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どう進める?自治体DX
~デジタルの力で描くまちの未来~日本電気株式会社
デジタル・ガバメント推進部門長
小松正人
少子高齢化、人口減少という自治体市場の変化に対してデジタルを活用し、住民と職員の関係もより良くしていくことが自治体DXの目的と考える。未来のまちづくりのために、どのように行政サービスを提供すればよいのか。海外の先進事例と比較しながら自治体行政の未来の姿を考察する。
1 はじめに(DXとは)
DXとは、「デジタルトランスフォーメーション」の略、日本語で言えば、「デジタル変革」である。
「デジタル」というと、すぐ思い付くのは、レコードからCD、携帯電話からスマートフォンといったところだろうか。これらは、アナログからデジタルへの進化で、編集や再利用が容易となり、コンピュータで活用できるようになった。
次に、これらのデジタルの特長を活用した「変革」を振り返ってみる。レコードからCDへの置換では、媒体に音楽が格納されていて、我々がこの媒体を店舗で購入するというビジネスモデルは変化しなかったが、その後、新たなビジネスとしてインターネットによる音楽配信が登場、音楽をスマートフォンやパソコン等にダウンロードすることが可能となった。この音楽配信の仕組みにより、我々は店舗に行って媒体を購入しなくても、いつでもどこでもデータで音楽を購入できるようになった。そして、携帯電話からスマートフォンへの進化。これによりインターネットに接続するデジタルデバイスを多くの人が保有するようになり、SNSやゲーム等多くの新たなネットビジネスが誕生した。
これらは、アナログがデジタルに置き換わり、様々な情報がデータ化されたことがきっかけで、新たなビジネスが生まれ市場が激変した例といえる。つまり、DXとは、「市場の変化を捉えたデジタル活用新ビジネス」といえるのではないだろうか。
2 自治体における市場の変化と自治体DXの目的
このような民間市場の事例から考えると、自治体DXを語る前に自治体における市場の変化を捉える必要があるだろう。では、自治体における市場の変化とはどのようなものだろうか。
まず、日本の出生数は、1949年に269万6638人だったものが、2020年には84万835人と約3分の1に減少している(厚生労働省「令和2年(2020年)人口動態統計」)。逆に高齢者数は増加、65歳以上の高齢者人口は2020年に3617万人であったものが、2042年のピーク時には、3935万人(高齢化率36.1%)まで増加すると予測されている(内閣府「令和3年版高齢社会白書」)。
このように、自治体では人口減と労働人口減による税収減が顕著になってくる。そして、人口減に伴い公務員定数が減り、多くの新卒を採用できなくなることで職員の高齢化が進む。しかしながら、人口が減ったからといって、自治体職員の事務量は極端には変わらない。このため、自治体職員は少人数で今までと同様の事務をこなす必要が出てくるだろう。
さらに、ここ数年間で、国民の意識変化が指摘されている。高度成長期の利便性向上・効率化優先の社会から、昨今では、住みやすいまちづくり・働きやすい職場づくり等、全ての人々が生き生きと暮らせる社会を求めるようになってきているのだ。
これらが自治体において今後想定される市場変化(社会変化)ではないだろうか。自治体は、この社会変化に対して、デジタルを活用し、新たな取組で乗り切ることが必要だ。
つまり、自治体DXとは、少子高齢化社会への対応、住民と職員のwell-beingの実現、この社会変化に対する二兎を追うためのデジタル活用が目的といえるのではないだろうか。
3 電子政府ランキング1位デンマークの取組
日本より一歩先に、この社会変化に対応しているデジタル先進国がある。北欧のデンマークだ。デンマークは国連電子政府ランキング1位、世界幸福度ランキング2位の国。NECはデンマーク最大のIT企業KMD社をグループ会社として保有し、デンマークの行政デジタル化の取組を多く学んできた。これらを少し紹介したい。
