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国内の量子コンピュータ開発を牽引するトップ研究者

2022年2月22日

世界に革新的な影響を与えるといわれている量子コンピュータ。NECは1999年に超伝導固体素子を用いた量子ビットの動作実証に世界で初めて成功し、量子コンピュータ開発競争のきっかけをつくった企業でもあります。それから20年経ち、いまNECはどのような活動をつづけているのか。また、量子コンピュータにはどのような価値があるのか。国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)と共同して立ち上げたNEC-産総研量子活用テクノロジー連携研究ラボで研究を行うほか、内閣府のムーンショット型研究開発事業で超伝導量子回路の集積化技術開発のプロジェクトマネージャーを務めるNECの山本に詳しい話を聞きました。

社会問題を解決する実用的なデバイス

システムプラットフォーム研究所 主席研究員 山本 剛

― いま各企業や研究機関が開発に取り組む量子コンピュータには、どのような価値があるのでしょうか?

一言で言えば、今のコンピュータでは計算にものすごく時間がかかって現実的には解けない問題が、解けるようになる可能性があります。そう言うと、学術的な興味でつくられているかのように聞こえてしまうかもしれませんが、実用的な価値も十分にあるものです。実社会のなかには、現在のコンピュータでは解けなくて困っている問題が多数存在しています。
例えば、物流における配達計画の最適化問題があります。トラックやドライバーなどの限られた資源をどのように配分して、いかに効率的に配達先へ荷物を届けるか。専門的には「巡回セールスマン問題」と呼ばれるものです。効率よく荷物を届けられれば、人手が少なくて済みますし、交通渋滞の減少やガソリンの使用量削減による環境問題への貢献にも効果があるはずです。
また、創薬の現場でも活用が期待されています。現在、製薬会社が薬を作る際には、コンピュータを使ったシミュレーションが活用されています。候補となる物質を一つ一つ実験していこうとすれば、大変な手間とコストが必要になるからです。しかし、スーパーコンピュータを使ったとしても、多数の原子、分子が関わる現実の化学反応をシミュレートすることは容易ではありません。量子コンピュータを使えば、こうした計算も効率よく、瞬時にできるようになる可能性があります。もしこれが実現すれば、一人ひとりの状態にあわせてパーソナライズされた薬を作るなど、創薬そのものの概念が変わっていくかもしれません。
他にも、化学肥料などで使われるアンモニアの新しい合成方法を発見できる可能性もあります。現在アンモニアは、ハーバー・ボッシュ法と呼ばれる方法によって高温・高圧状態で大量のエネルギーを消費しながら合成されているのですが、量子コンピュータを使えば、微生物が行っているような効率的な化学反応をシミュレーションで再現し、そのメカニズムを理解できるかもしれません。そうすれば、環境問題の改善に大きく貢献することができます。
材料開発にも活用することができます。例えば、電気抵抗がゼロになる超伝導という現象がありますが、この状態を常圧下で実現するためには物質を少なくともマイナス140度程度まで冷やさなくてはなりません。しかし、量子コンピュータによるシミュレーションができれば、そのメカニズムを理解し、より高い温度でも超伝導状態になる物質を発見できる可能性があります。もし室温でも超伝導になるような物質が見つかれば、発電所からの送電ロスをなくすことができるなど、エネルギー問題が大きく改善されるはずです。
このように、量子コンピュータには現実のさまざまな問題を解決できる可能性があるのです。

国内の多様な機関と連携してプロジェクトを推進

― 山本さんは、現在どのような研究に取り組まれているのでしょうか?

一般的に「量子コンピュータ」と呼ばれるものには、量子アニーリング方式と量子ゲート方式というものがありますが、私たちは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業において量子アニーリング方式を、内閣府のムーンショット型研究開発事業では量子ゲート方式の研究を中心に取り組んでいます。どちらもNEC-産総研量子活用テクノロジー連携研究ラボでの研究活動になります。
超伝導量子コンピュータにおける大きな課題の一つは、「コヒーレンス時間」をいかに長くするかという点です。コヒーレンス時間が長いほど複雑な計算ができるのですが、量子コヒーレンスとは波のようなもので次第に減衰していってしまいます。特に、現状存在しているアニーリングマシンは、まだその長さが十分なものとは言えません。NECでは、超伝導パラメトロンという回路を用いた独自のアプローチからこの問題に取り組んでいます。
量子ゲート方式は、組み合わせ最適化問題に特化したアニーリング方式に対して、より汎用的な方式です。ムーンショット型研究開発事業の目標6では、その中でも特に「誤り耐性型」と呼ばれるまだ世界で誰も成し遂げていない量子コンピュータを、2050年までに実現させるという目標を掲げています。その中では半導体や光などいくつかの方式のプロジェクトがあるのですが、私は超伝導量子回路を用いた方式のプロジェクトマネージャーとして研究を指揮しています。量子コンピュータ実現という目標達成のためには、さまざまな要素技術が必要です。量子回路技術はもちろん、絶対零度に近い温度までチップを冷やすための冷凍機技術や量子回路制御のためのエレクトロニクス技術など、必要技術は多岐に渡ります。プロジェクトには現在、国内の大学、国立研究開発法人、民間企業を含めた17の機関が共同して研究を進めています。これだけ多彩なバックグランドや組織の人材が結集して量子コンピュータをつくろうという活動は、世界的に見てもなかなか珍しいのではないでしょうか。ブレークスルーを生み出す要素技術の開発のために、日々研究とエンジニアリングの試行錯誤を重ねています。

日本の力を結集し、独創的な開発を

― NECの量子コンピュータ研究は、現在世界的にどのような位置にあるのでしょうか?

もともとNECは超伝導固体素子を用いた量子ビットの動作実証に世界で初めて成功した企業ですが、それはもう20年も前の話です。世界の量子コンピュータ開発はその間に急速に進み、私たちは周回遅れの状態にあると言っても過言ではありません。これには、人的・資金的なリソースの不足などの影響もあるでしょう。しかし、そう嘆いていても仕方がありません。量子コンピュータの開発というのは、いわばトラックを100周回るような先の長いレースです。トラックを3周回るレースで1周遅れであれば絶望的な状況かもしれませんが、そうではないのです。そこを見誤って、レースを諦めてしまうことが最も危険だと思います。私たちは、量子コンピュータ開発という長期的で大きな目標に対し、先頭集団に何とか必死にくらいつき、技を磨き、自分たちの独創性を生み出していきたいと考えています。
一方で、量子コンピュータ開発は、一つの企業でどうにかなるという話でもなくなっています。量子回路はもちろん、冷凍機やチップ実装等の周辺技術、制御エレクトロニクス、計算機アーキテクチャ、アプリケーションなど、複数のレイヤーにおけるさまざまな技術を一つのシステムとして融合させる。量子コンピュータの開発はそのようなことを真剣に検討する段階に入っています。日本には、それぞれに強みを持った組織がたくさんあります。ムーンショットプロジェクトでも既に取り組んでいますが、組織の垣根を越えた連携により、そのような強みを集結していくことこそが今後の鍵になると考えています。

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