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第3回 二人で見上げる宙の彼方へ

2005年夏、遠く、クロトウヒの林をまぶしげにみつめる男。
時計を見る、アラスカ・サマータイム 15:25、そろそろだ、上空約840kmを NOAA-14 衛星が通過する。どこまでも澄みきった群青の宙を一人で見上げていた。
ここ、アラスカはフェアバンクスの郊外。
NOAA衛星(アメリカ海洋大気庁が運用する極軌道気象観測衛星)の観測データから炭酸ガスの循環を調べようとする日米共同プロジェクトの若き一員として、大学院生の北本はここに立った。
「いつか、自前の衛星で、変りゆく地球環境をこの目で見てみたい。」
この時、北本の目は未来を見据えていた。
それから7年、2012年7月3日朝、筑波宇宙センターの運用室、画像処理端末の前に北本知之がいた、隣にはデータ受信から情報を制御する部分を担当した内木康裕が座った。
北本 知之 (写真左)
「しずく」データ処理系担当
内木 康裕 (写真右)
「しずく」情報システム系担当

初画像を前に
- 小笠原:
-
今日のインタビューは若い二人です、内木さん、北本さんは学生時代にどんなことをやっていたのですか。NEC航空宇宙システムに入社した動機は?
- 内木:
-
学生時代の研究テーマは「光センシング」についてでした、カメラメーカなど「光」に関する仕事を探したのですが、どうもしっくりきませんでした。
そこで昔から好きだった宇宙を目指そうということでこの会社を受けたのです。研究がリモートセンシングに近い分野だったのも動機のひとつですね。 - 北本:
-
私の場合はずばり、衛星を使って炭酸ガスを測ることが学生時代も研究テーマだったので、それを自分の仕事にしたかった、そういった動機です。学生時代はアメリカのNOAA衛星のデータを使うだけの立場だったのですが、今は立場を変えて自分たちがデータを作る側になったわけです。
- 小笠原:
-
お二人とも入社後すぐに「しずく」を担当したのですか?
実際に担当してどうでしたか。 - 内木:
-
いえ、入社後数年間は別な業務でした。
- 北本:
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私の場合は入社2年目、上司にも何度も希望を伝えていたら、ようやく実現したという感じでした。でも実際に始めてみて、データを作る側がこんなに大変だとは思いませんでした。
- 内木:
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全く同感。私なんか、開発の途中では「宇宙」に関わっているという実感が無く、「しずく」が打ちあがって初めて「宇宙に関わってるな」と思ったものです。
- 小笠原:
-
お二人の仕事の成果である初画像受信の時のことを教えてください。
- 内木:
-
「しずく」搭載センサAMSR2の観測データ 日本周辺(2012年7月4日)
※黒い部分は1日の観測での未観測領域感動もなにも、7月3日に私が予定の時刻にミッション運用系運用室に入ったらもう初画像は出てたのですね。「早すぎる!ずるいぞ!」という感じでした。
でも、私は筑波の「ミッションデータ処理系システム」のうち、「しずく」のデータに対する一連の流れ(海外を含むデータ受信局からデータ受信/データ処理/処理を終わったデータのユーザへの配信)を管理・制御及び監視するシステムを担当しているので、その私にとっては、初画像より前、6月にAMSR2がゆっくり回転してテストデータを地上に降ろし始めたときが本当の初仕事でした。
もっともこの時は絵が出たわけではないのですが・・・悔しいんですけど。ですから初画像が出た時は「何の心配もありません。完璧です。」と言ってましたが、やっぱり絵を見たときは「ほっとした」というのが一番の感想です。 - 北本:
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私は、初画像の瞬間、端末の前にいて実際の処理手順をこなしていきました。
スバルバード局(ノルウエーにあるデータ受信局)からのデータがもう取り込まれているんです。処理の終わった日本周辺のデータファイルをクリックすると、「ぱあっと」画像が映し出されました。周りにいた人達のテンションの方が自分より高くて「おっ、出た!きれいなものだ!」と口々に言っていました。私は冷静を装っていたのですけど、本当はドキドキでした。(笑い) - 内木:
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各設備の担当や、関係者が次々に画像を見に来て、興味深そうに操作をしている北本に質問したり、画像を見て感動しているのを見て、自分たちが改めてすごいことをしてるんだなと実感したことを覚えています。
「しずく」データを処理する
- 小笠原:
-
実際にはどういった仕組みで画像ができあがっていくのですか?
- 内木:
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じゃ、まずデータを受け取り、配信する私から。
私が担当するシステムは「地球観測研究センター(以下EORC)情報システム」と呼ばれています。スバルバード局からデータが衛星の2周回分まとめてやってきます。大きさは200メガくらいのものです。
このデータと、気象庁や漁業センターから送信されてくるデータを保存します。これらをまとめて整理し、データ処理の順番をつけて、データ処理部を起動します。次に、データ処理部で作成した画像を、配信先に配信します。言ってみればユーザごとに必要なデータを準備して受け渡す頭脳のような役割をします。

