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顔認証で地域創生
南紀白浜で進むIT x 観光の最先端
地方創成のカギを握る観光産業。しかし、COVID-19の影響もありその動きは停滞している。そのようななか、デジタル技術を駆使して、安心・安全の確保や新たな観光の魅力を生み出そうという動きもある。NECでも生体認証を核としたコンセプトブランド「NEC I:Delight」を打ち出し、観光振興事業を積極的に推進してきた。既に国内でも複数の事例があり、成果も生み出している。なかでもショーケースとして先進的な取り組みをつづける南紀白浜にクローズアップして、関係者に話を聞いた。
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一人ひとりのニーズに寄り添った新しい観光を実現するために
「顔認証が、観光振興につながる」と言うと、その意外さに戸惑う人もいるかもしれない。先端技術の物珍しさだけでは、集客に限度があるのではないかと思う人もいるだろう。しかし、この施策はもう少しだけ先を見据えている。キーワードは「パーソナライズ」だ。
「観光のニーズやトレンドは大きく変わっています。昔のように大勢を動員したツアーで観光スポットを巡って満足するという時代ではなくなりました。一人ひとりが自由に個人旅行を楽しむことが主流となった現在、いかに個人の嗜好に合った情報を提供できるかが重要になります。」
そう語るのはNEC 執行役員の橋本だ。生体認証を軸として複数のサービスを束ねるコンセプトブランド「NEC I:Delight」を立ち上げ、観光事業に資する新たな顧客体験を創り出してきた。
「『安全・安心を確保しながら、旅行先で自分らしい特別な体験をしたい』このような新しいニーズに対しては、個人で情報を集めようとしても限界があります。どのような想いをもち、どんな体験をしたいか。そこまで深堀りした情報の収集は、インターネットでもなかなか難しいものです。もしかしたら自分自身で言語化することさえ難しいかもしれません。一人ひとりに合った観光プランを、いかにサービス提供側が提示し、潜在的なユーザーに気づきを与えていくかが重要になります。最近では、ワーケーションや滞在型観光という新しいトレンドも生まれています。滞在が長期化すれば、通りいっぺんの観光スポットではおさまらない、さらに踏み込んだ観光体験も必要になるでしょう。これは、従来型のダイレクトメールのような手法ではカバーしきれない領域です。ターゲットの年齢や住所、ライフステージなどの属性をもとにしたマーケティング手法だけでは、到底このような嗜好にまでアクセスすることはできません。」
嗜好を把握していくためには、多数の情報の中から同一人物を特定することが重要になる。移動や食事、購入など、別々の事業者ごとに行われるさまざまな行動やデータのなかで横串を通すように貫くもの――、つまり「ID」こそが重要になるのだ。NECでは、生体認証をこのIDとして活用し、新たな可能性を探ろうとしている。「一人ひとりを理解し、本当に求められる価値だけを提供し、喜びを与えていく。それこそがNEC I:Delightのコンセプトです」と橋本は強調した。
もちろん、生体認証そのものの利便性も大きな魅力だ。JALでは、NECと連携していち早く顔認証のサービス化を実現してきた。JALの柴野氏は語る。
「国際線ではパスポートとの顔照合もありますので、かねてより航空会社と顔認証は非常に相性が良いと考えていました。航空シーンでは、荷物で両手がふさがっていることも多いですし、何度もチケットを出すとなると非常に手間です。顔認証であれば、スムーズにサービスをご利用いただくことができます。そこで、2020年には羽田空港でもNECさんと連携して顔認証決済システムを採り入れました。さらに現在は、PCR検査の陰性証明と結び付けたりと、さまざまなプランの検討も進めています。」
顔認証を基軸とした、一人ひとりに寄り添うスムーズで豊かな旅行体験。航空会社はその旅の出発点となる場所だ。そして、こうした最先端観光施策の「聖地」として、いま存在感を高めている場所がある。和歌山県にある南紀白浜だ。NECとこの地域のさまざまな事業者は顔認証を核に連携し、先端的な実証実験を進めている。
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地域を通貫する顔認証IDで、回遊性と消費単価の向上をめざす
