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WiDS TOKYO ランチョンセミナー 「あの時代のムードを味わえるチョコレートを作り出すAIとは?」

開催日:2019年3月22日 場所:新宿ミライナタワー 登壇者:伊豆倉 さやか

超スマート社会の実現に向け、ビッグデータを分析し、新たな価値を生み出す「データサイエンティスト」の活躍が期待されている。

そんな中、スタンフォード大学を中心として2015年から始まったのがWiDS(Women in Data Science)だ。ジェンダーに関係なく、データサイエンス分野で活躍する人材育成を目的とした活動で、世界各地でシンポジウムなどを実施している。

2019年3月22日、JR新宿ミライナタワーにて、日本での1stシンポジウム「WiDS TOKYO」が開催され、学生から社会人まで男女問わず多くの人が参加した。

ランチョンセミナーでは、NECのAI技術とチョコレート専門店のコラボレーションから生まれた“時代のムード”が味わえる「あの頃はCHOCOLATE」の開発についてNECアナリティクスサービスコンピテンスセンターの伊豆倉さやかが発表。チョコレートという身近なものにAIを活用した事例に、参加者は興味津々。メモを取りながら熱心に耳を傾ける姿が見られた。

「あの頃はCHOCOLATE」とは?

伊豆倉は大学で物理学を専攻後、2008年、NECに入社。中央研究所で設計最適化技術の研究開発などに携わった後、2017年より現在の部署に異動し、データサイエンティストとして活動。普段は主に流通・小売業や交通系分野の顧客に向けて、NEC the WISE(NECのAI技術群の総称)の一つである異種混合学習を用いた需要予測などを担当しながら、AI人材拡大に向けた教育指導なども行っている。

今回の「あの頃はCHOCOLATE」プロジェクトは、NECのAI技術プロモーション企画の一つとして始まったと語る。

「NECでは皆さんにAIを身近に感じてもらうために、5つの質問に答えると、好みの『うまい棒』の味を教えてもらえる『AI活用味覚予測サービス』や、名作文学の読後感をコーヒーの味わいで再現した『飲める文庫』などを開発してきました。今回のプロジェクトも、チョコレートを通してAIのおもしろさを体感してほしいという想いから始まりました。“苦い経験”“甘酸っぱい思い出”など、経験や思い出を味覚で表現することがありますが、平成の終わりを間近に控え、過去を振り返りながら、時代のムードを実際に味わえたらおもしろいのではないかと考えたのがきっかけです」

時代のムードを味わえるチョコレートとは、いったいどうやって開発されたのか?
AIを活用した今までにないプロジェクトに、身を乗り出す参加者の姿が多く見られた。

新聞記事約60年分の単語を味覚に変換!

続いて伊豆倉はプロジェクターを用いながら具体的な開発プロセスを紹介。①学習データ作成、②分析モデル構築、③各年のレシピ作成の3つのフェーズに分けて説明を行った。
「まず、約60年分の新聞記事から頻出単語約600語を抽出し、単語から人がイメージする味を割り当てました。例えば、『回復、改善、成長』などの単語は甘味、『不安、低迷、厳しい』などの単語は苦味といった感じです。味覚指標は、今回一緒に開発を行ったチョコレート専門店『ダンデライオン・チョコレート・ジャパン』様にヒアリングし、甘味、苦味の他に、酸味、ナッツ感、フローラル、フルーティ、スパイシーという7つの指標をベースとしました」

「次に、Word2Vecという手法を用いて大量のテキストデータから単語の使われ方を解析し、単語を数値化、200次元程度のベクトルとして表現しました。これによって、単語の類似度を計算したり、『パリ』-『フランス』+『日本』=『東京』といったように単語同士の演算ができるようになります。続いて異種混合学習を用いて、単語ベクトルと味覚指標の関係性をモデル化しました」

このモデル化によって、最初に味覚データを割り当てた頻出単語約600語をもとに、約60年分の新聞記事すべての単語の味覚指標の値を算出できるという。その数、なんと約13万8,000語! 人力では途方に暮れてしまう数も、NECのAI技術を使えば効率的に高精度の結果を導き出せる。

「1年ごとに集計して各年の味覚レーダーチャートを作成し、特に印象的な出来事があった年として、1969年の人類初の月面着陸、1974年のオイルショック、1987年のバブル絶頂、1991年のバブル崩壊、2017年のイノベーションの5年をピックアップしました。それぞれの味覚レーダーチャートをレシピとして、ダンデライオン・チョコレート様のチョコレートメーカー※1の方にカカオ豆の産地や収獲年、砂糖の配合割合、発酵方法や焙煎条件の調整などを行ってもらい、5種類のチョコレートができました」

