Japan
サイト内の現在位置
横浜市立大学の学生が企業の課題解決にデータ思考で挑戦――横浜市立大学インタビュー
近年、PBL(Project Based Learning/自ら問題を発見し、解決する能力を養う教育手法)が注目を集める中、NECアカデミー for AI の連携協定校である横浜市立大学では、かねてより企業でのインターンシップ形式でのPBLを通じて学生の教育に注力している。
今年、同大学では更なる取り組みとして、データサイエンス学部3年生に向けたPBLの講義を実施。講義に使用したNEC「PBL導入プログラム」は、大学及び高等専門学校を対象にデータ分析をテーマとしたPBLを実施するための教材や指導要領である。その有用性について、講義を実施した同大学データサイエンス学部の学部長 汪 金芳教授、山崎 眞見教授、小野 陽子准教授、小泉 和之准教授にお話を伺った。
"クライアント"のニーズを引き出す実践的演習
―― 最初に、講義の概要について教えてください。
小野氏:
データサイエンス学部の3年生を中心とした学生10名に対して、NECのPBL導入プログラムを使った10日間の集中講義を行いました。初日と2日目は、座学で分析プロジェクトの基礎、クライアントに対するニーズヒアリングや提案の方法について学び、そこから10名を4グループに分けたPBLの実習に移りました。
実習では実際のビジネスの場を想定し、教員が架空のクライアントとなり、学生はデータサイエンティストとしてクライアントに提案を行います。具体的には、学生たちはまず架空のクライアントに対してニーズヒアリングを行いました。そして、グループごとに価値創造のための施策を提案書としてまとめ、講義5日目にクライアントに対するトライアル提案をプレゼンテーションしました。さらにトライアル提案で出た意見を踏まえて残り4日間で具体的なデータ分析を進め、最終10日目にトライアル結果報告を行うという流れです。
―― 講義を始めるにあたり、何か準備は必要でしたか。
小泉氏:
今回はNECのPBL導入プログラムの実証的な側面もあったわけですが、教材にはビジネスにおける一連の流れが網羅されており、データサイエンティストという職業の全体像を掴めるように構成されていたので、何か付け加えたりする必要はありませんでしたね。
―― 架空のクライアントとは、どのような内容でしょうか。
小野氏:
私達教員が演じたのは、教材に設定されていた「公益財団法人 日本観光財団」という架空の団体の「事業・宣伝課」の職員です。このクライアントは、財団が所有する訪日外客数などの統計データを活用して、500万円の予算内で新事業を始めたい、というニーズを持っています。
教材には「日本観光財団」の事業内容や組織構造など細かな設定が背景としてあり、教師用の資料も豊富でしたので、学生の質問にもリアリティを持って答えられたと思います。ただ、このクライアントに提案する内容には、これが正しいという絶対的な答えがありませんので、学生たちのアイデアを狭めてしまう余計な情報を言わないようにしたり、誘導したりしないように気を付けました。
山崎氏:
この「日本観光財団」は所有するデータの可能性を漠然と感じている段階で、データ分析の専門的な知識は持っていないので、財団側から「このデータで××を調べてほしい」といった具体的な指示はありません。つまり、学生たちは財団にニーズヒアリングを行うことで潜在的なニーズを掘り起こし、データサイエンティストとして提供できる価値とミートする部分を見つけなければならないわけです。われわれ教員としては、財団とのWin-Winの関係を築いていく一連のプロセスを通して、学生が「自分たちで考える」ように意識して臨みました。
データ分析の先に、相手がいることを実感
―― ここで、今回のトライアル結果報告でベストグループに選ばれた竹鼻さん、根岸さん、高橋さんにPBL講義を終えた感想をお伺いしたいと思います。
竹鼻さん:
データサイエンティストはデータ分析だけが役割ではなく、クライアントの立場になって考えることが大切だと実感しました。データを活用し、新しい価値を創造していく思考のプロセスが学べたことは将来きっと役に立つと思います。
根岸さん:
クライアントと接するのは、他の講義にはない緊張感がありました。データサイエンティストの営業やコンサル的な側面をイメージでき、これから学ぶべきことが明確になったのを感じます。資料一つとっても、誰かが用意してくれるわけではありません。自発的な姿勢が仕事には欠かせないことも身に染みて理解できました。
高橋さん:
これまでデータ分析の手法そのものは学んできましたが、今回のPBLによってデータ分析の先に“相手”がいることを肌で感じました。ロールプレイングを通じて、幅広い分野でデータサイエンティストという職業の潜在的な需要があることを実感しましたし、自分の視野も広がったと思います。
ビジネスにおける価値創造のプロセスを体験
―― 改めまして、先生方にお伺いします。講義を終えて、PBL導入プログラムにどのような価値を感じましたか。
小野氏:
学生は研究発表などでプレゼンテーションを行う機会がありますが、その多くは「こういうデータ分析を行いました」といった‶結果″を伝えるもので、相手を必ずしも納得させる必要はありません。しかし、ビジネスの現場では、必ず予算と期間があり、必要なデータが都合よく存在するわけでもありません。これらの制約がある中でクライアントが納得する提案をしなければならず、このクライアントの存在が通常の講義とは決定的に違う点です。学生たちにとってビジネスの実際を知る貴重な体験になったと思います。
小泉氏:
このPBLで使用した時系列データ分析についての内容は、学生たちはすでにこれまでの講義で履修しています。しかし、その分析モデルを活用するとどんな課題が解決できるかを学ぶには、普段の講義では限界がありました。今回、学生にとって得難い経験になったのは、架空のクライアントに対し、データ分析を活用した価値創造を提案していく中で、ビジネスの場でデータサイエンティストに必要とされる思考のプロセスを学べたことです。学生たちも現場で求められる役割を知ったことで意識も変わったでしょうし、何よりモチベーションになったようです。
山崎氏:
いいアイデアだと思っても、エビデンスが伴わないためにクライアントへ提案できないという葛藤を味わいながら、限られた期間内でベストエフォートを尽くすこと。こうした現実のビジネスにおける厳しさを学部生のうちに体験できたことに大きな価値があります。通常の講義においては、学生に知識を伝達することが中心となりますが、今回のPBLでは学生が自分たちで考えることによって講義が展開するというのが大きな特徴だと感じました。
―― では最後に、データサイエンス学部長である汪 金芳教授から総評をお願いします。
汪氏:
データサイエンティストは、アナリストやAIエンジニアとしてなど、多面的なスキルが求められる定義の難しい職業です。しかし、何より大切なのはクライアントのニーズをキャッチする能力だということを、このPBLを通じて学生たちは学んだと思います。
いま多くの企業が「何か行動を起こさなければ」という危機感を抱いている中で、データサイエンティストが客観的に課題を抽出し、それに対する合理的提案を行うことで、新しい価値を創造することが求められています。ニーズの変化に即応したスキルを学べるPBLという教育手法は、絶えず古びない教育現場であるためにも今後さらに重要になると再認識することができました。
――皆様、本日はありがとうございました。
(2021.8.30 オンラインにて取材)