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日本版GPSの実現を支える~NECプロフェッショナルインタビュー~
2010年に打ち上げられ、実証実験が進む準天頂衛星初号機「みちびき」。NECは、JAXAの指導のもとで、衛星測位システムを開発・製造するとともに、地上側の衛星管制システムの開発・運用も担当、「日本版GPS」とも言われる準天頂衛星システムを地上からも支え、測位信号の精度を高める仕組みづくりに貢献している。この地上にあって「みちびき」を支えるシステムとは、どのようなものなのだろうか。地上システム運用上のNEC側の責任者である宇宙システム事業部の佐藤マネージャーに話を聞いた。
佐藤 欣亜
NEC 宇宙システム事業部 マネージャー
地上から衛星を支える三つの局
──「みちびき」を地上からコントロールする仕組みは?
- 佐藤:
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地上側のシステムは、マスターコントロール局、追跡管制局、モニタ局と、大きく三つに分かれています。JAXA筑波宇宙センターの中にあるマスターコントロール局は準天頂衛星システムのセンターであり、役割は主に3つあります。一つ目は準天頂衛星の状態を監視しコントロールすること、二つ目は衛星に必要な軌道や測位誤差の情報等を生成すること、三つ目は衛星からの測位信号を検証し、その品質を高めることです。
- 佐藤:
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追跡管制局は、このマスターコントロール局と衛星との間にあり、衛星の追跡や管制のための情報を橋渡しすると考えれば分かりやすいと思います。衛星への指令(コマンド)はマスターコントロール局の端末で操作され、まず追跡管制局に送られ、そこから衛星に送信されます。一方、衛星が発した状態を知らせる信号(テレメトリー)は、まず追跡管制局が受けマスターコントロール局へ送られます。
モニタ局は受信専用の施設であり国内外9カ所に設置しています。衛星からの測位信号を別々の地域に設置された複数のモニタ局で受信することによって、衛星軌道や時刻を決めるための情報を収集することができ、また、信号の品質を均質化するための検証が可能になります。
──NECの役割は?
- 佐藤:
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準天頂衛星システムは、衛星の「みちびき」だけではなく、それを管制する地上側を含めた全体で一つの大きなシステムをなしています。その地上側のシステム開発と運用を担当しているのがNECであり、私はその開発および運用の責任者という立場にあります。
この仕事はNECの宇宙部門だけでなく、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなど、NECグループ内の様々なプロフェッショナルが参加して進められています。たとえば、運用中のシステムのどこかにトラブルが発生した場合は、まず宇宙部門の私に連絡が入りますが、その内容に応じて私からグループ内の最適な部署の最適なエンジニアに指示を出し、連携して直ちに問題の解決にあたります。
NECグループにある様々な分野の技術やノウハウをシステムの開発に役立てて、運用中のどんな問題にも総力をあげて対応する、そのような活動を通じて準天頂衛星システムを支えています。
拡張性を念頭に置いたシステム開発
──地上側のシステム構成の考え方は?
- 佐藤:
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準天頂衛星システムは、現在初号機の「みちびき」のみですが、2010年代後半までに3機が加わり、さらに将来的には7機体制となり他国に依存せず独立した衛星測位システムとなります。したがって、システム開発にあたり私たちが求められたのは、システムの安定稼働はもちろんのこと、今後の拡張を見越した基盤を作り上げることでした。
その解決策の一つが「仮想局」という考えに基づいた基盤の構築です。一般的に衛星の数が増えれば、追跡管制局も増やさざるを得なくなりますが、もし特定の衛星を特定の追跡管制局からしかコントロールできないという制約があると、システム全体の運用がたいへん煩雑になってしまいます。そこで、複数の局を束ねて、あたかもそれら全体が一つの局であるかのように運用する、それが「仮想局」の考え方です。
これによって、衛星が増え、局も増えたとしても、運用する側はそれを意識せずに効率的な運用ができます。
──このシステムを構成している特別な技術は。
- 佐藤:
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実現する一つの鍵が、NECのExpress5800シリーズ「ftサーバ」にあります。仮想局は実在する局が一箇所に集約しているようなものなので、ここが止まるとすべての局が使えなくなり、衛星測位サービスが止まってしまいます。言い方を変えれば、システム上のボトルネックともなりますので、他の部分より高い可用性が必要です。
ftサーバは内部でハードウェア的に完全2重化されており、専用チップで処置状態を常に同期しています。もし、このサーバ内部で故障が発生しても、運用者はまったく気づかないうちに内部での切り替えが行われ、運用を継続できます。この高可用性を持つftサーバが、追跡管制局とマスターコントロール局の通信を集約する「仮想局」を支えています。
Express5800/ftサーバ
