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高級感あふれるセルロース系高機能バイオ素材 NeCycle®
NECの最先端技術2020年3月9日
現在、世界では成形性・耐熱性・量産性などに優れた素材としてプラスチックが広く使われています。しかし、プラスチックは石油由来の素材です。そのため、将来的な資源の枯渇が心配されています。また、自然環境中で分解しないため環境への負荷が大きく、なかでも海洋プラスチックごみの問題はいま世界でも大きな注目を集めています。
NECでは、プラスチックが抱えるこうした問題にいち早く取り組み、2000年代のはじめから代替素材の開発に取り組んできました。当時流通し始めていたトウモロコシ由来のバイオプラスチックである「ポリ乳酸」の難燃化・高耐久化を実現したことは一つの大きな実績です。熱に弱かったポリ乳酸に自然素材であるケナフを添加したり、安全な土壌成分から得られる難燃剤を添加したりすることで、携帯電話、PC、ガソリンの給油システムの部材としても活用できるほどの高い機能性と耐久性を実現しました。また、2010年代からは将来の人口増加や食糧危機を見据えて非可食性の植物を利用した素材開発にも着手しています。木材や稲わらからとれるセルロースを原料とした樹脂を開発し、高い植物成分率と優れた機能性を高次元で両立させる素材を独自に開発しつづけてきました。今回取り上げるセルロース系高機能バイオ素材NeCycle®は、その延長で生まれた新素材です。その詳細について、研究者に話をうかがいました。
高級感あふれる漆のような黒を自由に成形できる新素材
― セルロース系高機能バイオ素材NeCyCle®とは、どのような素材なのでしょうか?
田中:非食用セルロースを約50%含有しながら、電子機器などにも活用できる樹脂特性を兼ね備えたバイオ素材です。ここまで高い非可食植物成分率と樹脂特性を両立できている素材は他にないのではないでしょうか。また、注目していただきたいのは高い装飾性です。まるで漆のように深く温かみのある黒色をしています。この漆塗りのような高級感あふれる黒を、塗装工程なしで、自由に成形できるというのが本素材最大の特長です。通常のプラスチックと同じように、金型を使った射出成形を活用することができます。プラスチックに塗装する合成漆器とも異なって塗装工程が丸ごと不要になりますから、製品形状の自由度や量産性が大きく向上します。環境負荷の軽減はもちろんのこと、漆塗りのような高級感をこれまで実現できなかったような形状の部材でも表現できるという全く新しい素材です。
當山:この黒色を表現するためには、実際に日本を代表する漆芸家である下出祐太郎先生(下出蒔絵司所三代目 / 京都産業大学文化学部教授)にご協力をお願いして共同開発を進めました。非常に高名な先生なので、コラボレーションの機会がなかなか得難い方なのですが、今回はバイオ素材を世界に広めたいという我々のコンセプトに共感いただき、ご協力をいただくことができました。
― なぜ漆塗りの黒に注目したのでしょうか?
田中:バイオ素材は、既に出回っている石油プラスチックなどの量産素材と比べると、どうしてもコストが割高になってしまいます。そのため、広く市場に流通させていくためには何か新しい付加価値が必要だと考えていました。そこで、當山も含めてチームで国内外の市場調査を行ったのですが、そのなかで日本の漆器の美しさが世界中から評価されているということに気づいたんです。漆の美しさであれば、コストの壁を打破できるような価値になるのではないかと考え、チャレンジを進めていきました。
今回の素材をきっかけに「こういう用途にもバイオ素材が使えるんだ」という認識が広がっていけば、生産量を安定的に増やすことができるようになります。量が増えればコストは下がっていきますから、既存のプラスチック相手にも勝負できるレベルになっていくはずです。そのためにも、今回の素材の実用化をさらに加速させていきたいですね。
漆芸家にも認められた深く温かみのある黒
― 深みのある黒色は、どのように実現していったのでしょうか?
