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研究開発トップメッセージ

2026年9月10日更新

NEC コーポレートSVP 兼 研究開発部門長
クリストファー・ホワイト

私はトランジスタを生み出したベル研究所からNECに来ました。だからこそ、「企業研究所に、これからも未来はあるのか」という問いを重要なものとして受け止めています。

過去数十年にわたって、この問いに対する多くの企業の答えは「おそらく、ない」でした。四半期ごとに支出の正当性を問われるプレッシャーのなかで、企業は研究所を縮小し、あるいは手放し、代わりに技術を外部から買ってくる道を選んだのです。結果的に、イノベーションのエコシステムは少し傷ついてしまったと、私自身は見ています。

しかし、状況は変わり始めています。私たちは今、企業研究所の役割を改めて問い直すべき転換点にいます。

AI時代に企業研究所を再構築する意義とは?

企業研究所をあらためて定義する

AIは、かつてない規模の投資と期待を生み出しています。それにもかかわらず、本来それに伴って実現するはずの生産性の向上が、十分には見えてきません。私たちは、地に足のついた確かな技術的進歩よりも、話題性と投資を優先する方向へと進んできてしまったのです。では、何が欠けているのでしょうか?それは、企業研究所の原点に立ち返る姿勢です。すなわち、最先端の技術を、顧客の本当のニーズに結びつけること。この2つが噛み合ったとき、一種の「魔法」が生まれるのです。

ただし、その魔法は四半期ごとに必ず起こるわけではありません。だからこそ、多くの企業は研究所から手を引いてしまいました。しかし今、企業がもう一度研究所に向き合うことは、将来の競争力を築く上で重要な選択になりつつあります。

NECは、多くの企業が企業研究所としての原点から距離を置いていた時期にも、その姿勢を保ち続けてきました。その一貫性が、今ではNECにとって戦略的な強みになっています。

さらに先を見れば、企業研究所の重要性が高まる、もっと本質的な理由があります。AIの能力が高まり、企業の業務が自動化されていくほど、希少になるのはAIそのものではありません。むしろ、問題の本質を見極め、解決策を定義し、技術を現実の社会に実装していく人間の深い専門性こそが重要なのです。

AIがもたらす自律的な能力と、AIには代替できない人間固有の専門性の両方を育ててきた企業こそが、これからの時代に強みを発揮していくと考えています。

その意味で、企業研究所は過去の遺物ではありません。AI時代に企業が最も必要とする力を育てるための、極めて重要な組織なのです。

現実の課題から出発する、私たちの研究開発

NECが大切にしている研究文化は、「技術からではなく、顧客の課題から始める」というものです。研究者は、ともすれば「すべては技術次第だ」と考えがちです。しかし、どれほど優れた技術であっても、それを必要とする顧客がいなければ価値にはつながりません。最も重要なのは、「技術的に難しい問題」と「事業として価値のある問題」を見分けることです。そして、この2つが必ずしも一致しないと認識することでもあります。

その見分け方ですが、私は、あえて単純に、10歳の子どもに説明できる問題を考えることから始めます。そのような問題を見出すには、人間の実感に根ざした問いからスタートします。どうすれば人をもっと効率よく移動させられるか。どうすればより少ないエネルギーで社会を動かせるか。どうすれば災害にもっと速く対応できるか。こうした問題にこそ、取り組む意味があるのです。

さらに問題を絞りこむために、地球規模で進行する大きな力に目を向けます。人口増加、環境負荷、気候関連災害の増加などです。こうした強い背景要因に押し出されている課題には研究し続けるだけの必然性があります。問うべきは、研究上の問いが「その影響を完全に止められるか」ではなく、「その影響をどこまで小さくできるか」です。

多様性こそ、イノベーションの源泉

このNECの研究文化を支えているのが多様性です。それは、単なる理念ではなく、エンジニアリングの原則でもあります。NECは日本を含むアジア、米国、欧州にグローバルな研究拠点を持ち、それぞれが異なる社会環境と課題から生まれた視点を持ち寄っています。各拠点には、化学、物理、数学、計算機科学、電気工学と多岐にわたる専門性が集まっています。NECの研究所に日が沈むことはなく、どこかが眠っている間も、別のどこかが研究を進めています。運営上の難しさはありますが、知識と視点の広がりという意味でで、それはきわめて大きな強みです。

