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ローカル5Gの運用をAIで効率化
学習型無線品質分析技術

NECの最先端技術

2023年6月7日

DXやIoTに欠かせない5Gネットワーク。近年では自営でローカル5G環境を整える企業も増えています。しかし、ローカル5Gの運用にあたっては、コストをどこまで下げられるかが課題となっています。NECが発表した学習型無線品質分析技術はこの課題にアプローチし、低コストで無線品質のモニタリングを実現する技術だといいます。いったいどのような技術なのか、研究者に話を聞きました。

通信性能低下の原因をすばやく自動特定

岩井 孝法
セキュアシステムプラットフォーム研究所
ディレクター
岩井 孝法

― 学習型無線品質分析技術とは、どのようなものなのでしょうか?

岩井:ローカル5Gの運用をAIで効率化する技術です。DXやIoTの進展に伴って、近年では工場や建設現場において自営で5G環境を構築する動きが広がっています。NECも、さまざまなお客様にローカル5Gをご提供していますが、5Gならではの高い通信性能をキープするためには、きめ細かなチューニングが不可欠です。というのも、工場や建設現場では、レイアウト変更や機器の移動、作業進捗などによって電波の遮蔽や反射などが生じ、思わぬ通信性能の低下が起こることがあるからです。また、機械の自動運転などのアプリケーションで通信を活用する場合には、通信性能の低下がそのまま生産性の低下に直結してしまいます。事業への影響を防ぐためにも、無線品質をモニタリングし、問題が起きてしまった場合にはすぐに原因を特定して対処することが求められていました。


高橋:しかし、現状では原因特定から対処にいたるまでには専門家による詳細な調査と対応というステップを踏む必要があります。これには数週間かかることもあり、その大半が原因の分析に割かれることもしばしばです。  

今回私たちが発表した学習型無線品質分析は、この原因特定を自動化して効率化する技術です。無線品質をマップ上で常時可視化しつつ、通信性能の低下が生じた場合には原因を即座に特定して示すことができます。これによって、より安定的で効率的なローカル5Gの運用が可能となります。

最小限のコストで自動化を実現

高橋 英士
セキュアシステムプラットフォーム研究所
シニアリサーチアーキテクト
高橋 英士

― どのような仕組みで実現しているのでしょうか?

高橋:大きく分けて、2つの要素で成り立っています。1つは無線品質をリアルタイムで可視化する技術です。従来は、電波強度を示すマップを作成しようとすると、その都度作業員がセンサを持って現場を歩きまわり、測定結果をもとに図示化するという大がかりな作業を行う必要がありました。これでは、現場環境の変化に追随することはできません。だからこそ、まずは現場の無線品質を常時センシングし、モニタリングすることが必要でした。


西川:とはいえ、ただ通信状況をマッピングするという点だけにフォーカスすれば、先行した研究は多く存在しています。今回の技術において重要な点は、低コストでこれを実現したという点です。ローカル5G環境では、活用できるコストや空間に制限があります。通信状況を観測する高価なセンサを工場や建設現場のあちこちに設置するわけにはいかないからです。

そこで、最小限の観測点から集めた電波強度情報のみを用いてマップを作成できる技術を開発しました。最初の導入時には従来と同じように現場の状況を詳細にセンシングしてマップを作成しますが、このときにフロア特有の反射や回折、基地局との関係性などで決まる電波強度分布の特徴を抽象化し、モデル化していくのが本技術ならではのアプローチです。その後、運用時には、このモデルと現場に設置したセンサの情報をもとにして補正をかけることで、最小限のコストで無線品質をリアルタイムで可視化できるようにしています。


高橋:もう1つの技術は、通信性能低下の原因を自動特定する技術です。5G公衆網では、全国のサービスエリアごとの通信性能の傾向を分析して全体的に改善していく必要がありますが、ローカル5G網では時間的にも空間的にもより解像度の高い分析が求められます。大勢のユーザに向けたマクロな品質が問題になるのではなく、現場で動く一つひとつの機器やアプリケーションが絶え間なく高いパフォーマンスを発揮することが求められるからです。

一方で、先ほど西川からも話があったように、コストを最適化したかたちでの対策が求められます。大量のログを集めるとなればそれだけコストがかかってしまいますので、できるだけ少ない情報で原因特定を行う必要がありました。


西川:そこで今回は、一般的に得られる電波の変動特性から原因を特定できるAI技術を開発しました。情報の不足はシミュレータを活用することで補い、機械学習を用いて高精度に特定できるようにしています。


高橋:シミュレータを使って現場で起こり得る現象をたくさん再現してあらかじめ学習させておくことで、電波の変動特性から原因を特定できるようになっています。また、もう一つの工夫として、AIで一度に最後まで処理するのではなく、中間的な指標を設けて段階的に処理することで、最終的な原因特定の精度を上げるなどの工夫もしています。


西川:また、本技術は国際会議The 23rd Asia-Pacific Network Operations and Management Symposium (APNOMS2022)においてBest Paper Awardを受賞しています。

自動最適化までを目指して研究

西川 由明
セキュアシステムプラットフォーム研究所
主任
西川 由明

― なぜ、NECでこうした技術が開発できたのでしょうか。

岩井:私たちのチームは、さまざまな部門を経験してきた人材が多く集まっています。高橋も西川もLTEやWi-Fiの無線品質分析に携わっていた経験がありますし、特に西川は無線通信そのものに関わるチームで3年間の実務を積んできた経験があります。私たちのチームではネットワークシステム全般を扱いますが、無線そのものの原理や仕組みの全てを深く理解できているわけではありません。そのぶん、西川はシステムログだけでなく、電波の物理的な現象までを読み解き、理解できる素地が身についています。このような専門分野を越境したスキルの集合が、本技術の土壌となったと言えるかもしれません。

― これからの展開はいかがでしょうか。

岩井:主な利用シーンとしては、工場、建設現場、倉庫での運用を想定しています。特に工場についてはロボットの自動化と合わせたお客様からの引き合いやご相談が多く、多くのプロジェクトが前向きに検討されています。


高橋:すでに社内では実証検証を進めており、現在はグループ会社の工場で検証を進めています。また、玉川事業場の自社オフィスでもリビングラボの手法で検証を実施しており、今後、お客様やパートナーとの共創にも取り組んでいきたいと考えています。


西川:また、いまは同技術によって原因を人に通知し、人が問題を解決するフェーズですが、今後は解決まで自動で行うことも考えています。アプリケーションと連動して、分析から制御まで自動で解決する自動最適化ソリューションも見据えながら、今後も積極的に研究を進めていきたいと考えています。

学習型無線品質分析技術は、ネットワークの通信状況をリアルタイムで可視化し、通信性能の低下が生じた場合にはその原因を特定してスピーディにユーザへ提示することのできる技術です。無線品質の可視化については先行技術もありますが、本技術は全体のモデル化とAIの活用によって最低限のコストでモニタリングを実現したことに新規性があります。また、通信性能低下の原因においては、シミュレーションと機械学習を使うことで、一般的に得られる電波の変動特性だけで低コストで高精度な原因特定が可能になっています。

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