KMDは、デンマーク語で「自治体データ」の略称。デンマーク政府が自治体のデジタル化を担うために設立した外郭団体で、その後民営化された企業だ。彼らによるとデンマークの取組で特筆すべき点は、「国民のライフサイクルに寄り添ったデジタルサービスを原則として全ての国民が利用している」ことだ。また、政府のポータルサイトの国民満足度は90%以上を誇る。デンマークでは、自治体からの通知が住民に郵送で送られてくることはなく、住民が書面で申請を行うこともない。住民のデジタルポスト(電子私書箱)に電子メールが届き、行政手続は住民自らがWebサイトを利用する。なぜ、このようなことが実現できているのだろうか。ポイントは、以下の3点にあるようだ。
(1)デジタル対応の法律(Digital-ready legislation)
1点目。デンマークでは、法案提出時にデジタル対応を義務付ける法律があり、書面や対面を前提とした法案は提出できないようになっている。
(2)Basic-Data(ベース・レジストリ)の整備
2点目。デンマークでは、官民で共通的に利用可能な個人や法人、不動産等に係る基礎データを正確かつ最新に保つための仕組みが存在する。
(3)「ポートフォリオ運営委員会(PSC:Portfolio Steering Committee)」の整備
3点目。デンマーク政府デジタル化庁において国と自治体の合意形成の枠組みが存在する。
つまり、法令でデジタルを義務化、そして官民問わず効率的にデジタル活用ができるためのデータ品質管理体制を整備、そして、デジタル政策を国と自治体の合意形成の上で推進できているからこそ、このようなデジタル社会が実現できているのだ。
また、デジタルを義務付けるに当たっては、全ての国民がデジタルサービスを利用できるようにする政策も先進的だ。例えば、「デジタル委任状」という制度があり、親族や士業等がデジタル手続を代行できるシステムが用意されている。さらに高齢者向けには、「ITカフェ」といういわゆる「よろず相談所」を図書館等に設置、「IT-HELP」という電話相談、要員派遣窓口や、無料のコンピュータ講習会も実施している。これらの講師は、ボランティアが行っていることが多く、デンマークの特長といえるだろう。デンマークでは、自治体の庁舎には、住民の来庁者はほとんどいない。どうしても対面での相談が必要な場合にのみ、事前にネット予約の上で来庁するスタイルだ。このため、役所ではなく、住民が集まる図書館等に「ITカフェ」を設置しているのだそうだ。
4 日本における自治体DXとデンマークの取組の比較
日本における自治体DXと、デンマークの取組を比較してみたい。
2020年12月総務省より全自治体に「自治体DX推進計画」が、さらに2021年7月には「自治体DX推進手順書」が発出済みだ。この中で、「重点取組事項」として、以下の六つが記載されている。
- 自治体の情報システム標準化・共通化
- マイナンバーカードの普及促進
- 自治体の行政手続オンライン化
- 自治体のAI・RPA利用推進
- テレワークの推進
- セキュリティ対策の徹底
このうち上位四つについて、デンマークの取組と比較してみたい。
「自治体の情報システム標準化・共通化」については、デンマークのBasic-Data(ベース・レジストリ)の取組と関連が深い。日本では、多くの情報のマスタデータを自治体が保有している場合が多いからだ。例えば、住民票(住民基本台帳)。これは様々な住民サービスの基礎になる情報だ。このような自治体が保有する情報を、デジタル庁が規定する標準仕様書の連携要件に従い情報連携ができるようになれば、官民が連携するデジタルサービスの基礎となるはずだ。日本では、各自治体のカスタマイズ抑制やクラウドリフトに伴う経費削減が取り上げられがちであるが、デンマークの取組から考えるとデータ連携のための仕様の統一が最も重要な役割を果たすといえるだろう。
「マイナンバーカード」については、デンマークでは、NemIDというデジタルIDが同様の役割を担っている。日本のようなICカードは存在しない。NemIDもマイナンバーカードと同様に国民の取得は任意であるが、ほぼ100%の国民が保有している。デジタルサービスでの本人確認に必須だからだ。日本では書面や対面でも行政サービスが提供されているため、マイナンバーカードを保有していなくても日常生活に支障がない点がデンマークとの大きな違いなのだ。卵が先かニワトリが先かの話であるが、デジタルサービスと書面・対面サービスとの併用は自治体にとって負担が大きいことは間違いない。できる限り多くの国民がマイナンバーカードを保有し、デジタルサービスがデフォルトとなるような社会が日本でも求められるところだ。
