サイト内の現在位置

「データサイエンティストが生み出す“価値”とは」

データサイエンティスト協会 10th シンポジウム スポンサーセッション

開催日:2023年10月20日
開催場所:ウェスティンホテル東京
登壇者:NEC AI・アナリティクス統括部 宮下雅貴

データサイエンティストの育成やデータ分析の発展を目指し、AIの最新情報の収集や参加者同士の意見交換や交流の場として、毎年開催されている「データサイエンティスト協会シンポジウム」。

2023年は同協会設立10年の節目であるとともに、生成AIの出現により、AIの社会実装が急速に加速する予感に満ちた年となった。

そんな中開催された10th シンポジウムのスポンサーセッションに、NEC AI・アナリティクス統括部の宮下雅貴が登壇。100名近く収容できる会場にデータサイエンスに強い興味を持つ多くの聴衆が集まった。

「本当に求められていること」は、顧客の課題を解決すること

宮下はAI・アナリティクス統括部で官公庁や小売業の顧客のデータ分析を担当している。NECにおけるデータサイエンティストの立ち位置として、DXを推進する顧客部門と連携して仕事を進めることが多い。そのような自らの経験をベースにして「データサイエンティストが生み出す“価値”とは」というテーマについて語った。

宮下は最初に、「あなたが思うデータサイエンティストのミッションは何でしょう?」と会場に問いかけ、3つの選択肢をスライドで示した。

『A : お客様の意思決定を手助けする』
『B : 最新のAIアルゴリズムを駆使して1%の精度改善を行う』
『C : データからお客様も気づいていないような新しい価値を発見する』

どれも重要なことだと補足したうえで、自身の経験を踏まえた意見を以下のように述べた。「私はAIのような便利なものを、幅広い人々が使いこなせるような世の中にしたいというモチベーションでこの仕事をしています。ところが、実際に働いてみて気づいた“本当に求められていること”とはAIを使いこなすことだけではなく、AIを使うことによって“企業やユーザの課題を解決する“ことにあります。」と振り返る。

「AIを使えるだけではお金をいただくことはできません。お客様がどのような課題を持っているかをしっかりと明らかにして、その課題を解決した時に初めてお金をいただけるような“価値”が生まれると考えるようになりました。」 

“AIができること”と“お客様の課題”には大きな乖離がある

宮下はそう思うに至った経験を説明する。
「ある顧客から『このデータはものすごく価値がある情報を含んでいる。さぁ、NECのAIを使って“いい感じ”に分析をしてくれ』と大量のデータファイルを示されたことがある。」と苦々しく語った。その時には顧客から“いい感じ”の意味を引き出すことができず、ビジネス課題として何を解決すべきかを明確にできなかったため、先に進むことができなかったという。

この経験から “AIができること”と“お客様が持つ課題”には乖離があることに気づいたと説明し、データサイエンティストはこれらを結びつけていく必要があると話した。では、どうすれば良いのか?

“真の課題”を聞き出し解決することによって、顧客の意思決定に貢献すること

「ヒアリングを通して“真の課題を聞き出す力”と、出てきた課題に対して“柔軟なソリューションを提案”すること。これらが求められているということに気づきました」

これらが足りていなかったことが、提案が進まなかった原因だろうと振り返った。真の課題を聞き出し、それを解決することによって、“顧客の意思決定に貢献”すること。それができなければどれだけ素晴らしいAIを持っていても意味がないということだ。

「最新のAIを導入する、素晴らしい分析結果を発表する、またデータからお客様が見つけていないような新たな価値を発見するといったことは、あくまでも手段や副産物であり、ゴールとしては設定することはできない」と宮下は会場に訴えた。そして、何を解決するための分析なのか、分析結果を顧客が実際に活用できるかどうかに着目し、しっかりと顧客と相談をしながら進めていくことが重要だと話した。