「Express5800/ftサーバ」の特徴は、1つの筐体の中に、CPUやメモリなどの主要部品をサーバ2台分格納し、NEC独自の技術によって、各部品を同期させている点にあります。これによって、いずれかの部品に故障が発生した場合でも、システム停止を免れることができます。
システムにトラブルがあった際も継続して稼働できる能力を「可用性」といいます。以前から、銀行の勘定系システムや、ライフラインの制御システムなど、人々の生活に直結する重要なシステムでは高い可用性が実現されてきました。現在、社会のあらゆるサービスやビジネスがネットワークを介して結合されるようになり、より広い分野のシステムにおいて高度な可用性が求められるようになりました。
その高可用性を、比較的安いコストで、高度な専門知識がなくても実現できるのが「Express5800/ftサーバ」です。現在、「Express5800/ftサーバ」は、金融、製造、公官庁、自治体、学校、医療機関、通信、メディア、流通・小売業、サービス業など、極めて幅広い分野で使われています。
- 佐藤:
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ほかにもネットワーク上のサーバを常に監視する「WebSAM SystemManager」、マスターコントロール局で取り扱うデータを自動的にバックアップする「iStorage」、マスターコントロール局と追跡管制局をつなぐWAN回線の状態を常時監視する「ActWatch」といったソリューションも組み込んでいます。いずれもリスク管理を万全にする備えです。
──現在はどのような状況か。
- 佐藤:
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現在はJAXAを中心に実証実験を進めており、システムや信号の品質を向上させる段階にありますが、一部、一般ユーザー向けのサービス提供も行われています。
先日「みちびき」の信号を受信できる車載機器が市販されました。これはGPSと準天頂衛星の両方の信号を受信することで、従来の機器よりも精度の高い位置情報が得られます。より便利な機器の普及が一段と進めば、多くの皆様にも準天頂衛星のメリットを実感して頂けます。よって、このような実証実験や一部のサービス利用が滞りなく進むように、私たちは地上側のシステム運用を進めています。
プロジェクトに関わる喜びとプレッシャー
──このような大きなプロジェクトに関わることの醍醐味とたいへんさは。
- 佐藤:
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私はもともと宇宙開発の仕事に携わるのが夢でしたが、入社後に配属されたのは情報処理部門でした。その後入社から7年たったころに念願かなって宇宙部門に移ることができ、それ以来十数年、今はたいへん楽しく仕事をしています。
この醍醐味は、何といっても未来につながる大規模なインフラづくりに関われることです。準天頂衛星システムは、気象衛星「ひまわり」などのように社会に欠かせない役割を担うことが期待されています。国も準天頂衛星システムの開発や利用の促進を最も重要な政策の一つに位置づけています。そのような事業に責任ある立場として携われるのは、たいへん喜ばしいことです。
一方、プレッシャーが非常に大きいのも事実です。準天頂衛星システムは休みなく24時間稼働しています。いかなる理由であってもシステムを止めてはならないため、トラブルが検知されたらいつでもすぐに対処に当たり、仮に遠地に行かなければならない状況となったら、すぐにでも飛ぶ心構えで私たちは取り組んでいます。
──今後の見通しは。
- 佐藤:
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天気予報でお馴染みの「ひまわり」は地球から3万8千キロも離れた静止軌道にあって、いつも日本を見つめています。これは人工衛星、つまり電子機器の塊ですが、万全の備えによって、私たちが普段気に留めることもない中で、毎日毎時活躍しています。
同じように、またそれ以上に「みちびき」も活躍しなければなりません。道しるべとなるためには、いかなる理由があっても休むことはできません。安定的に稼働するシステムをつくり、そして維持することで、より安心して安全にご利用頂けるようにしたい、これが私たちの最大の目標です。
2010年代後半には4機体制が整います。この時までに、私たちが「みちびき」の運用を通じて得た知見を最大限に生かし、目標への到達を一日でも早く成し遂げられればいいと考えています。NECグループではその準備が整っています。余談ですが、常日頃から次世代を担う子供たちへうまくメッセージが送れないかと考えています。
「はやぶさ」や「だいち」などの人工衛星は見た目もかっこよく子供たちの目をひくのですが、同じくらい大切な地上側のシステムにはなかなか興味の目があつまりません。
そこでNECが開発したロボット「PaPeRo」とコラボレーションができないか考えています。例えば、このロボットがマスターコントロール局を見まわったり、追跡管制局のスタッフとコミュニケーションをとったりすることを通じ人と機械の隙間を埋めて“より盤石なシステムづくりを目指す”という姿をお見せする、と子供たちは興味を示さないでしょうか(笑)。
佐藤 欣亜(さとう よしつぐ)
NEC 宇宙システム事業部
マネージャー
1990年NEC入社。国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の地上システム開発を経て、2007年から準天頂衛星地上システム開発におけるシステム開発リーダーとして、主にIT系開発のまとめ役を担当。現在は「みちびき」運用支援の地上系全般とりまとめ業務に従事。