「自治体の行政手続オンライン化」では、マイナポータルと自治体の基幹系システムとのシームレスな連携を整備することになっている。これは、デンマークでは当たり前にできていることが日本ではできていないという一つの例であろう。例えば、日本では、定額給付金について、住民がマイナポータルで行った申請を自治体が書面で出力し、記載事項確認、パンチ入力をするという作業を行っていた自治体が存在した。もちろん、デンマークでは、オンライン申請に係る一連の作業は全てデータを利用して行っており、作業プロセスに書面を挟むことはない。このように、全ての作業プロセスでデータを利用することで自治体職員の工数も削減できることだろう。また、余談であるが、住民の所得に応じて給付を行う場合、日本では対象住民のリストアップや振込処理等の事務に時間を要する。一方、デンマークでは本当に必要な国民に迅速に給付が行われている。これは、国が全国民のCPR番号(日本でいうマイナンバー)で所得と資産を把握していること、また、全国民がCPR番号と紐付く給付口座を保有していることから実現できている。日本では、このような対応は困難であるが、少なくとも政策立案段階で、国と自治体で保有しているデータを把握した上で、国民との接点となる自治体現場に配慮した政策決定が求められるところだ。
なお、デンマークでは、自治体事務でのAI・RPA活用はこれからだ。地方税や保育所入所でのAI活用等、日本の方が進んでいるといえる。一方、デジタル活用による事務効率化事例としては、デンマークの自治体では、ローコードツール(ワークフローツール)の利用が進んでいる。ベンダーの共通的なクラウドサービス(SaaS)が利用できない独自事務は、担当課の職員自らがローコードツールを利用し、事務フローを最適化しつつ業務システムを内製化している。このツールの利用により、例えば申請に係る事務処理がどこで滞留しているのかの見える化もできるそうだ。このような取組は今後、日本でも行われるようになるだろう。
また、「自治体DX推進計画」にも記載されている通り、並行して、人材確保、人材育成が重要だ。今後、自治体DX推進に必要な人材は、以下の二つのタイプが必須と想定される。
- デジタル人材(ICT識者、ICTを使って課題解決を提案・実行できるスキル)
- DX人材(リーダーシップと組織間調整スキル、トップの意向に沿いビジョンを打ち出し、組織間のベクトルを合わせ、横軸での連携を実現できるスキル)
単にICTに知見のある技術者を採用するだけでは、DXを推進することは困難だろう。彼らのスキルを活かすDX人材があってこそ、組織として機能することになる。さらに、担当課の一般職員の底上げも必要だ。当たり前を当たり前と思わず改善を進める文化の醸成も必要だろう。このような自治体文化ができれば、現場の課題感をDX人材とデジタル人材が協力の上で収集・整理し、DXが加速化すると考えられる。
5 近未来の行政サービスの方向性「デジタルの力で描くまちの未来」
最後に、これから十数年後の近未来「デジタルの力で描くまちの未来」を想像してみたい。現実世界(リアル空間)とネット世界(サイバー空間)が、今後、行政サービスにどのように関わっていくのか。若年層のネットとの付き合い方から考察してみる。
今から約二十数年前の日本では若年層においても日常生活はリアル空間がデフォルトだった。お互いで時間と場所を意識的に決め、友人と駅などで「待ち合わせ」をする。駅には必ず「伝言板+チョーク」が存在。何らかの問題で会えなかった場合には伝言板に「伝言」を書きその場を去る。これが当時の当たり前だった。
現在、サイバー空間がデフォルトの若年層は「待ち合わせ」をしないようだ。なぜなら、スマートフォンを使ってSNSやメッセージ等で常に友人とつながっているから。常時サイバー空間でやり取りをしながら、その延長線上でリアル空間の友人と会う。彼らが「待ち合わせ」を意識することはない。これが今の当たり前なのだ。恐らく、彼らの日常生活ではリアル空間とサイバー空間がシームレスにつながっているのだろう。
