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DXや先進的なアプリケーション開発をもっと自由に
AIで5Gネットワークを自動最適化

NECの最先端技術

2024年2月16日

DXや先進的なアプリケーションに欠かせない5Gネットワーク。しかし、近年のアプリケーションの多くは、一瞬でも通信品質が下がると、生産性が大きく低下してしまいます。NECはこの課題に対し、アプリケーションや無線品質の状況をリアルタイムで分析し、5Gネットワークを自動最適化する技術を発表しました。これにより、ロボットや自動車の遠隔制御などで求められる高いリアルタイム性と信頼性を確保できるようになるといいます。本技術の詳細について、研究者に話を聞きました。

ユーザ単位で5Gネットワークを自動最適化

セキュアシステムプラットフォーム研究所
ディレクター
岩井 孝法

― 5Gの無線アクセスネットワークを自動最適化する技術とは、どんな技術なのでしょうか?

岩井:多くの先進的なアプリケーションでは、一瞬でも通信品質が下がると、アプリケーションの生産性が低下してしまいます。無線アクセスネットワーク(Radio Access Network: RAN)自動最適化技術は、AIでアプリケーションや無線品質の状況をリアルタイムで分析・予測し、RANを賢く自動最適化することができる技術です。ロボットや自動車の遠隔制御など、高いリアルタイム性と信頼性が求められるユースケースへの適用を想定して開発を進めてきました。従来の基地局単位ではなく、ユーザ単位でRANを制御してアプリケーションの生産性を高められるところが、NECならではの先進性です。

また、本技術はRANインタフェースのオープン化を進めるO-RAN Allianceの標準仕様に準拠しています。O-RAN Allianceの標準仕様で定義されているRAN Intelligent Controller(RIC)にAIを搭載し、RANの汎用的な機能を賢く自動最適化させることが可能です。パブリック5Gやローカル5G、広域や狭域、屋外や屋内を問わず、幅広いシーンに適用させることができます。


高橋:本技術は、DXや先進的なアプリケーション開発を促進するために研究開発してきました。数年前に私が事業開発を担当していた頃、産業のDXやIoTの先進事例を網羅的に調べ上げたことがあります。欧州の最先端の大規模ロボット倉庫など、開発者を訪問して数日間朝から晩まで議論させてもらったこともありました。そのときに驚かされたのが、多くのアプリケーション開発者が現在の無線通信の規格を基準としてアプリケーションを設計するのに対して、先進的なアプリケーションを開発するアーリーアダプターたちは、アプリケーションで実現したいことを第一優先で考えて設計し、その後に無線通信の課題を解決するという手順を踏んでいることでした。まずは実現したい価値を考えて、その後に無線通信の課題を試行錯誤しながら解決して安定化させる。その結果として現場の生産性が上がって、倉庫であれば取り扱える品数や顧客数も増える。さらには売上も上がって、株価も上がっていくのです。ただ、当時の解決手段は複雑で、ネットワークや端末を含む通信インフラをそのアプリケーションだけのために全面的にカスタマイズするというような状況でした。

こうした革新的なアプリケーション開発は必要ですが、アプリケーションごとに通信インフラをカスタマイズするようでは、NECとしても事業がスケールしません。さらに、今後DXの進展によってアプリケーションが多様化していくことは容易に想像できましたので、何か新しい方法が必要だという問題意識をもっていました。

ちょうどその頃、RANのオープン化・ソフトウェア化・インテリジェント化を目指す動きが市場で活発化し始めていましたので、AIでRANの標準的な機能を賢く制御することを思いつきました。RANがさまざまなアプリケーションに自動的に適応するような効率的な仕組みを開発できるのではないかと考えて、研究開発を進めてきたというのが経緯です。

通信遅延超過の発生頻度を従来比1/50以下に削減

セキュアシステムプラットフォーム研究所
シニアリサーチアーキテクト
高橋 英士

― 具体的な仕組みは、どのようになっているのでしょうか?

