その結果,従来7年としていたオーバーホールが10年以上不要となりました。また,パネル背面のFANは放送運用時パネルに実装したままで交換が可能な構造を採用,可能な限りメンテナンスフリーをめざした設計となっています。
  • (10)
    多様な入出力信号に対応
    マスターからの入力信号はTS信号のほか,10MHzもしくは8.127MHzのクロック信号に対応しており,マスターおよび送信装置の多様な組合せに対して標準仕様で対応可能となっています。同様に送信機へのクロック信号出力も2種類のクロックに対して対応できます。

4. 東名阪のデジタルSTLについて

すでに放送が開始されている東名阪のSTL納入システムはのようになっています。

表 STL納入状況

当初公共バンド(M・Nバンド)の認可は難しいという憶測も一部見られましたが,最終的には大阪・名古屋共にNバンド(7.6GHz)が与えられました。一方,東京地区は一部局を除き光伝送が先行しています。現在マイクロ回線を構築することが計画されていますが伝送距離が短いことから周波数は13GHz帯となっています。公共バンドでは,隣接妨害の観点からIF伝送は使用できずTS伝送方式に限定されますが,放送バンドを使用する東京地区もTS伝送であり,結果的に全局TS伝送となりました。

5. TS伝送とIF伝送

第2章で述べたようにTS伝送とIF伝送の2方式が規格策定されました。M・Nバンドを採用した場合は妨害に弱いIF伝送は認可されませんが,放送バンドでは2方式が選定可能です。このため今後放送バンドで方式を選定するに当たっての留意事項を記載します。なお,以降特に記載のない事例は7GHz帯,平野の例を示しています。

先に特長6が回線構築上で重要な事項であると述べましたが,今回策定されたデジタルマイクロ回線は,所要C/Nと標準受信電界レベル(フェージングがない時の入力電界)から,アナログに比べて回線信頼性が向上しているといえます。

元来デジタル無線伝送は全長2,500kmの標準擬似回線伝送を念頭に,これを一定区間に分割しおのおのの回線を独立して回線を検討できることを想定しています。2,500kmの長距離伝送を可能としている最大の理由はデジタル無線伝送最大の特長となっているフェージングなどによる信号劣化を受信側における誤り訂正機能によりC/Nが再生されC/N劣化が累積されないことによります。今回策定された2方式中,TS伝送はこの復調による誤り訂正が可能であり,デジタル伝送の恩恵に預かることができます。

一方,IF伝送は伝送する信号はデジタルですが,受信側で復調機能がなくC/Nの再生ができません。

このため,IF伝送の回線構築上の考え方はアナログ時代と同様となり受信入力電界低下によるC/N劣化が発生します。また視聴可能エリアが縮小し,C/N劣化が次に続く回線へ累積されることにもなります。

一例として,信頼性規格を満足している1回線(回線成立条件を満足している1回線)において,伝送距離ごとの受信点で中継局が送信する視聴可能エリアは図2に示すようになります。

図2 フェージングによる視聴可能エリアの変化

TS伝送ではフェージングによる視聴可能エリアは変動しません。IF伝送の場合は許容回線断を満足する最大フェージングを考えた場合,50km回線では中継局からの視聴可能エリアが40数%強まで低下する可能性があり,60kmでは10%まで低下します。つまり,IF伝送のマイクロ回線単独では規格を満足していてもシステムとして破綻していると考えられる状態が発生することを示しています。

さらに,今回新たに規定された混信保護値(干渉妨害値)規定により,IF伝送の隣接チャンネル運用では狭帯域フィルタを出力に実装することが必要となります。また,今般固定局に割当されたチャンネルに回線を構築することになりますが,すでにアナログSTL/TSL回線が占有している可能性が高いことや,既設回線との相互妨害などを考慮した場合,特にIF伝送では周波数割当の自由度は高くありません。

これらから,一般的にIF伝送は,周波数割当に自由度のある新たな回線を構築する場合で,短区間などでフェージングの起こりにくい回線,次に続く回線数(子局・孫局)が少ない場合などに適している方式と考えられます。