NECのAI技術が新たな可能性のトビラを開く

こうして完成した「あの頃はCHOCOLATE」は、「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2018」でのデモンストレーション展示やメディア向け試食会で多くの人の関心を集め、「AIでこんなこともできるんだ」「AIっておもしろい」といった声が聞かれたという。
また、ダンデライオン・チョコレート様からも、このプロジェクトを通して新たな気付きがあり、非常に有意義だったと感想が寄せられた。普段は、「このカカオ豆の良さを最大限に引き出すには、こんな味のチョコレートがいい」とカカオ豆を起点とした作り方をしているが、今回はプロセスが全く逆。実現したい味わいに向かってカカオ豆を選び、味を調整していかなければならず、試行錯誤しながらの大変さがあったというが、「今までやったことがないレベルまでローストしてスパイシー感を出すなど、カカオ豆の新しい一面を引き出すことができました」という声をいただいたそうだ。
「現状ではAI活用というと、業務効率化、コスト削減、労働力不足解消といったイメージがあると思いますが、NECではそれだけにとどまらず、『人の創造性を高めるAI』『人と協調するAI』といった新たな領域に取り組んでいます。今回のプロジェクトもAIの新たな可能性を体感できるものになったのではないかと思います」

  • ※1
    チョコレートメーカー:原材料であるカカオ豆の産地、品質、収穫年によるフレーバーの特徴を深く理解し、カカオ豆の産地や収穫年ごとに焙煎や砂糖を入れるタイミングなどの条件を変えてチョコレートを製造する職人

最後に伊豆倉はデータサイエンティストとしてのやりがいやおもしろさについて語った。

「データサイエンティストとは、最先端のAI技術やデータ分析によって、社会や企業の課題を解決したり、新しい価値を創造できる仕事です。大量のデータを分析することで、身の回りに潜むさまざまな規則性や法則性が見え、新たな関係を発見できるのがとてもおもしろいと感じています。専門知識がない方にも、もっとAIのことを知ってほしい。そのために、AIの魅力をわかりやすく、おもしろく伝えていきたいと思っています」
最先端のAI技術を駆使しながら、柔軟な発想力でプロジェクトを成功させた伊豆倉。生き生きと活躍する姿に、参加者からは暖かい拍手が送られた。

バブル絶頂とバブル崩壊、その味の違いは?

講演後は参加者からの質問が寄せられた。そのいくつかを紹介しよう。

ワインや日本酒など、他の商品での展開も考えていますか?

伊豆倉
「今回のプロジェクトはNECのAI技術のプロモーションの一環なので、具体的に他の商品に広げようという話はないのですが、この事例をご覧いただいたお客様からは『ワインや日本酒、ビールでも時代のムードを味わえないか』『その日の気分に合わせた香りを楽しめる空間プロデュースのようなことができないか』というお話をいただいています。今後、さまざまな分野に広げていけたらいいなと思っています」

実際にチョコレートを食べ比べた人の感想を教えてください。

伊豆倉
「特に印象的な感想をいただいたのが、対照的なバブル絶頂味とバブル崩壊味ですね。バブル絶頂味は甘味とフローラルな華やかさが強いのに対し、バブル崩壊味は砂糖不使用で非常に苦くてスパイシー感のある味わいになっています。ご試食された方からは、『確かに苦いね』『絶望を感じるね』などのコメントをいただきました(笑)」

実味と言葉の関連付けは、どのように行ったのでしょうか?

伊豆倉
「頻出単語約600語と味の関連付けは、私を含めNECの複数のデータサイエンティストで行いました。この学習データを作る人の感性によって、味わいは変わってくると思います。今回はNECのデータサイエンティストが考える時代の味と捉えていただければと思います」

文理・男女問わず、多くのAI人材が活躍するNEC

「WiDS TOKYO」終了後のアフターイベントでは、女性データサイエンティストの採用と育成に関するパネルディスカッションが行われ、パネリストの一人としてNEC AI人材育成センターの伊藤千央が登壇。
NECでは、AIを活用して社会課題を解決し、新たな価値を創造できる人材の育成を目指し「NECアカデミー for AI」を開校。ビジネス力・データサイエンス力・データエンジニアリング力を身に付けられる研修に力を入れており、文系理系・男性女性を問わず、多くのAI人材が活躍している話などが展開された。
また、「あの頃はCHOCOLATE」全5種類がセットになったアソートボックスなどのプレゼントが当たる抽選会が行われ、当選者からは喜びの声が上がるなど、会場は大いに盛り上がった。

「あの頃はCHOCOLATE」アソートボックスを当選者に手渡す伊豆倉

アフターイベント会場は華やかな雰囲気

パネルディスカッションでNECの取り組みを紹介する伊藤