大西:今回の技術のポイントは、現場の状況に応じてRANを賢く制御することです。産業の現場では、カメラの大容量映像データを流したり、ロボット制御の細かいパケットを大量に流したりなど、多様な通信要件をもったアプリケーションの通信が混在します。さらに、現場ではモノが移動するので、無線通信が遮られたり干渉が起きたりすることもあります。これらが複雑に絡み合って通信品質の問題が発生するため、アプリケーションの状況や無線品質の変動を高精度で分析して、適切にRANを制御できる仕組みを実現していきました。

産業現場の無線通信において最も重要な指標は、通信遅延です。ロボットの遠隔制御では、通信遅延が大きくなると安全のためにシステムを停止することもあります。できる限り通信遅延を抑えて、高信頼なシステムを作り上げる必要がありました。

通信遅延には、大きく分けて2種類あります。再送遅延と、キューイング遅延です。再送遅延というのは、電波の状態が急に悪くなったりすることで送信データがエラーになり、再送が発生して生じる遅延です。一方で、キューイング遅延は、たくさんのユーザが同時に通信しようとすることで待ち時間が発生して生じる遅延を指します。

一般的に、再送遅延を解消するためにはたくさんの無線リソースを割り当てる方法が採られます。しかし、そうすると今度はシステム全体として無線リソースがひっ迫することで、キューイング遅延が起こりやすくなってしまいます。通信遅延にはこのようなトレードオフがあるため、効率的にこの問題を解消できるようなRAN自動最適化の仕組みをつくり上げていきました。


高橋:無線通信には再送遅延とキューイング遅延のトレードオフのほかにも、ユーザ間のリソース競合や、さまざまなRAN制御パラメータ間の依存関係などが複雑に絡み合って、問題が発生します。これらを同時に解決できるRAN自動最適化技術を検討していきました。

セキュアシステムプラットフォーム研究所
主任
大西 健夫

大西:具体的には、アプリケーションや無線品質の状況をリアルタイムで分析し、そこからRAN制御パラメータの値と遅延超過リスクの関係を確率的に導き出すアルゴリズムを開発しました。さらに、その予測結果に基づいて適切な制御方針を決定する機械学習ベースのRAN制御自動最適化技術を開発しました。

機械学習を活用し、現場の状況を学習しながらRANを制御することで、現場の複雑な問題を効果的に解決できます。ただし、機械学習は基本的には高い性能を発揮しますが、信頼性を100%保証することは難しいという特徴があります。今回は高い信頼性を確保することが極めて重要な要件であったため、安定性を高める仕組みをつくり出す必要がありました。そこで考えついたのが、機械学習ベースの制御エンジンとロジックベースの制御エンジンを組み合わせる仕組みです。


高橋:機械学習を走らせながらも、同時にそれを検証するシステムが走っていて、精度が落ちそうだと判断するとロジックベースのエンジンに切りかえる仕組みです。例えば機械学習の精度が100点だとしたとき、何か想定外の状況が起きたと判断すると、一時的に80点の安定したロジックベースのアルゴリズムに切りかえて、そのあとまた100点の機械学習に戻すというようなイメージです。そういったエンジンの切り替えを行うことで、RAN制御の安定性を確保することに成功しました。これにより、通信遅延超過の発生頻度を従来の1/50以下に削減できるというシミュレーション結果も得られています。これは言い換えると、ロボットを止めずに連続で運転できる時間を50倍にできることに相当しますから、かなり大きな効果ではないでしょうか。

また、いま説明したシステムは、無線品質の変動から現状を把握して制御方針を決めているので、無線品質の変動を高精度で予測できることが非常に重要です。この点は、長く無線品質の研究開発をしてきた西川さんが担当してくれました。


西川:2023年3月に発表した学習型無線品質分析技術は無線品質の「分析」を行う技術で、無線品質が悪くなった原因や、どこで問題が生じているかをAIで検出する技術でした。学習型無線品質分析技術では無線品質と通信スループットに焦点を当てていましたが、今回問題となったのは、パケットごとの無線品質と通信遅延です。ここが挑戦のポイントでした。

パケットごとの無線品質と通信遅延を分析するためには、個々のパケットがRANで転送されるときの一瞬一瞬の無線品質を把握しなければなりません。さらに、次にどう制御するかを判断するためには、次の瞬間の無線品質を精度よく予測する必要があります。RANでは、無線品質の変動による送信データのエラーを防ぎ、問題なく通信できるようにする機能が搭載されています。今回は、その機能ではカバーできないような、突発的で急激な無線品質の低下を予測することが重要でした。

