Japan

関連リンク

関連リンク

関連リンク

関連リンク

サイト内の現在位置

高精細な衛星データが拓くスマート水産業

インタビュー

日本の小学校では、「漁師さんは衛星データを使って魚が獲れる漁場を探している」と教えられている。サンマの不漁など、海と食卓を取り巻く環境が大きく変化するなかで、若手をはじめ、多くの漁業者がICTを使いこなし、人工衛星の観測した最新の海の情報や気象情報を総合的に読み解いて漁業に取り組んでいる。漁業に変化を促し、衛星データ利用という手段の普及促進をすすめる一般社団法人漁業情報サービスセンター(JAFIC) 斎藤克弥さんにお話をうかがった。


斎藤 克弥(さいとう かつや)氏
一般社団法人漁業情報サービスセンター システム企画部部長

1989年東海大学海洋学部卒
1990年社団法人漁業情報サービスセンター入社
2003年北海道大学大学院水産科学研究科博士課程後期修了、水産科学博士
2015年より一般社団法人漁業情報サービスセンター漁海況部部長を経て現職。専門は衛星海洋学、水産海洋学。衛星データやGISの水産海洋分野への応用研究に従事。海洋学会会員、リモートセンシング学会会員。リモートセンシング学会評議員。

――日本の漁業の現状と課題とはどのようなものでしょうか?

斎藤:今年はサンマが不漁だという話をお聞きになった方も多いと思います。日本の周辺海域では、サンマ、スルメイカ、サケなど、昔に比べて総じて魚が獲れなくなっています。さらに、漁師さんの高齢化や漁船数の減少なども問題となっています。
このような状況下で、水産庁は2018年に、実に70年ぶりに漁業法を改正しました。この改正によって、新たな資源管理システムの導入や、漁業許可や漁業権などの制度の見直しが進められています。これは水産資源を持続的に利用する資源管理型漁業を推進しつつ、水産業全体の活性化、成長産業化を目指すものです。資源管理型漁業では計画的かつ、効率的な操業が求められます。それには、漁業のスマート化やICTの活用が必要不可欠です。また新規参入の方にとって魅力ある漁業にする、水産業を成長産業化する上でもICTの活用は重要なポイントです。そして、その重要なパーツになるのが衛星データです。
漁師さんは仲間の漁師さんと情報交換をして、魚がどこにいるかという情報を広範囲で集めています。ですが、漁船数が減るとこの魚群探索の能力が落ちてしまうのです。魚自体が少ない状況では更に深刻です。人工衛星は広範囲を瞬時に観測することが可能であり、魚群探索能力の低下を補うことが期待できます。
しかし、衛星データがあれば水産資源が回復するというものではありません。衛星データを含む様々なデータを活用して資源の回復や漁業の活性化を進める必要があるのです。

――ICT化推進にあたって、「しきさい(GCOM-C)」という衛星は日本の漁業にどのように活用できるのでしょうか。地球の色を見る機能と漁業のかかわりとは?

斎藤:「しきさい」は水産のさまざまな分野に応用できる可能性があります。グローバルな視点では、「しきさい」によって導出された植物プランクトン量から海の豊かさを知ることができます。植物プランクトンが多ければ動物プランクトンも多い、それを食べる小魚、更にそれを捕食する大きな魚も集まってくるわけです。植物プランクトンは海の食物連鎖の底辺を支えているので、海の豊かさの指標となるのです。
一方で、「しきさい」の能力が有効活用できる分野として注目しているのが、沿岸漁業や養殖業です。岸から近いところで操業する沿岸漁業や養殖業では、細かい解像度の海洋環境情報が必要となります。赤潮がどこに分布しているのか、川から流れ出る「河川水」がどう広がっているのか、沖合の水が沿岸に接近しているのか? など、どうしても高解像度の情報が必要となります。 「しきさい」ならば、これまで水産で利用されてきた衛星の解像度をはるかに上回る250mという空間解像度で沿岸を観測することができます。