「私はAIを提案していく立場ではありますが、お客様の課題によっては“AIよりもこちらの手法の方が適しています”と言えるようになりたいと思っています」

冒頭の質問に戻り、データサイエンティストの一番のミッションは“お客様の意思決定を手助けすることにある”と自身の意見を述べた。「意思決定を促し、お客様の行動を良い方向に変えていく。これこそがデータサイエンティストが生み出す“価値”ではないでしょうか」と強調した。

「ビジネス上の課題」と「分析上の課題」の乖離を埋める

続いて宮下は価値を生むために必要な注意点は2つあると説明する。

「これまではお客様の行動を変えるような“ビジネス上の課題”を正しく設定することの重要性を説明してきました。この“ビジネス上の課題”を設定した後は、“分析上の課題”に落とし込むことが必要になります。」

しかし、ビジネス上の課題と分析上の課題の2つにも乖離があると説明した。顧客が解決したいビジネス課題を正しく設定した後には、次に「どういう分析結果が出れば“ビジネス上の課題を解決した”と言えるのか」を明確に定義する必要があると続けた。目的が曖昧なまま「とりあえずAIを使ってみたい」という流れでプロジェクトを開始することの落とし穴を「ゴールのないマラソン」に例えて述べた。

「流れに乗って勢いよくスタートしたのはいいものの、しばらく走ったところで、このマラソンにはゴールがないことに気づいてしまいます。こういった状況ではスピードを維持して走り続けること、ましてや加速をするような判断をするというのはとても難しいと思います。このような状態では、プロジェクトのスピード(勢い)がだんだん落ちてきて、最終的には立ち止まってしまいます。」

「AIの導入においても似たような経験をされた方が多いのではと想像します。」という宮下の言葉に参加者の中には大きくうなずく人も見受けられた。

「“ビジネス上の課題”と“分析上の課題”この2つを結びつけることによって、きちんとゴールを見据え、分析結果の実用性について正しく議論できるようになる。」

分析上の課題である“精度”などはプロジェクトのゴールとしては設定できないため、ビジネス課題と分析課題のギャップを埋める、つまり“顧客がどうなればうれしいか”を分析課題に落とし込むという作業がデータサイエンティストには求められる。

データサイエンティストにはコミュニケーション能力が必要

次に価値を生み出すために必要な注意点として、“顧客との連携とヒアリングの重要性”があると述べた。 「やり取りをしている顧客のDX部門の担当者だけでなく、実際に課題を抱える現場担当者や決定権を持つ幹部層がAI導入に意欲的であり、それぞれに連携が取れているのが一番理想的です。」 しかし、顧客の組織体系によっては、なかなか現場担当者や幹部層の方と直接連携が取れず、ヒアリングができないような状況も考えられるという。

「そのような場合には、DX部門の方を介して連携を取ることを求めていかなければなりません。つまり人をどんどん巻き込んでいくようなコミュニケーション能力も、データサイエンティストには求められます」

データサイエンティストが本気でぶつかっていくことにより、現場担当者や幹部層の熱量も上がるということだ。 課題を解決するためには「すぐに現行の運用フローを変えられます!」ぐらいの熱量があることが望ましく、そのくらいプロジェクト全体の熱量を高めていくことによって、顧客の意思決定がしやすくなり、結果的にAIプロジェクトの成功につながると信じていると締めくくった。

データサイエンティストが生み出す“価値”とは、お客様の意思決定を促し、行動を変えることにある

最後に宮下は講演をこのようにまとめた。 

「価値を生み出すために、まずお客様の意思決定を促すような課題を聞き出す必要があります。課題が不明確なまま、『とりあえずAIを導入しよう』というような考え方は危険です。」

「次にビジネス課題を分析課題に落とし込むことが重要です。精度などの分析課題のみを目標に設定するのは避けるようにしましょう。」 「最後に現場や幹部の方とも密に連携することが重要だと考えます。分析の検証や評価を分析チームのみで遂行してしまって、実際に現場担当者に見せるのが最終報告のみ、などのような状況は避けるべきでしょう。」 発表の後、会場に響いた拍手は講演の内容が参加者の強い共感を呼び起こした表れであろう。