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対談:大学と産業界の双方から考えるデータサイエンティスト育成に必要な実践型教育
AI開発やビッグデータ活用を背景に認知度が高まるデータサイエンティスト。その育成に実践型教育が注目されている。大学・産業界での実践型教育のポイントやデータサイエンスにまつわる潮流について、滋賀大学データサイエンス学部の河本教授とNECアカデミー for AIの孝忠学長から知見を伺った。
河本 薫 氏
滋賀大学データサイエンス学部教授 兼 データサイエンス教育研究センター副センター長
工学博士。研究分野は「データドリブンな意思決定プロセスの構築」。30年近く勤務した大阪ガス株式会社ではデータ分析専門チームのリーダーとして組織の定着に貢献。2018年4月から現職。企業出身という経歴を活かし、企業人だからこそできる教育を目指す。
孝忠 大輔
NECアカデミー for AI 学長
2003年4月、日本電気株式会社入社。流通・サービス業を中心に分析コンサルティングを提供し、2016年、NECプロフェッショナル認定制度「シニアデータアナリスト」の初代認定者となる。2018年、NECグループのAI人材育成を統括するAI人材育成センターのセンター長に就任し、AI人材の育成に取り組む。
大学のリテラシー教育の進展でデータ活用は一般的なスキルに
―― データサイエンティストの育成にまつわる最近の潮流をお聞かせください。
孝忠:
産業界のみならず学生も含めて、数理・データサイエンス・AIの基礎的素養を身につけようという流れがあります。現在、日本の大学では、政府のAI戦略2019に沿って、数理・データサイエンス・AI教育の全学展開が始まっています。数理・データサイエンス・AIのリテラシー教育を行っている大学として、すでに78校が文科省から「MDASH -Literacy注」の認定を受けています。単語としての認知度が高まってきた一方で、これまで数学を重点的に勉強してこなかった学生がデータサイエンスを学ぶことは難しいのでは?という声を頂くことがあるのですが、河本先生はどうお考えですか?
- (注)大学などの正規課程を対象とする文部科学省の認定制度。数理・データサイエンス・AIについて、学生の関心と理解を深め、基礎活用能力の育成を目的に創設。(MDASH : Approved Program for Mathematics, Data science and AI Smart Higher Education)
河本氏:
データサイエンスを教えるときにいきなり数学の難解な話から入ると、学生たちはその時点でモチベーションダウンしてしまうでしょうね。研究者の道を歩むデータサイエンティストもいれば、そこまで深く分からなくても会社でデータサイエンスを少し扱って成果を出していきたいという人もいる。データサイエンティストをもう少し多義的に捉えてそれぞれに教え方を使い分ける必要があります。
孝忠:
データサイエンティストという言葉を聞いて、機械学習や深層学習のモデルを作りビジネスに実装する人材をイメージする方もいると思いますが、そのような単一のデータサイエンティスト像だけではなく、さまざまな活躍の場があるということですね。従来は、機械学習や深層学習のモデルを作るという部分がフォーカスされていましたが、最近はビジネス部門の社員もデータを活用するという文脈で、「データサイエンスの民主化」と言われたりしています。
河本氏:
最近はディープラーニングも含めて作るハードルが下がってきています。今後、専門家でない一般社員でも成熟されたアルゴリズムを使いまわせば画像判別や音声認識を作ることができる時代になるでしょう。
カギはビジネスで役に立つ一気通貫の学び
―― データサイエンスティストの育成に向けた大学における実践型教育の必要性について教えてください。
河本氏:
元企業人の大学教員という立場で話をさせていただくと、「新しいことが分かること」と、「ビジネスで役立つこと」の違いを意識することを前提に、ビジネスで役立つことを大学でも教えることがデータサイエンティスト育成で大切だと思っています。
本学部の実践型教育では、企業連携で企業の解決したいお題をデータと一緒に提供してもらい、学生たちに一気通貫で取り組ませています。AI系の実践型教育では、今年の春学期にダイハツ工業株式会社と打音検査の自動化に取り組みました。ボルトとナットがしっかり締まっているかどうかをハンマーの打音を基に調べる打音検査ですが、学生たちは打音の違いを実感するところから始まり、機械学習のモデルを作るために様々な状況下の打音のデータを集め、モデル開発に臨みました。こうした一気通貫の教育によって、機械学習のモデル作成だけでは得られない、役立つ面白さや自信のようなものがつきます。
このように、大学でも社会で活躍する姿を想像し、社会に入った後もシームレスに教育を連続させるのが理想です。
孝忠:
私も重要だと感じています。社会と大学の連続性を意識し、大学において「ビジネスで役立つこと」をうまく教えることができれば、データサイエンスを活用するためのスキルを身につけることができると考えています。そのようなスキルを身につけた学生が社会で活躍するようになれば日本もデータ社会に変わっていくでしょうね。
実践型教育で現場のAI活用力を高め、職務明確化を
―― 産業界における実践型教育の必要性はいかがでしょうか。
孝忠:
産業界には、会社に入ってから人材を育てればよい、という風潮が一部にありますよね。新入社員が入社すると、3カ月や半年といった育成期間を設けて集中的に育成する。データサイエンティストとして採用した新入社員を育成する場合は、座学やマシン演習に加えて実践型教育も必要になるため1年以上かかることもあります。しかし、すべての企業が新入社員に対して十分な育成期間を準備することはなかなか難しい。こうした問題は、大学でしっかりと実践型教育を受けて即戦力として会社に入ってくるようになれば解消されると思っています。
