5G時代の人々の暮らしを支えるNECのネットワークスライシング技術

Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~

5G(5th generation:第5世代移動通信システム)では、ネットワーク層を仮想的に分離するネットワークスライシング技術が定義されています。ネットワークスライシングを実現することで、「高速・大容量(eMBB)」「多接続(mMTC)」「高信頼、低遅延(URLLC)」という5Gに求められる利用ケースを、単一のネットワークインフラにて提供することが可能になります。5Gではさまざまな社会課題の解決が期待されており、本稿では、モバイル通信事業者が迅速なサービス提供を可能とするNECのネットワークスライシング技術を紹介します。

1. はじめに

少子高齢化や過疎問題などの社会問題に直面する日本では、従来型の人に頼った対応には限界が見えています。労働人口の減少、公共サービス、店舗運営の継続などの社会課題を解決し、生活や経済活動に必要な機能を維持していくためには、ICTの活用は不可欠です。大容量データを低遅延でさまざまな装置と通信するという特徴を持つ5Gは、社会全体におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)*1(以下、DX)化の手段として、これらの問題を解決するだけでなく、より豊かな生活を実現するための基盤として期待されています。本稿では、このような社会課題を解決する技術であるNECのネットワークスライシング技術について紹介します。

  • *1
    デジタル技術によって、ビジネスや社会、生活の形・スタイルを変えること。

2. ネットワークスライシング技術

2.1 5Gネットワークの特長とスライシング技術の適用

移動通信システムは1980年代に導入されて以降、10年ごとに進化を繰り返し、携帯電話契約者数が人口を上回るほど世界的に普及しました。しかし、4Gまでの移動通信システムは、限られた無線リソースを共有しているため、モバイル通信事業者はベストエフォート型のネットワークでサービスを提供していました。

5Gネットワークには(1)高速・大容量、(2)多接続、(3)高信頼・低遅延の3つの大きな特長があり、携帯電話サービスだけでなく、産業領域への適用が期待されています。例えば、高精細映像配信やVR*2/AR*3のような利用ケースでは高速・大容量通信、物流管理やスマートシティのような利用ケースでは多接続、遠隔制御や自動運転のような利用ケースでは高信頼・低遅延がネットワークに求められる要件となります()。

表 5Gの3つの特長と利用ケース例

このように、5Gではさまざまな要件に対応できるネットワークが必要となります。個々の要件に対し個別のネットワークを構築することは、過剰な設備投資や運用負担の増加につながり現実的ではありません。また、DX化の手段として期待されている5Gは、今後生まれてくるさまざまな社会課題を解決するために、迅速に追従できる柔軟なネットワークが求められます。

そこで5Gでは、物理ネットワーク上に仮想的な論理ネットワーク(スライス)を形成する、ネットワークスライシングと呼ばれる技術が導入されています。これにより、要求条件の異なるアプリケーション、サービスごとにトラフィックを分離し、例えば、あるサービスは高速・大容量なスライスで、別のサービスでは高信頼・低遅延なスライスで提供することが可能となります。

  • *2
    Virtual Reality(仮想現実)の略称で、デジタル技術により作られた仮想的な空間などを現実のように疑似体験できる技術。
  • *3
    Augmented Reality(拡張現実)の略称で、実在する風景にバーチャルの視覚情報を重ねて仮想的に拡張する技術。

2.2 ネットワークスライシングのアーキテクチャ概要

ネットワークスライシングとは、サービスが求める要件ごとに、構成やリソースを論理的に分割する技術です。5Gでは、この技術がコアネットワークや無線アクセスネットワークに導入されています(図1)。

図1 5Gでのネットワークスライシング

ネットワークスライシングの技術仕様は3GPP(The 3rd Generation Partnership Project)標準仕様Release-15で策定されました。シグナリング情報としてS-NSSAI(Single-Network Slice Selection Assistance Information)と呼ばれるスライス識別子が定義され、S-NSSAIを端末から無線アクセスネットワーク、コアネットワークまで通知することでスライスを形成します。また、S-NSSAIにはサービスタイプとして、高速・大容量(eMBB)、多接続(mMTC)、高信頼・低遅延(URLLC)が定義されています。

2.3 コアネットワークでのネットワークスライシング

5Gコアネットワーク(以下、5GC)の基本構成は3GPPで定義されています。システムの構成はモバイル通信事業者や提供ベンダーに依存しますが、どの構成においてもUPF*4はスライスごとに配備されます(図2)。

図2 スライスのイメージ

5G端末(UE)は、通信を始める際に呼処理信号(C-Plane)でスライス識別子(S-NSSAI)をAMF*5に通知します。AMFは端末から要求されたスライス識別子をもとにSMF*6を選択し、SMFがUPFを選択することでコアネットワーク内にスライスを形成します。

UPFはコアネットワークにおいて、ユーザーパケット(U-Plane)に対するQoSルールの施行、データネットワーク(DN)へのユーザーパケットの送受信処理を行う機能です。UPFがスライスごとに配備されることで、それぞれのスライスで求められるユーザーパケットのQoSを保証します。

5GCは異なる特長のネットワークを収容し、社会基盤となるシステムであることから、UPFにおけるスライスごとのQoSは重要な要求条件です。

  • *4
    User Plane Function:ユーザーデータの送受信処理機能。
  • *5
    Access and Mobility management Function:モビリティの管理機能。
  • *6
    Session Management Function:セッションの管理機能。