また、沿岸の海洋環境を把握する上で重要なのが「海色(かいしょく)」、海の色です。海の色は、概ね植物プランクトンの濃度で決まりますが、河川水や生活排水など植物プランクトン以外の影響でも変化します。海の色の変化は非常に繊細です。これを検知するには高感度な分光特性を持つセンサーが必要です。
沿岸水は様々な種類の水が混在しています。植物プランクトンの種類や濃度の違い、河川からの濁った水の流入、生活排水など、それらが重なり合って水の色が変化しています。その様態を把握するには、微妙な色の違いから「これは赤潮かもしれない」「赤潮ではないが植物プランクトンが多い」「河川水が広がっている」ということを推測する必要があります。
海色の変化は、一例では海苔の養殖業に影響します。海苔は植物プランクトンと栄養塩を取り合う関係にあって、植物プランクトンが増殖して赤潮が発生すると、海苔は栄養をどんどん取られてしまいます。「しきさい」のセンサー「SGLI」は、海水がどの波長の光を多く反射・吸収するのか、という微細な情報を知ることができます。これによって、植物プランクトンが多い水、赤潮の水、陸から流れ込んだ泥などの物質が混ざって濁っている水といった、水の特徴を、色から判別できる可能性があります。

――海の色を知ると、「赤潮」が観測できるのですね。赤潮とは、基本的にどのような害があるものなのでしょうか?

斎藤:私たちは赤潮のことを「有害藻類ブルーム」と呼んでいるのですが、赤潮(有害藻類ブルーム)は特に沿岸海域の漁業に大きなダメージを与える有害なものです。ひとことで「赤潮(有害藻類ブルーム)」といっても、多くの種類があり、影響を受ける魚や業種もさまざまです。代表的なものでは、「珪藻類(けいそうるい)」※1の赤潮があります。珪藻類の赤潮は海苔の色があせる「色落ち」の原因となります。九州の有明海は代表的な海苔の産地ですが、「色落ち」が発生すると海苔の価格が下がってしまうので、有明海での珪藻類の赤潮は海苔養殖に大打撃となります。
ブリやマダイなどの養殖業にとっては、「ラフィド藻」「渦鞭毛藻類(うずべんもうそうるい)」※2などの藻類の赤潮が魚を窒息させるため危険です。ラフィド藻の一種シャットネラ、渦鞭毛藻類のコクロディニウムやカレニア・ミキモトイなどが挙げられます。養殖魚が被害を受けると億単位の被害が発生します。
渦鞭毛藻類のアレキサンドリウム属では貝毒が発生します。二枚貝の体内に毒性プランクトンが蓄積して貝が毒化します。シャットネラのように魚が影響を受けるのではなく、貝を食べた人に直接影響が出るので注意が必要です。

※1:植物プランクトンの中でも最も種類が多い藻の仲間。細胞の周りにガラス質の殻を持つという特徴がある。

※2:淡水から海水まで幅広く生息する植物プランクトンの仲間。鞭毛(べんもう)と呼ばれる器官を持ち、泳ぐ能力を持つという特徴がある。

――「しきさい」の衛星データは赤潮対策にとってどのように役立つのでしょうか?

斎藤:日本の漁業は昔から赤潮に苦しめられてきましたから、各県の水産試験研究機関は赤潮発生の情報が入れば、すぐに調査船を出して調査する体制が出来ています。また調査の結果「赤潮プランクトンの細胞数や密度」などが基準を越えた場合、迅速にアラートを出しています。ここまでは衛星データを使わなくてもできますが、船の調査は点の情報なので、赤潮の沖への広がりや、移動の状況が把握しにくいのです。衛星データによって、「かなり沖合まで広がっている」「流れの状況から東へ広がっている」といった空間的な分布が把握できるようになります。これが衛星に求められている役割です。

衛星データから赤潮検知する研究はこれまでも行われてきましたが、解析に使われる衛星の解像度がだいたい1㎞ぐらいで、その解像度では赤潮を詳細に把握することが難しかったのです。一方、解像度250mの「しきさい」ならば、ピンポイントで赤潮を検知できる可能性があります。もっと高解像度の衛星もありますが、そうした衛星の多くは観測頻度が低く即時性に欠けます。「しきさい」は、高解像度と、1~2日に1回という観測頻度のバランスが取れていて、世界的に見ても非常に高性能な衛星です。まだ研究中な部分もありますが、今後は「しきさい」データを現場の漁師さんなどにも見てもらい、検証していくことが必要だと考えています。

