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双方向トランシーバアーキテクチャを備えたミリ波ビームフォーミングICとアンテナモジュール技術

Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~

5G(第5世代移動通信システム)では、ミリ波を用いた高速通信サービスが期待されています。ミリ波の大きな距離減衰や強い直進性を克服して、効果的に利用するには、フェーズドアレイアンテナによるビームフォーミングが不可欠です。本稿では、5Gにおけるミリ波の普及に向けてキーとなるBFIC(ビームフォーミングIC)とアンテナを小型・低コストに集積するフェーズドアレイモジュール技術を紹介します。65nm CMOSを用いて開発したBFICは、TX(送信)とRX(受信)の信号経路を共有する双方向トランシーバ回路を採用することで、チップ面積を縮小しています。また、28GHz BFICを用いたフェーズドアレイモジュールの開発例を紹介します。これらの技術は、5GやBeyond 5G向けミリ波無線装置の競争力向上に貢献するものです。

1. はじめに

5G(第5世代移動通信システム)は、4K/8Kなどの高精細映像の伝送や、VR/ARなどの新しいサービスの普及に向けて、従来に比べ10倍に相当する10Gbit/s以上の高速通信を目指しています。その実現のため、5Gでは、より広い信号帯域を利用できるミリ波帯(30~300GHz)を使用しています。しかし、ミリ波は、距離減衰が大きく直進性も強いため、建物の陰の部分に電波が届きにくいなど、移動通信には適用しにくい特性を有しています。ビームフォーミングは、アンテナから放射する電波を空間合成し、特定の方向に集中したビームを形成する技術で、ミリ波の課題解決に不可欠な技術です。通信したい無線装置の方向に放射電力を集中させることにより、通信距離の拡大が可能になります。また、ビーム方向を切り替えることにより、移動体への追従も可能です。更に、ビームフォーミングは、伝送データの空間多重にも適用できるため、周波数の利用効率を向上し、通信容量を増大することもできます。フェーズドアレイ技術は、ビームフォーミングを無線装置で実現するための手段です1)

本稿では、ビームフォーミング用IC(集積回路)やアンテナモジュールを中心に、フェーズドアレイ無線機の実装技術について述べます。

2. フェーズドアレイ無線機の構成

ミリ波帯を無線通信に使用する場合、通信距離の拡大が大きな課題となります。搬送波の周波数が高くなると、自由空間伝搬損失は大きくなります。したがって、ミリ波帯でマイクロ波帯通信と同様の無指向性アンテナを使用すると、十分なリンクマージンを確立できません。そのため、フェーズドアレイ技術を用いたビームフォーミングによって、通信距離を拡大することが有効です。ここでは、ミリ波フェーズドアレイ無線機の基本構成を解説します。

フェーズドアレイには、アクティブ方式とパッシブ方式がありますが、5G向け基地局や端末では、各アンテナ素子に増幅器を備えたAPAA(アクティブフェーズドアレイアンテナ)が広く利用されています。更に、APAAは、位相や振幅の制御の仕方によって、アナログ方式とデジタル方式に分類されます2)。ミリ波帯通信では、数百MHzといった広い帯域幅の信号を扱うため、デジタル方式ではA-DやD-Aコンバータなどの消費電力が大きくなるうえに、デジタル信号処理の計算量も膨大になってしまいます。そのため、アナログ方式が一般的に用いられています。

図1に、アナログ方式のフェーズドアレイ無線機の構成を示します。各アンテナ素子は、PA(電力増幅器)やLNA(低雑音増幅器)に加え、位相や振幅を制御するPS(移相器)やVGA(可変利得増幅器)に接続されます。BFIC(ビームフォーミングIC)は、これらの機能素子を集積したもので、5G用のミリ波BFICでは、用途に応じて4~32アレイを集積しています。図1は、RF(無線周波数)移相方式の構成を示していますが、他にもLO(局部発振器)またはIF(中間周波数)移相方式を採用した報告もあり、変復調回路との境界はそれぞれの構成で異なります3)4)。フェーズドアレイ無線機に、PHY層やMAC層の機能をどの範囲まで組み込むべきかに関しては、端末や基地局など装置ごとに異なるため、さまざまな実装形態が存在します。