これを行政サービスに当てはめてみる。例えば、待ち合わせのように、住民が自ら意識的に申請・届出・申告のような行政手続を行う。これが今の行政サービスだ。
そして、近い将来、住民と自治体がサイバー空間で常時つながるようになり、意識して行政手続を行うことがなくなる。生活の中で「当たり前に」自治体が住民に寄り添う。デフォルトはサイバー空間で、必要性がある時にはその延長としてリアル空間で、行政サービスを提供する。自治体ではリアルタイムで住民の状況を把握しプッシュでデジタルデバイスにレコメンドを行うこととなる。
恐らく、これが「近未来の行政サービス」の主軸だろう。
しかしながら、全ての行政サービスをサイバー空間で提供することは困難だ。以下のように3種類に類型化できると考える。
- リアル空間メインの行政サービス
- サイバー空間メインの行政サービス
- サイバー空間のみの行政サービス
「リアル空間メインの行政サービス」は、物理的に存在するモノを自治体が扱うサービス。例えば、ゴミ収集・焼却・埋立て、道路整備・管理、水道整備・管理、学校給食、清掃、街路樹管理、文化施設(図書館等)・スポーツ施設管理運営、公営住宅・公園・斎場管理、定期検診・ワクチン接種、駐輪場、防災、救急・消防等…。家庭ゴミの収集はサイバー空間では不可能だ。また、水道水もサイバー空間では扱えない。このため、リアル空間のみの行政サービスと考えられがちだ。しかしながら、職員がサイバー空間をリアル空間のシミュレーション用の環境として利用していくことは可能だろう。例えば、各家庭がゴミを出すタイミングや内容の傾向が分析できれば、どのようなルートで収集すればいいか効率的な計画を立てられる。いわゆるEBPM「エビデンスに基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making)」の手法の一つだ。渋滞予測を含む都市計画や災害対策での活用等は既に進んでおり、活用範囲は徐々に拡大していくだろう。
「サイバー空間メインの行政サービス」は、紙(申請書・届出書等)やデジタル(ネット)で手続を行う行政サービス。例えば、出生、転出入、子ども子育て、結婚・離婚、死亡・相続、税、自動車登録、健康保険、介護保険、年金等…。マイナポータルや電子申請システムでの手続や、ペイジー等のキャッシュレス決済を利用した納税は、サイバー空間で行える。これらの行政手続が、前述した「近未来の行政サービス」として、官民含めてサイバー空間とリアル空間をシームレスに連携するサービスに進化していくことは容易に想像できる。さらに、法令改正も含めて考えると、もっとシンプルにできる可能性がある。全自治体が共同でサイバー空間に「サイバー自治体」を立ち上げ、住所地に関係なく全国一律で実施可能なサービスは全国民がネットで行政手続を行う。法令改正の敷居は高いが、技術的には難しい話ではない。
「サイバー空間のみの行政サービス」は、今は日本には存在しない。行政サービスにおいては「ネットのみで利用できるということ≒不公平」という考え方があるからだ。このため、現時点では、全ての行政サービスはリアル空間がデフォルトで提供され、このうち一部の行政サービスがサイバー空間で提供されるという仕組みとなっている。しかしながら、例えば、自治体職員や地域コミュニティにおいて対面でデジタルデバイスに表示された情報をお互いに参照しながら住民のフォローを行えば、全ての住民がデジタルの恩恵を受けられるようになるのではないだろうか。このように、サイバー空間のみの行政サービスが、全ての住民に公平公正に提供できれば、これが自治体DXのブレークスルーとなる可能性も考えられる。
この三つの行政サービスが複合的に提供される近未来が「デジタルの力で描くまち」といえるのではないか。このような自治体の未来に微力ながら貢献していきたい。
- ※本コラムは、一般財団法人 地方自治研究機構の許諾を得て、季刊「自治体法務研究」2022年春号に掲載された記事を再掲しました。