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遠方から安全かつ高精度に潮位変化を測定
3D-LiDARと3次元水位計測技術により実現
NECの最先端技術 2024年7月16日
地震や台風などの自然災害発生時に、重要な指標となる潮位。現在日本では、気象庁管轄だけで70カ所の検潮所が各地の沿岸部に設置され、観測が続けられています。しかし、沿岸部は災害によるリスクも大きく、安定的な観測に支障が出る場合もあります。そこで今回NECでは、沿岸部から数百m離れた場所から潮位を高精度に観測する技術を開発しました。そのメリットと技術の詳細について、詳しく研究者に話を聞きました。
能登半島地震での教訓から開発
― 3次元水位計測を用いた遠方から潮位を観測する技術を開発とは、どのような技術なのでしょうか?
安部: 3D-LiDAR(※)と呼ばれるレーザー光による測距技術を活用して、海岸から数百m離れた場所からでも潮位観測を可能にする技術です。地震発生時の津波のリスクを高精度かつリアルタイムに把握するために開発しました。
日本には現在、気象庁管轄の検潮所が70カ所存在していますが、そのうち69カ所で使われているのは電波式と呼ばれる方式です。この方式では、沿岸部に20mほどの深い縦穴を掘り、その下層から海へ抜けるトンネルを設けます。こうして検潮所内に海岸と同等の水位を作り上げたうえで、縦穴の真上から電波を照射して、その反射から距離を計測していくのです。
しかし、2024年に発生した能登半島地震では、検潮所周辺の沖合約200mまでの地面が隆起したことで、正確な潮位計測ができなくなり、計測の再開までに多くの時間を要するという事態が起こりました。
藤本:この問題に対し、NECが独自に開発していた長距離3D-LiDARを使って、何かできることはないだろうかと考えたことが、今回の技術が生まれたきっかけです。チーム内で議論を重ね、沿岸から200m以上離れた隆起のリスクが少ない場所から3D-LiDARを使って海上のブイを捉え、そこまでの距離を計測するという方法を思いつきました。
安部:3D-LiDARは赤外線を使用するため昼夜を問わず使用することが可能です。さらに、周囲を3Dの点群情報としてセンシングすることができるので、平時のデータを取得しておけば災害発生時にはデータを比較して、迅速に地面や路面の被害状況を把握することができるようになります。物資の運搬や避難所の管理にも有効活用できるはずです。
また、導入時には従来方法のように縦穴やトンネルを掘削する必要がないので、コストを大きく抑えることができるというメリットもあります。3D-LiDAR設備とPCさえあれば良いので、新たな検潮所を設けなくても海岸から離れた既存の庁舎内などに設置することも可能になるのです。
藤本:もっと言えば、災害時にはリュックサックに3D-LiDAR装置とポータブルバッテリー、ノートPC、三脚だけを詰めて持ち運び、新しく観測拠点を設けるということさえできるようになるのです。
- ※3D-LiDAR:3D-Light Detection And Ranging
1km先から数cmの物体を検知するNEC独自の3D-LiDAR
― 使用している3D-LiDARには、NECならではの特長があるのでしょうか?
安部:はい。そもそも、長距離を高精度に測定できるのは、NECが2017年から世界に先駆けて開発を進めてきた3D-LiDARならではの特長です。ここには、NECが光通信の技術開発で培ってきた「デジタルコヒーレント技術」が活用されています。これは、光の強度だけでなく、光波の位相までセンシングして活用するという技術です。光に含まれる複数の複雑な情報を計算するため、一般的な3D-LiDARよりも高感度に測距することが可能です。一般的な3D-LiDARでは100m~200m程度が観測範囲ですが、NECの3D-LiDARでは最大で1km、今回の海上ブイの測定では約500m離れた場所からでも実用的な精度で測定することが可能です。
藤本:実際、2022年の4月から、NECでは3D-LiDARを使って南紀白浜空港の滑走路におけるネジやボルトなどの異物を検知するという実証実験に成功してきた実績があります。一般的には3D-LiDARというと自動運転車の車両や人の検知などに応用する例が多いですが、NECでは数百m離れた場所からセンチメートルオーダーの小さいものを検出するという長距離・高精度というオリジナリティを磨き上げてきたのです。
安部:また、センシングした点群情報の解析という点でもNECは独自のノウハウを持っています。滑走路の異物検知以外にも、施設監視などの複数の応用先ごとに最適化した専用の点群解析のアプリケーションを開発してきました。もちろん、今回の潮位観測用でも独自のアプリケーションを開発しています。こうした実用的なノウハウもNECならではのオリジナリティです。
― なぜ、NECがこのような技術の開発ができたのでしょうか?
安部:先ほど申し上げたように光通信の研究開発と事業を行ってきた実績があることです。実際、私を含めたチームメンバーのほとんどに通信の分野で研究をしてきた経歴があります。光通信はハードウェア開発の知識やノウハウがモノを言う分野です。こうしたモノづくりのスキルはそう簡単に継承できるものではありません。各自が培ってきた通信分野の知見を活かすことで、デジタルコヒーレントなどの通信技術をうまく取り入れることができました。
藤本:また、エンジニアリングまでチーム内で行っていることも一つの要因かもしれません。データのカスタマイズも自由にスピーディに行うことができたので、開発を柔軟に進めることができました。
2024年6月より実証実験を開始
― 本技術の今後の展望を教えてください。
安部:2024年6月に東京港で潮位観測を行うという実証実験を行いました。まずは、これを成功させて効果を実証したうえで、他の自治体様や気象庁様にもご提案していきたいと考えているところです。
藤本:また、今回は潮位観測というアプリケーションをメインで考えていますが、設置に際して制約が少なく、モビリティの高い我々の3D-LiDARは、災害発生時に氾濫や陥没などの状況をスピーディに把握するというユースケースでも大いに活用が期待できます。今後は3Dモデルによって被害状況や必要な工事規模を予測試算するといったアプロ―チにも展開できるのではないかと考えているところです。
さらに、技術面では点群解析でAIを活用できないかということも検討しています。
安部:そうですね。点群解析は、画像解析と比べてAIの活用が進んでいない領域ですから、今後さらに進化が進む余地は大きいと思います。
加えて、センシングにおいて可視光カメラと組み合わせるということも考えています。3D-LiDARは測距性や暗視性能に優れていますが、人の目ではパッと見で情報がわかりにくいという短所もあります。この点では通常の可視光カメラによる画像に利がありますので、こうした画像とも組み合わせることで双方の長所を組み合わせたわかりやすいインターフェイスを構築することも考えていきたいです。
ぜひ、これからの開発の進化にもご期待いただければと思います。
自動運転における車両や人の検知などへの応用で注目されることの多い3D-LiDARですが、NECの3D-LiDARは数百m級の長距離からセンチメートルオーダーの物体を検知することができる「長距離」「高精度」という点で独自の特長を備えています。今回は本技術を生かし、地表隆起のリスクのある沿岸から遠く離れた場所(最大約500m)からでも海上のブイを測定して安定した潮位計測を可能にするアプリケーションを開発しました。従来方式の検潮所ではトンネル掘削などの大規模な工事が必要でしたが、本技術を使うことで、既存の施設などに装置を設置するだけでスピーディかつ低コストに導入することができるようになります。
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