一方,IF伝送のメリットとしては,QAM変調器が構成に含まれない分TS伝送方式と比して回路構成がシンプル,TTL伝送では各中継局に変調器が不要,放送波信号をそのまま伝送していることから,TS伝送方式で考慮する従属同期・リファレンス同期に対する配慮が不要ということが挙げられます。

6. 中継システムについて

中継局を含むシステムの安定性は放送事業の基幹に関わる重要事項であり最適なシステムを採用する必要があり,TS伝送・IF伝送・放送波中継の特性を理解した上で回線を構築する必要があります。

放送波中継は,IF伝送と同じように多段回線でC/N劣化が累積するシステムです。したがって,多段中継が多い日本でネットワークを構築する場合には,初期段階から最終ネットワークを検討のなかに入れて構築する必要がある点が重要なポイントとなります。

1スパンの場合でも,おのおのの方式によって異なる受信C/Nの違いから中継局出力が同一でフェージングを考慮していないという条件でも視聴可能エリアに図3のような違いを生じます。

図3 3方式による定常受信時の視聴可能エリア比

また,マイクロ回線の回線信頼性は20km時99.999%ですが,放送波受信の回線信頼性は距離によらず99.9%が基準となっており100倍ほど信頼性に違いがあります。しかしながら,専用の伝送回線を使用しないことからコストの負担が少なく,アナログでは15,000局ある中継放送局のほとんどが放送波中継を採用していることからうかがえるように,デジタル放送でも放送波中継は特に基幹局・準基幹局以外では有効な手段となることが予想されます。このことから放送波受信に対しては各種対策を講じてさらに回線信頼性の向上に努めることを常に視野に入れる検討を進める必要があります。

NECは装置としてのC/N劣化を極力抑えることができ,複数チャンネルを同一PAで増幅することのできるデジタル放送用中継局装置としてフィードフォワード技術を用い,単体IM-50dB以下が確保できる超低歪電力増幅装置(MCPA)を採用することをいち早く提唱しました。1998年度に設立された地上デジタル放送研究開発用共同利用施設に納入し実用化実験に寄与しました。現在は中継放送装置の中心的な方式として地上デジタル放送用送信設備共通仕様書(通称オレンジブック)中の中継局仕様に記載されています。

なお,装置以外のC/N劣化要因としては,熱雑音や干渉などの妨害,またSFN(Single Frequency Network)を行う場合には,回り込みによる劣化があります。回り込みによる劣化対応としては回り込みキャンセラ装置を用いて劣化を軽減することができます。

ほかにも,多段中継のC/N劣化の累積についてはC/N劣化の累積を軽減またはC/N再生できる等化判定装置,フェージングによるC/N劣化についてはフェージング損失を軽減するダイバシティ受信装置などがあり,これらを適宜採用し放送波中継受信における回線信頼性を向上させることができます。

7. むすび

以上,地上デジタル放送用STL・TTL・中継放送装置について概要の説明を行いました。すでに放送に寄与している装置の説明のほか,今後のシステム構築に必要な方式選定についての情報と技術にも触れました。

NECは,STL・TTL・中継放送装置のシステム構築は,次の3点を認識しシステム構築を行ってきています。

  • 1)
    神の手の領域と人の手の領域を認識すること。
  • 2)
    空間が見えること。
  • 3)
    最悪の条件を想定すること。

伝播路は物理法則の限界の上に立って形成されています。これを無視し回線方式を構築する考え方は成立しません。1)はKTBFなどの物理領域の限界値を常に念頭に置いた回線構築を行う,2)は送信と受信間にある空間は無ではなく妨害路という認識を常に持つ,3)は回線検討はすべての可能性を視野に入れた最悪条件を考慮した上で最も安全な回線を導き常にベストケースを提案することを表しています。

NECでは,これから本格的に開始される全国地上デジタル放送に際しても常にこれらを念頭に置きシステムを検討し,アナログで培った信頼性をもとに回線信頼性を確保しながらもコストを最小に抑えるデジタル回線システムを提供していく所存です。

執筆者プロフィール

青木 英二
映像事業本部
放送映像事業部
エキスパートエンジニア
日高 良
映像事業本部
放送映像事業部
第一技術部
マネージャー
日高 良
映像事業本部
放送映像事業部
第一技術部
主任
綾 美浩
映像事業本部
放送映像事業部
第一システム部
マネージャー