図1 5G向けミリ波フェーズドアレイ無線機の構成

3. BFICとアンテナモジュールの設計

今回開発したBFICにおいて、アレイコア部のチップ面積は独自の双方向トランシーバ回路技術により、通常の約半分まで縮小しています4)。具体的には、図2に示すように、双方向増幅器と双方向ベクトル移相器(PS)及びPA(電力増幅器)-LNA(低雑音増幅器)を兼ねた双方向フロントエンド増幅器で構成されます。基本となる双方向増幅器の回路図を、図3に示します。双方向増幅器のコア部は、クロスカップリング接続された2組の差動対で構成されています。コア部のTXとRXは、テールトランジスタのM3とM6を切り替えることで選択できます。図3の(a)と(b)は、それぞれTXモードとRXモードの動作を示しています。トランジスタM1、M2、M4、M5は同じサイズであるため、どちらの動作モードでも動作していないトランジスタの寄生容量が、動作しているトランジスタのゲート-ドレイン間の帰還を中和する働きをし、増幅器の利得改善と安定動作を実現しています。更に、必要なチップ面積をできるだけ小さくするため、増幅器を構成する伝送線路からなるインピーダンス整合回路をTXモードとRXモードで共通化しています。ミリ波の周波数帯においては、今回提案したコア部に必要なインピーダンス整合条件はモード切り替えの間も大きく変化することはありません。そのため、TXモードでもRXモードでも、同一の伝送線路でのインピーダンス整合が可能になります。この結果、高性能で面積効率の高い双方向増幅器の実現が可能になります。

図2 開発したミリ波BFICのブロック図
図3 双方向増幅器の回路図

APAAでは、およそ波長の1/2の間隔で配置された多数のアンテナ素子とBFICを接続する必要があります。周波数が高いほど配線損失が大きくなることから、ミリ波帯で低損失なモジュールを実現するためには、BFICとアンテナ素子をできるだけ近くに配置しなければなりません。無線基地局用のAPAAモジュールは、通常、64~512個のアンテナ素子を制御するために十数個から数十個のBFICを使用します。図4に示すように、アンテナとBFICのモジュール実装形態は、AoB(アンテナオンボード)とAiP(アンテナインパッケージ)に大別されます。

図4 ミリ波APAAモジュールの実装形態

AoBの場合、アンテナ素子はPCB(プリント基板)の表面に、BFICは裏面に実装されます。AoBの第一の利点は、汎用PCBを使用できるためコストを低く抑えられることです。更に、BFICの背面へヒートシンクを直接接続できるため、放熱構造が簡易になります。この点も、発熱が大きい無線基地局へ適用する際に大きな利点となります。

AiPの場合、アンテナを半導体ICのパッケージに形成してから、PCB上に配置されます。AiPは半導体パッケージ技術を利用するため、PCBに比べ、設計ルールが微細で製造精度が高いという利点があります。AiPは、通常、アンテナ素子数が4~32程度の比較的小規模のアレイに適用されます。そのため、基地局で使用するような大規模なアレイに適用する場合には、図4(b)に示すようにタイル状に並べて配置する必要があります。スケーラビリティが高いことに加え、AiP単位でテストができることも利点として挙げられます。

AiPとAoBのどちらを選択するかは、搭載されるフェーズドアレイ無線装置の規模や実装要件に応じて決められます。

4. 実装と評価結果

図5に、開発した28GHz BFICのチップ写真とブロック図を示します。低コストで量産に適した65nm CMOS技術を利用しており、チップの大きさは4mm×4mmと、8チャネルを集積したBFICとしては、最小クラスです。このICは、DP(二重偏波)-MIMOをサポートするため、水平偏波と垂直偏波用にそれぞれ4チャネルのトランシーバを搭載しています。トランシーバ部分は、第3章で述べたように、フロントエンド増幅器だけでなく可変利得増幅器及び移相器も双方向アーキテクチャを採用しています。このBFICを用いて、AoBタイプとAiPタイプのAPAAモジュールを開発しました。

図5 65nm CMOSによる28GHz帯8チャネルBFIC

図6に、開発したAoBタイプのAPAAモジュールを示します。アンテナ素子は、28GHzに対して0.56波長(λ)に相当する6mm間隔で並んだ構成をしており、16×4素子のアンテナ部の面積は縦3cm×横10cmです。損失を減らすため、アンテナ素子とBFICの間の配線は、4つのアンテナ素子を一組にして1つのBFICと接続することで、最短になるよう設計しています。AoBに使用するBFICは、実装サイズと損失を最小化するためにFan-in型のWLP(ウエハーレベルパッケージ)技術を採用しています。OTA(Over The Air)による測定にて、64素子の二重偏波フェーズドアレイモジュールで52.2dBmのピークEIRP(等価等方輻射電力)を達成しました。DP-MIMO EVMの測定結果は、5G NR準拠の256-QAM信号で3.4%でした。このBFICとAoBについては参考文献4)で詳細に報告されています。