- 北本:
-
私は受け取ったデータを処理して、みなさんが見ている画像にしていく部分を担当しています。私が担当した処理の説明をする前にAMSR2が取得するデータについてお話します。
AMSR2は地上の大きさ15kmくらいの楕円状の広がりを(周波数によってその大きさは3km~60km程度まで変わる)観測していきます。アンテナの回転にともなって走査していくことで円弧状のバンドができます。アンテナは衛星直下から前方へ約47.5度傾いて(オフナディア角)いて、前方約120度の範囲をカバーします。高度約700kmから見下ろしているので、その円弧状の観測幅は約1450kmに達します。「しずく」は毎秒約7.5kmで軌道上を進むため、1回転する1.5秒で約11km進み、こうして円弧状の領域が重なりながら徐々に全球を覆っていくのです。
ですから画像に作りこむ私の処理では、「しずく」の軌道位置、姿勢、アンテナの回転角度をデータベースとして、瞬間瞬間のアンテナスポットの方向を計算しながら地図上にマッピングしていくのです。

日本列島を南から北(画像では上から下へ)に飛行しながら観測を行うイメージ。
- 北本:
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全球のデータを作るのにレベルが4段階あります、L0からL3と呼んでいます。
レベル0(L0) | 半周回(時間にして約50分)単位で帯状の画像を生成 (これがファイルの単位です) |
---|---|
レベル1(L1) | 幾何学的な補正、輝度値補正を行い “輝度温度※” にする ※輝度温度:センサで観測したエネルギーを、プランクの法則を用いて変換して求められた温度 |
レベル2(L2) | L1をベースにして、降水量/温度といったわかりやすい物理量変換する ここまでは半周回単位の処理 |
レベル3 (L3) | 帯状のL1、L2データ1日分または1ヶ月分を統計処理して全球データにまとめていく |
-
こんな順番に、みなさんが見ている全球の画像が出来ていくのです。L1をきちんと作っていくのが処理的には負荷が高くて大変です。L2処理に関しては、専門家である大学の先生方が作ったアルゴリズム(プログラム)も中に組み込んでいます。
- 小笠原:
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なかなか大変な処理ですね。これらの処理はマニュアル操作で行われるのですか?
- 北本:
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いえ、そうではありません。まず内木の担当したソフトが、処理ソフト側に「データが来たよ!」と トリガーをかけるのです。するとこちらの処理部分が自動シーケンスで動き始めます。あわせて全球の気象データなども取得して処理に使っています。
- 小笠原:
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このシステムを作るのに大変だったこところは・・
- 内木:
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客先であるJAXAから、最新の設計手法や、オブジェクト指向を全面的に導入して設計するようにとの強い要求があり、2009年の設計、2010年の製造/試験はなかなかスケジュール的にも大変でした。新しいこともたくさん覚えなければならなかった。
メンバーも多くてピークには30名くらいいたかな。若い私たちがメンバーを引っ張る必要もあって大変苦労しました。スケジュールが遅れたときなどは、とにかく目前の目標に向かって、ここを通り過ぎれば楽になる、と自分に言い聞かせながらやってた時期もあります。 - 北本:
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私の担当したデータ処理部は結構センサ(AMSR2)の細かい仕様を理解しないと設計もできません。ずいぶんセンサのメーカにも聞きましたね。なにしろインタフェースを記載した仕様書だけでは理解出来ないことが沢山ありましたから。このシステムはこれからのGCOM-C1、W2などにも使われるので先を見据えた設計が必須でした。
- 小笠原:
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JAXAの中川プロマネが「「しずく」はもう実用レベルの衛星だから、確実に止まることなく毎日動き続けなければならない」とインタビューでも強調されていましたが、そうするために特に工夫した点はあるのですか?
- 内木:
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とにかく止めないシステムを目指しました。普通ソフトは異常が起きると安全サイドに向かい、機能が止まるように出来ていますよね。このシステムは何か起こっても、別の経路が用意してあってとにかく止まらない。何度でもリトライして動き続ける。そう作りました。起こりうるまれなケースに対応した試験を何度も何度も繰り返しました。こうして出来たソフトを結合して、全体を通して処理が動いた時は本当にやった、という充実感がありました。
次へ、未来への挑戦
- 小笠原:
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次の気候変動観測衛星GCOM-C1では大幅にデータ量も増えるようですが、それに向けてのお二人の抱負を教えてください。もちろんお二人は今後も担当するのですね。
- 内木、北本:
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もちろんです、今度は私たちがチームの中核となって開発します。
- 内木:
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今は基本設計というフェーズです。GCOM-C1では地上に降りてくるデータ量が1秒間に120メガビットと、「しずく」の10倍以上になるので、当然処理するCPUの台数も大幅に増やす必要があります。
「しずく」では計算機にアイドリング時間があって処理遅れが生じてもなんとかそこで吸収できたのが、今度はそういった時間も確保できません。
あらゆる異常ケースを想定し、柔軟に対応して、提供の優先度が高いものを制御してユーザ要求に対応する、そんな技術もふんだんに盛り込む必要があります。これは「しずく」で実証された技術の応用です。 - 北本:
-
そういった挑戦も、私たちが「しずく」を経験して、そのノウハウがあるからできるものだと思っています。NECが作るSGLI(多波長光学放射計:可視光と赤外で合計19チャンネルの観測を行う)というセンサがもたらす膨大なデータを軌道1周回毎にどんどん処理します。二人ともまた新しいものに挑戦、これからも勉強しなくちゃ。

