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利害の異なるAI同士が交渉し、Win-Winな関係へ
自動交渉AI技術

NECの最先端技術

2022年8月24日

急速な進化を遂げるAI技術。しかし、これからさらにAIが社会に浸透した場合、AI間の調整はどのように行うのでしょうか。利害の異なるAI同士が衝突した場合どのように調整するか。また、AI間の調整ができれば、新たなサービスやソリューションが生まれるのではないか――。NECではこの点に目をつけ、数年前から「自動交渉AI」の研究開発を積極的に進めています。本技術の詳細や可能性について、研究者に詳しく話を聞きました。

AIが普及した社会に必要不可欠な利害調整技術

研究開発部門
上席主席研究員
森永 聡

― 自動交渉AIとは、どのような技術なのでしょうか?

森永:利害関係や目的の異なるAI同士の交渉を自動で行う技術です。これから到来するであろうAIが広く浸透した社会においては、非常に重要な機能を果たすものになると考えています。

たとえば、自動運転車が普及した世界を考えてみてください。交差点に入った自動運転車がめざす方向に、別の自動運転車が近づいてくる。このとき、両者はどのように対応すればよいでしょうか。現状のAI技術では、近づいてくる相手の動きを100%正確に予測できない限り、少しスピードを落として相手の様子を見るというのが正しい動作になるでしょう。しかし、相手も同様のことを考えるので、最終的には両者が見合ったまま交差点の真ん中で停止してしまうかもしれません。さらに、救急車両が近づいてきたら、どのように対処すればよいか――。考えるべき問題は尽きません。自動交渉AIは、このような状況において効果を発揮するものです。

例えば、自動運転車のAIが「3秒間この交差点に入らないで」と相手のAIに対して軌道計画の変更を依頼する。お願いされた側のAIも「うちは遊園地に行くだけだから、3秒くらい交差点に入らないで待ってあげる」という判断をして、軌道計画の変更を受け入れる。救急車両がきたら、軌道を確保できるように移動する。そのようなかたちで互いの軌道計画を提示し、優先順位を鑑みながら調整することができるようになります。両者が衝突したり、お互いに見合って停止したりしてしまうリスクを回避できるわけです。

自動運転以外にも活躍できるシーンはたくさんあります。例えば、いまNECが注力しているのが企業間での受発注条件の調整です。製造系の会社であれば、コストや納期の最適なバランスを鑑みながら交渉し、取引先との間にWin-Winの関係を築くことができるようになります。例えば受注した案件の納期が極端に短かった場合を考えてみましょう。このとき、自動交渉AIならば、どうやって無理をして納期に間に合わせるかと考えるだけでなく、1日納期を延ばせないかなど、あらゆる可能性を考えて相手側と自動交渉することができます。仮に1日延ばせるのであれば、相手に数パーセントの値引きを提示したりすることもできるでしょう。特急対応で生じる残業代や輸送費をカットした分を還元するわけですね。相手方も納期に余裕をもって設定していたのであれば、この提示を喜んで受け入れるでしょう。このように、異なる経済主体間での調整もスムーズかつスピーディに行うことができるのです。

もちろん、私たちが提唱する技術以外にもAI間の調整ソリューションは存在します。しかし、その多くは、みんなでデータを共有するというアプローチをとるものや、こういうときにはこのような譲り合いをするというルールを前もってつくるというものがほとんどです。もちろん、それでも効果的な場合はあります。しかし、普通は自分の工場ではいつ納期に設定するといくらコストが下がるかなどの機密情報は伏せておきたいものでしょう。事前に細かく誰が優先になるかを全て決めておくことも、非現実的な話です。さらに言えば、事前に納期が1日遅れるなら3%値引きすることみたいなことを決めておくことは、企業の自己決定権を剥奪することにもつながりかねません。だからこそ、私たちは「データ共有」や「協調制御」ではなく、相手と相談する・交渉するAIの実現をめざしています。

調達業務における条件調整や物流の最適化に貢献

データサイエンス研究所
主任研究員
中台 慎二

― ユースケースについて、さらに詳しく教えてください。

森永:電子部品の調達業務では、すでに実証に成功しています。NECプラットフォームズ株式会社で行った実証実験では、発注数量や納期変更が生じた際の取引先との交渉において有効性を確認することができました。この実証ではチャットボットを通じたAI対人のソリューションでしたが、AI対AIの交渉であればさらにスピーディな調整を行うことが可能になります。現在シミュレーションを進めているのは、自動車のサプライチェーンにおける自動交渉です。顧客からディーラーに対して車種や納期などの希望が発生した場合、それに応えられる最短納期やメーカーの選定、購入価格を調整していきます。ディーラー側のAIとカーメーカーのAI、さらにはバッテリーメーカーやエンジンメーカー、シートメーカーなど幅広いサプライヤーの各AIが自動で交渉するという仕組みです。相見積もとることができます。通常、必要な部品を希望納期に間に合わせるように調達交渉するとなれば、1週間はかかるほどの煩雑な仕事となりますが、自動交渉AIにかかればたった数十秒で実現できるようになります。顧客からの問い合わせにも、スピーディに答えることができるようになるでしょう。


