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歩きながらでも虹彩認証を可能にする技術
NECの最先端技術2019年11月6日
NECは、カメラの前で立ち止まることなく、歩きながらでも虹彩による高精度な本人認証が可能になる新技術を開発しました。本技術の詳細について、研究者に話を聞きました。
顔認証との相乗効果を生み出す歩きながらでの虹彩認証
― 歩きながら虹彩認証ができるようになることのメリットは何でしょうか?
ユーザがわざわざカメラの前で立ち止まらなくても、スムーズに認証できるようになることです。空港などに設置された認証ゲートの混雑緩和や効率化に大きな効果があると考えています。すでに顔認証では歩きながらでの認証技術が確立されて実用化が進んでいますが、虹彩認証においてはまだ実用化の目処が立っていませんでした。
顔認証と虹彩認証というのは、非常に相性の良い技術です。顔が映っているということは同時に目も映っているわけですから、お互いの長所を生かして効率的に相乗効果を生み出すことができます。たとえば虹彩認証は目さえ露出していれば利用可能ですから、顔認証だけでは対応が困難なケースを補完することができます。また、数千万人を超えるような大規模な1:N認証においても、顔認証と虹彩認証を組み合わせれば精度を大きく向上させることができるでしょう。顔認証との相乗効果を生み出すという意味でも、歩きながら虹彩認証ができるようになることには大きな意味がありました。
― なぜ、歩きながらでの虹彩認証はこれまで実現できなかったのでしょう?
純粋な生体認証としてだけみれば、虹彩認証はすでに非常に高い精度を実現しており、現在でも世界各国の空港や国民IDシステムで実用化されています。特にNECの虹彩認証は、2018年に行われた米国国立標準技術研究所(NIST)における精度評価テストで世界No.1の照合精度を実証しているほどです。しかし、歩きながらでの虹彩認証となると、また新しい問題が生じます。本技術の実現のためには2つの大きな障壁がありました。
1つは、虹彩認証では非常に多くの情報が必要になるということです。人の瞳の直径は約1㎝ですが、正確に認証するためにはそのスペース内に約200ピクセルの画素情報が必要になります。この分解能で、さまざまな体型や身長の方をカバーできる幅50㎝x高さ100㎝ほどの領域を撮影したとしたらどうでしょう。およそ2億ピクセルにものぼる画素情報が必要となります。この画素情報で撮像から認証までを行なおうとすれば、当然のことながら処理が間に合いません。
もう1つの障壁は、ピントの合う範囲が狭くなることです。ゲートで実際に運用しようとする場合には、カメラや認証システムから離れた場所で認証を完了できなければなりません。認証結果に応じてゲートを開閉する必要があるからです。そのため、ゲートやシステムから数m離れている場所でユーザの目をとらえたいのですが、ここでピントが合う範囲はごくわずかになります。平均的な歩行速度である約1.5m/秒で歩いてくるユーザがピント範囲を通り抜ける時間は、ほんの一瞬です。この一瞬を撮り逃さないためには高フレームレートでの撮像が必須となりますし、そこで撮像した大量の画像群をリアルタイムに処理しなければなりません。さらには、虹彩認証にはISO/IECで画像フォーマットが定義されており、片目で幅640x高さ480ピクセルという規定があります(注1)。つまり、歩き続けるユーザを高フレームレートで撮像し、撮影した画像群から瞳にピントが合ったものだけを高速かつ高精度に検出し、さらには規定フォーマットに沿うように画像を切り出していく。この一連の処理を瞬時に行うことが必要となるわけです。
- 注1ISO/IEC 19794-6
位置予測と最適画像の自動検出で高速・高精度な認証を実現
― そのような課題をどう解決したのでしょうか?
まず、カメラシステムからリアルタイムに読み出せる情報量にするために、カメラのセンサから情報を全部読みだすのではなく、両目のエリアだけを部分的に読み出すということに取り組んでいきました。
しかし、当然のことながら両目のエリアだけの撮像は読み出す位置を確定してからでないと開始できませんし、歩いてくるユーザの両目にピントが合う瞬間もごくわずかです。ピントが合ってから目の位置を検出していては間に合いません。そこで私たちは、撮像地点におけるユーザの目の位置を正確に予測する技術を開発しました。遠くから歩いてくるユーザを前もってとらえ、ピント範囲に入った際の目の位置を正確に予測できるように、カメラシステムを含めて設計しています。人は歩くときに反射運動で頭がどうしても上下に揺れてしまいますから、その動きも加味して予測しているというのもポイントです。
こうして読み出しエリアを限定できたことによって、高解像かつ高フレームレートでの撮像が可能となり、歩く人の目を高精細かつ鮮明に取得できるようになりました。
また、歩く人をリアルタイムで認証できるように、高フレームレートで撮像された大量の画像群からピントが合っているであろう画像を大まかに抽出し、さらにその画像の中から瞳にピントが合った最適な画像を検出したうえで、虹彩認証の画像フォーマットに切り出すという処理上の工夫もしています。
最適な画像の抽出というのは本来非常に難しいのですが、画質指標の設計や信号処理に長けた経験豊富なメンバがいたおかげで、精度よく高速に計算できる独自の画質指標を短期間で設計することができました。また、虹彩認証自体には先ほど言った世界No.1のNEC内製エンジンを利用しているので、どういう特性の画像なら良好な結果が出るかという繊細な部分についてアタリがつけられていたのも、大きな助けになったと思います。
こうした処理を行うことで、歩きながらでの虹彩認証を実現しているのです。
眼鏡などへの対応を調整し、2021年中の実用化をめざす
― 本技術のこれからの展望を教えてください。
まずは眼鏡をかけている人に対する認証精度の向上など、実運用に向けた課題解決に取り組んでいきたいと考えています。対策方法についてはもう目処がついているので、2020年末までには実運用に耐える高いロバスト性を実現できる見込みです。そのうえで実用化を進めていきたいと考えています。
また、冒頭でも言ったように顔認証との組み合わせに大きな意味があると考えています。たとえば、インドなどで活用されている生体認証による国民IDを運用するにあたっては、国家レベルの高いセキュリティを実現させるために、顔認証のほかに虹彩認証や指紋認証など複数の生体認証を組み合わせてきました。ここに歩きながらでの虹彩認証を活用できれば、歩きながらでの顔認証との組み合わせたより高精度なサービス提供が可能になります。この他にももちろん、空港の認証ゲートのセキュリティ強化や混雑緩和や、企業やスタジアム、コンサート会場の入場における利便性向上やセキュリティ強化など、本技術が活用できる領域は広く存在しています。
もちろん、個人情報の利用という背景から、社会としっかりコンセンサスをとることは非常に重要です。そのうえで、ユーザの利便性や安全・安心を向上させるものとして歩きながらでの虹彩認証が広く使われる社会を思い描きながら研究をつづけていきたいと考えています。
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