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独自アプローチで、研究を加速
NECの量子コンピュータ研究

NECの最先端技術

2023年6月28日

世界を大きく変える力をもつ技術として注目を集めている量子コンピューティング。NECでも注力領域として多くのリソースを投入し、研究を加速させています。しかし、量子コンピュータとはそもそも何なのか。NECの技術にはいま、どのような独自性があるのか。現場で活躍する研究者に話を聞きました。

量子コンピューティング研究の最前線

山道 智博
セキュアシステムプラットフォーム研究所
主任
山道 智博

― そもそも量子コンピュータとは、どのようなものなのでしょうか?

量子がもつ「量子重ね合わせ」などの特性を使って、計算を行うコンピュータです。現在私たちが使っているコンピュータ(古典コンピュータ)では1ビットごとに「0」か「1」の状態があり、これを使って2進法での計算を行っていきます。例えば8ビットであれば、「10001111」などの数値を使って計算をしていくのです。計算時には、「00000000」から「11111111」の範囲にある2の8乗=256通りの状態のうち、一つの状態をとることができます。

これに対し、量子では「0」でもあり「1」でもあるという重ね合わせ状態をとることができます。「量子重ね合わせ」という特性なのですが、これを活かせば、2の8乗分の状態を同時に表現することが可能です。つまり、一つの量子状態で2のn乗通りの計算を扱えるのです。全ての計算結果を単純に取り出せるわけではないのですが、重ね合わさった状態の干渉を利用するアルゴリズムを用いることで、古典コンピュータよりも効率的に計算を行える可能性があります。これにより、ビット数が増えるにしたがって私たちの社会に与えるインパクトは絶大なものになり得ます。これまでのコンピュータでは計算性能に限界があって不可能であった計算も、現実的な時間で解くことができると期待されているわけです。

そもそも、量子コンピュータとは、…..

― いま、どれだけ現実的なものになっているのでしょうか?

まず、量子コンピュータには大きく分けて2つの種類があります。1つは量子ゲート方式と呼ばれるもので、今までのコンピュータのビットを量子ビットに置き換えるものです。これは先述のとおりコンピュータの性能を根本から変えるものになり得るわけですが、まだ世界的に研究に取り組んでいる段階です。400ビット級が現状の最大規模のマシンですが、量子ビットを誤りなく制御することは未だ難しく、「誤り耐性量子コンピュータ」の実現のためにはエラー率の低減や大幅な冗長化が必要であるという課題があります。

もう一つは、量子アニーリングというものです。これは「組み合わせ最適化問題」と呼ばれる問題に特化したコンピュータで、NECと協業しているD-Wave社では7000ビット級のマシンを公開しています。組み合わせ最適化問題とは、選択肢を組み合わせてさまざまな制約条件を満たしながら最適な解を探る問題のことです。例えば複数の都市をどのように回れば最小コストとなるかという「巡回セールスマン問題」、決められた容量のナップザックに、総価値を最大化するように商品を詰める「ナップザック問題」などが相当します。

組み合わせ最適化問題は「イジング模型」というモデルに落とし込むことができ、最適解はイジング模型の最小エネルギー状態に対応しています。量子アニーリングでは、イジング模型を量子ビットで表現して動作させることにより、最小エネルギー状態を探索して最適解を求めます。ただし、古典コンピュータを用いて、このようなアニーリング動作を行う「シミュレーテッドアニーリング」(疑似量子アニーリング)という手法は既に広く用いられており、NECでもベクトルマシン「SX-Aurora TSUBASA」を使ったサービスを展開中です。このような擬似量子アニーリングが量子アニーリングに置き換われば、より素早く、より高精度な解を提示することが可能になると期待されています。

NECでは産総研と連携して「NEC-産総研量子活用テクノロジー連携研究ラボ」をつくり、量子ゲート方式と量子アニーリングの双方の研究に取り組んでいます。

将来的なポテンシャルを備えたNECの研究

― いまNECは、量子コンピュータ研究においてどのような地位にあるのでしょうか?