中台:物流業界への応用可能性も大いにあると考えています。というのも、自動交渉AI技術の醍醐味は企業間の最適化ができるというところにあるからです。現在は運送会社ごとに分かれている配送システムですが、企業間をまたがった交渉や調整がカンタンにできるようになれば、運送の相乗りなどのサービスが活発になるでしょう。物流の効率化が進むだけでなく、カーボンニュートラルに向けた取り組みとしても効果的です。

たとえ1社内で適用した場合でも、トラックの配送において自動交渉AIを活用すれば、配送計画を最適化することが可能です。AIは各所との交渉を繰り返しながら、最も効率的な配送計画をつくろうとします。例えば交渉によって一部の受取予定時間を変更することに成功すれば、配送に使うトラックの数を削減することもできるでしょう。実際、配送会社様のご協力を得て実際のデータを使って行ったシミュレーションでは、トラックの台数を5台から3台に減らすことができました。

他にも、航空貨物について、輸送日直前までの需要を予測しながら逐次価格を設定して利益の最大化を図るダイナミックプライシングの実証なども進めています。

自動交渉AIで世界をリードし、仕組みづくりにも貢献

― 調達や物流が、主な想定ターゲットということでしょうか。

中台:現状の想定としては、そうですね。現在はさらに、ドローンの経路計画の交渉という実証を行っています。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)様のプロジェクトの一環で、北海道稚内市におけるドローン飛行計画の自動交渉について実証を進めてきました。(引用 https://jpn.nec.com/press/202111/20211104_03.html

稚内市では、患者数に対する医師の圧倒的な少なさ、漁業における密漁や海獣被害といった深刻な地域課題を抱えています。そこで、ドローンによる医薬品配送と漁場監視の導入が検討されてきました。しかし、医療と漁場監視という二つの異なる主体が管理するドローンの経路が重なったときに、どう調整を行うかという問題が残ります。

NEDO様のプロジェクトでは、運航管理統合機能(FIMS)が異なる主体が飛ばすドローンの飛行計画全てを掌握し、統合的に管理する設計となっていました。この設計では、基本的には「早いもの勝ち」として運用されます。そのため、緊急性の高い医薬品の配送も後回しにされてしまう恐れがありました。

さらに、2022年の12月から改正航空法が施行されれば、自律的なドローン運行はさらに増えていくことになると予想されます。こうなると、中央集中型の管理では膨大な数のドローンを上手く統制しきれなくなってしまうでしょう。こういった課題もあり、実は、欧米が導入し始めている国際標準では、すでにドローン管制をいくつかの民間組織へ分割する設計になっています。ちょうど携帯電話のキャリアのようなイメージですね。この方が、それぞれのドローンのスムーズな運航が可能になります。この国際標準の現在の仕様は「早いもの勝ち」ですが、次の改版で、「早いもの勝ち」に頼らない柔軟な調整が導入されることになっています。

稚内の実証では、このような分散型の運航管理を想定して、医薬品配送と漁場監視を行う2者間の調整を自動交渉AIで行うことに成功しました。提出された経路計画から衝突の経路干渉を検知し、瞬時に交渉して経路を調整することができます。漁場監視のドローンが飛ぶなか、後から緊急の医薬品配送の飛行計画が提示されたとしても、問題無く承認することが可能です。

このような経路計画の干渉の自動調整と分散的な飛行経路管理が可能になれば、自律的に飛行するドローン輸送がさらに活発になり、地方への輸送や地方から都市部への輸送にも革新が起きるだろうと考えています。


森永:自動交渉AIは、使用する主体が増えれば増えるほどメリットが増えるシステムです。そのため、NECでは交渉メッセージ交換の国際標準化にも積極的に取り組んできました。国連の標準化団体(UN/CEFACT)には 「eNegotiation」プロジェクトを提案し、採択されています。この内容は2022 年上期に標準公開されました。また、国際業界団体でも活用を進めていこうと提案し、インダストリアル IoT コンソーシアムという団体に自動交渉AIのテストベッドが採択されています。
(プレスリリース https://jpn.nec.com/press/201908/20190821_02.html

「交渉」という点で考えてみると、私たちが暮らす社会には幅広くさまざまなシーンがあるものです。まずは単純な交渉や調整の自動化から始めていきつつ、需要予測や自動制御などのさまざまな独自技術を組み合わせることで、社会に役立つソリューションを提供していきたいと考えています。

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AI間の調整技術には各社・各組織においてさまざまなアプローチがありますが、NECが開発した自動交渉AIは自組織の機密情報を明かさず、自己決定権を担保しながら相手と調整ができる技術です。複数の組織間の利害を調整し、互いにWin-Winになる関係を導き出すことができます。

自動交渉AIという技術自体は、アカデミアの分野では10年以上前から競技が開催されているほどの認知度がある技術です。NECでも2019年から国際競技大会を主催して技術の発展を牽引してきました。

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