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衛星を使ってミリ単位の異常や劣化を検知
SAR×AIによる橋の変位分析技術
NECの最先端技術 2022年9月26日
現在、日本に設置されている橋の数は約72万本。高度経済成長期に整備されたものも多く、年月を経て劣化も進んでいます。2021年には和歌山県の六十谷水管橋で崩落事故も起こりました。
法令では5年に1度の目視点検が義務付けられていますが、点検員の人員不足も深刻化しており、新技術導入などによる点検の効率化が期待されています。今回NECが発表した技術は、衛星SAR(合成開口レーダ, synthetic aperture radar)とAIによって、この問題にアプローチするものです。どのようにして、橋の異常を検知するのか。研究者に詳しく話を聞きました。
上空から橋の異常を検知し、点検が必要な橋を選別
― 衛星SARを使った橋の劣化検知技術とは、どのようなものなのでしょうか?
久村:人工衛星から電波を照射する衛星合成開口レーダを使って、ミリ単位で橋の変位を分析できる技術です。変位が大きいほど橋脚間のたわみが大きいことがわかるため、橋の点検作業を効率化することができます。これまでもNECでは衛星SARを使った地表面の変位解析技術を開発し、空港の地盤沈下などの検知に活用してきましたが(図1)、今回はその技術を橋に応用したものになります。
現在日本には約72万もの橋が存在しており、法令によって5年ごとに目視点検をすることが義務付けられています。点検は専門家によって行われますが、橋の数に対して専門家の数はあまりにも少ない状況です。さらに、近年では専門家の高齢化も進み、人手不足が深刻化しています。点検の効率化が急がれるなか、本技術はその一助になればと開発した技術です。橋の異常を衛星SARによって検知し、検知した異常を注意深く目視点検する――。そのようなスクリーニング機能や、劣化した橋の異常を定期的にモニタリングする機能を果たせればと考えています。
衛星SARを使うことのメリットは、上空から橋全体を観測できるという点です。さらに、光学画像と違って雲に遮られる心配もありませんし、夜間でも問題なく観測することができます。
一方で、橋にセンサをつけて異常を観測するというアプローチもありますが、センサ設置・維持のコストや電源・通信の確保、さらにはセンサの耐用年数といった課題があります。衛星SARでは、橋にセンサを取り付ける必要はありません。衛星から定期的に変位をモニタリングし、異常を検知していきます。
今回、私たちのチームでは、2021年10月に六十谷水管橋(和歌山市)が崩落したことをうけて、その衛星データを入手して分析し、崩落の前兆を検知することに成功しました(分析実施期間:2021年12月から2022年3月)。
(プレスリリース https://jpn.nec.com/press/202207/20220706_01.html)
橋の変位を側面図のように可視化し、直感的に変位を検知
― どのような仕組みで異常を検知しているのでしょうか?
山口:人工衛星から照射された電波が地表面で反射して返ってくる反射波を解析しています。反射波から得られる情報には、どれだけ強く反射したかという「振幅」に加え、地表面と人工衛星の間の距離に関係する「位相」が含まれています。この位相に注目して解析する点が、私たちの技術における大きな特長です。位相とは、電波の周期の中の位置をあらわすものです。1回目と2回目の観測において反射波の位相にズレが生じていた場合、衛星と地表面の距離に変化があったことになり、隆起や沈下などの変動が示唆されることになります。
ただし、反射が安定して返ってくるとは限りません。建造物の素材によって反射がうまくいかない場合もありますし、木が茂る場所では反射が弱くなるほか、木の成長によってノイズが生じてしまいます。どれだけ安定した反射点を選定できるかというところが、解析時のポイントになるのです。必然的に振幅が大きいものが安定的な反射点になりますから、従来はその地点を選別して観測をしていました。
しかし、橋を対象とした今回の技術開発においては、地盤や滑走路と異なり、安定的な反射点があまりに少ない絶望的な状況でした。振幅情報を使った従来の抽出方法では歯が立たなかったのです。そこで今回、新たに位相も活用する手法を開発しました。安定した反射点であれば、何回観測しても似た挙動を示すだろうという仮定のもと、振幅と位相それぞれに類似性のある地点を抽出するようにしたのです。これによって、非常に多くの安定的な反射点をとることができるようになり、橋の異常解析が可能になりました。
