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鉄道の復旧ダイヤ作成をAIで支援
運行最適化技術
NECの最先端技術 2023年6月21日

災害や事故で鉄道に運休や遅延が生じてしまったときには、折り返し運転や時間調整などの運行計画の変更によって、通常ダイヤへ復旧させる必要が生じます。この「運転整理」と呼ばれる業務は高度な知識とノウハウが要求される仕事ですが、突発的な対応も生じることが多く、作業者には大きな負荷がかかっていました。NECが今回開発した運行最適化技術は、この運転整理業務をAIによって支援する技術です。本技術の詳細について、研究者に話を聞きました。
鉄道会社が期待を寄せる運転整理支援システム

主任研究員
窪澤 駿平
― 運行最適化技術とは、どのような技術なのでしょうか?
災害や事故などのトラブルによって鉄道の運行に乱れが生じた際に、復旧までの運行計画の立案を支援することができる技術です。AIの活用によって、わずか数分で復旧ダイヤを作成して提案することができます。
近年では線路の複々線化や相互直通運転など、列車運行に関わる要素はますます複雑化していますが、ダイヤ復旧までの運転整理は現在もベテランの指令員によって行われています。豊富な知識や経験にもとづいた高度な判断が要求される仕事ですが、突発的に生じる現象に対しても迅速に対応するためには大きな負担が生じています。そのため、鉄道会社を中心として50年以上もの間、本業務の自動化や効率化をめざすシステムの検討が進められてきました。急激な労働人口の減少などの社会状況の変化もあるなかで、本技術はこうした要望をついに実現できる技術ということになります。
本技術による一番のメリットは、復旧計画の全体像が見えるという点です。人力での対処では、一つひとつの列車や区間に生じた個別の問題への対応に追われざるを得ませんが、本技術のAIは次の一手から生じる結果を路線全体でシミュレーションして、どう変わっていくかまで提示することができます。こうした全体の予測は、人間の力ではどうしても把握することが難しいものです。即時性もあるので、刻一刻と状況が変わる現場の状況に対応して、常に最新の全体像を提示しつづけることができます。
また、全体像を提示することで、本当にそのようにアクションして良いのか人間が判断する材料にもなり得ます。ただ自動的に改正ダイヤを提示するだけでなく、判断の根拠を示す説明性を備えたAIとして現場での業務を支援することができるのです。
現在、本技術は小田急電鉄様にご協力いただき、小田急電鉄様の路線をもとにした机上検証で効果を確認しているところです。
強化学習によって、ふさわしい打ち手を提示

― どのような仕組みで実現しているのでしょうか?
深層強化学習を活用しています。そもそも、復旧ダイヤの作成は、膨大な要素が複雑に絡み合った組み合わせ最適化問題です。折り返しを行うか、行うとしたらどの区間で行うのか、列車を車庫に入れるか、乗務員をどうするか、一つひとつの駅で何分停車させるか、しないのか……。膨大な変数間で爆発的に組み合わせが増えるため計算できなくなってしまうということが、これまで運転整理の自動化を実現できなった理由でした。
今回の技術では、鉄道運行を高精度に再現する独自のシミュレーターを作成し、これを通じた強化学習を行っています。強化学習とは、AIに試行錯誤させて学習させるという機械学習の手法の1つです。AIに評価基準(報酬関数)を設定したうえでトライ&エラーさせて、より賢いものにしていきます。例えば、ある駅で何時何分に折り返した結果、団子運転(注1)が生じてしまったという場合には失敗だと学習して、同様の状況では打ち手として選ばれなくなっていきます。逆に、異なる駅での折り返しで団子運転が起きなかったとなれば、成功と判断されて打ち手として選ばれやすくなっていきます。
このように、実際にシミュレーター上でさまざまなアクションをさせて、その結果どうなったのかという評価を繰り返すことでAIをじょじょに高精度なものにしていきます。実際には、団子運転を回避するだけでなく、元のダイヤに戻すことや混雑率を一定数未満に抑えるなど、複数の目的を同時に満たす必要がある複雑な最適化問題となっています。さらには、現場でのルールや暗黙知などもありますから、そうしたものも一つひとつヒアリングしながら取り込むように設計しています。
このような強化学習によってAIを事前に賢く学習させておくからこそ、いざ運転整理が必要になった際には、わずか数分で解を提示できるわけです。また、シミュレーター上で学習するため、未経験の事象であっても再現することも可能です。
- 注1:列車同士の間隔が詰まり、列車運行が停滞してしまう状態
デジタルツインを構築して制御

― これからの展開を教えてください。
まずは、小田急電鉄様にご協力をいただき本検証をさらに進めていくことが目下の目標です。小田急小田原線には複々線区間がありますし、新宿から小田原駅に間には50近くもの駅があります。1日で走る列車数も非常に多い。このような条件の路線で効果を実証させていただくことには大きな意義があります。
また、将来的には鉄道の運行管理システムと接続させていただくという未来も見据えています。これが実現できれば、列車の正確な位置とリアルタイムに連動した精緻なシミュレーションが実現できます。私たちが目標にしているのは、シミュレーター上でうまく操作することではなく、あくまでも現実の状況を改善することです。そのためには、現実の状態を正確にセンシングできなければなりません。実際に線路を走る列車の位置と1kmずれている情報をもとにしたシミュレーション結果では、現実にフィードバックする際には手遅れになってしまいますから。
また、これを推し進めていけば、路線の状態をリアルタイムに写し取ったデジタルツインを構築することが可能になるはずです。デジタル上の世界でシミュレーションして将来を予測し、現実へフィードバックする。こうしたことが実現できた未来の世界では、制御の半自動化や自動化まで行うことができるようになるかもしれません。
加えて、今回のようなシミュレーターを活用した強化学習は、鉄道以外にも応用可能だと考えています。他領域の横展開も視野に入れながら、さらなる研究を進めていきたいと考えています。

これまで組み合わせ爆発が生じて計算することができなかった鉄道の複雑な運転整理を深層強化学習のアプロ―チから実現することに成功した技術です。大規模な鉄道路線で、運転整理の自動化に取り組むことができる技術は、世界でも類を見ません。NECが独自に開発した鉄道AIシミュレーターと現場でのノウハウ、深層学習をうまく連携させることで開発を進めています。
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