南紀白浜は和歌山県の南部に位置している。その名が示すとおり美しい白砂に覆われたビーチや、飛鳥時代からの歴史が伝えられる温泉、7頭のパンダを飼育するテーマパーク「アドベンチャーワールド」など、魅力的な観光スポットを多数抱えるリゾート地だ。東京からは羽田空港から1時間ほどで訪れることができる。かねてから産業における観光業の比重が大きく、地域人口は2万人ほどであるのに対し、観光客は年間350万人訪れる。
この地域において、「IoTの聖地」をめざす取り組みを牽引しているのが南紀白浜空港だ。2019年の民営化に伴い、地域の玄関口として経済活性化に努めてきた。スピード感のある地域活性施策を立ち上げるために民間ベースでの活動を選択し、精力的に活動を推進する事業者だ。株式会社 南紀白浜エアポートの森重氏は次のように語る。
「空港というのは、あくまでも地域への通過点に過ぎません。地域全体での満足度を上げることこそが、結果的に空港の利用者も増やすことにつながっていきます。そこで私たちはNECさんと連携するかたちで、2019年の1月から積極的に顔認証を軸とした先端的な取り組みを開始してきました。」
既に空港内では、JALとの連携のうえでさまざまなサービスが導入されている。一つは、手荷物を受取までの待ち時間表示だ。手荷物受取場に設置されたサイネージに顔をかざすと、ユーザーの荷物があと何分で到着するか表示される。便利さだけでなく、人の滞留や密を避ける効果も期待されるサービスだ。また、到着ロビーでは顔をかざすとWelcomeメッセージが表示されるサイネージも出迎えてくれる。そして、ひとたび南紀白浜に降り立てば、空港内の売店やレストランはもちろん、地域の賛同企業での買い物はすべて同一の顔認証システムで決済をすることが可能だ。森重氏はさらに続ける。
「顔認証自体は、現在さまざまな施設で導入が進んでいますが、複数の事業者をまたいで地域一帯となって取り組んでいるような場所は珍しいでしょう。宿泊、交通、飲食、体験といった一連の旅のなかに顔パスでのおもてなしを連携させることによって、回遊性の向上や消費単価の向上にもつながればと考えています。」
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顔認証によって、おもてなしの質向上を実現
約3年にわたる実証を経て、意外なところで効果も表れている。COVID-19の影響で、観光客の増加についての効果はまだ正確に測定できないものの、各自治体からの視察やメディアからの取材が増加し、従来からの地域課題であった平日の旅客が増加した。特に、ホテルの平日の稼働率は伸長しているという。
「SHIRAHAMA KEY TERRACE HOTEL SEAMORE(以下ホテルシーモア)」は、南紀白浜空港とともに、2019年当初から地域全体の活性化に取り組んできた事業者だ。ホテルシーモアでは客室4室に顔認証による施錠システムを導入。カギを持たずに、身一つで部屋の開閉を行うことが可能だ。また、館内のベーカリーやレストランなどの施設でも顔認証決済を導入した。
「おかげさまで、視察をはじめとしたビジネスでご宿泊いただくお客様も増えました。皆さんから便利だという声もいただいています。先日も『お風呂に行ったら喉が渇いたのに財布を部屋に忘れてきた。けれども、顔認証のおかけで問題なく買えたよ』という話をうかがったところです」と語るのはホテルシーモアの川田氏だ。
「3年前の導入当初と比べると、サービスの質も高まっていると感じています。はじめはドア前の顔認証用カメラも機体がむき出しだったのですが、いまではNECさんにご配慮いただいて館内の雰囲気に合うカバーを着けていただいています。これによって、お客様への『おもてなし』の品質も向上できたと考えています。
これからは、チェックアウトまで顔認証決済を導入できないかと考えているところです。いまではチェックアウト時間となると、スタッフは精算業務にかかりきりになってしまいますが、これを顔認証決済で自動化できればお客様のお荷物を運んで差し上げたり、おススメの観光スポットをお教えしたり、より良いサービスが展開できると考えています。」
顔認証のスムーズさや利便性は、着実に提供サービスの向上につながっているようだ。
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お客様一人ひとりの背景や想いに応えるためのデータ活用
