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ノーベル賞でも話題の量子技術、「ゲームチェンジャー」高まる注目 NEC量子コンピュータも実用化へ着々
2022年のノーベル物理学賞は量子力学の発展に貢献した米欧の研究者3氏に決定し、12月10日に授賞式が行われます。次世代の高速計算機として期待される量子コンピュータなどの技術が花開きつつある今、ノーベル賞をきっかけに量子の世界をのぞいてみませんか。そもそも量子コンピュータって何がすごいの? NECはどんな社会価値を創れるの? NECセキュアシステムプラットフォーム研究所ディレクターの白根昌之に尋ねました。
そもそも量子って? 常識外れの「あいまいさ」、だからこそできること
── ノーベル物理学賞では「量子もつれ」の実証が評価されました。あのアインシュタインも納得しなかったほどの「量子もつれ」…素人にはハードルが高いです。
身近な物理現象を説明し、私たちが「常識」と考える古典力学では説明できないことが確かに存在する。そのことを彼らは実験で証明しました。例えば状態の異なる「0」と「1」の二つの量子(例えば光の最小単位である光子)が「量子もつれ状態」で存在したとします。一方が0で他方が1というのは、人間が観測しようがするまいが元々決まっている、というのが古典力学の考え方です。ところが量子力学では、人間が観測するまでどちらの量子も0とも1とも決まっておらず、観測した瞬間に0か1かが決まります。
2つの量子が「量子もつれ」状態の場合は、どちらかの量子を観測して1とわかった瞬間にもう一方の量子が変化して0になる。2つの量子がどんなに離れていても、2つの量子の状況が瞬時に決定されます。すなわち、2つの量子の間で一瞬にして情報が伝わるのです。
── 少しだけわかった気もします。その量子研究がどう技術革新に結びつくのでしょう。
「常識外れ」の量子だからこそ導ける革新があります。量子コンピュータで使われる「量子重ね合わせ」もその一例。古典力学のビットは0か1のどちらかですが、量子ビットでは0と1の情報を同時に表現できる。0か1のどちらか確定しない状態のため、0と1が重ね合わさっていると表現されます。このため、量子ビットなら1ビットで表現できる情報量が格段に増え、100量子ビットなら従来コンピュータのビットでいえば1000兆×1000兆ビット相当に。これによって超高速処理が期待されるマシン、それが量子コンピュータです。
このほか、量子状態の変化のしやすさを逆手にとり、磁気や周波数の微弱な変化を読み取る「量子センシング」や、量子状態を観測すると状態が変化することを利用して情報の盗み見を検知し防ぐ「量子暗号通信」という応用があります。いずれもNECで研究開発に取り組んでいます。
どうして注目度大? 官も民も本腰、実用化に向けて続々動きだす
── ノーベル賞より前から、近年は量子技術への注目度が高まっていますね。
2019年にGoogleが発表した「量子超越性の実証」は、インパクトがありました。実用性は問わないという留保はありましたが、当時のスーパーコンピュータで計算すると1万年かかる問題を、Googleの量子コンピュータではわずか200秒で解けるというものです。世界各国政府の投資も活発になっており、2022年度の量子技術関係の予算は、米国は900億円以上、日本も300億円規模にのぼります。
── NECも1990年代から研究を続け、今まさに実用化に向けて一段と進化しています。
この分野で、NECは世界をリードしてきました。1999年には量子コンピュータの基本素子である超伝導方式の固体量子ビットを世界で初めて実証。その後も世界に先駆けた研究を続け、2014年には超伝導パラメトロン回路を用いた量子ビットの高感度な読み出しを世界で初めて実現しました。今、これらの技術を用いた量子アニーリングマシンの開発に取り組んでいます。
── 「アニーリング」…。量子コンピュータにもいくつか種類があるのでしょうか。
量子コンピュータは「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」に大きく分けられます。ゲート方式は、従来コンピュータのビットを量子ビットに置き換える方式で、原則、何でもできる。最終目標はゲート方式の中でも「誤り耐性型」と呼ばれる、エラーのないマシンです。誤り耐性型量子コンピュータの開発は政府の「ムーンショット型研究開発事業」のテーマのうちの一つとして進めており、NECの山本剛 主席研究員がプロジェクトマネージャとして超伝導技術を利用する研究開発をリードしています。とはいえ、実現はかなり先のことになりそう。先述したGoogleのマシンはゲート方式ですが、誤り耐性を搭載していないエラーが前提のマシンです。
アニーリング方式の量子コンピュータは、「組合せ最適化」問題の処理に特化しており、汎用型のゲート方式と比べ、できることが限られます。アニーリング方式では、問題を解くために通常用意する数学的モデル(数式)を、磁石のNとSのような形で表現するイジングモデルという専用の数式に変換して与えることで、高速に問題を解くことを目指すもの。ゲート方式に対して仕組みをシンプルにしてハードウェアの実現時期を早められると考えます。
これから社会はどうなる? 製造、勤務…身近な生活の変化もうすぐ
── 「組合せ最適化」問題を高速で解くと、どんないいことがあるのでしょうか。
身近な問題としては、セールスマンが多数の地点を時間やコスト面で効率よく回る「巡回セールスマン問題」や、労働条件や必要人数、勤務希望、相性などすべての条件を満たすシフトを組む「勤務シフト問題」などが有名です。組合せ最適化は膨大な選択肢の組合せから最も効率的な解を導くものです。
ベクトル型スーパーコンピュータを活用した、量子インスパイア型のシミュレーテッドアニーリング技術を使ったシステムは既にNECグループで導入されており、翌日分の保守部品の配送計画立案作業が2時間→12分に短縮されています。ほかにも街づくりやものづくりなど、組合せ最適化の課題は日常生活の様々な場面にあります。広い意味での「量子コンピューティング技術」は社会実装の段階にきています。
── NECの量子技術の強みは何ですか。
シミュレーテッドアニーリングでは、独自開発のアルゴリズムを組み込んだソフトウェアを、大容量メモリで行列計算を行うベクトル型スーパーコンピュータ「SX-Aurora TSUBASA」上で動作させ、大規模な組合せ問題の高速処理を実現します。より複雑な問題をより高速に解けると期待する量子アニーリングについては2022年3月、LHZ方式 (ParityQCアーキテクチャ *)により小規模ながら組合せ最適化問題を解くことに世界で初めて成功したことを発表しました。NECは誤り耐性型を最終目標としつつ、当面はより近い将来の実用化が見込めるアニーリング方式に注力しています。2023年には量子アニーリングマシンの実現を目指しています。
量子技術だけでバラ色の未来がくるわけではない。でも、人々の暮らしが便利で豊かになり、その向こう側に、実は私たちの量子技術の力がある。そんな未来を創ることができたらいいな、と思っています。
- *LHZ方式:LHZとは、提案者であるLechner, Hauke, Zoller 3氏の頭文字の略称。ビット数が多くなるにつれてハードウェアとしての全結合が困難になる課題を解決するため、3氏によって提案され、Parity Quantum Computing社が発展させたもの。
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