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高感度・低価格 次世代センサの実現へ
カーボンナノチューブを使った赤外線センサの作製に成功
NECの最先端技術 2023年4月10日
NECが世界で初めて発見した物質「カーボンナノチューブ」。NECでは今回、この物質の特性を活かした赤外線センサを開発し、素子の配列と動作確認に成功しました。次世代のセンサとして、従来の赤外線センサをリプレースする可能性もある本センサについて、研究者に話を聞きました。
超高感度化と低価格量産の二つのアプローチが可能
― カーボンナノチューブを使った赤外線センサとは、一体どのようなものなのでしょうか?
弓削:大幅な高感度化を実現できる赤外線センサです。従来の赤外線センサには酸化バナジウムという物質が使われていましたが、カーボンナノチューブを使った私たちのセンサでは感度の目安となる抵抗温度係数(TCR)が、酸化バナジウムの3倍以上になることを確認しています。これはより暗いところでも、より遠いところでも対象を確認できるということであり、より細かく温度差を判別して精細に画像化できるということでもあります。また、基本的な性能が向上することで、高い分解能を必要としない検温用サーモグラフィカメラなどは、さらなる軽量化と低価格化を実現することが可能になります。軽量化に関しては、控えめに言っても従来比で3分の1から5分の1は実現できると見積もっています。
佐野:これまで高解像な赤外線センサは、宇宙事業や製造業における品質検査、建造物の劣化診断のほか、見守り領域や航空機、自動車などに幅広く利用されてきました。今回のセンサは、こうした赤外線センシングの根幹を変え得る大きなインパクトを持ったものです。これまで世界では15-20年間ほど現在の酸化バナジウムを使った赤外線センサが使われてきましたが、近年では性能を飛躍的に高める新しい赤外線センサの登場が待ち望まれていました。今回のセンサは、こうした期待に応えるものです。
特に、自動車やドローンの自動運転では、これから赤外線センサが欠かせない存在になると考えられています。夜間のほか、強い光や雪の反射などによって可視光カメラが機能しないときであっても、赤外線カメラであれば熱を感知して人物や車などを捉えることができるからです。Light Detection And Ranging(LiDAR)などとあわせてセンシングの一つとして不可欠な存在になっていくと考えられます。今回のカーボンナノチューブによるセンサが完成すれば、より暗い場所やより遠くの対象物でも確認できるようになり、安全性を高めることが可能になります。
弓削:現在は、センサの640×480画素の配列に成功して動作確認まで実現することができました。これからは画像化の実現に向けて開発と試作を進めようとしているところです。超高感度をめざすマイクロマシン一体型のMEMS*と、従来と同等の性能ながら低価格化を実現する方向の2方向で開発を進めています。
- *Micro Electro Mechanical Systems:電子回路と機械システムが一体化したマイクロマシン
カーボンナノチューブを発見した企業ならではのノウハウ
― なぜNECがこのセンサを開発できたのでしょうか?