データを活用したパーソナライズドサービスの検討も進められている。動物園、水族館、遊園地が一体となった南紀白浜のテーマパーク「アドベンチャーワールド」では、入園券の購入に顔認証決済を導入した。顔認証で決済をした来園者は、専用のゲートからスムーズに入園することができる。将来的にはさらなる展開も想定しているという。アドベンチャーワールドの長井氏は、その展望を次のように語る。
「例えばお客様の好きな動物がわかれば、その動物について特に丁寧なご案内ができるでしょう。誕生日のお祝いで来たということがわかれば、レストランでサプライズのイベントをすることもできるかもしれません。ご本人様の許可のもとでご提供いただく情報を活用して、より高い付加価値を与えられるサービスを実現できたらと考えています。」
高い付加価値のあるサービスとは、パーソナライズされたおもてなしを意味する。長井氏は、顔認証を通じて一人ひとりに合ったサービスを提供できるようにしたいと強調する。
「旅行というものは、必ずしも簡単に来られるものではないでしょう。年に1回の楽しみで来た人たちや、子どもが生まれてから初めて来るという家族もいらっしゃる。来園されるお客様一人ひとりにも、それぞれに大切な想いや背景があるはずです。顔認証を通じたデータは、そうした想いに応えるおもてなしのために活用していきたいと考えています。」
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地域全体での効果を測定する電子化クーポン
今年の11月からは、地域内の周遊性を高める取り組みも始まった。これまで南紀白浜観光協会が発行していた「南紀白浜クーポン付まち歩きmap」を電子化し、顔認証システムと連携させるものだ。南紀白浜観光協会 会長の藤田氏は、そのねらいについて語る。
「電子化し、顔認証によるIDと紐づけることで、お客様がどこに行って、どんな興味をもっているのか、どのくらい消費されているかというデータを蓄積することができるようになります。これまでであれば、アンケートでどこに行かれましたか、いくら使いましたか、どんなものを買われましたかと人手をかけて調査する必要があったものを、すべて自動的にデータベースとして蓄えることができます。もちろん、個人情報として厳重に取り扱うことは大前提です。そのうえで、年間350万人いらっしゃるお客さんの3分の1でも、顔認証システムにご連携いただければ、私たち観光地にとっては非常に貴重なデータとなります。お客様のニーズに応じた観光施策やプロモーションにおけるターゲットや方法の選定なども、より効率的に実現することが可能になると考えています。」
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このクーポンによって、3年がかりで取り組んできた南紀白浜におけるNEC I:Delight構想がいよいよ身を結び、地域の事業者を通貫したプロジェクトの実態が浮き上がってくる。顔認証によってデータ内の一人ひとりのユーザーを紐づけ、サービス提供側と旅行者側のより豊かな関係性を構築し、スムーズで独創的な旅を実現するNEC I:Delight。電子化クーポンによって、周遊性や消費額の向上についても定量的な効果測定が可能になるだろう。NECで南紀白浜を担当する増田は、さらなる展望についても説明する。
「データがたまってくると、このサービスを受けた人は次にこういうサービスを望むのではないかという道筋が見えてくるはずです。さらにユーザーの嗜好や天気予報、各施設の混雑度などの情報も掛け合わせれば、ユーザーが望む情報を高い精度で配信することが可能になります。現在はLINEなどのアプリと連携することで、こうしたプッシュ施策を展開していくことを考えています。」
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南紀白浜は、決してNECが主導してトップダウンで実証実験を行っているわけではない。地域の空港が、ホテルが、テーマパークが、店舗が、観光協会が、それぞれが主体的に一体となって地域を盛り上げようと取り組んでいる。その想いこそが、この実証を持続させているといってもいいだろう。NECの橋本も次のように語る。
「観光を推進すると同時に、地域の生活もより良くならなければ、観光地として成り立っていくことはできないと思います。観光客だけが便利な街ではなくて、住んでいる地域の人にも便利な街になってほしい。そのために、私たちもITやネットワークの力を使っていけたらと考えています。」
2020年から2021年。観光にとっては厳しい年となった。今後COVID-19が落ち着き、観光が再開されたらどのような施策が展開されていくのか。南紀白浜は、今後の観光の行方を占うものになるだろう。