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AIプロジェクト企画のカギは「ドメイン知識」― 地図で見る業界別AI・データ活用例

本橋 洋介 NEC AI・アナリティクス事業部 シニアデータアナリスト 兼 データサイエンス研究所 シニアエキスパート

NECのデータアナリストとして、AIを活用した企業の課題解決に尽力する本橋洋介。自らの知見を活かしてさらなるAIの社会実装に貢献すべく、講演や執筆活動など社外での取り組みにも意欲的だ。
著書に、AIを適用したシステムの構築について解説する『new window人工知能システムのプロジェクトがわかる本』(翔泳社、2018/02)があり、この秋には『new window業界別!AI活用地図 8業界36業種の導入事例が一目でわかる』(翔泳社、2019/11)を出版。新刊について、執筆に込めた想いや活用のヒントを聞いた。

業界別!AI活用地図 8業界36業種の導入事例が一目でわかる

著者:本橋 洋介
出版:翔泳社(2019/11)

流通、製造、金融など全8業界36業種のAI・データ活用例をマップ形式で解説。活用例の詳細解説、AIトレンドのコラムもあり、AI活用の企画から実装まで、さまざまな場面で活用できる情報が満載の一冊。

AI活用の企画には「ドメイン知識」が不可欠

本橋さんの最近の取り組みについて、ご自身の紹介も兼ねて教えてください。

私はデータアナリストとして、データ分析を通じてお客様の課題を解決するプロジェクトを主導してきました。それに加え、ここ1、2年は、AI活用を検討する企業トップ層のお客様とともに、AI活用の企画や組織設計について検討する機会が増えています。ただ、調査会社のガートナー ジャパンがハイプ・サイクルで示したように、日本市場においてはAIへの期待が「幻滅期」に突入しています。私も、今の「AIブーム」ともいえる熱は、近く落ち着くと考えます。企業内で着手しやすい領域については、AI活用が一回りしたように感じていて。ですから、最近では「もっとすごいAIを作ろう」と、あらためてAI関連の技術開発に力を入れているところです。

新刊の『業界別!AI活用地図』は、流通、製造、金融など全8業界36業種におけるAI活用についてマップ形式でまとめたものです。どのような経緯で執筆に至ったのですか?

初めて書いた本(『人工知能システムのプロジェクトがわかる本』)もそうなのですが、懇意にしていただいている編集者から、「一緒に本を作りませんか」と声を掛けてもらったのがきっかけです。業界別のAI活用地図を作ろうと思ったのは、私がデータアナリストに必要なスキルとして「ドメイン知識」の重要性を常々考えていたからです。

ドメイン知識とは、ある業界・業種に特化した事業の知見や情報のことです。AI活用を企画するに当たっては、その適用先であるお客様の事業や業務、課題について知り、説明できる必要があります。つまり、ドメイン知識が不可欠ということです。これまで私はさまざまな業界のAI活用に携わってきており、そのつど対象の業界について調べて知識を蓄えてきました。自分の知見を本にするに当たり、世の中に受け入れられるものは何だろうと考えた結果、ドメイン知識を活かして業界別にAI活用例を俯瞰できる地図を作ることに行き着いたのです。

本書の一番の特徴が、「AI・データ活用マップ」として適用業務と実現難易度を軸にAI活用例を並べ、俯瞰できるようにしている点です。こうした表現方法は、どのようにできあがっていったのでしょうか?

このAI・データ活用マップの原型は、最初から頭の中にありました。何かを参考にして考えついたというよりは、普段から自分の頭の中で考えていることをまとめたら、この形になったという感じです。

こだわりは、マップの縦軸をその業種の「業務」あるいは「部門」にしたことです。おそらく、こうした活用マップを作ろうとした際、軸として選ばれやすいのは適用技術といった「手段」だと思います。でも、それだと「テクノロジーありき」になってしまいます。企業でAIをどう活用していくかを考えるなら、起点はあくまでビジネスであるべきだと私は考えます。例えば、企業の経営戦略を検討する際には、バリューチェーンなどを利用して組織や業務単位で状況を俯瞰しますよね。それと同じです。「まずビジネスを見て、次にテクノロジーを見る」この順番が大切だと考え、マップにも反映しています。

自分流のAI・データ活用マップを作ってみる

AI・データ活用マップのほか、活用例の詳細解説に、AIのトレンドを取り上げたコラムもあり、話題が豊富で対象読者層が広いと感じました。特にどういう方に読んでもらいたいですか。

私としては執筆しながら「一番読んでほしい」という読者層と、「きっとウケるだろう」という読者層の2つを思い浮かべていました。前者は、まさにこの本で取り上げた36業種で働いている人々で、後者はAIに携わる研究者やAIを用いるデータサイエンティストなど「AIの作り手・使い手」です。