弓削:そもそもカーボンナノチューブは、1991年にNECの飯島特別主席研究員が発見した物質です。以来、NECではカーボンナノチューブの応用のために積極的な研究開発をつづけてきました。
これまでにNECが開発してきたカーボンナノチューブをインク化してデバイスに塗布する技術や薄膜化する技術などは、今回開発を進めている低価格版センサにも活かされています。また、産総研と2018年に共同開発した半導体特性の抽出技術(注1)は、今回のセンサのきっかけとなった非常に重要なコア技術です。この独自技術によって、もともと金属型と半導体型が混在しているカーボンナノチューブから半導体的特性のみを高純度に取り出すことができるようになりました。この技術を使って取り出したカーボンナノチューブを赤外線センサに適用すると非常に良い効果を得られるとわかったことが、今回のセンサ開発の発端となりました。
このようなカーボンナノチューブに関する知見の深さや独自技術の蓄積が、今回のセンサ開発につながっています。
佐野:それに加え、NECではかねてより赤外線センサを製造してきた実績があります。現在はグループ会社であるNECプラットフォームズ株式会社に製造を移管していますが、現在も国内にある工場で、MEMSも含めた高性能な赤外線センサをつくりつづけています。このノウハウと環境があるからこそ、センサ開発も非常に効率的でスムーズなものになっています。
田中:ただセンサの材料が酸化バナジウムからカーボンナノチューブに変わるだけじゃないかと思うかもしれませんが、残念ながらそう上手くはいきません。材料が変わると最適な構造も変わって、構造が変われば材料としての特性の出し方も変わります。だからこそ、研究と試作を両輪で進めていく必要があるのです。そういう意味でも、やはり研究所も工場も両方持っているということは私たちの強みだと思っています。研究と開発の試行錯誤のサイクルを自社のなかでスムーズに回して改善していくことができるからです。実際、私も昨日から先ほどまで工場に試作を受け取りに行っていました。このようなことができる組織は、世界的にも少ないのではないでしょうか。
カーボンナノチューブの潜在的な性能は、まだまだある
― これからの展開を教えてください。
弓削:まずは、これから1年をかけて画像化の実現に取り組んでいく予定です。その後は社内、社外を含めた実証を経て、製品化を急ぎ進めていきたいと考えています。
ただ、まだまだカーボンナノチューブのポテンシャルを活かしきれてないということも感じています。計算上の数値にはまだ達していない状況もありますし、そもそも私たちがまだ気づいてさえいない潜在的な能力をもっている可能性もあります。今後の研究と開発でカーボンナノチューブの特性をフルに発揮できるようにしていくということも一つの挑戦になると考えています。
― 少し先の未来では、このセンサがどのような用途で社会に使われていくでしょうか?
佐野:先ほど述べたような自動車やドローンの自動運転などでは使われていくでしょうね。ヘリコプターや航空機の夜間運転支援でも、高い分解能をもった本センサは役に立つと思います。一例を挙げれば、山岳救出用のヘリコプターは、電線との接触を恐れて夜間の飛行が難しいといわれています。そうした場合でも、本センサを活用することができれば飛行をサポートすることが可能になるかもしれません。
弓削:人に対して適用すれば、体温がより細かくわかるようになるということですから、医療現場でも活用することができるようになると思います。患者の方の健康状態を見守るために使うなど、さまざまな活用方法もありそうです。
田中:より安価なセンサについては、量産できるようになれば他のセンサと連動しながら社会のさまざまなところに設置することができるようになるでしょう。そうすれば、デジタルツインのようなかたちで運用することもできるかもしれません。街の見守りやインフラのモニタリングなど、より大規模な運用でも役立てることができそうです。
~カーボンナノチューブ発見者から~
カーボンナノチューブ(CNT)を利用した赤外線センサーは、CNTの応用をわたしたちの生活の安全・安心を支える分野に拡大するものであり、とても期待しています。
大面積、超薄型かつ安価で高性能なデバイスを実現する材料に適した半導体型CNTを抽出する技術とそのCNTをインクに用いた印刷回路製造プロセス技術は、いずれも弓削さんのチームと一緒に研究開発した技術です。
CNTの社会への貢献に向けて、さらに研究開発が活性化することを願っています。
カーボンナノチューブを使った赤外線センサは、従来の赤外線センサの性能を飛躍的に高めるものです。NECが発見した素材であるカーボンナノチューブを検出部(ボロメータ)に使用することによって、従来の酸化バナジウムを使ったセンサよりも高い分解能を発揮します。赤外線センサの感度の目安となるTCR(抵抗温度係数)は、酸化バナジウムの3倍以上になることを確認しています。
カーボンナノチューブをボロメータに使用することができるようになったのは、2018年に産総研と株式会社名城ナノカーボンと共同で開発した半導体特性のカーボンナノチューブを高純度抽出する独自技術が大きく寄与しています。この技術を活用することで、センサに使用することが可能になり、素子のアレイ化にも成功することができました。また、センサの試作作製にあたっては、NECが長く赤外線センサの製造に携わってきたという実績が関わっています。現在はグループ会社であるNECプラットフォームズに製造は移管していますが、山梨県大月市に工場を持ち、密接に研究所と工場が連携しているという点が開発を加速させています。
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