図6 AoBタイプの16×4素子 28GHz APAAモジュール

AiPは、chip-last工法によるFan-out WLP技術を用いて、2×2二重偏波フェーズドアレイアンテナを開発しました。AiPのサイズは、13mm×13mm×0.47mmです。RDL(再配線層)の最上層には、2×2の矩形パッチアンテナを搭載しています。アンテナの間隔は7mmであり、28GHzでは0.65λに相当します。このAiPは、並べた時に、隣接するAiP間のアンテナ間隔を0.65λに保つように2次元スケーラブルな設計となっています(図7)。そのため、PCB上に4つのAiPを実装し、図8に示すような8×2素子のAPAAモジュールを構成しました。

図7 2×2素子28GHzフェーズドアレイAiP
図8 AiPタイプの2×8素子28GHz APAAモジュール

試作したAiPで構成されたAPAAモジュールを用いてOTA評価を実施しました。AiPは、TXモードに設定し、受信機としてVNA(ベクトルネットワークアナライザ)と標準ホーンアンテナを1mの距離に設置して評価しました。ビームフォーミングICは、FPGAでSPI(シリアルペリフェラルインタフェース)経由で制御しました。

動作するアンテナ素子数を増やしていくと、図9に示すように、EIRPは6dB/octaveの理論に近い勾配で増大しており、今回開発したAiPのスケーラビリティが実証されました。16個のアンテナ素子を動作させると、ピークEIRPは偏波あたり40.5dBmを達成しました。

図9 AiPタイプAPAAモジュールで測定したEIRP

図10に、8×2素子のアンテナを角度分解能1°で評価した時のビームパターンを示します。3dBビーム幅は±40°、サイドローブは-13dB以下でした。

図10 8×2 AiPタイプAPAAモジュールで測定した方位角ビームパターン

図11は、ビーム方向が0°の場合と10°の場合の実測と理想ビームパターンの比較を示したものです。両者は良い一致を示すとともに、偏波間アイソレーションも25dB以上が得られています。これらの良好なビームパターンは、AiPの高い製造精度を実証するものです。

図11 8×2 AiPタイプAPAAモジュールのビーム角度0°及び10°における方位角ビームパターンと交差偏波アイソレーション

5. まとめ

本稿では、5Gで使用するミリ波フェーズドアレイ無線機について、主にBFICとアンテナモジュールの実装技術を中心に説明しました。BFICでは、双方向トランシーバ回路を採用することで、チップサイズを縮小しました。65nm CMOSで開発した28GHz BFICを用いて、AoBとAiPの2種類のタイプのAPAAモジュールを試作し、二重偏波対応64素子フェーズドアレイAoBと、4素子のスケーラブルAiPの良好な特性を実証しました。これらのBFICとフェーズドアレイモジュール技術は、5G及びBeyond 5G/6G移動通信システム向けに、低コストで小型なミリ波帯無線装置を実現する際にキーとなる技術です。

6. 謝辞

本研究は、総務省委託研究「電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)」の成果の一部です。

参考文献

Copyright(C)2022 IEICE
K. Okada, J. Pang, A. Shirane, N. Oshima, K. Kunihiro: Millimeter-wave Phased-array Transceiver for 5G and Beyond, Journal of IEICE, Vol. 105, No.8, pp.706-712, 2022.8

Copyright(C)2022 APMC
N. Oshima, S. Hori, J. Pang, A. Shirane, K. Okada, K. Kunihiro: A Low-Profile, Scalable 28-GHz Phased Array Antenna in Fan-Out Wafer-Level Package for 5G Communication, 2022 Asia-Pacific Microwave Conference (APMC), pp.359-361, 2022.12

執筆者プロフィール

大島 直樹
海外モバイルソリューション統括部
プロフェッショナル
堀 真一
ワイヤレスアクセス開発統括部
プロフェッショナル
PANG Jian
東京工業大学
特任准教授
白根 篤史
東京工業大学
准教授
岡田 健一
東京工業大学
教授
國弘 和明
ワイヤレスアクセス開発統括部
シニアプロフェッショナル