そこで今回は、最新のAI技術を活用して、無線品質の時系列データから急激な無線品質の低下を高精度で予測できる仕組みを開発していきました。100ミリ秒周期で極めて高精度に無線品質の低下を予測して、制御システムに渡します。これにより、制御システムは先回りしてRAN制御パラメータを設定することで、大量のパケットが流れても1回も遅延超過を起こさないような厳密な制御ができるようになりました。


岩井:本技術は2月に開催されるモバイル業界最大規模の展示会Mobile World Congress (MWC) Barcelona 2024において、NECブースの目玉の一つとして展示を予定しています。

Beyond 5Gの未来を今から前倒しできる

セキュアシステムプラットフォーム研究所
主任
西川 由明

― 想定しているユースケースはありますか?

高橋:現在は製造、倉庫におけるロボットの制御や、物流におけるトラック隊列走行の制御などを想定しています。いずれもまだシミュレーション段階ではありますが、効果を確認することができました。実証検証の準備も進んでいます。具体的なマイルストーンとしては、2025年度に社会に出して行くことをめざして研究開発を進めているところです。

もう一つ強調しておきたいのは、本技術によって、これまでBeyond 5Gのインフラが完成しないと実現できないと考えられていたユースケースの一部を、前倒しで実現していけるということです。

― 具体的には、どのようなことでしょうか?

大西:工作機械を緻密に制御するモーションコントロールのようなユースケース、そのなかでも無線品質が大きく変動する環境となると、百マイクロ秒オーダーで通信遅延を抑止できるBeyond 5Gが到来しなければ難しいですが、その前段階にあるロボットや自動車の遠隔制御、人と協調するロボットの制御などは、本技術で実現できるのではないかと考えています。


西川:あとは、複数のアプリケーションが混在するようなシーンにも対応できるようになりますよね。これまでの5G標準仕様では、一つのアプリケーションの通信要件に特化すればうまく機能するものの、例えば低遅延・高信頼と高速・大容量のように異なる通信要件を同時に満たすことは困難でした。今回の技術を使えば、Beyond 5Gの完成を待たなくても異なる通信要件をもった多種多様なアプリケーションが混在するユースケースに対応できるようになります。本格的にBeyond 5Gが整備されるまでに段階的にアプリケーションを増やしていくというような導入の進め方もできるでしょうね。


高橋:そうですね。今回の技術は、さまざまな無線通信の制限をなくすことができますし、多種多様なアプリケーションに自動的に対応できるようにもなっているので、今後は先進的なアプリケーションを開発する自由度が高まり、社会の発展が加速していくのではないかと考えています。これからも引き続き、実用化に向けて研究開発を進めていきたいと思っています。

  • DX:
    Digital Transformation、デジタルトランスフォーメーション
  • 5G:
    5th Generation、第5世代移動通信システム
  • AI:
    Artificial Intelligence、人工知能
  • O-RAN Alliance:
  • IoT:
    Internet of Things
  • Beyond 5G:
    5Gの次の世代の移動通信システム

謝辞

この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」(JPNP20017)の委託事業の結果得られたものです。

DXや先進的なアプリケーションに欠かせない5Gネットワークですが、多くの先進的なアプリケーションでは、一瞬でも通信品質が下がるとアプリケーションの生産性も低下してしまうという課題を抱えています。工場、倉庫のロボットや、物流の自動車の遠隔制御など、高いリアルタイム性と信頼性が求められる現場がその一例です。

本技術はこの課題に対し、アプリケーションや無線品質の状況をリアルタイムで分析し、5Gネットワークを自動最適化することができる革新的な技術です。基地局単位ではなく、ユーザ単位で5Gネットワークを制御することで全体最適化を図れるという点が、NECならではの先進的な特長となっています。5Gネットワークの自動最適化に当たっては、機械学習を活用しつつ、ロジックベースのエンジンも同時に搭載することで高い安定性を確保しています。

  • 本ページに掲載されている内容は、公開時の情報です。

複数の特許出願中(2024年1月30日時点)

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