當山:まずは目標を少しでも明確にするために、下出先生にモデルとなる漆器をつくっていただきました。このモデルの光沢や黒の色あいなどを分析して数値化していくことが、最初のステップでしたね。この値と近しいものが出せるように試作を重ねていくのですが、どのような着色成分をどのくらいの割合で入れていくかというのは、無限に等しい組み合わせが広がっている世界です。それを我々の知見と照らし合わせて考えながら、モデルに近づけるための試行錯誤をつづけてきました。NECは難燃性ポリ乳酸の開発時代から、ベース樹脂に様々な成分を添加して機能性を向上させる独自のコンパウンディング技術を培ってきました。このノウハウの蓄積は、今回の素材開発を成功に導いた要素の1つであったと思います。
ただし、長い年月をかけて育まれた伝統工芸が生み出した黒色ですから、単純な数値では表現できない部分も存在します。そこで、試作品を先生に何度も見ていただきながら開発を進めていきました。最初の試作品に対するご評価は、まだまだといったところでしたが、フィードバックを頂きながら試作を重ね、最終的には高い評価をいただくことができました。数値としてモデルに近づいただけでなく、数値で表せない漆特有の深さや温かさといった特性も備えることができたと自負しています。
田中:この黒については、もしかすると今回の素材のベースとなっているセルロース樹脂との相性が良かったのかもしれないと感じています。というのも、漆はもともと黄色がかった半透明の樹液に鉄を混ぜて黒くしているんですね。木材やわらをベースとしてつくられた我々のセルロース樹脂も、もともとは黄色がかった半透明の樹脂なんです。ここに黒の着色成分を入れているため、漆のような深い黒を表現できたのかもしれないとも思っています。透明な石油由来の樹脂では実現できなかった深みだったのかもしれません。
當山:一方で、ツヤのある黒というと、傷が目立ちやすいのではないかというご心配をされる方もいるのではないかと思います。実際、プロトタイプ発表後には我々も各方面から同様の声をいただきました。これに応え、現在では新たに成分を添加して滑りをよくすることで耐摩耗性能を向上させています。独特の黒の風合いはそのままに性能を上げていくことは非常に難しいチャレンジでしたが、結果としてアクリルやABS樹脂よりも強い耐摩擦性能を実現することができました。
田中:本物の漆器のようなアレンジをめざすのであれば、蒔絵を再現することも可能です。印刷会社との共同研究により、緻密な蒔絵を立体的にプリントすることができるようになりました。印刷により再現するので、量産していくことも可能です。
バイオ素材が活用できる領域を拡大させる
― どのような活用先を考えていますか?
田中:腕時計や万年筆などの高級日用品や高級家電や建材・インテリア、自動車の内装などハイグレードな製品への応用を想定しています。ただ、そのためには耐久性や耐熱性などの物性をさらに高めていく必要があると考えていますので、素材のアップグレードについては継続して研究をつづけているところです。
當山:機能性を向上させるために成分を添加する方法と、ベースとなるセルロース樹脂を根本から改善する方法の両面から取り組んでいます。ある程度のメドはついているので、さらに研究をつづけることで本素材をさらにワンランクアップさせることができると考えています。
田中:将来的には、資源循環型社会の実現に向けて、本素材を契機として世の中にバイオ素材が使われる領域を広げていくことが大きな目標です。今回の素材だけで十分だとは思っていませんので、他にもさまざまなバイオ素材をつくりあげて、さまざまな用途に適材適所で使えるバリエーションを揃えていきたいと考えています。
當山:そうですね。最近では再び環境問題への注目が集まっていますし、地球環境となるべく競合しないような新素材の開発は、極めて重要なことだと意義を感じながら研究に取り組んでいます。より広く活用いただけるような新しいバイオ素材の開発には、これからも注力していきたいです。
田中:実際、本素材をプレスリリースしてから、さまざまな業種のお客様とお話をさせていただく機会を得ることができました。業種や用途ごとに、バイオ素材に対するさまざまな考え方やニーズがあることを実感しています。実はこれらのニーズは最も欲しかった一次情報でした。NECが自社で扱う電子機器以外のさまざまな業種のニーズを把握できたことで、開発の方向性は大きく広がったと感じています。今回得られたユーザの皆様の貴重な声をもとにさらに新しい環境調和材料の開発を進め、資源循環型社会の実現に貢献していきます。
- ※本研究の一部は、JST ALCAの支援によって実施しました。
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