木下:変位データの解析における重要な問題は、解析対象物と反射点との対応づけでした。安定的な反射点を抽出したとしても、実はそれが地表のどの地点のものであるか正確には把握できないものなのです。電波を使用する衛星SARは、光学画像とは見え方が異なります。さらに、今回使用した衛星データの1画素は地上の3m四方に相当し、精緻な対応付けには限界がありました。
そこで私たちがまず考えたことは、橋の長手方向だけに注目することでした。橋の幅方向の情報はあえて捨て、長手方向と変位の2軸だけで見るようにしたのです。これにより、ちょうど橋の側面図のような状態で変位を可視化し、人の目から見ても直感的に変位を把握できるようになりました。従来、衛星SARは俯瞰画像から平面的に変位を分析するというのが一般的な手法でしたが、それを覆し、解析対象に合わせて注目軸を限定したことで到達したブレークスルーでした。
つづいて問題になったのは、可視化された反射点には疎密があるという点です。外れ変位値も含む状況で、どのようにして異常を検知するかということが課題となりました。これに対しては、橋の長手方向の各位置における変位を数理モデルで表現することで対処しました。個々の反射点の変位を数理モデルで抽象化することによって、橋という構造物としての変位を把握しやすくしたものです。数理モデルのパラメータの「いつもとは違う」変化を発見し、異常だとみなすような「異常検知」が可能になっています。
また、熱膨張収縮によって変位が発生することや、同じ構造形式の橋区間は似たような変位が発生するという知見をもとに、変位と温度の関係の変化や、構造形式と変位の関係の変化を利用できるように数理モデルやパラメータを構成しています。六十谷水管橋の分析結果では、アーチ構造をもつ7つの径間のなかで崩落した径間が他と比較して大きな変位を見せていることから異常だと判断できることがご理解いただけると思います(図2)。
システム化や異常の原因分析との組み合わせを検討中
― 今後の展開や目標について教えてください。
久村:まずは、本技術の分析精度をさらに高めていくつもりです。今回の実証実験については詳細な内容を論文にまとめており、2022年11月に土木学会 第3回AI・データサイエンスシンポジウムで詳細を発表予定です。また、本技術をさらに活用しやすいものにするために、分析のシステム化についても検討を進めていきたいと考えています。さらには、橋だけでなく、鉄道橋や滑走路の進入灯などの構造物にも実証先を広げていきたいと考えています。
木下:私は、さらなる展開として「原因推定」に取り組んでいきたいと考えています。変位を検知した際に、その異常の原因を推定できるような技術も開発し、本技術に組み合わせていきたいと考えているところです。やはりこの技術が晴れて製品化されたとしても、異常の検知だけでなく原因まで推定して提示できたほうが、お客様にとって扱いやすいものになるはずです。そのためには、例えば橋を構造力学的に分析する観点なども必要になると思いますので、そうしたアプローチからも研究を進めていきたいと考えています。
山口:そのためにも、私の方では安定した反射点をより多く採取できるように取り組んでいきたいと考えています。仮に観測する橋によって解析結果にムラが生じてしまうようなことがあれば、大きな問題です。これまでの研究のなかで、反射がうまく返ってこない点については他の要因が関わっている可能性もあるかもしれないと考えるようになったので、それを明らかにしていきたいと考えています。これが可能になれば、分析できる対象はおそらく劇的に増えるはずです。
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橋点検のデジタル化においては、一般的に、ドローンで撮影したり、設置型センサで計測したりするというアプローチがとられています。これに対し、本技術では人口衛星を活用することで広範囲に解析することが可能です。センサを設置するコストや電源の確保、センサの耐用年数を考える必要がないことも大きなメリットです。また、衛星SARによって微小変位を解析する技術はNECが世界に先駆けて開発してきたものです。近年では同様のアプローチをとる研究もあらわれていますが、今回のように橋梁を長手方向と変位で立体的に可視化して変位傾向を理解するという技術はまったく新しい手法となります。
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