もともと、NECは1999年に超伝導固体素子を用いた量子ビットの動作実証に世界で初めて成功した企業です。しかし、近年ではさまざまな企業や研究機関が量子コンピュータの研究に乗り出し、めざましい成果を挙げています。NECは2014年に超伝導パラメトロン回路を用いた量子ビットの高感度な読み出しに世界で初めて成功させるなど、引き続き研究を加速させています。

たとえば、量子ゲート方式では、内閣府が主導するムーンショット型研究開発事業に参加しています。環境からの擾乱に弱く、計算途中でエラーを蓄積してしまう量子コンピュータで、誤りなく量子計算を行うためには、「誤り耐性」の実現が不可欠です。本事業では、誤り耐性型量子コンピュータを2050年までに実現させるという目標を掲げており、超伝導量子回路を用いた方式のプロジェクトにおいて、NECはプロジェクトマネージャーとして多くの研究機関が参画する共同研究プロジェクトを指揮しています。

量子アニーリングにおいては、経産省の主導するNEDOプロジェクトに参加し、研究開発を進めています。今年の6月には、クラウド経由で量子アニーリングマシンを用いて計算を行う研究を東北大学と共同で開始しました。実用的なサービスを見据えた取り組みです。現在は8ビットでの実証段階ですが、これまで提供してきたベクトルマシンを使った疑似量子アニーリングとも組み合わせたハイブリッドな運用とすることで、それぞれの特長を活かしたサービスをめざしています。量子アニーリングやベクトルマシンでそれぞれ得意不得意がありますから、それらを選択して課題解決をすることができるアプリケーションやプラットフォームの構築をめざしているところです。これは、量子コンピュータ・古典コンピュータ技術をあわせもつNECならではの強みと言えるでしょう。

量子コンピュータにおけるNECの位置

― NECの独自性や強みというと、どんな点がありますか?

私が担当している量子アニーリングについて言えば、超伝導パラメトロン、またはジョセフソンパラメトリック発振器(Josephson Parametric Oscillator, JPO)という回路を用いた量子ゲート方式に近い独自のアプローチにより、従来の量子アニーリングマシンに比べ「コヒーレンス時間(量子重ね合わせ状態を保持できる時間)」を長く保てるという特長があります。コヒーレンス時間が長いほど高精度な計算ができるため、多ビット化が実現すれば大きなインパクトをもつことになります。アーキテクチャとしてもスケーリングしやすい構造を採用しているため、将来的なポテンシャルは十分です。

NECの独自性と強み

実用化に向けて多ビット化をめざす

― これからの展開を教えてください。

まずは多ビット化の実現です。量子アニーリングでは8ビット、ゲート方式に至ってはまだ基礎的な実験を繰り返しているところですので、いち早く多ビット化を実現して実用的なマシンに仕上げることをめざしています。ただ、先ほども述べた通り、NECが進めている方式はコヒーレンス時間が長く、スケーリングしやすいアーキテクチャを採用しているという特長があります。うまくビット数を増やしていくことができれば、非常に大きな効果を生み出すことのできるポテンシャルを持ち合わせていると言えると思います。


― 多ビット化を妨げているのは、どのような点なのでしょうか。

NECに限ったことではないのですが、多ビット化を実現するためには、ビット数に比例して増える配線・測定器がネックとなります。また、量子コンピュータでは、量子素子を10mK(-273.14℃、注)程度まで冷却可能な希釈冷凍機内に配置する必要があります。測定系の構築にかかる費用や冷凍機の容量・冷却能力といった点が、多ビット化する際の主な障害となっているのです。

とはいえ、無制限にお金をかけて超巨大なデバイスを構築すればよいというわけではありません。量子コンピュータの構成をうまく効率化させることのできるアイデアやイノベーションが必要とされています。冷凍機内に制御装置を配置する新しい周辺技術の開発を模索するなど、私たちNECも含め、世界中で研究開発が進められています。

注:これ以上温度が低くならない温度(絶対零度)が0K(ケルビン)。


― 現在の目標を教えてください。

実用化を進めるためにはビット数が足りないので、現在8ビットのシステムを100ビットやそれ以上のシステムに発展させていきたいです。まだ少し時間はかかるかもしれませんが、実用化を見据えて研究を進めていきたいと考えています。

量子コンピュータには量子ゲート方式と量子アニーリングがあり、NECでは産総研と連携したラボを開設して双方の研究開発に取り組んでいます。量子アニーリングについては、インターネットを介して東北大学から利用可能にするとともに、量子アニーリングと疑似量子アニーリングそれぞれの特長を活かした将来のコンピュータシステムに関する共同研究を開始しました。

NECの量子アニーリングは①コヒーレンス時間が長い ②多ビット化しやすいアーキテクチャ という特長があり、後発ながら高いポテンシャルを備えています。

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