今、AI・データ活用についてのセミナーやWeb記事をたくさん目にします。でも、その多くがeコマースや広告、自動車のようなメジャーな製造業を対象にしたもの、極端にいうと「マーケティング」と「自動運転」の話がほとんどだと感じています。実際には世の中のさまざまな業種でAI活用のニーズや可能性があるのに、それらについて情報を整理したものがないと思っていました。だから、この本では、これまでAI・データ活用の観点からはあまり注目されてこなかった業界・業種を意識しています。そうした業種に所属している人に、「自分がいる業界でのAI活用の可能性は何か」と、参照してもらいたいです。

また、私はAIの作り手の立場で執筆していますから、同じAIの作り手であるIT企業やコンサルティング企業、AIベンチャー、研究機関など、AI・データ活用をどの領域に適用するか日々考えている立場の人々には、きっとよろこばれる内容だと思います。

AI・データ活用マップを活用するに当たってのポイントやアドバイスを教えてください。

ぜひ、ご自身の会社のAI・データ活用マップを作ってみてください。本書に載っているのは、あくまで教科書的な一般化した内容ですので、それぞれの会社の事業や強み、戦略にあわせて、自分たち流のマップを作っていただきたいです。いっそ、このフォーマットでなくてもよいのです。困ったときには、私たちデータアナリストがお手伝いしますから。

本書で取り上げるのは8業界36業種と多岐にわたります。各業種の主たる業務や、AIの活用例を調べることは骨の折れる作業だったと想像しますが、情報収集について何か工夫やコツはありますか?

情報については、周りの人やツールに助けられながら、日々コツコツ集めてストックしていました。何か特別に便利なものを使ったということではなく、ひたすら集めて目を通していくのです。担当編集者にも協力いただいて、「こんな事例がある」と教えていただいたり。

ただ、ツールを使ってニュースを集めていると、情報の網羅性に不安が出てきます。なので仕上げとして、ほんとうに地道ですが、各業界の主要な企業のプレスリリースすべてを読み直しました。もう休日はずっと企業のWebサイトを見ている状態でしたね(笑)。

今回取り上げた業種のほかに、本橋さんが注目している領域やAI活用例はありますか?

できるかぎり多くの業種を取り上げていますが、書くのが難しくて、結果として取り上げなかった業種がいくつかあります。例えば「自治体」はその1つです。詳しく書こうとすると、「自治体とは何か」にまで踏み込む必要があり、個人で語るには難しいテーマです。また、「製造」で取り上げた「電機製造業」については、縦軸の区分がほかと比べて粗くなっています。電機製造業は企業それぞれに特色が濃くて、それを細かく分け始めると、とてもページが足りませんので、今回は断念しました。

自治体もそうですが、公共性の高い業種については書きづらさを感じました。逆に、金融業のようにデータ活用に長年取り組んでいる業種はとても書きやすい。それはつまり、今書きにくいと感じる業種のAI活用はまだこれからであり、今後の可能性に期待ができるということかもしれません。

テクノロジーに偏重せず、日々のなかで業界の知識を得る

AI・データ活用に取り組んでいる方、これから取り組もうとしている方へメッセージをお願いします。

こうしたAIについて書かれた本をまず手にするのは、AIの作り手の立場にいる人が多いと思います。AIの作り手のみなさんへ伝えたいのは、AIのような新しいものこそ「テクノロジーだけに傾倒しない」ということです。

テクノロジーは絶対変遷します。例えば、データ分析において以前はSVMというアルゴリズムが全盛でした。しかし、勾配ブースティングのような新しいアルゴリズムの登場によって、今では使われることが少なくなっています。でも、ドメイン知識はすぐには変わりません。テクノロジーばかりにとらわれず、統計の知識とともにドメイン知識を身につけてほしい。「自分がかかわる業界について詳しくなるべき」という考え方で、仕事をしてほしいです。

考えてみれば、仕事に必要な情報を集めたり、業界について勉強したりするのは、ごく自然なことですよね。金融業の人なら経済新聞で企業の動向を見るでしょうし、海外企業と働く人なら英語を勉強するでしょう。AIの作り手のみなさんには、そうやって日々のなかで知識を手に入れて、やがては私の本よりも深いドメイン知識を持って活躍してもらいたいです。

最後に、本橋さんがこれから取り組んでいきたい目標や、温めている企画はありますか?

私は、テクノロジーの垣根を作らず、アメーバのように変化し続ける存在でいたいと考えています。それは個人としても、仕事のうえでもそうです。担当する領域や適用技術に囲いを作るのではなく、ホットなデータを使ったおもしろいテクノロジーであれば全部知っていて、全部プロバイドできるべきだと。そういうマインドで私は取り組んでいます。だから、最近ならVR(Virtual Reality:仮想現実)に注目していて、それはVRがAIと接触していると考えているからです。AIに接触しているテクノロジーなら何でも知っておきたいのです。

テクノロジーにこだわらず、変化し続けること。それが、データサイエンスの仕事に携わる者としてのこだわりです。