また、デジタル時代に対応するために、産業界では新入社員の育成だけではなく、中堅社員のスキルアップや管理職の再教育が積極的に行われています。既存社員に即戦力として活躍してもらうためには、座学だけではなく実践型教育を取り入れていくことが重要です。
河本氏:
仕事で数学を一切使ったことがないような管理職でも、やり方さえ工夫すればデータサイエンスの素養を身につけることができると考えています。
さらに言えば、AIを活用できる現場力を高めることが、特に日本の製造業の強みを発揮できるのではないでしょうか。
しかし、多くの日本の企業では、ゼネラリストを育成するという考え方が中心となっているため、データサイエンティストのようなスペシャリストがいても、どのように活躍の場を準備すればよいのか整理できていない。データサイエンスの力を持っていることで優遇されるような企業もまだ少ないです。
孝忠:
確かに一般的な企業の中で、データサイエンティストが活躍していくためには、会社の中でどのようなミッションを担うのか、ちゃんと整理する必要がありそうですね。NECの場合は、データサイエンティストという職務が定義されており、データサイエンティスト専門組織もあるためミッションは明確なのですが、多くの企業ではデータサイエンスの力をもった社員がDX推進室やビジネス部門に点在しており、ミッションが明確でないことが多いかもしれません。ビジネス部門に所属している方々がデータサイエンスを使って活躍できる、そんな道筋が今の日本の企業に必要ですね。
多様性ゆえのPBL企画の難しさ
―― 問題解決型学習(Project Based Learning、PBL)を大学や産業界で広げていくためにはどのような工夫が必要でしょうか
孝忠:
政府AI戦略2019に基づく、数理・データサイエンス・AI応用基礎教育においても、課題解決型学習(PBL)が推奨されていますが、参考にできる事例がまだまだ少ないと感じています。多くの大学でPBLに関する取り組みが始まっていますが、取り組みが始まったばかりなので、うまくいくやり方を模索している印象です。
河本氏:
私も10種類ほどのPBLを企画してきましたが、暗中模索です。悩ましいのは、PBLの前後で学生にどんな成長を期待するのかが明確にならない点です。PBLの案件を持ってくること自体のハードルが高いですから、実際には協力企業が提供してくれるPBL案件ありきで、ねらいが後付けになってしまっています。
先ほどのダイハツ工業のテーマのようなPBLの場合は、画像認識や音声認識のシステムを作るというものづくりに近く、比較的教えやすいですね。
一方、生活協同組合コープさっぽろという北海道で小売トップシェア企業との取り組みがあるのですが、これは、買い物客のリアルな購買行動がわかるID-POSデータを学生に公開してもらってとある店舗のチョコレート売り場の売上向上施策を考えるという内容です。こうしたマーケティング施策を立案するようなPBLは、ビジネス経験のない学生に教えるのは、教員と学生の双方にとって難しいですね。しかし、こうした教えにくく学びにくいPBLこそ、教えるべきであり学ぶべき内容なのです。
孝忠:
データ活用のプロトタイプシステムを開発するというPBLであれば、ある程度型が決まっていますが、マーケティングのようなデータを分析して課題を発見し解決施策を検討するというPBLの場合は、解き方や施策が複数存在するため型化することが難しそうですね。
河本氏:
製造業でニーズの高い不良品の原因追及も難しいジャンルです。JX金属株式会社と現在取り組んでいるのが、プラントの不良原因追及です。学生がJX金属株式会社の担当者に質問して情報を引き出しながらデータを活用して原因追及していく、という進め方ですが、プラントのことを知っている人からどのように情報を聞き出し、さらにデータ分析したことをプラント担当者にどう説明するかも問われます。
孝忠:
現場の人たちは、勘や経験、知識に裏打ちされた暗黙知の仮説がある。そのような暗黙知をもっていない学生が、どのようにデータ分析を進めるのか…面白そうですね。
データサイエンスは知的総合格闘技
孝忠:
私はNECにおけるデータ分析の仕事に長くかかわっていますが、特定の技術だけでお客様の課題解決につながることはほとんどなく、複数の技術を組み合わせないと課題解決につながらないと常々感じています。お客様の課題を解くためにはドメイン知識も必要になりますし、データ分析の結果を業務で活用してもらうためには業務プロセスや商習慣も理解した上で提案を行う必要がある。そのような観点からデータサイエンスは総合格闘技だと思っています。
河本氏:
データサイエンティストは、知的総合格闘技ですから社会や文化、マーケットなどの多様なバックボーンが求められます。方法論は使いやすくなっていく中で、数学やプログラムだけではなく一般教養を広く身につけることを大学は軽視してはいけないでしょうね。そこを疎かにしたとき、日本はまた一周遅れになってしまうと思います。方法論さえ身につければいいという価値観も危険です。大学生を4年間で一番よい形で卒業させるために、企業も含めたあらゆるリソースを使い、役立つことに重きを置いた教え方にいかに歩み寄っていくかが重要です。企業側としても、PBLへの協力が若手社員の育成ということにつながりますから、企業と大学が互いに利のある図式でタイアップが進んでいくはずです。
―― 本日はありがとうございました。
(2021.8.16 オンラインにて取材)