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Dive into Inclusion & Diversity Vol.3 『“視覚の世界”で生きる映画監督 今井ミカさんと語る! インクルーシブな社会の実現に向けて』

イベントレポート

開催日時:2021年12月23日12:05-13:15
開催方式:オンライン開催

インクルージョン&ダイバーシティに関する知見のアップデートを目的に、数か月に1度のペースで開催している社内オンラインセミナー「Dive into Inclusion & Diversity」。
今回は、映画監督の今井ミカさんをゲストに迎え『“視覚の世界”で生きる映画監督 今井ミカさんと語る! インクルーシブな社会の実現に向けて』をテーマにお届けしました。

ゲストの今井ミカさんは、ろう者でありLGBTQの当事者でもあります。
講演は全て手話で行われ、

  • 「ろう者」とは /「ろう者」の文化について
  • 「日本手話」と「日本語」の違い
  • 手話関連のITサービス企業で働き、映像プロデューサー・映画監督として活動する今井さんのライフストーリー
  • ろう×セクシャル・マイノリティ=ダブルマイノリティの生きにくい環境下での経験を元に制作した、映画「虹色の朝が来るまで」のエピソード
  • 手話関連のビジネスを社会にどのようにインクルーシブさせるか

などにつき、大変分かりやすくお話しいただきました。
本記事では、セミナーの内容をダイジェストでお届けします。

「日本語」と「日本手話」は、異なる言語

今井さん:
聴覚障がい者の中にも、補聴器をつけている方々、人工内耳をつけている方々、口の動きをみて読み取り声で話す方々、聴導犬を必要とする方々など、様々な「聴こえ」の方がいらっしゃいます。
ろう者は、手話を母語とする方で、およそ1,000人に1人の割合でいると言われています。私自身も手話を母語とする、ろう者です。
「ろう者とは?」を説明すると、3つのポイントがあります。1つ目は、ろう者は視覚で情報を得ていること。2つ目は、第一言語が、日本語ではなく『日本手話』であること、3つ目は、独自の『ろう文化』があることです。

『無いなら自分で作ればいい!』小学校6年生くらいからショートムービーを作り始めました

私自身の生い立ちや映画監督を目指すきっかけについてお話ししたいと思います。
私は家族全員がろう者の環境で育ちました。子供時代、周囲は日本語に溢れ、手話で楽しめる娯楽が殆どありませんでした。「無ければ自分で作ろう!」とショートムービーを制作し、大学では本格的に映像制作を学びはじめました。
映像制作に打ち込む一方で、自身が日常的に使っている手話に関して「手話とは何だろう?もっと手話を知りたい」と感じるようになり、手話言語学を学ぶために香港に留学をしました。
手話は世界共通と思っている方も多いかもしれませんが、各国で手話は異なります。国ごとの手話の比較も含めて手話言語の知識を習得したことで、日本手話は映像でしか正確な情報を残せない言語だと改めて気付きました。そして、映像を取り続けることは、手話者である自分にとって、とても意味がある・大切なことであると再認識しました。

ダブルマイノリティの壁。私の居場所はどこだろう?

映画「虹色の朝が来るまで」について、お話しします。
この映画は、主人公が、ろう者とLGBTQとの2つのマイノリティを抱えているということに気付き、「私の居場所はどこだろう?」と思い悩むストーリーです。実は、私自身がLGBTQであることをオープンにしたのも、この映画がきっかけです。
そして、初めて音響を付けた映画でもあります。それまでの映画作品は、手話だけを見てほしいという思いもあり音響は付けていなかったのですが、「ろう者やLGBTQが抱える課題というのは、その当事者だけの課題ではなく、聴者の皆さんにも知ってもらう必要があるのではないか?」「音響を付けることで、より多くの方に見ていただけるのであれば・・・」と思い、初めて音響を付けました。

社会課題の解決に向けて。ろう文化や手話という言語への理解の促進

社会ではまだまだ、ろう者や「言語としての手話」についての認知が広がっていません。LGBTQであることを相談したいと思っても、言語的な違いでコミュニケーションが正しく図れるのか?筆談では限界があるのではないか?という不安もあり、聴者の相談窓口やLGBTQの当事者やアライ(=理解者)の方が集まるオフ会に行くのを躊躇してしまうこともありました。これを解決するためにも、ろう者×LGBTQの世界が、もう少し広がって、社会全体で受け容れてもらえる環境を作っていきたいという思いがあります。

私が理事長を務めるNPO法人シュアールは、エンターテイメントを通して、手話の普及を目指す活動を行っています。

こちらの2人組は、「new windowデフW」という、ろう者の若手お笑いコンビです。ろう文化の中での「あるある」ネタを、持ちネタにしています。聴者の人達に「そんなことがあるんだ」と、新鮮な気持ちで楽しみながら見てもらいたいです。
また「自分の将来はどうなるんだろう?」と不安を抱えている、ろうの子供達もいると思いますが、そんな子供達にデフWというロールモデルのひとつを示すことで、夢の後押しが出来ると嬉しいです。