- 小笠原:
-
宇宙に関わる仕事についていることについて、どう思われますか?
- 北本:
-
自分は希望がこういった形でかなって、幸せだと思っています。大学で研究したことをそのまま仕事に出来るなんていう人は多くはないですね、私はそれを仕事に出来たわけですから。やりがいは十分。私がやっているリモートセンシングだけではなくて、「宇宙」というものに関わってみたいという人には是非、入社して私たちと一緒にやりましょう。
- 小笠原:
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北本君は優秀なリクルータになれる・・・
- 内木:
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私は大学で、研究のためにEORCからデータをもらっていたのです。今は立場を逆にして、世界中のユーザにデータを提供する立場になっている。自分がやった仕事の結果が多くのところで役立てばと思ってます。こういったことは開発の途中では考えることも無かったのですが、周りから大変期待されてるという話を聞いて、今では強くそう思うようになりました。
- 小笠原:
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若い二人から力強い言葉を聴けました。とはいえ、二人とも仕事に行き詰ったりするでしょう、そんな時の解消法はどうしているのですか?
- 内木:
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大変な時期にようやく休みが取れたときは何といってもサーフィンです。とにかく運動不足になりがちなので、体を動かすこと、これが一番ですね。
- 北本:
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サッカーです。会社には多くのサークルがあって、私はサッカーやっています。あとは仲間です、何か仕事上で詰まってしまった時に、よく相談する仲間がいるので、結構教えてもらっていますね。本当にいい頼りになる仲間たちです。
「しずく」のミッション運用系システムを作り上げた若い二人の技術者の言葉には勢いがあった。周りの先輩からも「彼らは、「しずく」の開発にたずさわったここ4年の間ですごく成長した」という声が聞こえる。次世代のリーダがこうして育っていく。
エピローグ : 2012年夏 二人で見上げる宙
筑波の宇宙センター、「しずく」ミッション運用室に足早に向かう二人。
「なあ、北本、今度のGCOM-C1データ量が半端じゃないぞ、どうする、リアルデータ処理の負荷も高いし・・・」
「あの手があるじゃないか、二人で「しずく」処理で作った、リアル処理と後処理系を柔軟にコントロールする、あれ!」
「そうか、さっそく設計書に盛り込もう」
晴れわたったそら、2012年夏、13:30。
どちらともなく見上げたその青い虚空をAMSR2のアンテナを回転させて
「しずく」が北に向かって飛んでいる。
あの時、フェアバンクス、その時は一人で見上げていた。
7年かけて、ようやくここまでやってきた想い・・・・
今は仲間と二人で見上げる宙。
「内木、急ごう! リアルタイムデータが入ってくるぞ」
取材・執筆 小笠原雅弘 2012年8月2日
内木 康裕(ないき やすひろ)
NEC航空宇宙システム
2005年NEC航空宇宙システム入社
2009年よりGCOM-W1情報システム系担当

北本 知之(きたもと ともゆき)
NEC航空宇宙システム
2007年NEC航空宇宙システム入社
2009年より、GCOM-W1データ処理系担当