――「しきさい」によって得られたデータは、どのように現場の漁業者さんに届けられるのでしょうか。

斎藤: JAXAが衛星データを受信して一次処理を行い、JAFICで使いやすいように加工して、漁師さんや各県の水産試験研究機関などに迅速に配信する、というのが従来からの基本的なフローです。「しきさい」の情報についてもこのフローに沿って提供を行っています。
また、2000年代以降、洋上の通信環境が改善されたことで、漁船にPCを設置して情報を受け取って使うICT活用型の漁師さんが増えてきました。それに対応するためJAFICでは「エビスくん」というPC用情報端末を開発しました。最近では、スマートフォンやタブレットで情報を見たいといった要望も多く、携帯やタブレットで使いやすい「エビスくんタブレット版」、沿岸で操業する漁師さん向けの「エビスくん沿岸版」なども開発しています。エビスくんの利用者数は現在700隻程度となっています。浮魚を対象とする多くの漁船で利用してもらっています。「しきさい」の情報についても、このコンテンツの1つとして提供する準備を進めています。
エビスくんは、水温などの海の情報に加え、気象などの情報も一括してみられるのが大きな特徴です。さらに魚の価格(市況)なども見ることができます。沖合の船上で各地の市況を見ながら水揚げする港を決めるといった判断にも活用できます。

――衛星データやICTを使いこなす漁業者さんが増え、これから日本の漁業はどのように変わっていくのでしょうか?

斎藤:昔ながらの経験と勘に頼るのではなく、それに加えて「最新の海の状況も把握する」というのが今の漁師さんです。船で測った水温や衛星が観測した水温などを総合的に分析して漁場を探索します。一方、今まで魚が獲れた海域に魚がいない、去年と海が変わっている、ということが実際に現場で起きています。そういう時こそ、情報を分析して対策を講じる、情報を使いこなすことが必要です。情報を活用する漁師さんは今後もさらに増えるでしょう。それによって、漁業・水産業のスマート化、ICT化はより一層進むと思います。このため情報内容についても更なる高度化が求められます。
加えてICTを使いこなす人材を育成することも重要です。小学校では、「漁師さんは衛星が観測した水温の情報から『このあたりに魚がいるかもしれない』と分析して、魚をとっている」ということが教えられています。衛星データは漁業にとって当たり前の情報となりつつあり、水産高校ではICTを活用した漁業についての授業も始まろうとしています。今後新しく漁業に従事する人たちの間で、ICTが普通に使える人、先端技術をどんどん取り入れようとする人がますます増えると考えています。

――日本の漁業が変わっていく中で、SDGsの「目標14:海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する」への展望をお聞かせください。

斎藤:JAFICにとって、次世代に水産資源を持続させながら、水産業全体をICT化、成長産業化していくことが使命であると考えています。これはSDGsの目標とも合致します。そのために人工衛星データの有効活用を促進していきたいと考えています。
特に沿岸漁業や養殖業へのサポートでは、各都道府県の水産試験研究機関との連携が重要であると考えています。ただ、水産試験研究機関の皆さんからは、衛星データを十分に活用できていない、どう使えばいいのかわからない、という声も多く聞かれます。そこで、インターネットで簡単に衛星データにアクセスできるサービスや、衛星を専門としない研究者の皆さんが使いやすい形でデータを配布していくということが、重要だと考えています。
新しい衛星データや新しい技術を水産分野に展開していく上で、JAFIC単独で出来ることには限界があります。JAXAとの連携、NECのような民間企業の皆さんとの連携が重要です。衛星技術の開発サイドに「漁業ではこういった衛星データがほしい、こういう観測ができるとよい」という現場のニーズも伝えて、技術開発を推進していきたいと思っています。

取材・執筆:秋山文野
2020年10月28日 公開

その他の記事

Escキーで閉じる 閉じる