多様性の意義は、単に多彩な人材を集めることにとどまりません。私は、よく「電気工学の問題を解くために、電気工学者だけを送り込んではいけない」と話します。もちろん専門家を否定しているわけではありません。大切なのは、数学者、生物学者、化学者などの異なる分野の頭脳が加わることでその分野の専門家なら「間違っている」あるいは「筋が違う」と言って切り捨てたであろう解が見出されることがあるということなのです。その違いが、ときに大きな変革を生み出します。

規律と、破壊

もちろん、破壊的であることは、無秩序ということではありません。そこには規律が必要です。具体的には、その分野の人々が検証もせずに受け入れている前提を、あえて疑うという規律です。優れた企業研究所は、世界が何を研究しているのかをよく見極めたうえで、そのための前提が成り立たないかもしれないと思える部分に的を絞ります。鍵となるのは、1つの問題を同時に多方面から見ることのできる能力です。

とはいえ、この姿勢を研究組織の中で保ち続けるのは簡単ではありません。放っておけば、研究者の集団は平均的な考えへと向かいます。誰もが、皆が取り組んでいるテーマに引き寄せられ、独自性が失われていくのです。私はこの現象を、多くのものを一緒にすれば、平均へ近づいていくという意味で、一種のエントロピーだと捉えています。いうなれば、この引力に抗うことが私自身の中心的な役割です。誰かが刺激を与え続け、チームを他とは違う、場合によって90度異なる方向へと引っ張らなければなりません。チームが、皆と同じように考え始めないようにすること。それが研究リーダーの重要な役割です。

同時に、このリーダーの仕事には人間的な側面もあります。人を型破りな発想に導くには、信頼という土台が不可欠です。そのような信頼を築くには、時間がかかります。そして、破壊と規律はどちらか一方では成り立ちません。あらゆる前提を問い直す勇気と、現実の課題や顧客ニーズに根を張り続ける厳しさの両方が求められるのです。そうする目的は人のやる気をくじくためでも人を不安にさせるためではなく、まだ他の誰も問うていない問いをチームが投げかけられるようにすることにあるのです。

NECが研究者に期待すること

NECが求める研究者には、通常は両立しにくい2つの資質が必要です。1つ目は、深さです。ある領域を本当に習得していること。狭い領域を選び、それを最前線まで突き詰めて得られる理解の深さです。その分野については、だれにも負けないほど理解している。その状態まで到達していることが土台となります。これがなければ、課題解決は表層的なものにとどまってしまうからです。

2つ目の資質は、境界を越えて動く力です。それは、馴染みのない分野の問題を受け取って自分がよく知る領域に写し取り、そこで考え、答えを元の分野に翻訳して返す力を意味します。これができる人は、まったく新しい分野の問題でも素早く本質を掴んで、他の誰にも見えなかった解を見つけ出せるのです。この、領域を越えて変換する能力こそが、単に優秀な専門家と、真に世界水準の研究者を分けています。

それらに加え、この2つと切り離せない3つ目の資質が、伝える力です。自分と背景を共有していない相手に研究を説明する能力は、いわゆる「ソフトスキル」ではありません。ここで言う伝える力とは、アイデアが検証され、磨かれ、最終的に実用に至るための仕組みそのものです。この力を鍛えることが、世界水準の研究者を生み出します。ほとんどどんな問題でも解くことができ、しかも自分の深い専門領域では独自の視点で素早く解ける人が、それに該当するのです。

これらの資質を融合していくと、NECの研究所が築こうとしている組織の姿が見えてきます。深い専門性を持ちながら、そこに閉じこもることなく、現実の課題に規律をもって向き合う。そして、他者が見落としてきた視点を求めて、絶えず動き続ける。

AIが平均的な知識や解決策をますます簡単に再現していく時代において、深い専門性、領域を超えて考える力、そしてそれを社会に伝え実装する力は、企業にとって最も重要な競争力になります。NECの研究所が目指しているのはまさにそうした研究組織です。

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