デフW

こちらは、ろうの子供達のために作ったnew window手話で楽しむ生き物図鑑です。ろうの子供達の学習環境には、手話で学べる教材が少ないといった課題があります。手話で学べる環境づくりの一環になればと思い、この図鑑を制作しました。
このように、エンターテイメントを通じて、社会を変えていく取り組みを推進しています。

聴者とろう者、異文化を持つ者同士が心地良く、暮らしやすい社会を創っていきたい

現在、日本も多言語化が進んでいる時だと思います。私は、手話もひとつの言語として、多言語化の中に取り入れてほしいと思っています。聴者もろう者も異文化を持つ者同士が、スムーズな意思疎通が行える暮らしやすい社会、そして全ての人が自分らしく心地良く暮らせるインクルーシブな社会を創っていきたいです。

Q&Aセッション

Q:ダブルマイノリティとして、壁をどのように乗り越えてきましたか。それを個性としてお仕事で発揮されるまでの過程をお伺いできればと思います。

今井さん:小さな壁は、沢山ありました。ただ、大きく乗り越えられたと思えたのは、映画「虹色の朝が来るまで」を制作したことです。それまでの映像作品の制作の積み重ねの上にこの作品があり、社会を変えたいという強い思いを込めて作りました。
ろう者やLGBTQの当事者だけに限らず、この映画を見て下さった方々が「自分らしく生きたいと思った」と言って下さって、それが自分自身の自信に繋がりました。
そして今は、壁にぶち当たると、「どうしたら乗り越えられるかな」と少し面白がる余裕も出てきました。以前は、本当に辛くて仕方なかったのですが、「この壁を乗り越えれば、また新しい未来がある」というような前向きな見方ができるようになってきました。

Q: LGBTQに関して、「理解してくれている」と感じた時のエピソードなどあれば教えてください。

今井さん:以前と比べて、 LGBTQに対しての理解は広まっていると思います。聴者の世界でもLGBTQに対する理解促進のための活動も多く行われていると思います。
その中で、友人と日常会話や雑談をしている際に、「彼氏/彼女いる?」というような話をしますよね。その時に「彼氏/彼女いる?」という言い方ではなくて、「恋人いる?パートナーいる?」という言い方をされる方に出会うと、この方は「自分の見た目で相手を判断しない方だな」「相手を男性女性と見るのではなく、人として見ている方だな」つまり「相手を尊重している、そういった気遣いの出来る方だな」と感じることはあります。
それは私にとってとても心地良い会話です。

Q: 海外と日本の障がいに対する考え方や対応の違いについて事例を教えてください。

今井さん:海外の事例を挙げさせていただくと、ニュージーランドは、ろう者に対しての理解が進んでいる国のひとつです。同国では、2006年に手話が公用語のひとつとして認定されました。また、ろう文化やろう者のコミュニティについての知識や理解を広めるため、毎年5月に「手話ウィーク」が開催されています。例えば、オークランド市では、手話でのパレードがあったり、街の中に手話についてのメッセージボードやフラッグが並ぶそうです。毎年6月に開催されるLGBTQプライド月間と似たようなイメージです。
一方、日本にも良い面があります。日本では、手話通訳に対してしっかりとした資格制度が確立されていて、手話通訳士という資格があります。他の国を見ると、意外と資格を持たないで、手話通訳を行っている人達もいます。

参加者からの声

視聴した社員からは、「社会的にマイノリティであることを受け入れ、それを広く知ってもらおうと行動を起こしたり、何かを作り上げることは非常に素敵だと思いました。私もそのようなことに携わりたい」「自分の気付いていない世界・視点を教えていただき、今まで何気なく使っていた表現や言い回しで相手を傷つけていたこともあったのではないかと思いました。今後は、今日気付かされた視点を自分の言動や行動に反映していきたい」などの声があがり、障がいの有無にかかわらず、誰もが暮らしやすいインクルーシブな社会の実現に向けて、「今、自分にできることはないか」考える契機となりました。

登壇者プロフィール

生まれつき耳が聞こえず、第一言語は日本語と異なる手話のろう者。
大学で映像制作を中心に学び、卒業後手話を言語学の観点から学ぶために、日本財団の支援を得て香港中文大学の手話言語学&ろう者学研究センターの研究生として留学。
現在、NPO法人シュアールで理事長を務め、エンターテインメントを通じ手話やろう文化を普及する活動を行う。

映像制作のみにとどまらず、NHK E テレ「NHK みんなの手話」出演のろう者でお笑いコンビの「デフW」のプロデュース、日産ショートムービー「ハンズフリー・ラブ」の手話監修など活動の幅を広げている。
映画作品の多くは、ろう者を題材に音のない作品を作り続けてきたが、2018年初めて音響をつけた長編映画『虹色の朝が来るまで』が話題となり、2019年11月に劇場一般公開された。2021年12月の東京国際ろう映画祭では、最新作『ジンジャーミルク』が上映された。

今井 ミカ  氏 映画監督 NPO法人シュアール 理事長
今井 ミカ 
映画監督
NPO法人シュアール 理事長