サイト内の現在位置

愛知県がんセンターとNEC、肺がん抗原と抗原特異的T細胞の効率的な同定法を開発

2023年8月8日
愛知県がんセンター
日本電気株式会社

  • 肺がん腫瘍浸潤リンパ球(TIL)のシングルセル解析(注1)と人工知能(AI)を活用した抗原予測システムを組み合わせることで、肺がん抗原(がんの目印)と抗原特異的T細胞を効率よく同定する方法を開発した。
  • 抗原毎に、それらを特異的に認識するT細胞の特徴を明らかにした。
  • 本研究内容は、抗原特異的ながんワクチン療法やT細胞輸注療法の開発に向けた基礎データとなる可能性がある。

愛知県がんセンター(腫瘍免疫制御TR分野・小室裕康研修生および松下博和分野長)と日本電気株式会社(以下、NEC)の研究グループは、東海国立大学機構岐阜大学、国立大学法人富山大学、北里大学メディカルセンターの協力を得て、肺がんTILのシングルセル解析とAIを用いた免疫応答の抗原予測システムにより、肺がん抗原とそれを認識するT細胞を効率よく同定する方法を開発しました。本研究成果は、2023年8月6日(日本時間)、米国のSociety of Immunotherapy of Cancer (SITC)の機関誌である「Journal for ImmunoTherapy of Cancer」に掲載されました。

研究の背景

肺がんは最も一般的ながんの一つであり、世界中のがん死亡の主な原因の一つです。治療には手術、化学療法、放射線療法、分子標的薬、免疫療法、あるいはこれらの併用療法などがあります。最近開発された免疫チェックポイント阻害剤(ICI)は、新たな治療法として注目されており、肺がんはICIに最も感受性の高いがんの一つであるとされていますが、一部の患者にしか効果を示しません。したがって、肺がんの免疫療法をより効果的に行うための新しい手法が求められています。
TIL中の細胞傷害性T細胞(CTL)は、腫瘍細胞を特異的に認識し排除することができる極めて重要な免疫細胞です。CTLの標的となるがんの目印には、患者ごとに異なる遺伝子変異由来のネオ抗原や、がん・精巣抗原(CTA)と言われる患者間で共通して発現を認める共通抗原等がありますが、同定することは容易ではありません。これらの抗原を効率よく同定できれば、ICIと抗原特異的免疫療法との併用で治療効果を高められる可能性があります。

研究内容と成果

本研究では、外科的に切除された非小細胞肺がん(NSCLC)(n=3)のTILの状態を明らかにするために、シングルセル解析を行いました(図1)。次に、TILを遺伝子発現プロファイルにより10の集団(クラスター)に分け、疲弊化マーカーと言われる遺伝子の発現によって特徴付けられる疲弊T細胞クラスター(exhausted T cell cluster: Tex cluster)を同定しました(図2)。この疲弊T細胞クラスターのT細胞受容体(TCR)遺伝子を人工合成しT細胞に導入して、AIで予測されたネオ抗原や代表的なCTAに対する免疫反応を調べた結果、NECのAIを用いた抗原予測システムにより免疫応答を引き起こす抗原を高精度に予測できることが確認され、KK-LC-1(CTAの一つ、注2)を認識する4つのTCRと、ネオ抗原を認識する5つのTCRが含まれることが明らかになりました(図3)。

図1. 本研究の流れ
zoom拡大する
図2. 肺がん3例のTIL 6,998細胞をUMAP法で次元削減し、10のクラスターに分類。疲弊T細胞クラスターが同定された。
zoom拡大する
図3. 3例の肺がんより合計5個の腫瘍抗原(KK-LC-1、変異SORL1、変異JAGN1、変異AKT2、変異ITGB5)と、その抗原に特異的な9種類のT細胞(異なるカラーで示す。合計140個T細胞クローン)を同定した。

さらに、9つのTCRを発現するT細胞(n=140)を再クラスタリングすることで、抗原特異的T細胞でも個々のT細胞クローンで分化段階や機能状態が異なり(図4A)、また抗原毎にT細胞の分化や機能に偏りがあることがわかりました(図4B)。

zoom拡大する
図4. 9つのTCRを発現するT細胞(n=140)の再クラスタリング(A)。抗原特異的T細胞毎の分化、機能関連遺伝子の発現解析(B)。

今後の展望

TILのシングルセル解析とAIによるがん抗原予測システムにより、肺がん抗原の同定が容易になり、将来のNSCLC患者における個別化がんワクチン療法や遺伝子改変T細胞輸注療法の開発に繋がる可能性があります。

研究者のコメント

  • 愛知県がんセンター 腫瘍免疫制御TR分野長 松下博和
    当センター及び共同研究機関で手術を受けた肺がん患者さんの検体を用いて、NECと共同で、抗原と抗原特異的T細胞を効率良く同定する方法を開発しました。今後は、このシステムに、抗原と抗原特異的T細胞が含まれる腫瘍微小環境の空間解析を加えることで、腫瘍に浸潤しているT細胞の性質をさらに詳しく明らかにしていきます。肺がんに対する革新的ながん免疫療法の開発を目指すとともに、肺がんで得られた知見を他のがんにも応用していきます。
  • NEC AI創薬統括部 シニアプロフェッショナル 山下慶子
    NECはネオ抗原を標的とした個別化がんワクチン療法の臨床試験を実施しています。本研究で構築した抗原特異的T細胞を同定する手法と、NECグループが新たに開発したAIを用いたTCRと抗原の結合を予測するAVIB(Attentive Variational Information Bottleneck)法(注3)を用いることにより、さらに高度な個別化がんワクチン療法や遺伝子改変T細胞輸注療法の実現に向けて一歩前進したと考えています。患者さんに効果の高い治療を届けるために、研究開発を加速していきます。

研究支援

愛知県がんセンター重点プロジェクト研究
日本電気株式会社
独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業
公益財団法人日本呼吸器財団
公益財団法人上原記念生命科学財団

以上

本研究内容に関するお問い合わせ先

愛知県がんセンター 腫瘍免疫制御TR分野 松下博和
TEL:052-762-6111(内線7010)
E-Mail:h.matsushita@aichi-cc.jp

NEC AI創薬統括部
E-Mail:contact@aidd.jp.nec.com

Orchestrating a brighter world

NECは、安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、
誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指します。
https://jpn.nec.com/brand/