3. ネットワークスライシングの実現

3.1 ネットワークスライシングを実現するうえでの課題

端末はアプリケーション種別やサービスタイプに応じて、データ通信するスライスを選択することができます。しかし、アプリケーションはスライスを意識しないので、ユーザーパケットにスライスを特定できる情報が含まれません。そのため、第2章3節で述べたように、ユーザーパケットをスライスごとで処理するためには、スライスごとにUPFを配備する必要があります。サービス単位にスライスを構築する場合、サービスを追加するたびにUPFを構築する必要があります。この場合、UPFの構築作業だけでなく、周辺ネットワーク装置への設定(例としてSMFへのUPFのIPアドレス、スライス情報など)の追加も必要となり、DX化で求められる迅速なサービス提供を実現することができません(図3)。

図3 スライスごとに構築されるUPF

UPFで複数スライスを収容できれば、モバイル通信事業者は構築済みのUPFへ新たなスライスを追加するだけでサービスを提供できるようになります。サービス追加における作業を簡略化できるので、サービス提供の迅速化にもつながります(図4)。そのためには、1つのUPFの物理リソース(CPUコアなど)をスライスごとに分離し、UPFの中でスライスごとに独立してパケットを処理する必要があります。

図4 1つのUPFへの複数スライス収容

しかし、UPFはユーザーパケットからスライスを特定できず、複数スライスのユーザーパケットを混在して受信した場合、スライスごとにユーザーパケットを分離して処理できないという課題があります(図5)。

図5 複数スライス収容時の課題

3.2 NECのネットワークスライシング技術

基地局(RAN)とUPF間では、GTP(General Packet Radio Service Tunneling Protocol)と呼ばれるトンネリングプロトコル*7を使用し、そのトンネル区間ではGTPでカプセル化(ユーザーパケットへのGTPヘッダー付与)されたユーザーパケットの送受信が行われます。GTPヘッダーには端末がコアネットワークに接続する際に、UPFが割り当てた端末ごとに一意なトンネル識別子*8が含まれます。

また、NECのUPFではUPFとDN間のスライスを形成するために、GRE(Generic Routing Encapsulation)と呼ばれるトンネリングプロトコルを使用します。そのトンネル区間でも同様にUPFが端末ごとに一意なトンネル識別子をGREヘッダーに付与して、GREでカプセル化されたユーザーパケットの送受信が行われます。

第3章1節で述べた課題を解決するために、NECのUPFは次の機能を実装することで、ユーザーパケットのスライスを特定できるようにします(特開2021-170729)。

  • (1)
    トンネル識別子へのインデックス情報の付与
    UPFは、GTPとGREのトンネル識別子を割り当てる際にインデックス情報(スライスを特定するためのS-NSSAIに紐付く値)を付与します。
  • (2)
    スライス特定のための条件テーブルの構成
    UPFは、インデックス情報とS-NSSAIを対応付けるテーブルを構成します。
  • (3)
    インデックス情報と条件テーブルの照合
    ユーザーパケットを受信した際、UPFはトンネル識別子に含まれるインデックス情報を参照し、条件テーブルと照合することでスライスを特定します(図6)。
図6 ユーザーパケットのスライス特定処理

UPFでスライス特定の処理を実施する場合、UPF内の受信処理では複数スライスのユーザーパケットを同時に処理する必要があります。そのため、受信処理に負荷が集中することになり、UPFをソフトウェアだけで実装する場合、システム全体の性能に影響します。NECのUPFでは、スライス特定の処理をCPUから切り離し、NIC(Network Interface Card)で処理させるためSmartNIC*9を活用します。SmartNIC上でスライス特定の処理を実現することで、性能への影響を抑えながら、同時に複数スライスのユーザーパケットを処理できるようにします。

この技術により、スライスごとにUPF内のリソースを分離し、単一のUPFでスライスの要件に合わせて特性の異なる処理を独立して行うことが可能になります。例えば、高速・大容量なスライスでは広帯域の実現に特化した処理を行い、高信頼・低遅延なスライスではリアルタイム性の保証に特化した処理を行います。

これにより、新たなサービスが必要になった際にUPFを新たに構築する必要がなくなり、構築済みのUPFにスライスを追加するだけで新サービスの提供を迅速に行うことができます。NECは、社会課題の解決が求められる5Gにおいて、ユーザーの必要とするネットワークを迅速に提供できる本技術が、今後さまざまなケースで活用されることを期待しています。

  • *7
    ネットワーク上で仮想的な伝送路を構築し、データを送受信するためのプロトコル(通信規約)の1つ。
  • *8
    UPFがユーザーパケット単位に任意の値で設定できるTEID(Tunneling Endpoint ID)。
  • *9
    処理能力が落ちる原因となるIPユーザーパケット処理などの負荷のかかる処理を、特殊なプロセッサ(FPGAなど)を利用して、CPUの処理をNICで実行することでCPU負荷を軽減できるNICのこと。

4. むすび

本稿では、さまざまな社会課題を解決する技術であるNECのネットワークスライシング技術について説明してきました。NECはお客様との共創を重視した活動を推進し、本技術の優位性を実証するとともに、社会実装の実現に取り組んでいきます。

5. 謝辞

これらの成果は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」(JPNP20017)の委託事業の結果得られたものです。

執筆者プロフィール

田山 陽司
モバイルコア統括部
主任
青柳 雅人
ネットワークサポートサービス統括部
プロフェッショナル
作田 定之
モバイルコア統括部
プロフェッショナル
石倉 諭
テレコムキャリアソフトウェア開発統括部
主任
長友 賢悟
モバイルコア統括部
主任

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